表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

第二話 それでも、ここにはいられない

何かが、息苦しい。


胸のあたりにずしりと重さを感じて、俺は目を覚ました。


視界に飛び込んできたのは、見慣れないほど豪華な天井。


「あれ……ここ……」


ぼんやりした頭で考えかけた、その瞬間。


——すぐ隣に、男の顔。


「ひっ!?」


声にならない声が喉から漏れた。


赤い目の男は、目を閉じたまま、すやすやと幸せそうに眠っている。


俺を、がっちり抱き枕にして。


「……な、なにこれ……」


胸に回された腕。

絡められた足。

おまけに、腕枕。


完全に逃げ場がない。


外そうとして身をよじるが、びくともしない。


「ちょ、ちょっと……!」


もがいた拍子に、男のまぶたがゆっくりと持ち上がった。


赤い瞳が、まっすぐ俺を捉える。


そして——


「おはよう」


にこっと、信じられないほど機嫌の良さそうな笑顔。


「……っ」


ここはこいつの家なのか?


空を飛んで連れて行かれた記憶は、断片的にしか残っていない。

その後のことは、完全に抜け落ちている。


なんで誘拐犯と一緒に寝てるんだ、俺。


「……か、帰してください」


震える声で言う。


「俺、金なんて……」


“家”に帰してほしい、と言いかけて、言葉が詰まった。

あそこは、もう俺の家じゃない。


男は答える代わりに、さらに引き寄せてくる。


「ぎゃっ!」


ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられて、思わず悲鳴が出た。


苦しい!


「……カネ?」


男はきょとんとした顔をしてから、少し眉をひそめる。


「お前が金に変えられる存在だと、本気で思ってるのか?」


「え……?」


両手で、頬を包まれる。


逃げ場を塞ぐみたいに、顔が近づく。


「お前は——」


「俺の番だ。この世で、ただ一人の」


ツガイ……

ツガイ……って、なんだっけ。


頭の中で、その言葉を転がす。


たしか、鳥とかで聞いたことがある。

つがい。

一生を共にする、相手。


——鳥の、夫婦。


そこまで思い至って、背筋がぞわりとした。


「……え? 番って、夫婦……!?」


「ああ。人間はそう呼ぶな」


男は、こともなげに頷く。


「俺とお前は、魂の伴侶だ」


思わず、ベッドから飛び起きた。


男もつられるように体を起こすと、

さらりと銀色の髪が肩からこぼれ、

布の下から、半裸の上半身が露わになる。


——なんで、上、脱いで寝てんだよ!


一気に血が顔に集まる。


赤くなったり、青くなったり、

感情が追いつかない俺を見て、男はくすりと微笑んだ。


「可愛いな俺の番は」


そう言ってから、少し考えるように首を傾げる。


「……人間の言い方だと、妻、か」


愛しいものを見るような眼差し。


嘘だろ。

こいつ、本気で夫婦になるつもりで俺を攫ってきたのか?


「俺、男です!!」


とっさに叫んでいた。


男は驚くでもなく、小首を傾げる。


「だから?」


「……!?」


男は、俺の手を取った。


逃げる間もなく、その手を自分の胸に当てさせられる。


「性別など、大した問題ではない」


低い声が、間近で響く。


「ここが反応するか、だ」


──違う!


俺は反応してない!


硬い胸板。

どう考えても、女性のそれじゃない。


——触れているこの状況そのものも、落ち着かない。


俺は慌てて手を引っ込めた。 


「あ、あんたのこと、知らないし!」


必死に言葉を重ねる。


「名前だって、聞いてない!」


性別の話をしているのは俺だけで、

こいつは、そこを問題だと思っていない。


噛み合わなさに、焦りばかりが募る。


「それはそうだ!」


男はぽん、と手を打ち、

今度は俺の両手をぎゅっと握った。


「俺の名前は、ヴァルガ」


赤い瞳が、まっすぐ俺を見る。


「お前の名前は?」


なぜだか、名前を言いたくなくて黙り込む。

ヴァルガは顔を近づけて、俺が答えるのを待っていた。

赤い瞳がきらきらしていて、なぜか少し——期待している。


「……晴斗」


根負けして、ぶっきらぼうに答える。


途端に、ヴァルガの表情がぱっと明るくなった。


「……はると」


確かめるみたいに、もう一度。


「晴斗」


「ゔっ……!」


次の瞬間、腕の中に引き寄せられた。


ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられる。


「ちょ、ま——!」


く、苦しい……!

こいつ、力加減ってものを知らないのか……!


もがいているのに気づいていないのか、ヴァルガは俺の名前を何度も呼んで、心底嬉しそうに笑っている。


「晴斗。お前がどういうやつなのか、知りたい」


顔を上げると、赤い瞳とぶつかった。


「何が好きで、何をしていたら楽しいのか」


距離が近い。

近すぎる。


「お前のことが全部、知りたくてたまらない」


蕩けそうな笑顔。


——だめだ。


こいつ、俺が男だってことを、

本当に“問題だと思ってない”。


分かってないんじゃない。

分かった上で、気にしていない。


ぞっとした。


優しい。

嬉しそうで、楽しそうで、悪気なんて一切ない。


……だからこそ、怖い。


俺は、腕の中で小さく息を吸い込んだ。


このままじゃ、だめだ。


逃げなきゃ。


***


あれから、数日が経った。


ヴァルガは、片時も俺から離れなかった。

部屋を出ることは固く禁じられ、彼が少し出かける時でさえ、外側から鍵をかけられる。


簡単には、逃げられない。


それでも、毎日抱きしめられる程度のスキンシップで済んでいることに、俺は心底ほっとしていた。


少なくとも今のところ、酷い目に遭わされる気配はない。


……ない、のだけれど。


日を追うごとに、ヴァルガの過干渉は少しずつ激しくなっている気がした。

着替えに手を出そうとしたり、風呂で体を洗おうとしたり。


俺はそのたびに、全力で拒否している。


絶対、無理だ。


すると、あからさまにがっかりした顔でしょげる。

その様子を見るたび、なぜかこちらが悪いことをしたような気分になった。


……扱いづらい。


誘拐犯との監禁生活としては、たぶん相当ましな部類だ。

だが、過剰な愛情表現も、答えるつもりのない身には、じわじわと堪えるものがあった。


***


「晴斗、食事だ」


ドアからひょこりと顔を出したヴァルガが、いくつも皿を乗せたワゴンを引いて入ってくる。


大きな木の卓に並べられたのは、煮込み料理と焼きたてのパン。

湯気の立つ皿から、香草と野菜の匂いがふわりと漂った。


思わず、目を奪われる。


これだ。

ここから逃げ出せずにいる理由の一つ。


城の雰囲気とは裏腹に、食事は驚くほど素朴だった。

けれど、どれも手が込んでいて、とんでもなく美味しい。


元の国で出されたのは、冷めたスープと硬いパンだけ。

施しとして与えられたものだから、文句を言う筋合いはないのだと、自分に言い聞かせていた。


……いや。


違う。

あいつらが勝手に召喚したくせに。


胸の奥に、どす黒い感情が一瞬だけ広がる。


「ほら、晴斗。食べろ」


差し出されたスプーンに、はっとして顔を上げる。

そこには、満面の笑みを浮かべたヴァルガがいた。


「じ、自分で食べるから……」


「これだけは譲れない」


きっぱりと言い切られる。


「お前の喜ぶ顔を見られるのは、食事の時くらいだ」

「番の喜びは、俺の喜びだ。どうか、そばで見させてくれ」


優しい声と真剣な眼差しに、居たたまれなくなる。


目を逸らし、小さく呟いた。


「……あーんしなくても、見れるだろ……」


渋々口を開ける。

柔らかく煮込まれた肉の味が、じんわりと広がった。


ちらりと盗み見ると、ヴァルガは満足そうに微笑んでいる。


何不自由ない暮らし。

きっと、元の国に戻っても、こんな待遇を受けることはない。


それでも。


俺は、ヴァルガに応えることはできない。


大きく息を吐き、胸の奥の重さをごまかすように、

差し出されたスプーンに向かって、再び口を開いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ