55 ハーフエルフっ娘と新たな戦い2 ~ 奪われた砦
遡ること三日前。
「ぐずぐずするな!急げ!」
マルバーリオ将軍率いるラトゥーミア王国軍は、険しい山の崖をロープで降りていた。
将軍も片腕で難なく崖を降りる。さすが実力で将軍の地位まで辿りついた男。鍛え方が違った。
今回、彼らがこのような険しい道を進んでいるのは、前回より時間を短縮するためだ。
前回の戦いでは、森の中の獣道を通る事により三日間の短縮ができた。
それでも砦近くに到着した時には、すでに敵は軍を揃えて応戦の準備を整えていた。たくさんの罠を用意して。
だが今回は、山々をほぼ直線することにより、道なりに大きく迂回する場合と比べて一〇日間も短縮できるのだ。
これにより、今度こそ敵の主力部隊が到着する前に砦に到着し、陥落させることができる。
そのため騎馬隊や輸送隊は山を迂回して道なりに進ませ、兵士達には各自、三日分の食料を運び山道を進むように命じた。
時間との勝負だった。
それに、敵国に忍び込ませているスパイや斥候によると、あの死神少女はホーズア国の王都に向かったとのこと。
彼女がどのような呪術を使えようと、彼女が到着する前に砦を落としてしまえばいい。
「ん?」
崖から降りたところで、将軍は少し離れたところにある木の上にフクロウが止まっているのを見つけた。
いや、フクロウくらい、あちこちにいる。特に珍しい事ではない。だが……
「ずいぶん大きいな」
それは、彼が良く知っているフクロウの一・五倍ほどあった。
「敵国の北部からやってきたのでしょうか。なんでも向こうはサラマンダーも生息しているそうですし」
将校の一人がそう言うと、将軍も納得がいったと言う顔で進軍を再開した。
そして三日後。
「我々はとうとう戻ってきた。この戦場に」
砦を視界に収め、マルバーリオ将軍は感慨にひたり、肘から先がない右手にそっと手を当てた。
そして踵を返すと、兵士たちに命令する。
「全員!近くの林から棒などを集めて松明を作れ!奴らに恐怖を与えてやるんだ!」
「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
兵士たちが一斉に叫ぶ。
彼らの士気は最高潮にまで高まっていた。
その夜、彼らは全員、松明を手に丘の上に一時間ほど整列する。砦の兵士たちに絶望を与えるために。
その後、百人ずつ交代で丘の上に立ち、残りの兵士は持ってきた干し肉と革袋の中の水を胃に流し込む。
ちなみに、山道を進行中ずっと水を出し続けて兵士たちの渇きを癒していた魔術師達は、明日に備えて魔力を温存するため、今晩は水を提供しない事になっていた。
そして各々仮眠をとり、朝を待った。
あの砦を落とせば、食料が手に入り、暖かい場所で寝る事ができると信じ。
◆ ◆
明るくなり、全員が再び丘の上に整列する。
マルバーリオ将軍と将校たちは、馬を騎馬隊に預けているため、同じように立って砦の様子を伺う。
未だに敵軍の動きがないのが不気味だったが、迷っている余裕はない。
マルバーリオ将軍は振り返り、兵士たちに向けて叫んだ。
「全軍!我らの使命は何だ?国民を守ることだろ?だが、その国民は今どのような状況に置かれている?小麦も底をつきかけ、今や二日に一回しかパンが食べられない状態だ!このままでは月末には多くの死者がでる!お前たちの家族が、恋人が飢えて死ぬことになるだろう!いいか!彼らは待っているんだ!お前たちが砦を落とし、敵地から食料を持って帰るのを!」
そして将軍は鞘から剣を抜き高々と掲げると、その剣先を砦に向けた。
「全軍!突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
将軍の号令に、全軍いっせいに走り出した。
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
みんな死に物狂いだった。
日に日に痩せ衰えていく両親。お腹を空かせて泣き続ける妹。革のベルトをしゃぶって飢えをしのぐ弟。
その光景が脳裏をよぎり、彼らを奮い立たせた。
そう、彼らにはもう、敵の不気味な攻撃に恐怖する余裕すらなかったのだった。
順番も、段取りもない。
ただ、何も考えず、ただひたすら走り続けた。
そして彼らは城門の前にたどり着く。
ここまで、敵の攻撃はなかった。
強化魔法を使い、歩兵たちと一緒に城門の前まで来た魔術師たちは、急ぎその場に座りこむ。
そして各魔術師に三人ずつの兵士が覆いかぶさるようにして肉の壁を作り、その上に別の兵士が小盾を掲げた。
敵からの見えない攻撃から魔術師達を守るためだ。
そうしている間にも魔術師達は術式を構築していく。
―― どごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
激しい音と真っ赤な炎と共に大地が震え、城壁が吹き飛んだ。
集団破壊魔法『神の槍』だ。
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!」」」」」
障害物がなくなると、兵士達は我先にと砦に突入した。
「あれっ?」
「えっ?」
そこで彼らは足を止めた。
「ん?何かあったのか?」
丘の上で砦を見守っていた将軍が異常に気付く。
兵士たちが砦に入った途端、静かになったのだ。
叫び声も、剣と剣がぶつかる音もしなかった。
また、何かの奇妙な攻撃か?
将軍達の額に汗が浮かび始める。
だが、暫らくすると一人の兵士が走ってきた。
「将軍!」
◆ ◆
「本当に誰一人いないのか?」
砦内がもぬけの殻だったと伝えられた将軍達は、急ぎ砦に入る。
そこには誰もいなかったし、何もなかった。
念のため砦内を隈なく探させたが、敵兵が潜んでいる様子もなかった。
どうやら、物資を持って撤退したようだ。
「皆の者!」
マルバーリオ将軍が城壁の上から兵士たちに叫ぶ。
「敵は我々の数に恐れをなし、砦を捨てて撤退した!我々の勝利だ!」
「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」」
兵士達は声を上げ、涙を流しながら喜んだ。
互いに抱き合う者、隣の兵士の背中をバンバンと叩く者、両手を握りしめて高く掲げて叫び続ける者。
みんな、様々な形で喜びを噛みしめた。
そんな彼らを見ながらも、将軍は少し困った顔をしていた。
なぜなら砦には芋一つ残っていなかったため、自分たちは食料もなしに後続組が到着するのを待たなければならなかったからだ。
魔術師が提供する水だけを飲んで。




