86 ハーフエルフっ娘の王都防衛7 ~ 数々のすれ違い
コエリーオ王は切羽詰まっていた。
周りは敵だらけ。
そのうえ今現在、敵の……ある意味において親玉と言ってもいい人物の膝の上に座らされている。
さすがに自分の肖像画などは出回ってはいないはず。だから正体がバレる可能性は、ほぼ皆無だろう。
だがコエリーオ軍が使っている砦に戻る術がない。
テレビ中継で観たラトゥーミア国王の末路が頭をよぎる。
彼は東の死神を怒らせ、半日ほどで捕えられてカデン領に連れて行かれた。
まさか自分が同じ運命を辿るとは思ってもみなかった。
しかも、複数の護衛が常に扉の入り口を固めていたはずだ。それが目を覚ました時にはすでに抱きかかえられて外を走っていた。これは何の冗談だ?
それに、何だここは?
何で目の前にある無数のテレビに自軍の動きや、東の死神の陣営周りが映し出されているんだ?
これでは、敵の目を盗んでこっそり抜け出すのは完全に不可能だった。
それどころか、味方が忍び込むのも無理だ。
自分は、どこで間違えた?
このような人外の生き物に手を出したのが間違いだったのか?
ああ、分かっている。ホーズア国王に届きそうな距離まで難なく近付けたからと、功を焦ってしまったのは間違いだった。
最初から東の死神がテレビで言っていた通り、この場所を新たな国境と定めて満足するべきだった。
(おうちに帰りたい……)
◆ ◆
「将軍!やはり外の見張りも誰かが出入りするのを見ていないそうです」
「なら、国王様はまだ砦内にいらっしゃるのか?」
訳の分からないことだらけだった。
嗅覚の優れた者たちによると、コエリーオ国王は通路を抜けて、建物を出ると広場を通って門を潜った事になる。大勢の兵が行きかう中。
念のため、夜間に起きていた兵たち全員に話を聞くように複数の者達に指示したが、誰も国王が外に出るのを見ていなかった。
ダミーの匂いと言う可能性もある。国王が身に着けていた物を持って歩き回ればいいだけだ。
夜間とは言え、大勢の兵が交代で起きている。兵の扮装をすれば……いや、国王軍として参加している兵が加担している可能性もある。
将軍は、この砦に隠し部屋のようなものがあって、国王はそこに監禁されているのではないかと疑っていた。
打ち捨てられていたとはいえ、元々ここは敵の砦だ。そのようなギミックがあってもおかしくない。
「嗅覚の鋭い者を総動員して、建物内をくまなく……」
「将軍!!コエリーオ国王様が!!」
次の指示を出そうとしていたところ、兵の一人が血相を変えてやってきた。
『……そして、コエリーオ王国軍に捕えられていたのは、この兎人の女の子です。ねえ、お名前をもう一度教えて』
『ワタシ、コエリニア』
将軍の目に映し出されたのは、赤い布をリボンのように耳に着け、テレビの前でフォーリィの膝の上に座っているコエリーオ国王の姿だった。
フォーリィは、コエリーオ王国軍が砦から出てくる気配がないため、取り敢えずテレビ中継で少女を保護した事を伝えることにしたのだった。
そして、テレビカメラなど見たことがないコエリーオ王は、彼女が魔道具で誰かと会話しているのだろうと思い、大人しくリボンもどきを着けさせ、言われるままになっていた。
もし、今の自分の姿がテレビで報道されていると知ったら、必死で暴れていただろう。
「東の死神に捕まったと言うのかぁぁ!?」
怒りと絶望が混ざった声で、将軍はテレビに向かって叫んだ。
「将軍、落ち着いて下さい。幸い敵はまだ、捕らえた者の正体に気付いていないようす。まずは奪還作戦を考えましょう」
「あ、ああ。そうだな」
思わず取り乱してしまったが、側近の言葉に少しだけ冷静さを取り戻した。
「将校たちを集めろ!緊急作戦会議だ」
一方、カデン領都では……
「ク……ク……クリザテーモさん!伯爵様は冗談で言っているのでしょうか!?」
兎人のマレーラが顔面蒼白になり、テレビを凝視していた。
彼女はカデン領の筆頭書記で、テレビで速報が入るたびに会話の内容をタイピングしていた。
フォーリィの書記となってからは、自分が仕える主人がわずか数時間で敵国王を捕えたりと驚くことばかりだったが、さすがに最近はそれほど驚かなくなった。慣れとは怖いものだ。
だが、今回はマレーラもかなり驚いた。
「本人はいたって真面目なんだと思う……恐らく」
クリザテーモ北カデン内政担当は、疲れたように眉間をグリグリと揉みほぐしながら答える。
「だけど、伯爵様が膝の上に乗せているのは、どう見ても男の人ですよね?しかも二〇代半ばくらいの……」
唇を震わせて顔を向けてくるマレーラに、クリザテーモは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「ああ、ビリーナ種でしたか。確か三〇代半ばまで成長し続けるんでしたっけ?」
「ええ、そうです。耳が短いですよね?」
そう言われて記憶を探ると、確かに彼女の言う通り、今テレビに映っている者は今まで出会った兎人の子供よりも耳は短かった。
「まさか、伯爵様……私と一緒に面接を受けた兎人は全員女性だと思っていたんじゃ……」
その、まさかだった。
マレーラと一緒に面接を受けたのは、彼女の他に四人の兎人だったが、その内の一人は年配の女性で、後の三人は二〇代の男性だった。
書記の募集を掛けるさい兎人特有の耳の良さが必要だったため、種族の申請が必要だった。だがフォーリィは性別で差別する気はなく、性別の申請は求めなかったので、見た目から全員女性だと思い込んでいたのだった。
他の種族基準で見たら女顔の兎人ゆえの勘違いだった。
そして王都では……
「な………………」
ホーズア国王たちがテレビの前で固まっていた。
「こ、こ、こ、こ……」
「こ、こ、こ、こ……」
暫らくして、辛うじて再起動した宰相と宮廷魔術師が揃ってニワトリ状態となった。
「こ、こら、落ち着け。落ち着かんか」
彼らの声で復活したホーズア国王は、パニックになりかけの頭で、どうにか皆を落ち着かせようとする。
「こ、こ、国王様!あれって……あれって……」
「コエリーオ王じゃないですか!」
彼らが錯乱するのも無理はない。国王自身、今は落ち着いて話せるような状態ではなかった。
「そうだ!確かにそうだ!コエリーオ王だ。間違いない。そうだ。絶対そうだ。そうなのだが……」
どうにか心を落ち着かせようと必死に頭を振るホーズア国王。
彼はコエリーオ王とは直接会ってはいない。
だが、何度も親善大使を送っていて、その時に王国一の絵師を同行させていたので、肖像画が作られて城で厳重に管理されていた。
そしてホーズア国王や宰相たちも年に数回は肖像画保管庫に入り、近隣諸国の重要人物の顔を忘れないように覚えなおしていた。
だから彼らは分かる。あれは間違いなくコエリーオ王だと。
「し、しかし……コエリーオ王国軍から王都を守ってくれとは言ったが、まさか敵国王を捕えてしまうとは……は、ははは……ま、まあ、これで戦争は終わりだな」
ホーズア国王は、敵の侵攻による緊張から解放させ、一気に脱力する。
「後は彼女がコエリーオ王をこちらに連れてくれば、全て終わりですね」
ホーズア国王と宰相の胸に、じわじわと喜びが込み上げてくる。
「…………」
そんな中、宮廷魔術師は口に手を当て、何やら考え込んでいた。
「どうした?何か気になる事でもあるのか?」
王の問いに宮廷魔術師は、ふと過った不安を口にした。
「彼女……少女を保護したと言ってました」
「ああ、たぶん記憶喪失だからウサギの男女の違いが分からないのだろう」
登城したら教えてやらないとな、と言ってホーズア国王はにこやかに笑う。
「あ、いえ、そこではなく、問題は彼女が未だに敵国王を捕えていることに気付いていないことです」
「「!!」」
宮廷魔術師の指摘に、国王と宰相は固まった。
「ホーズア国側の者が、保護された兎人の両親だと名乗りを上げれば、彼女はコエリーオ王を引き渡してしまうのではないかと……」
「おい、誰か!カデン伯爵直通のテレビ電話をここに!」
その言葉に、数名の兵士がカチャカチャと鎧を鳴らして足早に執務室を後にした。
そして暫らくして執務室にテレビ電話が運び込まれると、急ぎ起動した。
『国王様、お久しぶりです』
画面に現れたのはラントゥーナ補佐官だった。
「あ、ああ、久しぶりだな。それよりカデン伯爵を出してくれ」
挨拶をする時間も惜しいとばかりに、ホーズア国王はフォーリィを呼び出すように命じた。しかし、ラントゥーナは困った顔を向ける。
『国王様。ここは第三防衛ラインとなっている旧ロエイロ男爵邸です。いくら規格外の伯爵様でも、機密情報バリバリのテレビ電話を持って最前線には行かれません』
彼女の言う事はもっともだった。
「ああ、分かる。それは分かっている。だが伯爵と連絡をとる方法はあるのだろ?緊急の用事なんだ!」
鬼気迫る顔で訴える国王。
それに対して、ラントゥーナは国王に冷たい目を向けた。
『……それは、最前線で戦っている最中の者を途中で呼び出すに値するほどの緊急性でしょうか』
国王も、彼女がそう言った態度を取るのは理解できた。
これで無理に呼び出し、会話している最中に敵の奇襲にあったら、下手をすると部隊は壊滅になる。
だが、今はそんな事に構っていられなかった。
それに、コエリーオ王がフォーリィの手の内にあるのなら、コエリーオ王国軍が本気の総攻撃を仕掛けてくる可能性は、ほぼ皆無だった。
「ああ、とても重要でなおかつ緊急だ。お主も見たであろう?彼女がテレビで言っていた保護した兎人を」
『その事でしたら、この戦いが終わったら伯爵様にラビィーの男女の違いについて、きちんと教育いたします』
全然緊急じゃないじゃん、と言わんばかりの顔を向けるラントゥーナ。
「い、いや。そこは問題じゃない。いや、問題だか、今はいい!」
今にもテレビ電話を切ってしまいそうな雰囲気を漂わせている彼女に、国王は慌てた。
「それより問題なのは、カデン伯爵が連れて来たラビィーがコエリーオ王だと言うことだ!」
『……』
「……」
『……』
「……ラントゥーナ。大丈夫か?」
『……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?』
ようやく脳が国王の言葉を理解すると、ラントゥーナは目をむいた。
「ああ、驚くのも無理はない。わしらもテレビで見た時はビックリしたぞ」
『ほ、ほ、ほ、ほ、本当ですか?まさか、また「ゴメン。この前の話はなかったことに」とか言わないでしょうね?』
ラトゥーミアの王都制圧で約束された褒美を、わずか数日で反故にされた事を言っているのだ。
それはとても失礼な事だったが、ラントゥーナだけでなく国王にも、そのことを気に掛ける余裕はなかった。
「言わない、言わない。こちらにはコエリーオ王の肖像画がある。間違いない。だから早く彼女に連絡してくれ」
『す、す、すぐに伯爵様に連絡します』
ラントゥーナは慌てて魔道音伝器を取り出すと、魔力を流した。
『あ、伯爵様ですか?ラントゥーナです……えっ?……ちょ、ちょっと待ってください!緊急事態なんで…………』
ラントゥーナは途中で言葉を切ると、数秒間無言でたたずんだ後、魔道音伝器の魔力を切ってガックリと肩を落とした。
『コエリーオ王国軍のほうで何やら慌ただしい動きがあったとかで、今はこちらと話す余裕がないと言って切られました……』
「そりゃあ、慌ただしく動くだろう……」
ホーズア国王は片手で顔を覆いながら深く溜息をついた。
コエリーオ王国軍が表向きの総攻撃を仕掛け、その隙に少数精鋭の別動隊が王を奪還する計画であることは目に見えていた。
「ま、まあ、偽の保護者とかが現れるような状況ではないって事は、当分の間は安心と言うことだな……当分の間は……」
ホーズア国王は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
今まで情報を制して主導権を握って来たフォーリィが、珍しく後手に回っています。




