第1章:あれから…
第1章
――どんどんどん――
「ほらっ起きろ!ランド!」
激しく叩かれるノックの音にランドは寝返りを打った。安宿のうすっぺらなベッドであるが、寝ている当人にとってそんな事は関係なく、居心地はいい。
「前々から言ってるだろ?今日は約束の日だ!俺の計画を全部ぶち壊すつもりか?早く起きろ!」
靄がかかったようにぼんやりとしたランドの意識に、だんだんとそれらの怒声が染みてくる。
彼は、目を擦りながら起き上がる。
ここはいつもの家では無い。遠く離れた国の安い宿に寝泊まりをしていた。
ランドは、前の国で王女誘拐の罪に問われ、また逮捕しようとした兵士を殺した罪により自分の産まれた故郷を捨てて、遥か遠くの国へと逃亡をしていた。
もちろん、彼は誘拐も殺人もしてはいない。
逃亡と言う名前を取り、本当は城の騎士団長と手を組みある計画を実行するためであった。
油じみたシミの付いた木の天井を見つめ、そして、不快そうに窓の外に視線を転じる。
窓から差し込む太陽の光の角度を見ると昼前といったところか。
扉を叩く声は、ますます高まった。
「さっさと起きろ!出かけるぞ!」
彼は自分の上に広がったシーツをどけると上半身だけ起き上がらせた。一言、
「うるせぇっつーの!」
と扉に向かって怒鳴り返し、頭を掻いた。
「何がうるせぇんだ!誰の為にこんな臭い宿まで来てやってると思ってんだ!」
ランドは無視してベッドから降り立ち、部屋の隅にかかっている鏡を覗き込んだ。
まだ、二十歳前といった顔立ちの茶髪の若者の顔が、そこに映る。
彼の顔は痩せほそっている様に見えた。あまり、良い生活をしていないのであろう。
「たまには、ゴブリンとか食わないとな…」
ランドは呟いた。彼の毎日の食事は、安宿に出るネズミや近くにある小さな森の狐や兎であった。
この町は、モンスターの出ない良い町であったが彼にとっては食糧の無いつまらない町であった。
「良いから早く出てこい!情報を集めに行くぞ!」
扉の外の声の主は、声を張り上げると下の階に降りていく足音が聞こえた。
ランドはため息をつくと扉を開けて階段を降りて行く。
ピーター・インと呼ばれるその寂れた宿に客が来たのを、ランドは見たことが無かった。そのくせ複雑に入れ組んだ商都の裏路地にあるこの宿は、いつもきちんと手入れされており、えらく古い建物だと言うことを別にすれば、悪い宿では無い。
ランドが2階の客室から下りてくると、酒場のカウンターで亭主がにこにことグラスを磨いていた。
「おや…今日はえらく早起きだね?」
ここ3ヶ月ばかりこの宿を利用し、すっかり顔なじみになっていたランドは、気安く手をあげて返事をした。
「ああ…。あそこに座って飯を食ってる馬鹿に起こされたんだよ」
言いながら、ランドは飯を食べている男の机についた。
「ったく…いつまで、ここに住んでれば良いんだ?やっと、俺の手を借りたいと言う理由でも話してくれんのか?」
ランドは机に置いてあった水を飲み干す。
「はっはっはっ。まぁ、今は情報を集めなきゃいけないんだ」
男は箸を机に置いた。
「情報?」
「そう情報!情報さっ!お前はいつもの様に町を歩いてくれ!俺はいつもの様に後を付いていく。
それだけさ」
男は白い歯をニカッと見せて笑った。
この町に来て3ヶ月が経つが、未だにこの男は計画を話そうとしない。信用が無いのかも知れないが、俺もこの男を信用はしていない。
だが、手を貸すと言う約束をしてしまったので毎日の様にこの町を散策している。何の意味があるのかが分からない。
町を歩いていると、色んな人がランドに声をかけてくる。
一緒にお茶を飲んだり飯を食べたがる女性や、よく分からない変な壺を高い金で買わせようとする男。
変な集団に強盗されそうになった事もあったが、そこは相手を半殺し状態にした。
夜中になればまたピーター・インに戻り宿で飯を食べてまたうすっぺらなベッドに身を任せて寝るだけである。
そんなことを毎日繰り返ししているのに対して、男は何も言って来ない。何が目的かさえも話してくれれば、こっちも行動をしやすいのだが…。
「なぁ、毎日この町を散策してるけど、何か意味があるのか?目的だけでも話してくれないか?」
ランドは男に聞くが、男は首を横に振った。
「今は、まだ話せない!むやみに話して、お前が口を滑らせれば全ての計画がオジャンになってしまうからな」
「俺が、口を滑らせると思うか?」
「ああ。お前は、昔から口を滑らせるのが得意な人間だからな!そのせいで、俺は罪もない人間を何人も殺したよ」
男はランドを睨んだ。
この男は、ランドがソルやルルと盗賊稼業を組む前に何度か組んだ事のある人間だった。と言っても、やっていたのは盗賊では無く山賊だったが。
金持ちの人間を襲いかかっては金品を奪いその金で遊んで暮らしていた。
もちろん、人間は殺さないように注意をしていた。
「あれ?そうだっけかな…?」
ランドはとぼけて見せたが男はランドをキッと睨むと立ち上がる。
「まぁ、必ず話してやるから今はただ俺の言うことをやってくれればそれで良い」
そして、男は店を出ていった。ランドは追い掛ける様に、店を出ていく。




