4 ハーフエルフっ娘、神器を作る
ようやく家電っぽいものが出てきます。
「うううっ、腰が痛いよぉ」
フォーリィはとある宿屋の裏庭で、タライに入ったシーツを洗っていた。
結局、魔法の使い方を思い出せなかった彼女は魔法騎士団を解雇され、この宿屋の下働きとして再就職したが、仕事はかなりの重労働だった。
掃除はホウキや雑巾。洗濯にいたっては裏庭の井戸から水を汲み上げてタライでのシーツ洗い。
二日目で既に身体中が悲鳴をあげていた。
「ハーフエルフは軟弱だね」
一緒に洗濯をしているドワーフや翼人のオバさん達に笑われるフォーリィ。
(そう言えば前世の『地球人』って、特徴からすると猿人なのよね。まあ、他の人種がなかったから単に人って言ってたけど、何でこの世界ではヒューマンとかじゃなくて猿人なんだろう?)
フォーリィは何となく疑問に思ったが、それはこの国の半数近くがエルフとハーフエルフだからであり、少数派で尚且つ魔法が使えない人達を亜人と分類しているからであった。
この宿屋には働いていないが、亜人には猿人の他に、兎人、猫人などの人種があるが、彼らは耳の形など身体の一部が他の動物に似ていると言うだけで、身体能力などに大きな違いは無く、魔力も扱えなかった。
だが、彼女達ハーフエルフやエルフは大きな魔力と優れた魔力操作能力を持っているが、亜人達とは違い肉体労働は苦手だった。
フォーリィが肉体強化魔法を使えていたら、まだ状況は違っていたであろうが。
ちなみに翼人は背中に翼があるが、小さすぎて空を飛ぶ事は出来ない。だが翼は魔力を溜めて、肉体を強化するブースターとなっていた。
「洗濯機があれば楽なのに~」
「「センタクキ?」」
聞き慣れない言葉にオバさん達が首を傾げる。
「洗濯をしてくれる魔道具だけど……売ってないの?」
「見た事ないねぇ。王都では売ってるのかい?」
フォーリィの家には洗濯機は無かった。しかしそれはフォーリィの家族は魔法が使え、魔法で汚れを落としているからで、一般家庭には有るものと彼女は思っていた。
だが、もしこの世界には洗濯機が存在しないのなら、それを販売すれば大儲け出来るのではないか。そう考えて、込み上げてくる笑いをこらえるフォーリィ。
(ああっ!でもモーターの作り方が分からない!いや、そもそも電気が無い世界だから作っても使えない。回転を生み出す魔法?どうやるの?)
頭を抱えるフォーリィ。
「大丈夫かい?打った所がまだ痛むのかい?」
「だ、大丈夫ですから!頭の怪我はすっかり治ってますから」
宿屋のオバさん達はフォーリィが頭を打って記憶喪失になった事を知っている。
(余計な心配かけちゃうから頭を抱えたりしないようにしなきゃ)
◆ ◆
「おっ、腰の痛みがだいぶ引いてきた♪」
働き始めて一〇日、やっと体が馴染んできたフォーリィは、床にモップ掛けをしていた。
このモップ、フォーリィの手作りだった。
床に雑巾がけをするのが辛かったフォーリィは、自作したモップを宿屋に持ち込んで、女将さんに使わせて貰うように頼んだのだ。
最初は見たこともないその道具にどう反応して良いか分からなかった女将も、フォーリィの実演を見て採用をOKし、今では全員がモップを使っていた。
「さてと、そろそろ荷物が届くころね。納屋を掃除しておかなきゃ」
フォーリィは洗ったモップを片付けると、ビールジョッキと筒を持って納屋に向かった。
「こんにちは。御注文の品をお届けに上がりました」
三〇台半ば位の人の良さそうな猿人の男が荷馬車から荷物を下ろしながら、宿屋の前で掃除をしている翼人のオバさんに声を掛ける。
「あ、ブルドゥさん、お早う。荷物はいつもの場所に置いといてね。後、小麦粉が少なくなってきたから、明日来る時に一袋お願いね」
「小麦粉を一袋ですね。いつも御贔屓にして頂いて有難うございます」
ブルドゥは頭を下げると、宿屋の裏手に回った。
「お早うございます、ブルドゥさん。いつも時間ぴったりですね」
裏庭の納屋で掃除をしていたフォーリィが、ブルドゥに気付くと笑顔で挨拶をする。
「フォーリィちゃん、お早う。どうだい?腰の具合は」
「ブルドゥさんから買った湿布、凄く良く効いてます。有難うございました」
「いえいえ。こちらこそお買い上げ有難うございます」
ブルドゥはフォーリィが慣れない宿屋の仕事で腰を痛くしているのを見かねて、自分も良く使っている湿布を彼女にも回してあげたのだ。
「ああっ!今日はサトウキビもあるんですね。すみません、今空けます」
フォーリィは納屋の隅に置かれていた空の麻袋をどかすと、腰にぶら下げていた木製のビールジョッキを手にする。
その行為にブルドゥは首を傾げる。
元々、最初に挨拶を交わした時に、そのビールジョッキを不思議に思っていたが、話の流れ的に聞きそびれていた。だが、それがこのタイミングで使われるとは思わなかった。
フォーリィは、同じく腰にぶら下げていた筒のような物をジョッキの底に開いた穴に差し込むと、反対側の筒の先を、先程麻袋を退かした空間に向けた。
良く見ると筒の先にはカップのような物が取り付けられていて、カップの縁には毛のような物が生えていた。
シュュュュュュュュュ
風の音がしたかと思うと、床に散らばっていた干からびた葉っぱやホコリなどが吸い取られていった。
「な、ななななななななななななっ」
ブルドゥは目の前の光景に頭がついて行けなかった。
「何ですかぁぁぁ、それは~!」
この街にも魔道具はある。しかしそれは薪に火を着ける物だったり、竈に風を送る物など、シンプルなものばかりだった。
数年前までは馬車で王都にも行商に行っていたが、この様な道具は見た事もなかった。
「へへっ♪良いでしょ。作ったんです♪風魔法の魔石で、吸い込んだゴミはこの中に入っている袋に溜まるんですよ」
驚いているブルドゥを見て、フォーリィはイタズラを成功させた子供のように笑う。
フォーリィが作ったのは三種の神器の一つ、掃除機だった。
その構造はとてもシンプルで、風の魔法石でジョッキの後ろに向けて風を送ってジョッキ内の気圧を下げる事により、反対側に取り付けられた筒から空気が取り込まれる物。だがこの世界では革新的な発明だった。
「ちょっとした掃除のたびにホウキとチリトリを取ってくるのが面倒で。しかもその後、ゴミを捨てて来ないといけませんし……」
「フォーリィちゃん!」
ブルドゥがフォーリィの両肩を掴み、顔を寄せて来た。
「ちょっ、ちょっと待って。オジサン、奥さんもお子さんもいるじゃないですか!」
テンパって見当違いの事を言うフォーリィ。
しかし彼女の言葉はブルドゥの耳に届いていなかった。
「この道具を販売しませんかっっっっ?」
「…………………………へ?」
(掃除機を販売する?)
フォーリィは自分が楽をしたいから掃除機を作った。だからそれを販売して広める事は全然考えていなかった。
ブルドゥの提案を呑んだらどうなるか。
それを皮切りに色々な道具が現れる事になるかも知れない。
そもそも掃除機ですら、この世界の文化レベルを大きく押し上げる代物だ。人々の暮らしが大きく変化しかねない。今までのような生活が出来なくなる人達も出てくるだろう。
そこまで考えて、フォーリィはブルドゥに言った。
「是非、販売しましょう♪どんどん売りまくりましょう!」
地球でも誰かが何かを発明する度に世界が大きく変わった。そして、それに付いて来れない者は振るい落とされて行った。
フォーリィにとってそれは当たり前であり、そんなものに気を掛けるよりも、ゆくゆくは三種の神器に囲まれて楽な生活を送りたい。彼女の願いはそれだけだった。