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36 ハーフエルフっ娘と戦争5 ~ 少女の暗躍

―― ガチャン


「何だ?」

 焼け落ちた門の代わりに積んである土嚢(どのう)に異常がないことを確認していた兵士が、門の外からの音に気付き土嚢の隙間から顔を出して松明の明かりを向けた。


「誰だ?何をしている?」

 数十メアトル先の薄暗い中に人が倒れていた。

 だが、夜間に門の外で普通に人が歩いているなんて事はない。

 この二日間の戦いで多くの死者が出て、この辺りは狼も多数集まってきているからだ。


 その人影は慌てて立ち上がると、門から遠ざかるように走り出した。

「おい!こら!止まれ!」

 その速度は通常の数倍で、魔法による身体強化を行っているようだった。

 兵士は土嚢と門の隙間をすり抜けて外に出ると、人影を追いかけて走り出した。


「待てっ!深追いするな!」

 他の兵士がそれを止めた。


「どうした?」

 異常事態発生の連絡を受け、マレクリン将軍が駆けつけてきた。

「それが……白いマントで金髪の不審者が走り去って行きました」



「これは!」

 門の外に出て、不審者が倒れていた場所に案内された将軍は、足元を確認して驚きの声を上げる。

 そして慌てて砦に戻り、大声で叫んだ。

「誰か!特殊武器の例の壺の在庫を確認しろ!今すぐだ!」



 フォーリィは草むらの中で白いマントを外すと、持って来た壺をそのマントで包む。

 そして水袋の水を頭からかぶって、髪に塗り付けていた小麦粉を洗い流した。

 松明の明かりの元、金髪に見えるように水で練った小麦粉を頭に付けていたのだ。

 そして、壺を抱えると再び闇に混ざるように草むらを走り去って行った。



      ◆      ◆


「これは……」

 見張りの兵士に起こされて宿営地の端まで来たラトゥーミア王国のマルバーリオ将軍は、報告通りそこに置かれていた白い布に包れた物の前で首を傾げる。

「魔術的な痕跡はないか?」

 近くの魔術師に確認するが、特に痕跡は見当たらないとのことだった。

「取り敢えず、中身を確認するんだ」

 命令を受けた近くの兵士が急いでの物体に近付き、布を外すと中から壺が出てきた。


(ふた)を開けろ」

 中に入っていたのは赤茶色の奇妙な液体だった。

「まさか……これは……急いでこの壺を運び入れろ!火は近付けさせるなよ!」

 将軍は急いで命令を出すと、魔術師や部隊長を集めさせた。


 そのころ、少し離れたテントの中では、男が白いワンピースの少女に馬乗りにされて、もがき苦しんでいた。

 その両腕は少女の膝と両手でがっしりと抑えられていて、顔には濡れた布が当てられていた。

 そして男の抵抗は徐々に弱まっていき、やがて動かなくなった。

 少女は暫らくその姿勢を保ったあと立ち上がると、布を回収する。

 そしてその姿は闇に溶けるように消えた。

 テントの前には護衛の兵士二人がいたが、誰も中の異変には気付いていなかった。



「やはりこれは……敵の消えない炎の正体はこの液体だったのか」

 魔術師達と燃焼実験を行った将軍は、不気味な炎の正体が分かり歓喜した。

 どのように炎を操っているか分かれば、いくらでも対策の打ちようがあるからだ。

「お前たち、これと同じものは作れるか?」

 話を振られたドワーフ達は首を横に振る。

「どのように作られたか皆目見当もつきません」

「そうか……分かった。これを慎重に保管しておけ。戦いが終わったら研究させよう」


「将軍!大変です!」

 その時、兵士が血相を変えて駆け込んできた。

「どうした?」

「水が!食料が!」


「これは……」

 食料を保管しているテントの前で、将軍は言葉を失った。

 地面はびしょ濡れで、いくつかの食料が地面に散らばっていた。

「被害状況は?」

「はっ!全ての水樽は穴が開けられて全滅です。そして食料は青く変色したものが多数見つかっています」

「ここの食料は全て破棄しろ。誰の口にも入れるなよ」


 フォーリィが食料に撒いたのは顔料で、食べても特に死ぬような事はない。

 だが、それを知らない将軍は、毒の可能性を考慮して破棄を命じたのだ。

 そもそも、厳重に見張られている食料保管場所に誰かが忍び込んだ時点で、その食料の安全性は皆無と言っていい。


「将軍、大変です!第五食料保管所が!」

「何っ!?」

「将軍!第三食料保管所の水と食料が全滅です!」

 次から次へと報告される食料保管所の被害に、将軍はもはや対応できる状態ではなくなっていた。


「くそっ!中佐以上を全員叩き起こしてここに集めろ!」

「将軍!大変です!」

「今度は何だ!?」

 報告に来た兵士は、鬼のような形相で怒鳴る将軍に一瞬怯んだが、気を取り直して報告した。

「大佐がお亡くなりになりました!」



「今夜も……一〇人か……」

 戦闘が始まった日の夜も、その次の夜も、きっちりと一〇名の大佐が原因不明の死を遂げていた。

 とても気味が悪かったが、毒を盛られた形跡もなければ首を絞められた跡もなかったので、奇病として処理されていた。

 だが三日目となると、これは人為的以外の何物でもないのは明白だった。

 しかも、敵は堂々と食料保管所を襲撃して、誰の目にもとまっていないのだ。

 そう、敵はこちらの陣地に易々と入って来れる。それはここに安全な場所はないと言う事だった。


「くそっ!どうすれば……」

 将軍は頭を抱えた。

 敵の消えない火のからくりが分かっても、このままでは戦闘の継続が難しい。

 かと言って、食糧難に喘ぐ領民を思うと、撤退はあり得なかった。


「ん?」

 気が付くと、彼の目の前、五メアトルほど先に白いワンピースを着た少女が表情のない顔で立っていた。

「誰だ!お前は?」

 叫ぶ将軍に、近くにいた兵士や将校達が首を傾げる。


「あの、将軍?誰とお話されていますか?」

 将校の一人がそう尋ねる。

「誰って、そこにいる白い服の少女だ」

 彼が指を指した先に目を向けた将校や兵士たちが、そのあと眉尻を下げて将軍に顔を向けた。


「将軍、お疲れのようですね。今日はもう休まれた方が宜しいかと思います。後の処理は我々がやっておきますから」

「なっ?何を言っている?そこに少女が立っているだろ?」

 手が届きそうな位置にいる少女は、将軍の目にハッキリと映っている。それなのに他の者はその少女が見えていない。これはどう言うことだ?

 将軍は思わず少女に手を伸ばそうとした。

 だが、その少女は闇に溶けるようにしてその姿が消えた。

「おい、魔力の残滓はないか?」

「い、いえ。ありません」

 近くにいた魔術師はそう答えた。

 将軍自身も、魔力の残滓は感じられなかった。

「すまない、私は少し休ませてもらう。後は任せた」

 そう言って、将軍は自分のテントに戻っていった。



      ◆      ◆



「何かあったんですか?」

 一方、ホーズア王国側ではマレクリン将軍が矢継ぎ早に指示を出していた。

「おお、フォーリィちゃんか。どこに居たんだ?何度か呼びに行かせたのだが」

 将軍の言葉に、フォーリィはむすっとした顔で答える。

「湯あみですよ。私は魔法使えないんですから大変なんです。水を汲みにいったり、その水を沸かしてもらったり」

「あ、ああ、そうだったな。すまない」

「それで、何かあったんですか?」



「特殊油が盗まれた?でもあれって、厳重に倉庫で保管していたんじゃないですか?」

 油も銃も、この戦いの勝敗に関わる物なので、鍵の掛かった倉庫に保管してあり、更に入り口には常に二名以上の兵士が不眠の番を続けていた。


「そうなんだ。しかも夕方、在庫の確認を終えてから誰も倉庫に出入りしていないはずなのだが、先ほど確認したところ油が二つなくなっていた。一つは犯人が逃げる際に落として割ったようだが、もう一つは持って逃げられたようだ」

「油の他に盗まれた物は!?」

「か、確認させたが、他に盗まれた物はなかった」

 彼は、詰め寄るフォーリィに若干気圧されながらも答えた。


「将軍。私は魔法に詳しくないんだけど……」

 ふと、フォーリィが何かに気付いたように疑問を口にする。

「誰にも気付かれないように倉庫に出入りするような隠蔽系の魔法ってあるの?」

「うーむ」

 フォーリィの質問に、将軍は暫し考え込んでから答えた。

「聞いたことが無いな。でも魔法に長けた者なら、隠蔽型の新しい魔法を考え付いても不思議ではないな」

「と言うことは、今回の犯人は魔術師ですか?」

「それなんだが……」

 将軍が言いかけたその時、魔法騎士団達がこちらにやってきた。

 そして騎士団長らしき人物が将軍の前に立って、右手の拳を心臓の上に当てる。

 魔法騎士団の公式の敬礼だ。


「騎士団長、何か分かったか」

「はっ!将軍。パウトミーの姿が見当たりません」

「何っ?パウトミーだと?」

 騎士団長からの報告に、将軍が驚きの声を上げる。


「まさか、パウトミーが?だが彼は()()()()の……」

「……」

 独り言ちる将軍。

 騎士団員達も神妙な面持ちで黙っていた。


「あの……パウトミーさんって、一昨日私を叱った方ですよね。彼がどうしたんですか?」

 一人話が見えていないと言う顔のフォーリィに、将軍が重々しく伝えた。

「例の油を盗んだ者が、白いマントを羽織っていたそうだ」


「白いマント?まさか、この中の誰かが……」

「何で今の流れで、この中の誰かだと思うんだ?」

 疑いの目で騎士団員達を見る彼女に、将軍が呆れた顔をする。



「とにかく、パウトミーの荷物を改めさせてもらう」

「はっ!承知しました」

 騎士団長はそう答えて敬礼をする。

「じゃあ、将軍。頑張ってください」

「えっ?」

 笑顔で送り出そうとするフォーリィに、将軍が信じられないと言う顔を向ける。


「何、不思議そうな顔をしてるんですか?私は魔法騎士団の方達にあまり良く思われていないんですよ。そんな私が一緒に付いて行って、騎士団員の荷物を調べたら益々風当たりが悪くなるじゃないですか」

「いや、それは分かる。それは分かるが、今回の件はお前さんの新兵器にも関わる事だ。だから一緒に来てくれ。お前たちもそれでいいな?」

「あ、はい。構いません」

 将軍からの要請に、騎士団長は嫌な顔一つせずに了承した。



「これは……」

 パウトミーの荷物の中から出てきたコインに、フォーリィ以外の全員が怖い顔をする。

「あの、このコインみたいなのは何ですか?」

「ラトゥーミア王国のお金だ」

 フォーリィの質問に、騎士団長が渋い顔で答えた。

「それって、つまり……」

「「「「…………」」」

 沈黙が流れる。


 フォーリィは白々しく質問していたが、このお金は彼女が商人達から入手したものだった。


「将軍。こんなメモが」

 騎士団長が将軍に渡した羊皮紙を、フォーリィ背伸びして読み上げる。

「えーと、買い物リスト?ゴボウ二〇本。里芋五〇個。人参三〇〇本……この戦いが終わったらどこかに立ち寄って買って帰るつもりだったのかしら?」

「ゴボウ二〇本に里芋五〇個?まさか魔道筒状武器(ライフル)と特殊油の数か?」

 将軍の言葉に、全員がハッとした顔をする。

「ではまさか、この人参と言うのは第二騎兵隊?そしてこちらのカボチャは……」

 他の騎士団員達も混ざり、次々とリストの名前を軍の人員などと合わせていく。


 このリストもフォーリィがパウトミーの筆跡を真似て書いたものだ。

 そして、ゴボウと山芋の数は魔道筒状武器(ライフル)と特殊油の数に合わせたが、その他は適当に書いたものだった。

 だが、人間は疑心暗鬼に駆られると、無意味な数に無理やりにでも意味を持たせようとする。

 彼女はそんな人間心理を利用したのだ。


今回で戦争は終わりにさせたかったのですが、文字数が多くなりすぎたので戦争編は次回まで続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんてこった! まさかあのパウトミーが敵と内通していたとは!!(棒) [一言] 発明品を作って特許裁判までするのは初めて読んだ気がするw この戦争が終わったら、TVも作るんかな?
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