68 ハーフエルフっ娘、いろいろと目を付けられる
【カデン小話3】
50話目で国王が言っていた水素に関する書物は、フォーリィの母、アントゥーリアが図書館の棚卸の手伝いをした時に、本の間に挟まっていたと偽って提出した、彼女自らが書いた羊皮紙でした。
目の前には遥か彼方まで続く敵の軍勢。その数およそ一万。
だが少女は決して臆したりしない。
最愛の兄を守るため、戦乙女は虹神の翼に神気を溜める。
そして、彼女は意を決して敵の軍勢に向かって虹神の翼を振るった。
その翼から解き放たれた神気は轟音と共に破壊の力を撒き散らしたうえ、敵の軍勢を火の海に包んだ。
◆ ◆
「な……な……な……」
謁見の間でホーズア国王は、フォーリィから渡された印刷されたばかりの本に目を通しながら、ワナワナと震えた。
「どうでしょうか?せっかくなので、報告書ではなく、本にしてみました。明日からでもカデン領から出版されます」
ニコニコ笑顔のフォーリィ。
「誰が神話を書けと言った!」
目を吊り上げる王に、フォーリィはキョトンとした顔を向ける。
「神話ではなく、事実そのままですけど」
「何をふざけた……」
途中まで言いかけて、王は言葉を止める。
もし、一ヶ月前に彼女から「空飛ぶ魔道具を使って敵国の王都をその日のうちに陥落させます」と言われていたら自分はどんな反応をしただろうか。
やはり同じように、ふざけるなと怒鳴っていた自分が想像出来てしまった王は、恐る恐る彼女の横に控えているラントゥーナ補佐官に顔を向ける。
「事実なのか?」
王の問に、彼女は困った顔をして答える。
「はい。書籍化するにあたり、一般人でも分かるように一部単語を変えていますが、そこに書かれている事は紛れも無く事実です」
「事実……なのか……」
先程と同じセリフ。だが、諦め切ったような声で呟くホーズア国王。
ラントゥーナは彼が自ら選んだアドバイザーだ。これまでも定期的にカデン領の状況を連絡してもらっているし、彼が派遣している他の諜報員の情報とも合致していた。これまでは。
だから今回も嘘偽りはないだろう。
だが、彼女を信じるのと、フォーリィ達の話を理解するのとでは話は別だ。
王の微妙な目の動きなどから、その事を察知したラントゥーナは、透かさず補足を加える。
「『虹神の翼』はその名の通り翼でして、カデン男爵様が新たにお創りになった、空を自由に駆け巡る魔道具です。こればかりは言葉にするのが難しいので実際に見た者でないと理解できないかと思います。何分これまで存在しなかった全く新しい魔道具ですので」
申し訳なさそうにするラントゥーナ。
しかし、ホーズア王は目を輝かせて身を乗りだす。
「全く新しい魔道具を創ったのか?」
神話のような話を持ってこられて、このように敵を倒しましたと言われても、砦の奪還をテレビ中継で見ていた国王にとっては薄気味悪いもの以外の何物でもなかったし、呪術的なものなのかと身構えてしまう。
だが、魔道具となると話は別だ。
魔道筒状武器、自動車、テレビ電話。彼女が創る道具はとても革新的で、王も子供みたいにワクワクしてしまうのだった。
「はい。私の自信作です」
王の問にニッコリ笑顔で答えるフォーリィ。
そして、ホーズア国王の反応に気を良くしたフォーリィは、予定になかったことを口走る。
「そうだわ。実際に虹神の翼と神気をお見せした方が早いわね。早速連絡して神気を装填して……」
新しい魔道具を見せてくれる流れとなり、国王が期待に満ちた目を向けていると……
「ダメに決まっているでしょ!何を考えているんですか!?」
ラントゥーナが待ったを掛ける。
そしてフォーリィに密着するほど近付き、青筋をたてて彼女を見下ろした。
「この前、神気の実験をした時、拳大の石が高速で私の頭のすぐ横を飛んで行ったのをお忘れではありませんよね。危うく頭が吹き飛ぶところだったんですよ!」
彼女の言葉に、謁見の間が騒然となる。
カデン男爵は国王をどんな危険な目に合わせようと言うのかと。
「へ……ヘルメットを着けてもらえば大丈夫だから……あは……ははは」
プルプル震え、額に汗を浮かべながらも懸命に反論するフォーリィ。
「そ、それに、ほら……えーと……そ、そう。王城には優秀な宮廷魔術師がいるから、手足が千切れ飛んだくらいなら治癒魔法でまた手足を生やしてくれるし……」
「できる訳ないでしょ!治癒魔法を何だと思っているんですか!手足なんか生えてきたら、それは治癒じゃなくて神話に出てくる再生です!」
「えっ?」
そこでフォーリィは目を見開いて固まった。
「男爵様、どうなされました?」
予期せぬ反応にラントゥーナが心配そうに声を掛けるが、フォーリィは彼女を見上げたまま、心ここにあらずと言った感じだった。
「男爵様!」
再びラントゥーナに名前を呼ばれると、ハッとした顔をしたあと辺りを見回しだした。
そして、王の横に控えている魔術師風の男を見つけると、そちらに向き直る。
「治癒魔法って欠損部分の再生はできないんですか?」
フォーリィの質問に、二〇〇歳を超える中年の宮廷魔術師が暫し考えてから答える。
「治癒魔法は怪我をした個所を活性化して、治癒速度を数万倍に高める魔法だ。手足の欠損のような何年経っても戻らないような状態を元に戻す事はできない」
もちろん軽いけがの場合、治癒魔法を掛けると傷跡すら残らないので、単に治癒速度を速めているだけではない。それを含めて治癒魔法の不思議な現象は魔術師の間では暫し激論になる事もあるのだが、この場では手足の欠損などの大怪我の話なので敢えてその部分は言わなかった。
宮廷魔術師の言葉に、フォーリィは口元に手を当てて少し考え込む。
そして、ぼそりと言った。
「アレは治癒魔法じゃないってこと?」
その独り言は、あまりにもショックが大きかったために無意識に口に出してしまったもので、彼女の痛恨のミスだった。
だが、その独り言は誰にも聞こえないような小さな声だったうえ、口元を抑えていたため、周りの皆は彼女が声を出した事すら気付かなかった。ただ一人、特殊な魔法で謁見の間の全ての会話を拾っていた宮廷魔術師以外は。
でも、宮廷魔術師はその事を王に知らせる事はなかった。
「ねえ、このドレスってボディーラインを強調しすぎじゃないの?特に胸の部分とか」
報告を終えた後、自動車に戻ったフォーリィは、ラントゥーナにそう言った。
ちなみに、この自動車は魔道モーター搭載の純魔力型自動車だ。
「特に強調はしていないと思いますが、どうされましたか?」
「いや、ね。何だが国王様とか宰相様とかがチラチラ胸のあたりを見ていたから気になって」
彼らは特に目立つような見方をしていた訳ではない。
視界の隅に入ってしまった彼女の胸を意識してしまう程度だった。
だが、女性はそのような視線には敏感なので、フォーリィも気付いていた。
「男爵様が下着をお見せになったからじゃないのですか?」
何だそんな事かと言う顔で答えたラントゥーナに、フォーリィは慌てて自分のドレスのあちこちを触ってチェックする。
「もう、脅かさないでよ。めくれている所でもあったかと思うじゃない」
彼女のその反応に、ラントゥーナは深いため息をつく。
「今着ているドレスの話ではなく、ラトゥーミア王との謁見の時です。あの時、ホーズア国王様達がテレビ電話で見ている前で派手にドレスを引き裂きましたよね」
「!!」
ラントゥーナの指摘で彼女はようやく思い出した。
いや、正確には兄が命の危険に晒されていたので、周りの事は全く意識から追い出していたのだ。
だが、こうやって思い返してみると、とんでもない事をしていたと理解した。
そしてフォーリィは耳の先まで真っ赤になり、車の中で両手で顔を覆った。
そのようすを見て、ラントゥーナは安心した顔をした。そして優しく微笑んで彼女の頭を撫でる。
「よかった。男爵様も羞恥心は持ち合わせていたのですね」
「当たり前でしょ!人を何だと思っているの?」
手で顔を覆いながらイヤイヤする彼女を見るラントゥーナの目は、まるで年の離れた姉が愛しい妹に向けるような優しさがあった。
「あれだけ大勢の前で、堂々と下着をご披露なさったので、露出狂なのかと思いましたわ」
「ちっっっっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!」
「まあ、やってしまった事は仕方がありません。これに懲りて、今後は貴族らしく品位のある行動をして下さい」
「もう、お嫁にいけない……」
ぼそりと言うフォーリィに、ラントゥーナは少し困った顔をする。
「逆に求婚者が殺到すると思いますよ。特に若くて胸の大きな女性を好む殿方から」
「そんな求婚者なんて、いらないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
フォーリィの叫びが車の中に響いた。
その頃、謁見の間では……
「なあ、ナルソシ。その……カデン男爵を……だな、予の妃として迎えると言うのは……」
「「「国王様!何を言い出すんですか!?」」」
王の言葉に、ナルソシ宰相だけでなくマレクリン将軍や宮廷魔術師も反対の意を示した。
王には既に三人の妃がいるが、王としては少ない方なので、ここで新たに妃を迎えるのは問題なかった。別の女性だったなら。
「国王様、お考え直して下さい。国王様は彼女の胸に魅かれているだけです」
ナルソシの言葉に、王はムッとして反論する。
「彼女はとても美人だぞ」
それは、彼女が前世で所属していた組織で仕込まれた化粧技術によるものだった。
「む、胸と顔だけです」
「彼女は軍師としての才能もあるぞ。彼女がこの国の防衛を指揮すれば、この国は安泰じゃないのか?」
「た、確かに軍事方面での才能もあります。だが、それだけです」
なおも反対するナルソシ。
「それに彼女は天才的な魔道具技師だ。彼女を王族に取り込めば、その権力を今よりもっと高める事ができるではないか」
「た、確かに魔道具技師としての才能もありますが、それだけです」
「カデン領の発展ぶりは見たであろう。彼女の領土改革の手腕は飛びぬけているとは思わぬか?」
「た、確かに領土運営の才能もありますが、それだけです」
もう、宰相は何を反対しているのか分からない状態になっていた。
「……なあ、ナルソシ。それら全てが取るに足らない事だったら、お主にとって王の妃の条件とは何だ?」
「うっ……」
王の指摘に、宰相は言葉に詰まる。
だがそこで、宮廷魔術師から助け船が出された。
「国王様、私も反対です。呪いで簡単に人を殺せる者をお側に置かれては、我々は王をお守りする事ができません」
王の側に控えて、常に王を守る立場の宮廷魔術師。彼は、今までフォーリィが見せた戦いから、彼女が本気になったら王を守る事が無理だと分かっていた。
「……う……うむ……」
そして、その彼が言う事に国王も含め、この場のみんなが納得せざるを得なかった。
こうして、当人抜きで、彼女が国王命令で王族に取り込まれる事態が未然に阻止されたのだった。
そして数日後……
「男爵様。ナルソシ宰相様から求婚の申し込みが入っています。あと、宮廷魔術師様からお食事の誘いが……」
「それ全部、断って!」
ラントゥーナの言葉通り、フォーリィに求婚の申し込みが殺到したのだった……




