42 ハーフエルフっ娘とダムとサイクロプスと
「意思疎通が取れないって言うから喋れないと思ったけど、まさか人の話を全く聞かない生き物だったなんて」
あれから、しきりにハッスル・マッスルを連呼するケンタウロスの群れを後に、目的の渓谷に向かって馬車を走らせる一同。
「でも何でハッスル・マッスルなんだろう?」
「それが……」
フォーリィの疑問に、イペブラクオンが語る。
何でも、十数年前まで、ケンタウロス達はみんな貧弱で、狼などに襲われてその数が減る一方だったらしい。
そこで、一五年前にアールヴゥーレ元子爵がこの地に訪れ、言葉を持たない彼らに話しかけた。「やあ、お客人。客人は軟弱な体をしているね。どうだい?我々と一緒にトレーニングしてハッスル・マッスルしないか?」と。
「アールヴゥーレ男爵の仕業かあぁぁぁぁぁ!」
フォーリィが思わず叫ぶ。
「そして、アールヴゥーレ男爵様は暫らく彼らとトレーニングをして筋肉質に鍛え上げられました。そのお陰で、彼らは狼くらい後ろ脚のキック一つで倒せるくらいになりました」
「ま、まあ、ケンタウロスが絶滅しなかったのは良かったと思うけど、何でアールヴゥーレ男爵自らが彼らを指導したの?」
「それが……」
フォーリィの質問に、イペブラクオンが目を泳がせる。
「アールヴゥーレ男爵様は大の筋トレ好きなので……」
「アールヴゥーレ男爵もムキムキかあぁぁぁぁぁ!」
そんな貴族には絶対お近づきにはなりたくないと思うフォーリィだった。
◆ ◆
「おっ……ととっ」
いきなり馬車が止まり、フォーリィが前のめりになる。
そして、御者台の方から緊迫した声で状況が伝えられる。
「男爵さま。前方にサイクロプスが……」
「何だって!?」
イペブラクオンが驚きの声を上げる。
「こんな所までサイクロプスは来ないはずだ。何でまた……」
馬車の中、フォーリィを除く全員が緊張した顔をする。
フォーリィは少しだけ考ると、ぼそりと言った。
「ひょっとして、山に食料がなくなったから?今年は雨が少なかったようだし」
「そうか……」
イペブラクオンの頬に汗が流れる。
確かに、この辺りは川の近くで果物を実らせた木々もたくさんある。
現に、途中でフォーリィは馬車を止めさせて、いくつかの実を採取して馬車の屋根に乗せている。
「ちょっと見てくるわね」
フォーリィが馬車から降りようとすると、ヴェージェが彼女の腕を引っ張る。
「フォーリィ。いくら何でも危険よ」
心配する姉にフォーリィは優しく微笑む。
「大丈夫よ。子連れじゃなかったら狂暴じゃないから。それに、私はサイクロプスを調教したことがあると思う。何となくそんな気がする」
「でも……」
なおも心配する姉を置いて、フォーリィは馬車を降りてサイクロプスに向かっていった。
目の前には、果実を実らせた木の下で、こちらに警戒しているサイクロプスが一頭。
身長六メアトルほどで、体は像のような灰色。
顔には目が一つで、口には二本の牙が上に向かって生えていた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
フォーリィが近づくと、サイクロプスは威嚇の声を出して、足元にあった棍棒を握りしめる。
棍棒の長さは三メアトルほど。そんな物で叩かれたら、魔力で身体強化でもしなければ即死は免れない。
「男爵様!近付くのは危険です」
イペブラクオンが必死に止めるが、フォーリィは何でもないと言う感じで笑う。
「大丈夫だって。じゃあ、ちょっと挨拶してくるから、貴方達は来ないでね。あの子を怖がらせるから」
そう言うと、フォーリィはトトトっと走ってサイクロプスに近付く。
それを見たサイクロプスは、棍棒を振り上げる。
そして、目の前まで来たフォーリィに向かって棍棒を叩きつけた。
「フォーリィィィィィ!!」
叫ぶヴェージェ。
だが、棍棒はフォーリィに当たらなかった。
彼女はひらりと棍棒を躱すと、軽やかな身のこなしでサイクロプス腕の上を走り、その肩の上にチョコンと座った。
驚いたサイクロプスは急いで棍棒を捨て、肩の上のフォーリィを掴み取ろうとするが……
「はい。これあげる」
どこに持っていたのか。その手には道中に収穫したメロンに似た果物があった。
「ぐうぉ?」
いきなり目の前に食べ物を差し出され、サイクロプスの動きが止まる。
そして、恐る恐るその果物に手を伸ばす。
「ダメっ!」
すると、フォーリィが果物を引っ込める。
「口を開けて。アーンして」
そう言って、彼女は口を大きく開ける。
「ぐうぉ?」
サイクロプスが戸惑いの声を上げる。
「ほらっ。アーンして。早く」
再び彼女が口を開ける。
すると、サイクロプスも真似て口を開ける。
「よくできました。はい。食べて♪」
フォーリィがその口の中に手を突っ込んで、果物を入れる。
「フォーリィィィィ!」
ヴェージェは真っ青になる。
サイクロプスのあの巨体だ。妹の腕など簡単に噛み千切れてしまう。ヴェージェはそう思った。
だが、サイクロプスはフォーリィが腕を引くのを待ってから、果物を咀嚼し始めた。
「おいしい?」
「ヴゥオォォ」
ニコニコ笑いながら尋ねるフォーリィに、サイクロプスが嬉しそうな声を出す。
「待ってて。まだまだ沢山あるから」
フォーリィはストンと飛び降りると、馬車に向かって軽やかに走り戻ってきた。
「フォーリィ!危ないことしないで!サイクロプスの口に手を入れるなんて、いったい何を考えてるの?」
激怒するヴェージェを、フォーリィは不思議そうな顔で見る。
「サイクロプスは草食だから、人の腕を噛み千切るほどのアゴの力はないわよ」
「えっ?」
妹の言葉に、ヴェージェの思考が止まる。
無理もなかった。
サイクロプスはその巨体を駆使して、近付いた者に棍棒などで攻撃する。
だから彼らの噛む力などは知られていなかった。
フォーリィがその事を知っていたのは、やはり記憶を失う前に調教した事があるのだろう。
「あとね、サイクロプス達は気が弱いから、こちらが彼らを恐れると向こうもこちらを恐れて攻撃してくるの。でもこちらが危害を加えないと分れば攻撃してこないわよ」
そう言うと、フォーリィは馬車の上から果物が入ったカゴを下ろし、再びサイクロプスの元に走って行った。
「ねえ……サイクロプスってあんなに人に懐くものなの?」
ヴェージェの質問に、イペブラクオン達が激しく首を横に振る。
彼女たちの目の前で、信じられないことが起こっていた。
「あはははっ♪あははははっ♪」
サイクロプスがフォーリィの身体を高く放り投げて、それをキャッチしている。
「私の妹が……サイクロプスと楽しく遊んでる……」
ヴェージェの体から魂が抜けかけていた。
◆ ◆
「これは……」
サイクロプスと別れ、渓谷に到着したフォーリィが、その景色に圧倒された。
その姿はグランドキャニオンを彷彿させるものだった。
元々亀裂が入っていた所に川の水が流れ込んだのか、長年の浸食で岩が削られて両脇が絶壁となっていた。
川の流れも急で。水量もかなりのものだ。
「ここで決まりね」
そして、数時間かけて調べたところ、渓谷はダムとしてはやや狭いが、十分な長さがあった。
そして上流には結構高い滝があり、ダムを建設しても水が他所に流れ込む心配はなさそうだった。
「この岩質なら水が浸み込んでボロボロになるような事にはならないだろうし」
フォーリィが満足げに渓谷を見る。
◆ ◆
「では皆さん!まずはここに六メアトルの高さまで土を積み上げます。そして等間隔でこの魔力線が付いた土の魔石を埋め込んで下さい」
後日、渓谷に作業者達が集められた。
その数五〇名。そして助っ人達。
「この簡易ダムが作られたら、次は石を積み上げたしっかりとしたダムをその外側に作ります。この簡易ダムはそれまでのつなぎです」
作業者は身体強化が使えるエルフ、ハーフエルフ、翼人達。
更に、作業道具の作成や組み立てのためのドワーフ。
そして簡単な土木作業のためのヒューマン達で構成されている。
「魔石を埋め込んだら、魔力線のプラグをこの魔力コンセントに差し込んでいって下さい。このコンセントには、下流に設置した水車で作られている魔力が供給されています」
作業者達に、フォーリィが作業内容を説明する。
「ちゃんと聞いてますか?ほらそこ、よそ見しない」
「す、すみません」
フォーリィに注意されて彼女の方に顔を向けるが、彼らの意識は彼女の隣に立っている助っ人達の方に向いて、彼女の話は耳に入って来なかった。
「土の運搬と積み上げは、助っ人として来てくれた、このハルコちゃん達がやってくれますから、皆さんは積みあがった土を平らにしていって下さい」
彼女がハナコちゃん達と言っている助っ人は、先日出会ったサイクロプスとその仲間、合計八頭のサイクロプスたちだった。
彼女はあの後、何度か訪れて、サイクロプス達に名前を付けて果物を与えたり一緒に遊んだりしてすっかり仲良しになっていた。
「詳しい作業内容は、そこに立てた板に書かれています。字の読めない人は、読める人に聞いて下さい。ダムが決壊すれば、多くの人が死ぬこともあります。決して思い込みなどで作業しないように」
こうして、サイクロプス達の協力もあって、わずか一日で簡易ダムが建設された。
この後、サイクロプスさん達の働きと、ダムの幅が狭かったのが幸いして、最終的なダムの完成は翌年の雨季直前となります。




