Episode 3
「え……? そ、そんな……」
「ああ、イルアスよ、お主が気にする必要はないぞ。王族が妾達を滅ぼしに来たのも、もう数百年も前の話だからの」
アシリアはそんな事を言うが、僕としてはどうしても気になってしまう。それに、少し負い目を感じてしまうのもまた事実だ。――僕の祖先が、アシリア達海龍を滅ぼしかけた。それをアシリアに告げられた途端、その事実が僕の心に重しの様にのしかかってきた。
「……ごめんなさい」
「お主が謝ることでは無かろう。実行したのは飽くまでお主の遠い祖先じゃ。血の繋がりがあるとはいえ、お主には一端の責任もありはせん」
「……でも、僕の祖先がアシリアさん達を傷つけたのは事実でしょう」
先程まで楽しかったアシリアとの会話が、急に息苦しくなってきた。僕がここにいてはいけないような、そんな気がしてやまない。アシリアが言っている事は理解できる。だけど、それを納得できるかどうかは別問題だ。
気まずい沈黙が場を支配する。僕はアシリアの横で、膝を抱えて顔をうずめていた。もういっそのこと、ここで会話を打ち切って王宮に帰ってしまいたかった。
「……お主は、本当に優しいの」
右腕に、固く冷たいものが当たる。其方を見ると、アシリアが顔を寄せてきていた。慈しむような視線を、こちらに向けてくる。……僕へのその気遣いが、どうにも心苦しかった。
「確かに、お主と妾がこうして会うのは本来許されざることだろうの」
「じ、じゃあ――」
「そう急くでない。許されざる事とはいえ、別にお主が妾達を傷つけるような事はなかろう? 妾に手を差し伸べてくれたお主じゃ、在り得ぬ話じゃろう」
「そんなの当たり前じゃないですか……何をいまさら」
「……であれば、妾は気にせんぞ。むしろ、寂しさを紛らわせてくれるお主がいなくなるのが、つらいくらいじゃ。……僕とは話しても何も面白くないからの」
そう言って、アシリアは軽く笑った。その顔はとても明るくて、つらい事を堪えているようには到底見えない。僕はまだ少し負い目を感じていたが、アシリアを悲しませることをするのも、また同様に心苦しいので、気持ちを抑えてとどまることにした。
「ふふっ、お主は本当に、優しいの。……疲れておるなら、妾にでも寄りかかってゆっくり休めばよい。まだ日没までには程遠いから、困る事も無かろう?」
僕の顔を覗き込んだまま、アシリアがそう言ってくる。その気遣いが、今はとても嬉しかった。先程から思いつめていたせいか、それほど時間が経っていないにもかかわらず妙に疲れていた。僕はアシリアの言葉に甘え、寄りかかって目を閉じる。視界が暗闇に染まってから幾ばくもしないうちに、僕の意識はどこか遠いところへと旅立っていく。
「イルアスよ……妾の為に遠路はるばる来てくれたこと、恩に着るぞ」
そんな、アシリアの呟きを聴いたのを最後に、僕の意識は完全にまどろみへと消えていった。