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『あ……あれはジョーンズさま……一体なにを見て……あ!』
お、自分を見ていることに気付いたか?
希星は首を動かさず、自然に見えるように視線だけで様子を窺う。
『あの聖獣に黒い御髪……聖女さま? 本当にこの学園に通われるのですね……。も、もしかして、彼も聖女さまを見て……?』
いや、なんでそうなる。
思わず足を止める。釣られたのか、少女も足を止めた。
『ああ、視線が止まった……やはり、聖女さまを……』
「なんでやねん」
つい口に出す。幸い聞こえていたのは隣でふよふよ浮いているホープだけだ。
『そうよね……ジョーンズさまなら聖女さまへ求婚されてもおかしくはないわ……それに比べて私はただの準男爵令嬢……そもそも話しかけることすらできない相手だもの……』
『今日はやけに憂い顔が美しい……。やっぱり父を説得して彼女に求婚を……いや、まずは彼女の意思を……ああ、駄目だ、そのためには話かけないといけない!』
どんどんすれ違っていく二人の心の声に思わず希星は天を仰ぐ。
横でホープが「またなにか聞こえてるポプ? あんまりそっちに集中するとコケるポよ」などと言っているが返事をする余裕はない。
ジョーンズとやらのことは知らないが、スミシー令嬢は希星と彼がいつ出会ったと思っているのだろうか。昨日まで城の中でしか行動していないので登城している貴族しか会ったことがないのだが。
というか突然間に挟んでこないでほしい。人の恋路を野次馬するのは好きだが巻き込まれるのは嫌だ。
『どうやったら彼女に自然に話しかけられるだろうか……』
『いつまでもこんな恋心に浸ってはいけませんね……帰ったら、お父さまに例の縁談を進めてほしいとお願いしましょう。婚約者が決まれば、きっとこの気持ちも忘れられるはず……』
『ああ、なにかきっかけがあれば……いや、でも……』
ちょっと待って。
思わず希星の口がぽかんと開く。
この短時間で良からぬ方向へ行こうとしている。
『また今度、話しかける練習をしてから声をかけよう』
「今、声かけなさいよ!!」
勢い余って思った以上に大きな声が出た。
周囲が何事かと目を丸くして足を止めているが、希星にはそれどころではない。
(悲恋なんて物語の中だけで十分だよ!)
希星は去年、友人に薦められて読んだ漫画が手酷い悲恋モノだったせいで今でも恋愛モノのバッドエンドは苦手だったりする。
向きを変えて一直線にジョーンズ青年の方へ走る。
「そこのあなた!」
「ひぇっ、え、せ、聖女さま……?」
頷きながら息を整える。
「さっさと彼女に声をかけなさい。後悔するわ」
「え? え……?」
ジョーンズ青年は目を丸くしてぽかんと口を開けている。
その訝し気な視線でようやく、ざわざわと周囲がこちらを窺っていることに気付いて希星は顔を引き攣らせた。
あ、完全に不審者だ、これ。
「キセ……なにが聞こえたのか知らないけど、それじゃただの不審者だポプ……」
(うるっさい、わかってるよ)
ホープの声も聖女以外には聞こえていないので、周囲にはいきなりジョーンズ青年に声をかけたかと思えば聖獣を睨み付ける変な女にしか見えない。
もとより人の心が聞こえるだなんて、いくら聖女でもきっと嫌がられるだろう。希星なら勝手に心の中を覗かれるなんて嫌すぎる。
聖女の力についてはあまり詳しく伝承されているわけでもなかったので、幸い今のところ誰にもこの能力は知られていないが。
必死に考えていると、目の前でジョーンズ青年がはっとなにかに気付いた顔をした。
「もしかして……」
(え、能力バレた?)
「聖女さま、僕に関してなにかご神託を受けられたのですか?」
「……そう、です!」
勢いで頷いた。
「たった今、女神さまよりご神託を頂きました」
「お、おお……やはり……。そ、それで女神さまは一体、僕になにを……?」
こほん、とわざとらしく咳払いをして重々しく頷く。
「今すぐに『彼女』に声をかけ、思いを打ち明けなさい。でなければお互いに不幸になるでしょう。……私には『彼女』が誰のことかはわからないけど、あなたならわかっているのでは?」
「そ、それは……」
「後悔のないように」
「女神さまのご加護がありますように」と祈りの言葉を添えておく。
青年は驚いた顔で希星を見、そして一瞬だけ背後にいるであろうスミシー令嬢に視線をやった。
はよ行けの気持ちを抑えて、横で「女神さま、そんなこと言ってるポプ……?」などと余計なことを言うホープの口を手で塞いだ。他の人にはその言葉なんて聞こえず、小動物の鳴き声にしか聞こえないとはわかっていたが、なんとなく。
「わ、わかりました。聖女さまが……女神さまがそう仰るなら……!」
覚悟を決めたのか、ジョーンズ青年が頷く。
そして希星に小さくお礼を言い、その横をすり抜けてスミシー令嬢の方へ向かって歩き出した。緊張しているのか、右手と右足が一緒に出ているが、大丈夫だろうか。
「エマ・スミシー嬢!」
「は、はい!」
ジョーンズ青年がスミシー令嬢の前で膝を付き、手を差し出す。
「ずっと憧れていました。どうか、僕にあなたの笑顔を守らせてください」
「え……え?」
はっとスミシー令嬢が両手で口を覆い、目を見開く。
「突然のことなので、花も指輪も用意はできていませんが……僕を選んではくれませんか」
「っ、はい……はい、私でよければ!」
二人の手が重ねられる。
スミシー令嬢の紅潮した頬に喜びの雫が伝った。
呆気に取られていた周囲も、突然の公開プロポーズにようやく頭が追い付いたのか、まばらに拍手が起こり、徐々に大きくなっていく。
祝福される二人は顔を見合わせ、照れくさそうに眉を下げる。
「すごいポプ! 聖女として一気に二人も幸せにしたポね! それに周りもみんな喜んでいるポプ! 幸せの波動を感じるポプ!」
「……流されただけな気がするけど……」
まぁ、今のところハッピーエンドなのでいいか、と胸を撫で下ろす。
今後の彼ら? 流石にそこまで面倒見きれない。勝手に幸せになってくれ。
「なんか……朝から疲れたな……」
さっさと校舎に入ってしまおう。そう思って希星はくるりと二人に背を向ける。
しかし手に手を取った二人が立ち去ろうとした希星に気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「聖女さま!」
呼び止められては足を止めるしかない。
できるだけ笑顔を作って振り返ると、キラキラした目でこちらを見る二人と目が合った。
「聖女さまのおかげで勇気を出せました。ありがとうございます!」
「どうか私たちの結婚式には是非いらしてください」
「ああ、はい……えっと、お幸せに……」
貴族の恋愛観、よくわからない。そう思いつつ、あまりのスピード感に圧倒される。
ついでにあとで変な難癖をつけられても困るので、「あとは二人で切り開いていくように。女神さまも見守っておられます」などと適当に言っておいた。
二人は感極まった様子で重々しく頷く。
「それでは」
制服のスカートを少し抓んで淑女の礼をして急いで(しかし優雅に)歩き去る。
礼儀としていくつかの作法を城で叩き込まれたが、役に立ったことにほっとした。駆け込むようにして早歩きで校舎に飛び込む。
周囲の視線が途切れたのを見て、希星は大きくため息を吐いた。
「……朝から……疲れた……」
「まだ今日の授業も始まってないっポ」
「帰りたい……」
それが元の世界の実家なのか、城で宛がわれた自室なのかは自分でもよくわからなかった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、
学園の鐘が鳴る。重々しい、腹の底に響くような音を聞いて、希星はもう一つため息を吐いたのだった。




