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6 ハーフエルフっ娘、再び全てを失う

「あはは♪はははは♪あはははは♪」

 朝から高笑いをしながらクルクルと回っているフォーリィ。

 そんな妹を呆れた顔で見ていたヴェージェが(たしな)める。

「フォーリィ。嬉しい気持ちは分かるけど、女の子がそんな、はしたない笑い方しないの」


 フォーリィが浮かれるのも無理は無い。何しろ今日は中締めの日。

 この世界では一〇日毎に中締めをし、月末である三〇日に締めを行う。


 フォーリィがブルドゥのお店を手伝ったお給金も中締めで支払われるのだが、それよりも掃除機販売の分け前だ。

「今日で合計四八〇台の販売…………すると粗利が…………そして純利益が…………私の取り分は………………ぐふっ、ぐふふふふ」

 もはや怪しい人になっているフォーリィを、ヴェージェが急かせる。

「ほらほら、早く食べて。お店に遅れるわよ」

「あ、そうだ。急がなきゃ」

「しっかり噛んで食べなさい」

「はーい」



      ◆      ◆


「「「「お疲れ様でした♪」」」」

 定時になって店の扉を閉めると、皆がハイタッチなどで喜びを噛み締めていた。

「いやー。増産し続けても、まだまだ予約の方が増えて行きますね」

 顔を綻ばせるフォーリィ。

「少し離れた工房にもお願いしたので、近日中には生産量が倍になる予定だよ」

 そう答えるブルドゥも笑いが止まらない様子だった。

「おおぉ、倍増ですか。やりますねブルドゥさん」


 ブルドゥはこの一〇日間、店にいるより外を回っている事が多かった。

 出来上がった製品の受け取りだけでなく、魔石の大量購入はやはりブルドゥ本人が行った方が、商売仲間の伝で安くて良い物を仕入れる事が出来るからだ。

 そして、そのついでに、あちこちの工房に声を掛けて製造をお願いしていたのだ。


「でもそんなに増産すると風の魔石が値上がっちゃうんじゃないですか?」

 フォーリィは、ふと疑問を口にした。

 勿論前々から考えていた訳では無く、今頭に浮かんだまま言葉にしただけだ。

「実は少しずつ相場が上っているだ」

「あ、じゃあ、利益がどんどん減っていってるって事ですか?」

「今までは何とか頼み込んで値段を据え置いて貰っていたけど、次からは値上がりは避けられないみたいだよ」

(そうか、需要と供給の原理だから需要が増えれば当然相場も上がるか。失敗したな)


 この事に関しては完全に考慮不足だった為、フォーリィは本気で心配したが、ブルドゥはそれ程困った様子ではなかった。

「まあ、十分利益を乗せて販売してるから、少しくらいなら魔石の値段が上がっても問題ないよ。それに、いよいよとなったら値上げするしね。それでも販売数は落ちないはずだよ」

 確かに、これだけ人気のある商品だ、多少値上がりしたからと言って購入を諦める人がそれ程現れるとは思えなかった。


「では皆さん、一〇日間お疲れ様。お給金を渡すね。明日以降もこの調子でお願いね」

「「「待ってました~♪」」」

 従業員達が喜びの声を上げる。

 フォーリィも、掃除機の売上金の一部が入って来るとはいえ、一生懸命働いた代価として支払われるお給金だ、嬉しくないはずは無い。


「はい、これはフォーリィちゃんの分」

 順次お給金が渡されて行き、最後はフォーリィだった。

「フォーリィちゃんはお客様に色々と技術的な説明をしてくれたし、改善提案もたくさん出してくれたから色を付けてあげたよ」

 渡されたお金は確かに他の従業員より多かった。

「ブルドゥさん、有難う♪で?分け前の方は締めの計算が終わってからですか?」

 締めに時間が掛かるようなら今日は帰って、明日受け取っても良かった。楽しみが少しだけ先延ばしになるだけだ。

 だが、ブルドゥの答えはフォーリィが全く予想していないものだった。


「分け前?そんなもの有りませんよ」


 耳から入って来たブルドゥの言葉の意味を、脳がすぐには理解出来なかった。

「……は?何……それ……」

 そしてたっぷり一〇秒掛かってその意味を理解し、やっとの事で彼女は喉から声を絞り出した。

「ですから、分け前は有りません」

 ブルドゥはそんなフォーリィと目を合わせないようにしながら繰り返した。


「何それ?ブルドゥさん約束したよね。純利益の半分を支払うから、掃除機の構造を教えてくれって」

「はて、そんな約束しましたかね」

「なっ?奥さん!旦那さんがあんな事を言ってますけど」

「………………」

 フォーリィがブルドゥの妻へと顔を向けると、彼女は申し訳なさそうな顔でフォーリィから視線を逸らした。


「あ、貴方たち。商人が約束事を違えて良いの?商売は信用第一なんでしょう?」

 再びブルドゥに顔を向けて詰め寄るフォーリィに、彼は困った顔をして後退る。

「そ、そうは言っても、私はフォーリィちゃんとは何の契約も結んでないよ」


「!!」


 確かにそうだ。

 いくら知り合いでも、大金が絡む事を口約束で済ませてしまった事は彼女の失敗だった。

 何故そんな初歩的な事を失念していたのか。儲け話を鼻先にぶら下げられて舞い上がっていた当時の自分を彼女は呪った。


「た、確かに契約は結んでなかったけど、それでも掃除機を開発したのは私でしょ?それを開発者に何の見返りも無しに販売する事が許されるはずないでしょ!」

 半ば怒鳴り散らす形で捲し立てるフォーリィに、ブルドゥは申し訳なさそうに告げる。

「えーと。申し訳ないんだけど、掃除機は私の特許製品でして」


「……………………はぁっ?」



      ◆      ◆



「はい。今巷で噂になっている掃除機はブルドゥ氏が特許を取得しています」

 あの後すぐ、フォーリィは商業ギルドに向い、受付に特許の確認をお願いした。


「何でそうなるの?あれは私の発明よ。第三者が勝手に特許を取得出来るはずないでしょ。取り消してよ!」

「そう言われましても、先に申請した者が特許権を取得出来る規則となっています。正当な手順を踏んで取得された権利を私共が勝手に取り消す事は出来ません」

 エルフの受付嬢はフォーリィに同情しながらも、力になれない旨を説明する。

「そんな。おかしいでしょ?それだったら開発を手伝っている助手が、完成間近に勝手に特許申請出来ちゃうじゃない。そんな規則だったらこれまでも結構トラブルが発生していたはずよ!」


 地球では殆どの国が先願主義、つまり最初に申請を出した者が特許権を取得できる。

 でも早い者勝ちなら、他人の特許申請を見て、申請漏れしている些細な点を見つけ出して第三者が勝手に追加部分を特許申請出来てしまい、真面目に開発している者が損をしてしまう事になる。


 では何故殆どの国では先発主義では無いのか?

 それは国際経済が複雑になったからだ。


 例えば今の地球で誰かが、自分こそがリチウムイオン電池の開発者だと主張して、その主張が通ったとしたらどうなるだろうか。

 下手をするとリチウムイオン電池を使用している全ての製品の出荷が停止する。更に、それら製品を必要とするサービス等にも影響が出る。

 産業保護の為には先願主義は仕方がない事だった。


 しかし、この世界では経済はとてもシンプルだ。例えば特許権が本来の開発者に移ったとしても経済に影響が出るとは思えなかった。

 だったら、開発意欲を削ぐような真似をせず、先発主義にするべきではないのか。


「しかし、特許制度が始まった五年前に大魔導師レイトゥルーが特許を五件取得してからこれまで、新しい特許の申請はありませんでしたので」

「なっ?」

 フォーリィは納得した。何故宿屋の人達や親兄弟が彼女に特許申請を勧めなかったのか。何故こんな穴だらけの制度で今までトラブルが起きなかったのか。


 特許制度が一般に浸透していなかった。いや、発明そのものが殆ど無かったからだ。

 

 商人達は、レイトゥルーが発明した着火の魔道具などを製造、販売する時に、定められた手順で特許の使用権を購入しているので制度としては認識してはいたが、これまでは形式的な物として特に意識はされていなかった。


 つまり、現在の制度ではフォーリィがいくら権利を主張しても、それが認められる事は無いのである。


「そ…………そんな………………」


 その場でてたり込んだフォーリィを、受付けのお姉さんや商人達は気の毒そうに見ていた。


(何でこうなった……………………)



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