015 Brother
スマホの通知を告げる音が、俺の意識を呼び戻した。
『依頼達成だってよ』
お前は見なくてもわかるのか?
『俺はスキルだからな』
はいはい。
「早く担架を用意して!救急車を!」
ホームで、うつ伏せに倒れていた俺は身を起こそうと腕に力を込めると、左腕から激痛が走った。
力が入らない左側をかばうように転がり、あぐらをかいて座った。
頭部からの出血が激しい。
『大丈夫、脳みそがハミ出てたりしてない。安心しろ。頭の傷は血が出るもんだろ』
そうだな、高校の頃にたまにケンカで流してた気がするよ。
左腕を見る。折れてはいるが、腕を失ったりはしていなかった。
『おニューの革ジャンが台無しだな』
ああ、でも、これがなきゃどうなってたか分からん気がする。
ちゃんと直して使おう。
身を起こし座った俺を見て、周囲は再び騒然となりだした。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
青年がひざまづいて俺に謝っていた。
「なんもしてないんだろ。なら謝るな」
「でも、俺のせいで。。。」
「あんたのせいじゃない。新入社員なんだろ?会社きついか?」
「え、そ、そうですね。はい。正直、しんどいです」
誰かが言った。
「あの女、殺そうとしたぞ」
「あの、おっさんたちが騒ぎを大きくしたから偉いことになったじゃん」
「ちっ、酔っ払いが調子に乗ってんじゃねーよ」
「あの兄ちゃん、尋常じゃない速さで動いたぞ」
「ブスが痴漢痴漢って騒ぐんじゃねーよ」
被害者面の女は放心したように跪いていた。パンツ丸見えである。
気まずい中年男たちは周囲を見回して逃げるタイミングを見計らっているようだ。
彼らを責める周囲の言葉は広がっていく。
これって、同じだろ、さっきまでと。
「誰も悪くないですよ」
続ける。
「女の人は、正気を失うほどいつも痴漢に怯えてるのかも知れないし、あの人たちも最初は善意からだったはずです」
「でもさ、なぁ」
「聞けよ。バカ」
「命がけの言葉ってか」
青年を見る。泣いていた。
「君も悪くない」
「でも、あなたが」
「俺は大丈夫だ。俺は大丈夫。君もそうだろ?」
「俺も大丈夫、なんでしょうか?」
「君が大丈夫なら、俺は大丈夫なんだ。たぶんな」
駅員が担架を運んで来た。
俺の出血を見て怯える若い駅員。
「だから、俺は大丈夫だって」
とニヒルに笑ってみた。なんとなく強がるのは今だと思った。
担架に乗せられ、運ばれる途中、胸元が大きく開いた谷間の女が声をかけて来た。
「後は任せてくれていいよ。あんた、かっこいいね。これ名刺、今度遊びに来てよ。待ってる。サービスするから」
キャバクラの名刺だった。JKZやリオには負けるがいい女だと思う。
ちょっと歳が上かな、30前ってとこかも。
俺はおっぱいから目を離せないまま、どこかへ運ばれて行くのだった。
『だから、いいおっぱい(女)だって言ったろ?』
うるせーよ。
このクエスト、受けたのが俺じゃなかったら、もっと上手くやれてたんだろうな。
後日、都心の公園、イベント会場。
俺は最前列に陣取り、JKZの登場を待っていた。
あの後、病院に入院させられたのだが「転院する」と言って翌日には病院から抜け出した。
病院には警察が事情を聞きに来たが、「大ごとにしたくない」とだけ俺は頼んだ。
治療費は電鉄会社が出してくれたと思う。たぶん。
今の俺は頭に包帯、左腕はギブスを付けて首に吊られている。
祖母には呆れられ、泣かれた。それが一番辛かった。
JKZに怪我を見せるのは抵抗があったが、どうせバレるのだ。
ここは最前で目立っておいた方が後々面倒が少ないだろう。たぶん。
生霊はステージに上がってダンサーのパンツを覗いている。
最前で間違ったなと思うのは、唯一そこだけだ。
あいつは俺から10m程度しか離れられない。
JKZが登場したら、すぐに召喚キャンセルしてやる。
『そりゃないぜ、兄弟』
誰が兄弟だっての。意味不明か?雰囲気で語るのはやめなさい。
『お前だって、ビデオカメラ回してるじゃん。これスゲーおかずになるぞ。一緒に観せてね』
JKZをおかずにしてもいいのは俺だけだ。お前には絶対に見せん。
つーかさ、超ローアングルでダンサーの少女たちをどうどうと視姦すんじゃねー!
この前の電車の時の礼は、これを許可してるだけで十分すぎる。
そして、JKZが登場する。
速攻で召喚キャンセルして生霊を消してやった。ざまぁ。
彼女たちはステージでは、ダンススクールの他の生徒に埋もれるようなポジションだった。
だが、どう考えても華がある。他の娘たちと区別がつかない演出家は、アホに違いない。
現に、明らかにファンと思わしき人物が多々JKZに手を振っている。
どっかで見たことのある人物もいるなと思ったら、警察官の御室だった。非番らしい。
桃花と目が合う。一瞬、驚いて、すぐに心配そうな目を向けてくる。
俺はわざとらしくビデオカメラを動かして撮っていることをアピールする。
一度、頰を膨らませてから笑ってくれた。
その後、埜乃、亜美ともに呆れるような表情で俺を見てから、花のような笑顔を見せてくれた。
バディムービーの雰囲気も醸し出せたらと思ってます。
JKZに手を振るファンは全員が冒険者だったりします。
更新頑張ります。




