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皆もすなる異世界転移モノといふものを 我もしてみむとて するなり。

 かつて、イギリスで兎穴に飛び込んだ少女は不思議なワンダーランドに迷い込んだ。

 浦島太郎は亀に乗って海の底にある異界に行き、遠野では名もなき人々が摩訶不思議な無人の家に入り込み、子どもたちはワードローブから魔法の国に辿り着いた。

 他にも東京タワーから空に放り出された少女たちや、夏真っ盛りに仮想世界へ飛んだ少年少女なんかもいる。

 古くはイザナギやギルガメシュなどが行った冥府訪問も、似たような異界への冒険物語だろう。

 では、私は?

 私は、この世界でなにをしたらいいのだろう――?



 □■□


「私、千石(せんごく)希星(きせ)! 剛珠ヶ丘(こうすがおか)高校一年二組、十六歳の普通の女の子。だけどある日、学校に行くための準備をしていたら突然! 鏡が光ってその中に吸い込まれてしまったの! 目を開けると知らない世界で、そこの人たちは私のことを聖女だって呼ぶの……わ、私、これからいったいどうなっちゃうの~!?」

「……いきなりどうしたんだポプ?」

「……いや、なんか言わないといけない気がして」


 すん、と表情を無にして千石希星は自分の頭の横でふわふわと浮かぶ白い生物を見た。

 大きさはモルモットくらい。真っ白な体毛に覆われていて、フェネックギツネのように尖った大きな耳をしているのに、顔はハムスターのようにぽへっとしている生き物だ。

 額には体毛とはまた違った輝きを持つ白い一本のツノが生えており、背中では身体の大きさに似合わない小さな二対の翼が無意味にパタパタと動いている。

 前後の足には灰色の縞模様が走っているが、前足はパンダのように肉球がありながらも器用に物が持てそうな形状をしている。灰色の爪が少し怖い。

 そして長い尻尾は何故か黒い蛇の頭をしていた。コカトリスにしては鳥要素が薄いが。

 この謎生物の名前はホープ。

 聖女に付き従う聖獣なのだという。


「女神さまに召喚された聖女として、この世界に幸せを増やしてほしいポプ!」


 希星がこの世界に喚ばれてすぐ目の前に現れたホープはそう言った。

 それから数か月、希星はカラドラシア王国によって保護され、国の重鎮たちに聖女として必要な知識を教わり、ホープには聖女の力の使い方を指導された。

 そして今、あとは人々と関わりながら聖女として活動してほしいと国王たちに頼まれた結果、何故かカラドラシア王国立スフェルジェマ魔法学園に通うことになっていた。


「……聖女って魔力ないから、魔法使えないんだよね?」

「そうポプ」

「なんで魔法学園に通うことになるかなぁ」


 なんなら希星だって、折角魔法のある世界に来たのだから魔法を使ってみたかった。炎や雷を操って悪いモンスターを倒したり、手を使わずにモノを浮かせたり動かしたり、箒じゃなくてもいいから空を飛んでみたかった。

 どれも魔力が必要だから希星にはできないと、この世界に来たその日にホープに告げられている。少しくらい夢を見せろ。


「で、聖女の力を使って人々を幸せに……?」


 てっきり戦場に連れ出されて戦いで傷付いた兵士たちの怪我を治したり、希星をこの世界に喚んだという女神に祈ってなにかしらの奇跡を起こすのかと思ったのだが。


「この国ではもう戦いは起こっていないよ。近隣諸国とは良い関係を結べているし、魔族との闘いは五年前に集結したからね」


 そう教えてくれたのはこの国の第一王子であるウィリアム・フラウス・エルド・カラドラード。希星より少し年上の、いかにも「王子様」といった容姿と性格の青年だ。


「戦いも終わっているのに何故、今更、聖女が召喚される……? こういうのってセオリーとして世が乱れてるから喚ばれるとかじゃないの?」

「聖女は世界に幸せを増やすのが仕事ポプ。そもそも戦う力なんてないから、乱れ過ぎた世では役に立たないッポ」

「まぁ……そんなときに喚ばれても困るけどさ……」


 とはいえ魔族との戦いで国はだいぶ疲弊したし、下層階級の国民は未だ苦しい思いをしている者も多いようだ。


「聖女よりも炊き出しとかする人の方が必要なんでは?」

「聖女は一人一人をちまちま救うんじゃなポて、一気にどーんと幸せにするのが仕事ポプ」

「それはもう国の仕事であって、聖女云々の問題か……?」


 そうは言っても既に希星は女神によってこの世界に喚ばれている。今更言っても仕方がないか、とため息を吐きつつ自分のできることを探す希星だった。





「そもそも、聖女の能力がさぁ」


 学園に到着した馬車から馭者の手を借り降りる。

 大きな建物だ。某ドーム何個分? なんて考えながら、希星は周囲を見渡す。

 真っ白な外壁の王城とは違い、こちらは煉瓦造りの温かい色をした三階建ての建物だ。正面に見える塔には大きな鐘が陽光を受けて輝いている。

 登校する生徒の姿も見え、雰囲気はどこぞのカレッジに近い。


『ああ、眠いな。一限目ってなんだったっけ?』

『朝から殿下の姿を拝見できたなんてラッキー! 今日はいい日になりそう!』

『あれ、もしかしてあの黒髪……聖女さま? わ、本当にこの学園に編入してくるんだ!』

『まずいまずいまずい! 今日の一限目、歴史学なのに課題やってなかったどうしよう!』


 ざわざわとした朝の喧噪に、少しだけぼやけたような声が混じる。

 希星はため息を吐きながら空を見上げる。無駄にいい天気だ。


「なんで人の心の声を聞ける、なんて能力なんだろう」


 背後で馭者が馬に合図して馬車が去っていく。

 それを見送って、希星はまたため息を吐いた。


「ため息ばっかりな聖女だとみんな心配するポプよ」

「こちとら知らん人間の心の声がダダ洩れで聞こえてくるんじゃい。ため息くらい吐かせろ」

「聖女の力をコントロールできるようになったら大丈夫っポ~」


 ホープは希星の頭の横でくるくると回る。


(うっぜぇ……)


 だったらそのコントロールの仕方を教えてほしいものだが、それは自力で掴むしかないと指導初日に投げられている。なんのための指南役だ。

 初日は言葉にもならないような他人の思考が脳みそに流れ込んできてくれたおかげで、熱を出してひっくり返ったほどだった。

 今はなんとか頑張って、ちゃんと文章になっている言葉だけが聞こえるようにはなっている。

 できればもう少し頑張ってオンオフ切り替えのスイッチでもつけたいところだ。

 人の思考なんてものは結構とりとめのないもので、真面目に聞こうとすると大変疲れる。


『わぁ、今日もスミシー嬢はとても可憐だ……お話ししたい……』


 心の声が聞こえるということは、こういうことも聞こえてきてしまうのである。

 城の中だけを歩き回っていた数日の間にメイドや兵士の秘めたる恋心をどれだけ聞かされてきただろう。

 そしてドロドロとした人間関係まで薄っすらと見えてしまって、希星は危うく人間不信になるところだった。まだ十六歳の身で人生に絶望はしたくない。

 とはいえしんどい思いばかりしていたわけではない。

 希星はちゃっかりと野次馬根性を出し、甘酸っぱい恋模様を繰り広げている二人組を何組か見つけた。これからどうなるのかわからないが、定期的に観察するつもりだ。

 なのでこのときも、声の主を見てやろうと再び辺りを見渡した。


『仲良くなれたら……いや、僕なんかが声をかけていいわけが……』


 彼はすぐに見つかった。

 おどおどと挙動不審にしている地味な青年がその心の主なのだろう。

 視線の先は希星を挟んで反対側、ちょうど別の馬車から降りてきた同じ年ごろの少女だ。いかにも清楚なお嬢さまといった風貌だが、城で煌びやかな王族たちに見慣れてしまった希星にはよく見る平凡な少女に見えた。

 あのキラキラしい王子さまを見てしまえばだいたいの男は野暮ったく見えるし、その妹姫を見れば大抵の令嬢はモブのようなものである。

 ド失礼な感想を抱きつつ、それとなく校舎に向かって歩き出す。

 少女に近付くと、今度は少女の心の声が聞こえてきた。


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