26 ハーフエルフっ娘、戦いに備える1
(3/7)フォーリィと将軍のやり取りに少し加筆しました。
「お姉ちゃん、おはよう」
「フォーリィ?大丈夫なの?」
悪夢で目覚めた翌朝、ヴェージェは起きてきた妹の顔を心配そうに見る。
だが、そこには絶望の色は微塵にもなく、何か覚悟を決めた目をしていた。
「お姉ちゃん。私、決めたわ」
フォーリィは静かに告げた。
◆ ◆
「ブルドゥさん。これが、フロレーティオ男爵が買い集めている物資のリスト?」
ヴェージェに、戦争に備えて積極的に動く決意を告げたフォーリィは、その日から迅速に動いた。
まず、知り合いの商人達から、隣国ラトゥーミアの最西端であり、この国と国境を接しているフロレーティオ男爵領の動きを聞き出した。
それと同時に、もし戦争になった時の防衛準備を始めていた。
「この物資から推測すると、やはり戦争の準備を進めていると思っていいのかしら?」
リストに列挙されている物資は、明らかに大人数で行軍する事を想定したものだった。
「できれば領土内の工房の動きも知りたかったけど、流石にそこまでの情報は入って来ないわね」
「工房の動き……ですか?」
首を傾げるブルドゥに説明するように話す。
「例えば武器、特に消耗品である矢を大量に受注したとか、大量の防具の修理を頼まれたとか……」
「ああ、確かに。そのような動きがあれば明白ですね」
「まあ、そんな事を嗅ぎ回っていたら捕まって拷問されちゃうけどね。それに、もう時間もないし」
彼女は一応、釘をさしておく。
フォーリィに恩を売ろうと調査に向かう者が出ないとも限らないからだ。
「あ、そうそう。砂は手に入った?」
フォーリィの問いに、ブルドゥは笑顔で答える。
「はい。それと頼まれていた他の物も。でも、砂なんて何に使うんですか?」
フォーリィが注文したのは、種類の違う五樽の砂だった。
「秘密♪」
フォーリィはイタズラっぽい笑顔で答えた。
◆ ◆
「フォーリィ。ランチを持ってきた……」
ヴェージェは、街外れの旧ロックムート工房のドアを潜った途端に凍りついた。
「ふふっ……また恐ろしいものを作ってしまった……」
彼女の視界に入ったのは、青い炎を上げて燃え上がる砂が入った鍋と、その砂に柄杓で水を掛けているフォーリィの姿だった。
そして火は、水を掛ける度に湯気が上がるだけで、一向に鎮火するようすがない。
「何やってるのよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「お姉ちゃん。ランチありがとう♪」
まだ勢いよく燃えている砂が入った鍋を竈に突っ込んだ後、何事も無かったように笑顔を向けるフォーリィ。
そんな彼女にヴェージェはジト目を向ける。
「いったい、何を作ってるのよ?」
「火薬よ」
「カヤク?」
ヴェージェが初めて聞く単語。
だが、先程のようすだと安全なものではない事は確かだった。
「可燃性のあるスライムなどと砂を混ぜ合わせて、爆発するようにしたいんだけど、なかなか成功しなくて……」
フォーリィは知らなかった。火薬の原料が砂ではないことを。
彼女は、火薬の見た目から原料に砂が使われているとの強い思い込みをしていたのだ。
「バクハツ?何それ?」
この世界にも爆発と言う言葉はある。だが、爆弾も火薬もないため、一般人はその言葉を耳にする機会がなく、ヴェージェがその意味を知らなくても不思議ではなかった。
「爆発と言うのは、破裂を大規模にしたものよ。ほら、前に私が結界の魔道具で空気圧縮……風を集めて詰め込んだ後、結界を解いたら吹き飛ばされて病院送りになったでしょ?あれを更に強力に……したような…………」
「ちょっと!それって、かなり危険じゃないの?ねえ聞いてるの?」
心配する彼女を他所に、フォーリィは真剣な顔をして何やら考え込んでいたかと思うと、目を輝かせて顔を上げた。
「いける。いけるよ。お姉ちゃん、ありがとう♪」
姉に抱きついて、フォーリィはその頬に何度もキスをした。
「えっ?ちょっ、な、なに?どうしたの?」
何がどうなっているか分からず、ヴェージェは顔を真っ赤にして未だキスし続けている妹を懸命に押し退けていた。
「これで、戦争になったとしても、敵を押し戻せるって事よ」
そう言って、フォーリィは不敵な笑顔を向けた。
◆ ◆
「各部隊の準備はどうだ?」
王直属の軍隊を預かり、今回の防衛の総大将に任命されたマレクリンは、側近に軍の準備状況などを聞いていた。
「はっ。我が部隊の準備はおよそ九割です。ホーザル子爵の軍が到着するのが一〇日後ですので、それまでには準備が完了します」
「そうか。抜かりが無いように頼むぞ」
マレクリン将軍はそう言って、門を守っている兵士に手を上げて挨拶しながら、王城に向かって歩みを進めた。
彼は昼食を王城内ではなく、近くの食堂で食べるようにしている。
一日中城の中にいると心が休まらないからだ。
「はっ。お任せ――」
そこで側近の言葉が途切れた。
突然近くにあった庭の壺が音を立てて砕けたからだ。
「「?」」
将軍と側近は首を傾げた。
壺の近くには誰もいない。
―― ガチャン
続けてその隣の壺が砕けた。
明らかにおかしかった。
壺の近くに矢とか石でも落ちていればまだ納得がいく。
また、近くで魔法が行使されたら、事前にその兆候を感知できる。
彼らは自分の周りの魔力の変異を常に感じ取るように訓練を受けているからだ。
―― ガチャン
三個目。
こうなると、たまたまなどと思う者はいない。
「襲撃か!?」
将軍と側近は腰の剣に手を掛けて辺りに注意する。
門番も異変に気付き、将軍を守るべく剣を抜いて駆け出そうとするが、将軍が手のひらを前に出してその場に留まるように指示する。
どのような攻撃か分からない中で味方が密集して視界が狭まるのは危険だからだ。
永遠とも一瞬とも思える時間が流れた。
しかし、敵の動きは全くない。
攻撃に失敗してこの場を去ったか。将軍がそう思った刹那――
「すみませぇぇん…………それ、敵襲じゃあ…………ありませぇぇん」
青み掛かった銀髪の少女が、両手で奇妙な棒のような物を抱え、肩で息をしながら門まで走ってきた。
勿論、彼は少女の言葉を鵜呑みにしたりはしない。自分の力で将軍にまで登りつめた根っからの軍人だからだ。
何があっても彼女を守れるように、周りに注意を払いつつ彼女に近付く。
「壺を割ったのは……ゼェゼェ……私です……そこの……ゼェゼェ……ううっ、急に走ったから脇腹が……」
少女の言葉に、取り敢えず襲撃の可能性は薄くなったと判断した将軍は、周りへ注意を払いつつ少女が落ち着くのを待つことにした。
「もう大丈夫か?」
しばらくして少女の呼吸が整ったのを見計らい、将軍が彼女に声を掛けた。
「申し訳ありません。魔法騎士団をクビになってから、全然運動していなかったので」
「元魔法騎士団員なのか?」
将軍の問いに少女は背筋を伸ばし、右腕の膝を曲げて揃えた指先を額に持ってくる。いわゆる地球式の敬礼だ。
「はっ、自分は王国魔法騎士団フェニックス隊に所属していました、フォーリィ・リューヒトルであります」
勿論、彼女の敬礼はこの世界のものとは異なるが、魔法騎士団の一部の部隊では独特の敬礼を使う事もあるため、将軍は特に気にはしていない。
それどころか、彼女の敬礼の美しさから、将軍は彼女が軍人として訓練を受けていた事を確信した。
「それで、そこの壺を割ったのは君だと言う事だが?」
「はい。そうであります」
フォーリィが背筋を伸ばした姿勢でハッキリと答える。
「あの壺、一つ一〇〇万クセルするらしいぞ」
「げっ!」
フォーリィの額にびっしりと汗が浮かぶ。
「もう一度聞く。本当に君が割ったのか?」
「あ……あの……その……」
将軍の問いに暫らく目を泳がせたあと――
「はい……私が割りました」
フォーリィ、がっくりと肩を落とした。
総額三〇〇万クセル。それを弁償する事を考えると、フォーリィは破壊する物をもっと考えて選べば良かったと思うが、後悔先に立たずだった。
「ふっ……ふふふっ……あーはっはっはっ!」
「「?」」
フォーリィのようすを見て、マレクリン将軍が豪快に笑い出したため、彼の側近とフォーリィは訳が分からず彼を見つめた。
「一〇〇万クセルと言うのは嘘だ」
「だっ……騙したんですか?」
未だ笑い続けている将軍に、フォーリィ顔を赤くして頬を膨らませる。
「どうやら君が壺を割ったのは事実のようだな」
「はい。私がそこの宿屋の二階からその壺を割りました」
騙された事は腹立たしかったが、彼女は目的を思い出し、頭を切り替えた。
「「向こうから?」」
将軍と側近が揃って驚きの声を上げた。無理もない。彼女が指した宿屋は、彼らがいる場所から優に八〇〇メアトルは離れているからだ。
「それは誠か?どんな魔法を使ったんだ?」
将軍の問いに、フォーリィは真剣な目を向ける。
「その方法は、敵に知られると効果が半減します。ですから将軍様と、真に信用の置ける数人だけを集めてください。お願いします」
こうして、フォーリィは再び、軍事方面で注目される事となった。
今回から、0話につながる話になります。




