022 忍者
俺たちは孔雀院の庫裏に移る。伝統的な外観とは違い、内装はモダンの一言だった。
薄いクリーム色の内壁は金をかけて左官したようだが華美さは感じない。
品の良さを感じる家具類も派手さはないが買えば相当な高額だろうと思えた。
棒空の奥さんが選んだ物だとのこと。
木目が美しいテーブルに置かれたお茶を手に持ってすする。
スッキリ爽やかでありながら、喉に残る旨味、まったくわからないが高い茶葉に違いない。
「それで、棒さん、勇者・翔一さんはどうやって」
御室は初めて聞く英雄譚に興奮しているようだ。まぁ、俺も初耳なんですけどね。
「情報開示制限があるからな。詳細は話せない。お前らがBランクになれば、嫌というほど聞かされるだろうさ。あの人に憧れて冒険者をやってる奴は多い。棒も同じだな」
答えたのは美杉だった。
聞かされた話を要約するとこうだ。
1997年に新生児が1人、病院から拉致される。その事件を解決したのが祖父だった。
新生児は産まれながらにして強い力を秘めていたらしく、暗殺者ギルドに狙われたらしい。
そのさい、冒険者ギルドや上位ランク者たちの忠告を無視して、祖父が暴れまわったらしい。
結果、日本国内の暗殺者ギルドはほぼ壊滅状態に追い込まれたとのこと。
暗殺者ギルド。。。ねぇ。
まぁ、ゴブリンがいるんだし、勇者に賢者や紳士に薄幸の痴女、猫耳やエルフまでいるのかいないのか、そんな状況だしさ。
『爺ちゃんなら、やりかねねぇ』
かもな。よく知らなかったけど、そんな気もする。
その2年後の1999年、暗殺者ギルド残党は勢力を結集し、祖父への復讐と世界を破滅に向かわせるため、隕石を日本に落とそうと画策したらしい。
その際には、再び2名の新生児の力が利用されそうになったが、祖父がそれを阻止したため、隕石落としは阻止されたとのことだ。
『出た!残党勢力の隕石落とし!』
皆まで言うな、残党勢力が復活しちゃうだろ、いやすでに復活してるな。おそらく何度でも。たぶん。
「祖父はやはり強かったんですね? ランクもAとか、もしかしてS?」
「「。。。」」
微妙な空気が流れる。
「ランクはまぁ、翔一さんはいろいろと使う必要の多い人でさ。ゴールドやポイントは貯まらなかったんだろう。。。Cだっけ?」
「Cだと聞いてますよ。遊び人でしたからね。奥さんも苦労されたとか。涼君も大人ですし、そのあたりは」
祖父のことは、俺より美杉たちの方がよく知っている。そんな気がした。
「翔一さんが強かったのはハートだな。単純な実力なら、もっと強い人間もいた」
「私は、翔一さんが世界で一番強かったと思っていますよ。今でも」
「そうか、棒も翔一さんに救われたクチだったな」
世界で一番やさしい人間が、世界で一番強い人間だ。祖父の言葉を思い出していた。
自然と笑みが浮かんできた。
祖父は親父とは仲がよくなかったと思う。親父が敬遠していた気がする。
遊び人で、クエストでもあちこちを飛び回り、あまり家にも帰ってこなかったのかもな。
そんな親父の対応に、祖父が悲しい表情を見せていた記憶が少しあった。
だからこそ、俺をかまってくれたんだろう。
爺ちゃんのやさしさは家族には充分に伝わらなかった、淋しいよ。
「やはり、祖父の死には暗殺者ギルドが?」
「「。。。」」
『またかよ!』
「10年前に、君が通っていた中学校が残党に狙われたことがあるんだ」
『。。。』
なに?モノマネか?
「ターゲットは俺ですか?」
「おそらく」
「その事件で、翔一さんの手によって完全に暗殺者ギルドが一度沈黙したんだ。そのあと、気を抜いたんだろうなぁ」
「酔って川に落ちたのは、くつがえらない?」
「まぁ、気の毒ではあるんだが。。。すまん」
まぁ、わかってたことだしね。もしかしてという、期待は裏切られたわけで。
爺ちゃん、親父が泣いてるよ。。。
「中学の事件は、いつ頃のことですか?」
美杉は日付や時間まで覚えていた。
『愛梨が引っ越しする少し前だよ』
よく覚えてるな。
『夕方遅くまで残って、手紙を机に入れようとしたろ?』
あぁ、思い出した。手紙を書いてる途中で親父が迎えにきて連れてかれたんだ。
『なんだとっ!?』
「うわっ、急になんだよ」
俺は生霊の強い反応に声を出してしまう。
注目が集まる。御室が代弁してくれる。
「津神の生霊ですよ。こいつの固有スキルです。それと頭の中で会話していたんでしょう」
「生霊がスキル?業が深いのも翔一さん譲りだな。ククク」
「しかし、霊とは少し違うようです。幽界ではなく、亜空間にいるようだ」
棒空が生霊の方向を向いて言うと、美杉が目を見開いて驚く。
「亜空間か。なるほど。いちいち縁を感じさせるのも翔一さん譲りだ」
「はぁ」
「欧州のテログループに能力者がいてな。そいつが日本でテロを画策してる」
「はい」
「そいつは、能力を使って亜空間に爆発物を設置するんだ。爆発させる直前に現出させる。手に負えねぇ」
「。。。そいつを生霊でどうにかできないかと?」
「亜空間なんて、意味がわからんからな。どう転ぶか想像もできん。だが、試してみてくれないか?」
『やるだけやってやるよ』
「やるそうです。あ、生霊が言いました」
御室が微妙に嫌そうな顔をしている。
「もしかして、俺が呼ばれたのは?」
「あぁ、お前、シックスセンスってのが使えるんだって? ふふ、それで生霊が見えるなら願ってもないな」
「誰がそのことを。。。」
「おーい。真魚!出てきてくれ」
シュタッ!
『シュタッ!って鳴ったぞ、おい』
音がした後方を振り返ると、そこには『忍者』が片手を床についてうずくまっていた。
「御室明良の監視をギルドから命令されている、真魚と申します」
『「「忍者だ!!」」』
生霊は小躍りして喜んでいる。その気持ちわかるぞ。
顔は頭巾で見えないが、忍者の声は高めだ。女の忍者。クノイチ!
しかも、鎖帷子風の網タイツ!!
伝説の網タイツ忍者が実在した。由美かおるだけじゃなかったのだ!
一緒に驚いていた御室が聞く。
「いつから?嘘だぁ?」
「自分の忍術スキルは特大。知覚強化(中)など、赤子の手をひねるがごとし!!」
赤子の手をひねるのはダメですよ、忍者さん。




