79 ハーフエルフっ娘の遊園地がピンチ4
68話目の最後に、後日談として4行ほど加筆しました。
この話、後に出す予定でしたが、話の流れからこの話をする機会がなくなってしまったので、68話目に追加させて頂きました。
「遅い!あいつらいったい何をしているんだ?」
ストラペイオ侯爵は執務室でいらただしげに貧乏揺すりをしている。
彼が待っているのは、コエリーオ軍をカデン領へ誘導したという自軍からの連絡だった。
宣戦布告と同時に攻め込んだのだ。敵の砦には程よく被害を与えたはずだった。
それなのに、あれから一〇日。サリーニョ砦を攻撃するよう命じた部隊からは何の連絡もなかった。
だが、噂をすれば影。
次の瞬間には、その部隊に関する情報が執務室に舞い込んだのだった。最悪と言う形で。
「侯爵様!サリーニョ砦に向かった部隊の全滅が確認されたとの連絡が入りました!」
「なにっっ!?」
息せき切って執務室に入って来た館の門番からの報告で、その場の全員に衝撃が走った。
その後、謁見の間で輸送部隊の隊長から聞いた話では、コエリーオ王国の国境付近で、大量のストラペイオ侯爵軍の、獣に食いちぎられたような遺体が見つかったとの事だった。
「お前たち、どう思う?」
輸送部隊長を下がらせた後、侯爵は将軍達と情報の整理を始めた。
「恐らく、コエリーオ王国が飼いならしている山の虎かと思います」
側近が恐る恐る思いついた可能性を口にした。
「適当な事をぬかすな!先鋭部隊だったんだぞ!山の虎くらい、例え一〇〇匹現れても簡単に殲滅できるわ!」
「ひぃっ!」
侯爵の剣幕に、側近はビクッと肩を震わせた。
「今度そんなふざけた事をほざくと、身分をはく奪して鉱山で強制労働させるからな!他に意見はないのか?」
このような空気で、誰も口を開けるはずがなかった。
侯爵は周りの皆は無能ばかりと思い込んでいる。だが実は、侯爵自身が彼らの自発的な言動を阻害しているのだが、当の本人はその事に全く気付いていなかった。
こうして、重い沈黙を保つ家臣たちと、イライラを募らせている侯爵が無意味な時間を消費している中、門番が再び血相を変えて謁見の間に飛び込んで来た。
「侯爵様!ジニパポウ砦がサラマンダーの大軍に襲われているそうです!」
「なにぃぃぃぃ!?」
ジニパポウ砦は、ストラペイオ侯爵領の北西に位置する、コエリーオ王国との国境に建てられた砦だ。
北東部の敵の砦に攻撃を仕掛けた自軍が全滅し、今度は北西部の自領の砦が敵に襲われる。
展開が早すぎた。
敵が素早く移動した?それとも別動隊か?
「い、いや、さすがにあの亜人達とてサラマンダーは飼い馴らせられないだろう。そ、そうだ……た、たまたま野生のサラマンダーが砦を襲ったに違いない。うん、そうだ」
血の気の引いた顔で、懸命に現実逃避しようとしているが、サラマンダーは自分たちのテリトリーを侵す者には牙を向けるが、自分たちから人間たちに攻撃を仕掛けたりはしない。
つまり、サラマンダーの大軍が押し寄せて来たと言っている時点で、侯爵の言っている『たまたま』などは、あり得ないのだ。
そして案の定、それが『たまたま』ではない事を立証する報告が飛び込んで来た。
「侯爵様!エドゥーリア砦がサラマンダーの大軍に襲われて壊滅したとの報告が入りました!」
「いったい……何か起こってるんだ……?」
呆然と立ち尽くすストラペイオ侯爵側近たち。
そうしている間も、次から次へと報告が入ってくる。
「ザウマトゥーリエ砦にコエリーオ王国の竜騎士団が……」
だが、もはや彼等にはそれに対抗するだけの気力はなかった。
◆ ◆
その頃、コエリーオ王国では良い知らせばかりではなかった。
「カデン領の砦で思わぬ反撃を受け、山の虎部隊は戦力の三割を失い、退却したとの事です!」
「くそっ、またか!何なんだ、あいつら!バケモノか?!」
伝令からの情報に、コエリーオ王は忌々し気な声を出す。
今まで王が受けた報告では、カデン領の砦はどこも、わずか数十人ほどの兵士でだけで守っているらしかった。
それなのに、素早く地を駆ける山の虎部隊も、空を縦横無尽に移動する竜騎士団もカデンの兵士に傷一つ付けられず、彼等が使う奇妙な武器により退却を余儀なくされていた。
「国王。ここはカデン領には手を出さず、まずはストラペイオ侯爵領を落とすのが得策かと思います」
「敵に背を向けろと言うのか!?」
将軍の意見に、コエリーオ王は声を荒げる。だが、そんな国王に将軍は厳しい目を向けた。
「国王。敵をはき違えてはいけません。我々の敵はホーズア王国です。カデン領相手に兵を消耗してホーズア王を打ち取れなければ本末転倒です」
「くっ、分かっている!」
コエリーオ王は忌々し気に将軍を睨みつける。
だが、国王は理解している。自分がやるべき事を。
こうして、コエリーオ王はカデン領の各砦に向かわせていた全部隊を撤収させ、ストラペイオ侯爵領に向かうように指示が出された。
その頃、カデンの領都では……
「何あれ、何アレ!コエリーオ王国はドラゴンも飼い馴らせているの?」
フォーリィがモニタールームで興奮気味に叫んでいた。
画面の一つに映し出されているのは、ストラペイオ侯爵領の主要街道に無断で設置させている監視カメラからの画像だった。
「いえ、あれは背中に翼がないのでサラマンダーです」
「えっ?サラマンダーって翼のないドラゴンだったの?」
クリザテーモ北カデン内政担当の言葉に、フォーリィは目を丸くする。
画面に映し出されているソレは、赤黒いウロコに覆われ、全長六メアトルほどあった。そしてその厳つい顔立ちと鋭い爪は、どう見ても地球のファンタジー映画に出てきそうなドラゴンそのものだった。
「子爵様。サラマンダーはドラゴンが退化したものと推測している生物学者もいるらしいです」
ラントゥーナの言葉にフォーリィは納得する。
実はあまり知られていないが、サラマンダーの背中には翼が生えている。
だが、とても小さい上にウロコも生えているため、身体を覆っているウロコと同化して、翼を確認することは困難だった。
「やはり予想通り、コエリーオ王国は軍を整えていて、ホーズア王国からの宣戦布告を待っていたみたいね」
フォーリィは他のモニターも確認しながら、ぼそりとそう呟いた。
「あっ……」
その時、突然モニターの一つから映像が消えた。
「また食べられたみたいね」
ヴェージェが軽くため息をつく。
「むうぅっ……山の虎は何でも食べるから嫌い」
フォーリィが頬を膨らませる。
少し離れたところに設置してあるカメラからの映像では、山の虎の大軍が移動しているのが映し出されていた。
大きさは三メアトルほど。そしてその姿は樹木のようだった。
さながら、エントの四つ足バージョンといったところだ。
「やはりカラス型にしたのが不味かったのでは?」
ラントゥーナがそう指摘する。
そう、今回はカメラの小型化に成功したため、カラスとそっくりに作らせた置物にカメラを仕込んで木の枝に設置していたのだった。
「フクロウでも食べられると思うわ」
ヴェージェの言う通りだった。山の虎相手ではどんな生き物の形でも食べられてしまう。逆に言えば、生き物の形だから食べられてしまうのだ。
「かと言って、むき出しのカメラを設置したら、それこそバレるし……」
頬を膨らませながら、愚痴をこぼすフォーリィ。
「「「「あっ……」」」」
そして、また一つカメラが山の虎に食べられた。
「もうっ!そんなもの食べたらお腹壊しちゃうのにぃ!」
フォーリィは、ダンダンと足を踏み鳴らしてモニターに向かって抗議の声を上げた。
◆ ◆
「援軍要請?」
二日後、フォーリィはホーズア王からテレビ電話でそう伝えられた。
『ストラペイオ侯爵の領都にコエリーオ王国軍が迫っているらしい。それで侯爵から国軍とカデン領軍の援軍要請が来た』
ホーズア王の言葉に、フォーリィは首を傾げる。
「コエリーオ王国軍がストラペイオ侯爵領を攻め落とすのは予定通りですけど、それでなぜ援軍要請なのですか?」
『なっ、何を、予定通りだと?』
顔に驚愕の色を浮かべるホーズア王に、フォーリィは意外そうな顔をする。
「こちらが宣戦布告する前に、コエリーオ王国は軍事物資や食料の補充を始めていました。その量から、かなりの大部隊を用意していたのが分かります。それに対して、ストラペイオ侯爵側は大した準備もしていませんでした。そんな中で宣戦布告をすれば一月も持たない事は明白ですよね」
『むぅ……』
フォーリィの指摘に、ホーズア王は低くうなる。
彼も分かっていた。
コエリーオ王国と戦争になると、かなりの苦戦を強いられる事になると。
まあ、一月も経たずに侯爵領を奪われる直前まで戦況が悪化するとは思っていなかったが。
それでも、侯爵はカデン子爵の戦力を当てにして、他の主戦派を巻き込み国王に宣戦布告するように迫った。
それは、勢い任せの行き当たりばったりだった。
だからホーズア王は今回の戦争には反対していたのだが、最後には主戦派の勢いに負けてしまった。
その結果が、これだった。
『そ、それでも!』
ホーズア王は一度声を上げたあと、一旦間をおくと、今度は絞り出すように言った。
『……このままではストラペイオ侯爵の膨大な領地を敵に奪われてしまう。そうなると、ここ、王都までは馬車でたった三日の距離だ』
絶望が目の前に迫っている。そんな顔で、国王はフォーリィにすがるような目を向けた。
それに対してフォーリィは……
「いいんじゃないですか?奪われてしまっても」
『な、何を言ってる!?』
あっけらかんと言う彼女に、ホーズア王は若干の怒りを覚えた。
だが、そんな国王の胸の内を見透かしているかのように、フォーリィは言葉を続けた。
「まさか、私が大きな借金を抱えていると言う理由だけで、今回の戦いに参加しないと言っていたと思っていたわけじゃありませんよね?」
『!!』
フォーリィの言葉に、ホーズア王は動揺を隠せなかった。
そう、彼女は気付いていたのだ。彼女が戦争に参加したがらないもう一つの理由に彼が気付いていたと言う事に。
『此度の戦いで……またカデン子爵がコエリーオ王国を制圧したら……いや、制圧にまでいたらなくても、敵軍を国境の外まで押し戻したら……それこそ他の国々が我が国を警戒して連合を組んでしまう……』
そう、過剰に諸外国に警戒心を抱かせるような行為は、かえって国を危険にさせてしまうのだ。
『それに、カデン子爵がコエリーオ王国と全面対決する事が知れ渡れば、表向きこちらに忠誠を誓った元ラトゥーミアの領主達が反旗を翻す恐れもある……』
「分かってるじゃないですか」
元ラトゥーミアの領地については、フォーリィが王都を制圧し、軍隊を差し向けて来た領主たちを叩き潰した後、残りの領主はホーズア王への忠誠を誓わせた上で、そのまま領地運営を任せていた。
さすがに一国分の領主を一斉に入れ替え、土地勘のない者に領地運営を任せたら領地が荒れる事は目に見えていたからだ。
だがそれは、国内に火種を残したままとなるので、少しでも弱い部分を見せると背後から攻撃される恐れがあった。それでも、背に腹は代えられなかった。
「だから、これを期に遷都して守りを固めるべきです」
『むむ……』
彼女の提案は正しかった。
フォーリィのように圧倒的な軍事力をもっているならば、敵国の首都を制圧し、その国の領主達の反撃にも対処できるだろう。
だが普通、そうはいなかい。
例えコエリーオ王国軍が迫って来ても、ホーズア国王が逃げて別の場所を新しい王都にされてしまう。
そうなると、コエリーオ王国軍はそれを追いかけられない。敵の懐深くに入るのは危険すぎるのだ。
下手をすると補給路を断たれて孤立させられてしまう危険性がある。
そう、フォーリィの意見は正しい。
正しいのだが……
ホーズア国王は、この王都を諦められなかった。
彼は二〇〇年掛けて、この王都をここまで発展させた。
今年に入ってダムの建設も始まった。
すでにカデン領から購入した『工業機械』なども入って来て、大規模な生産工房もできてきている。
その王都を手放したくなかった。
だから必死で知恵を絞った。
その結果……
『そ、其方を只今より伯爵に任命する。そして現在のロエイロ男爵領を其方の領地に併合させる』
ホーズア国王の悪あがきに、フォーリィは軽くため息をつく。
「コエリーオ王国軍を押し戻せと言わないだけまだマシですけど。ロエイロ男爵領と言ったら王都とストラペイオ侯爵領の間にある領地じゃないですか。それって私に王都を守れって事ですよね」
『そ……そうだ』
この期に及んで言い訳などはしない。
そして、彼はなりふり構わず王都を守りたかった。
「それって私に何のメリットもないじゃないですか。逆に借金が増えるだけだし。例え国王様の命令でも、これ以上借金が膨れ上がると破産します。何しろもう借金は九億クセルに達しているん……」
『ロエイロ男爵領には国営の金鉱山がある!無事に王都を守れたら、それを褒美として進呈する!』
目を血走らせて最後の訴えをする。
これで断られたら、もう出す物は何もなかった。
「金鉱山!?それって、トロッコを導入したらかなりの利益を生み出す……」
王の提案に一瞬目を輝かせたフォーリィ。
だが次の瞬間、彼女は国王に懐疑的な目を向けた。
「まさか今回も『ゴメン。もう金が取りつくされていた』とか言うオチじゃないでしょうね」
フォーリィはしっかりと覚えていた。前回、彼女はホーズア王に上げて落とされた事を。
『違う、違う。そんな、二回もなんて無いから』
慌てて反論するホーズア国王。
『誓おう。もし一〇年以内に金が枯渇したら、それに相当するお金を支払うから』
「私は王の剣。我が忠誠心は王のため。この身は全て王に捧げます」
いきなり人が変わったように、片膝を床に付けて誓いの言葉を述べるフォーリィ。
その変わり身の早さに、ホーズア国王は目を白黒させる。
遊園地は守れましたが、結局、戦う事になりました。




