85 ハーフエルフっ娘の王都防衛6 ~ 急展開
「ストラペイオ侯爵様!山の虎に囲まれています」
林の中、あちらこちらで不自然にうごめく樹木に、ロエイロ男爵が怯えた目で侯爵に助けを求める。
「くっ……」
侯爵は完全に油断していた。
前方に、山の虎に乗って逃げていくコエリーオ王国軍が見えているので、山の虎が林に潜んでいるなど全く考えていなかった。
こうなったら仕方がない。
みすみす敵を取り逃がすことになるが、今はそんなことよりも目の前の危険を回避するのが先決だった。
「全員、集合!『栄光のストラペイオ陣営』だ!」
侯爵の号令で、全員が馬を降りて彼の元に集まる。
そして外側は小盾と片手剣の兵士が固め、その内側では槍兵が槍を構える。
更に内側、侯爵の周りでは魔術師達が全員に身体強化と防御力向上の魔法を掛けるべく、急いで術式を構築し始める。
だが、その時……
「嘘……だろ?」
背後から魔力が膨れ上がるのを感じて振り向いた侯爵の顔は、見る見るうちに恐怖で蒼白になっていった。
彼の目には、開口部を開いて今まさに魔法攻撃を行おうとしている緑鎧龍が映っていた。
「伯爵様!誰か林から出てきました!」
一方、第一防衛ラインでは、林から響いて来た派手な爆発音に心配して双眼鏡で見ていた地上部隊長が、兵士たちが林から出てくるのを確認して叫んだ。
フォーリィも慌てて双眼鏡を覗くと、一〇〇名ほどの兵士達がこちらに向かって走って来るのが見えた。
すると、背後の林の中からいきなり真っ赤な炎の塊が飛んできて、彼等の後方が爆発した。三〇名ほどの兵士達とロエイロ男爵を黒焦げにして。
「緑鎧龍!?まだ残してたの?」
敵の用意周到さにフォーリィは感心するが、それはコエリーオ王国軍がカデン領の砦で痛い目にあったため、相手の警戒心が高まった結果だった。
「数は……三体?押し切れるか……」
フォーリィは少しだけ悩んだあと、秘密兵器を投入することを決意した。
「みんな!急いで防壁を撤去して」
彼女がそう言うと、カデン軍の隊員たちは一斉に動き出し、丸太をどかしたり、打ち付けてあった板を外したりして手早く防壁を解体していく。
「『鉄象』部隊は発進して!」
フォーリィの号令に、板張りの小屋のうち一五軒が一斉に倒壊すると、中から現れたのは鉄象だった。
重機関銃などが敵の数の暴力で押し切られた時のために、小屋の中に隠していた秘密兵器の一つだった。
この鉄象、地球で一般的に戦車と呼ばれるキャタピラ付きのものではなく、旋回砲塔を装備した装輪式装甲車、つまりタイヤで走る戦車だった。
タイヤは左右にそれぞれ四輪、計八輪設置されている。
キャタピラタイプにしなかった理由は、道なき道を突き進むことを想定してはおらず、馬車の往来などである程度整備された道を高速で移動できるようにするためだった。
鉄象は、防壁が外された箇所から一台ずつ前に出て、新たな防壁となるため、等間隔で横に並んで行く。
こちらに走って来ていた侯爵たちは、鉄象を見て思わず足を止めてしまった。
初めて見る物体に、無意識に警戒してしまったためだ。
それを見たフォーリィは、慌ててポケットから赤色ペンライトを取り出すと、それを頭上でクルクルと回す。
「こっちよ!早く来て!」
フォーリィの姿を確認した兵士たちは、弾かれたようにそちらに向かって走り出す。
そして、侯爵も彼らを追う形で走って来た。
「鉄象部隊!徹甲弾を使って!」
鉄象には、水を水素と酸素に分解して爆発させる破裂弾、破裂して引火した特殊油をばら撒く焼夷弾、そして爆発能力のない貫通性重視の徹甲弾が積み込まれている。
各鉄象の装填手たちは徹甲弾を砲身に装填すると蓋を閉じてレバーを捻り、ロックする。
すると蓋の部分に魔力が供給され、そこに設置してある風の魔石が結界内に空気を送り込み始める。
そして二〇秒後、発射可能な圧力に達し、砲撃準備が完了した。
「撃てぇぇ!」
フォーリィが、侯爵たちが戦車の間を走り抜けるタイミングで、砲撃命令を下す。
――ドドドドドオォォォン
轟音と共に放たれる徹甲弾。
その攻撃を受け、侯爵たちを追いかけてきていた緑鎧龍たちが一瞬で肉塊になった。
それを見たフォーリィは、カデン粒子砲を使わずに済んでほっと胸を撫で下ろした。
「こ、こ、これは何だ!?」
だが、ホッとしたのも束の間。今度は内なる火種である侯爵が目を血走らせてフォーリィに詰め寄って来た。
「これは私が開発した鉄象と言う、戦争のための魔道具です」
「こんな魔道具があるなら、なぜ私と共に敵を追いかけなかった!?」
侯爵の身勝手な言葉に、彼女は小さく溜息をついた。
「私言いましたよね?この場所を死守するようにと国王様より命じられているので、援軍には向かえないと」
それを聞いた侯爵は顔を真っ赤にして、まくし立てた。
「貴様あぁぁ、ふざけるな!この私が!侯爵であり純エルフの私が敵に襲われていたんだぞ!何をおいても助けに来るのが当たり前だろうが!」
無茶苦茶だった。
もっとも、圧倒的な死の恐怖にさらされて、まともな思考を保つのは無理と言うものだろうか。
話しても無駄と思いつつも、フォーリィは一応、説明を試みる。
「ここより先は敵国です。わざわざ敵国に足を踏み入れて戦う理由はありません」
「この先は私の領地だぁ!」
侯爵の言葉に、フォーリィは呆れたと言わんばかりの目を向ける。
「元ストラペイオ領です。あなたはコエリーオ王国に戦争を仕掛け、そして敗北し、領地を失ったのです」
彼女の言っていることは事実である。
だが、だからこそストラペイオ侯爵には耐えがたかった。
そして、彼にその事実を突きつけたのは、臆病風に吹かれて戦闘に参加することを拒否した混ざり者。
彼女のせいで自分は全てを失った。
土地も、資産も、自分を支持してくれていた取り巻きの貴族たちも。
そして侯爵の地位を失うのも時間の問題だった。
「全ては貴様のせいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
爆発的に沸き起こる怒りと憎しみ。
そのどす黒い感情がいっきに噴き出すと、侯爵はフォーリィに向かって術式を展開して魔法を解き放つ。
至近距離で放たれる爆炎弾の火球。それをフォーリィがワンステップで横に素早く移動して避けると、火球は彼女の横をかすめて後ろの方に飛んで行く。
――ドオゥン!
遠くの方から轟音が響いて来た。
「あ……あ……」
だが、攻撃を放った本人は、自分の腹部に開いた小さな穴を、信じられないと言う顔で見ていた。
そしてフォーリィの手には拳銃のような物が握られていた。
我に返って急ぎ治癒魔法を展開し始める侯爵。
だがフォーリィは、そんな侯爵の額に表情のない顔で銃口を向けていた。
――パァァン
発砲音と共に、侯爵は額の真ん中に穴をあけ、仰向けに倒れるとピクリとも動かなくなった。
辺りが、しんと静まり返る。
それは、ここ第一防衛ラインだけでない。テレビの前で音声付きで事の成り行きを見ていた国民達も言葉を失った。
暫らくして、レポーターのホシャロンが我に返った。
『な、なんと!ストラペイオ侯爵が逆恨みでカデン伯爵様を殺害しようとして、返り討ちにあってしまいました』
フォーリィの正当防衛は例え身分制度のこの国でも……いや、身分制度だからこそ確実だった。
なぜなら、彼女は何度も言ってたからだ。国王より命令を受けて、あの場所を守っていたと。
それを侯爵が理不尽な非難をし、あまつさえ国王の命により王都に向かっている敵軍の進行を阻むべく国境を守っている彼女に向けて殺傷能力の高い魔法を放ったのだ。
彼女に撃たれなくても国王により処刑されるのは確実だった。
◆ ◆
一時間後、将軍達は打ち捨てられた砦まで戻ると、コエリーオ王国の前で片膝を付いて頭を下げた。
「申し訳ありません。コエリーオ国王様よりお預かりしていたサラマンダー部隊と騎竜隊の殆どを失ってしまいました」
「よい。其方たちの戦いはテレビから観ていた。アレは正真正銘のバケモノだ。よって将軍の責任は問わぬ」
通常なら主力戦力となる部隊を戦闘で失ったのだから、それを指揮していた彼はその責任は免れない。
だが、今回は敵の常識外れな攻撃力と知略を、皮肉にも敵側が提供しているテレビ中継を通して目の当たりにしている。
今まで誰も見たことがない圧倒的な火力を持つ武器の数々。
それで負けたとして誰がその責任を追及できるだろうか。
「しかし、東の死神を突破するのは、かなり難しそうだな。将軍、何か策はあるか?」
「それなら……」
こうして、隠密能力の高い者に忍び込ませて、かく乱する案や、夜襲を掛ける案などが提示され、どのタイミングで何をするかなどを夜遅くまで議論が続いた。
ちなみに、カデン軍は赤外線カメラを多数導入しているので、もし夜襲を行ったとしても、近付いた時点で補足されていただろう。
そして深夜……
コエリーオ王国軍が占拠している古い砦の中を、フォーリィは闇に溶け込み移動していた。
今回も一〇名の将校に原因不明の怪死を届けるためと、あちこちに拳大の監視カメラを仕掛けるためだ。
(お……っと)
見知った顔を確認してフォーリィは足を止めた。
(あれは確か敵の将軍……)
そう、戦闘中に彼女が双眼鏡越しで見た将軍だった。
さすがに彼女は敵の将軍を暗殺したりはしない。
そんな事をして、将軍の弔い合戦だ!とか言って無謀な突撃を繰り返す者が現れないとも限らないからだ。
そんな事をするよりも、将軍自身を追い詰めて、進軍を諦めさせる方がよかった。
(では、ここにいる将軍は避けて……そちらの警備が厳しそうな部屋がいいわね)
フォーリィは警備兵八人の間を堂々と進み、ドアを開けて中に入るが、警備兵達の認識ではそこに誰も通らなかったしドアも開かなかった。
フォーリィは静かにドアを閉め、室内を確認する。
(……ん?)
そこで彼女は足を止めた。
(女の子?)
そこで寝ていたのは一二歳くらいの兎人だった。
「ん……」
兎人が寝返りを打つ。
(か……可愛い♪)
長いまつ毛、ふっくらとした頬、ピンク色で小さな口、小さめの形のいいウサミミ。
フォーリィは地上にも天使はいたんだ、と心の底から思った。
(お持ち帰りしたい♪)
彼女はさっそく兎人に掛けられているシーツを優しく剥がし、ゆっくりと抱き上げた。
間近で見る兎人はとても可愛くて、思わず頬刷りしそうになるほどだった。
(いけない、いけない。今はここから出ることに集中しないと)
フォーリィは心を入れ替え、潜入モードになる。
そこで彼女の警戒心が働いた。
おかしい。なぜ女の子がこんなところに?
将校たちが自分の娘や孫娘を戦場に連れてくるはずはない。
かと言って、コエリーオ王国軍が拉致してきた子供にしては、やけに厳重な警備が敷かれている。
ストラペイオ侯爵に捕えられていたコエリーオ王国の重鎮の娘?いや、それなら保護した時点で本国に送り届けるだろう。
敵のトラップと言うのも考えられない。コエリーオ王国軍は、彼女が潜入するなんて考えていないはずだ。
となると、コエリーオ王国側の内部事情?
(怪しすぎる……)
そして一〇分後……
フォーリィは夜の草原を早馬よりも高速で、音もなく走っていた。
ホクホク笑顔で……
兎人をお姫様抱っこして……
潜入モードの彼女が、怪しいと感じつつも危険性は皆無と判断したためだった。
「……ん」
そこで兎人が身じろぎして目を開けた。
さすがに抱きかかえて揺らしながら走れば目も覚ますだろう。
自分が置かれている状態の異常さに、兎人は、くわっと目を見開いた。
『うわっ!な、何だ?何が起こってる?』
「あっ、起きちゃったのね。ホーズア王国語は分かる?大丈夫よ。あなたは無事保護されたの。もう安全だわ」
そう言ってニッコリと笑うフォーリィに、兎人は顔に恐怖を張り付けて叫ぶ。
「イマ、マサニ、アンゼン、ジャナイ、ジョウタイニ、オカレテイルンダガ!?」
激しく暴れる兎人。
このままでは運ぶのは無理なので、フォーリィは一旦足を止めると兎人の首筋に手を伸ばして頸動脈を圧迫した。
素人がやると危険この上ない行為だが、彼女は前世で、訓練や仕事で何百回も行っていた。加減を間違えるような失敗はしない。
カクンと脱力する兎人を抱えなおして、彼女は再び闇夜を走り出した。
◆ ◆
「……ん」
再び兎人が目を覚ましたのは、空がうっすらと明るくなってきた頃だった。
「あら、起きたのね」
首だけ振り返り、ニッコリと微笑むフォーリィ。
彼女は、ランタンから漏れる明かりの魔石の淡い光の中で、背中を向けてブラジャーを着けている最中だった。
『なっ!?お前、何してるんだ、人前で!』
慌てる兎人。
状況から察すると、自分はこの少女と一緒に寝かされていたのだろう。そう思うと、心臓がますます高鳴った。
だがフォーリィはコエリーオ王国語を知らないので、その意味は理解できなかった。
だから知らない場所に連れてこられて慌てているのだろうと解釈した。
フォーリィは素早くインナーを着て、戦闘服を身にまとうと、振り返って兎人の前まで来た。
「ねえ、あなたの名前を教えて?」
薄暗いテントの中、フォーリィが顔を近付けたことで兎人は初めて彼女の顔をまともに見た。
「ワタシ……オナノコ(東の……死神)?」
「え?ええ、女の子ね。それでお名前は?」
兎人は理解した。
自分はとんでもない所に連れてこられたのだと。
「ワ……ワタシノ、ナマエ……コエリニア」
「そう、コエリニアちゃんね。私はフォーリィ。こう見えても伯爵をやってるのよ。だから安心して。あなたは安全に両親の元に送り届けるから」
ニッコリと笑うフォーリィ。
だが、兎人は血の気の引いた顔で凍り付いていた。
「ん?なんか顔色がよくないわね。こっちにおいで。一緒に朝ご飯を食べましょう。と言っても、ここは戦場だからレーションだけど」
その頃、コエリーオ王国軍の砦では……
「コエリーオ国王様はどこにも見当たりません!」
「護衛は何て言ってる?扉の前に八人も配備させていたのだぞ!」
「そ、それが、誰も出入りしていないと……」
「だったら、なぜ国王様がいなくなってる?少なくとも扉から外に出たはずだろ!?」
「わ、分かりません!」
国王が忽然といなくなって、大騒ぎになっていた。
「あれっ?コエリーオ王国軍の方で何かあったのかな?」
そのようすをモニター越しに見ていたフォーリィは首を傾げた。
膝の上に敵国王を抱えて……
と言う訳で、「コエリーオ」の名前の由来はポルトガル語のコエーリョ(兎)でした。
さて、フォーリィは自分がお持ち帰りしたラビィーが敵国王だと、いつ気付くでしょうか。
乞うご期待です。




