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番外編

澄み渡った青空。

心地よい風が吹き抜ける。

春の陽射しが降り注ぐ緑豊かな丘に、クランとマーナはいた。


ふかふかの厚手の絨毯を引き、大きなクッションに寄りかかるようにマーナは座っている。

クランはというと、マーナの膝に頭を乗せ穏やかな顔で雲ひとつない空を見ていた。


伸びた髪の毛を優しく撫でる白い手。

クランは幸せを噛み締めるように目を閉じた。


「クラン。あの時のことを覚えてる?ほら、私が妊娠のことを告げた時の……ふふっ。貴方の慌てようったら。思い出すと笑ってしまうわ」




***********







帰宅してすぐ、毎度恒例となっているお帰りのキスをしようとマーナに顔を近づけたところ、最愛の妻の白い手にペチっと阻まれ制止された。そして、すぐに笑顔で告げられた言葉にクランの頭は真っ白になった。



今、なんといった?

子が………出来たと?

そう、言ったのか?マーナ。

いや待て。聞き間違いかもしれない。



「も、もう一度言ってくれないか」


ゴクリと唾を飲み込み、マーナの言葉を待つ。妻はふふっと天使のような笑顔を見せ、お腹へ手を添えた。

何年経っても変わらない美しい妻に見惚れるクラン。


「はい。ここに、子が………貴方の子がいます。喜んでくださいまか?」


喜ぶ?

マーナ、何を言ってるんだ。


感情を爆発させるようにクランは歓喜し叫んだ。


「当たり前だっ!!喜ぶに、嬉しいに決まっている!!愛してる、マーナ!!!」


重力を感じさせない身体をひょいと抱き上げ、落とさないように最新の注意を払いながら、2人その場でくるくる回った。

急に抱き上げられたマーナは最初は悲鳴をあげていたが、次第に楽しくなったのか手を広げ声を上げて笑っている。


子はできない身体だと言っていなかったか?

頭の片隅にそんな疑問は浮かんだが、今となっては些細なことだ。それよりも、子ができたという事実にクランは全開で喜んだ。


その日の夜はマーナの希望もあり、屋敷の使用人全ての者を呼び集め報告を兼ねた食事会を開いた。

クランはワイングラスを手に持ち皆の顔を眺め口を開く。


「一部の者は承知の事と思うが、マーナが子を身篭った」


『!!??』


「ほ、本当でございますか?!」


驚愕の声を上げたのはテルモアの夫である執事のサイバンだった。クランは声をあげたサイバンに、思わず憐れみの表情を浮かべた。


テルモア、お前の夫だろう。夫くらいには教えといてやれよ。サイバンが可哀想だろう。


テルモアの姿を探すと、給仕の手を止めクスクスと笑っている。


………まぁ、いいか。夫婦の形は人それぞれというし。





改めて、集まった者達を見渡すクラン。


「子が無事に産まれるまで、どうか妻をよろしく頼む。」


深く頭を下げるクランに続き、マーナも一緒に頭を下げたことで使用人は慌てた。


「旦那様、奥様。頭を下げるなんてお止めくださいませ!畏れながら、私共使用人はお優しくお美しい奥様が本当に大好きなんです。お子が無事に産まれるまで、真綿で包むように大切に、そしてこれ迄以上に親身になってお仕え致します!!」


使用人全員が当然だと言いたげに笑顔で頷いている。

クランは皆の笑顔を見て、自分はなんと幸せ者だろうと思った。すると、マーナが腕を絡めてきて「クラン、私も幸せです。貴方も皆も側にいるのですから。大丈夫」と微笑んだ。


連れ添ってから早いもので10年が経ち、マーナはクランの表情だけで意を組むようになっていた。

流石だ。俺の(マーナ)


見上げる妻の顔は、母の顔になっていた。

そして、もうすぐ俺も父になるのだ。


クランは気合いを入れるようにギュッと顔に力を込めた。



ーーその顔を見た使用人が一瞬恐怖し、涙目になったことをクランは知らない。



************



産み月を迎えてから数日たったある夜。



「ぅっ、じ……陣痛が、きたわ」と呻くようにマーナが言ってから、屋敷内はバタバタと騒がしくなった。


陣痛がおこってから7時間。


子はまだ産まれていない。


クランは心配で心配でたまらなくて部屋の外に張り付いていた。

部屋に入りたくても入れないのだ。


「殿方は邪魔です!!」とテルモアに一喝され部屋から追い出されたクランは、部屋の外で祈るように手を組み俯いていた。内部から妻の悲鳴が上がるたび立ち上がってはオロオロし気が休まらない時間を過ごしている。


空が明るくなり、太陽が顔を覗かせた時ーー


おぎゃぁ!おぎゃぁ!


部屋から歓喜の声が聞こえてきた。

クランは素早く立ち上がり、ドアを壊す勢いで(ドアノブは壊れてしまった)開け放った。


「マーナ!無事かっ!?」


産まれてきた我が子そっちのけで、妻の心配をするクランに、使用人達は目を丸くした。


「クラン、私は無事よ。子供もね」


ベッドに横たわる妻の顔色は真っ青だった。クランは駆け寄り小さな手を優しく握り、少し冷たくなった妻の指先に口付ける。


愛おしい妻の顔中にキスの雨を降らせ、次に手の甲にキスをし、最後に唇にキスを落とした。


「マーナ、ありがとう」


クランはいつの間にか涙を流していた。マーナはそれを見て微笑み、クランの頭を抱き寄せ髪を撫でた。


「貴方の子供を産みたかったの。私の願いが叶ったわ。私こそ、ありがとう」



産まれた子供は男の子だった。


マーナに似てとても美人だ。

男なのに美人という表現は変かもしれないが、本当に綺麗だったんだ。

クランは、自分に似なくて良かったとホッと胸を撫で下ろしたが、マーナは夫に似てほしいと思っていたため、ほんの少し残念な気持ちになった。


だが、待望の2人の子供。

嬉しくない筈がない。



子供の名前はライオネスと名付けられた。

成長するにつれて甘えん坊になっていく長男は、2歳となった。

だんだんと言葉を覚え始めた現在では、夫とケンカをするようになっていた。主にマーナの件で。


「パパ、やぁ!ママに抱っこしてもらうのぉ!!ママぁ〜!」


「 ママはパパのだっ! ライはパパが抱っこしてあげるから、大人しくしていなさい」


「うぇ〜ん……ママぁ〜」


暴れる息子と宥める夫。

攻防を繰り返す2人を見て、クスクス笑うマーナ。


「ライ、ママが抱っこしてあげるからこっちにいらっしゃい」


絶望に打ちひしがれた表情になるクランを手招きして引き寄せ、唇に深く口付ける。

すると、とたんに満面の笑みを浮かべる夫。男って単純なのね。でも、そんな夫が愛おしい。


少しイタズラ心が芽生えたマーナは、口付けたついでにクランの耳に口を寄せ、甘えた声で告げた。



「ねぇクラン。もう1人頑張ってみない?今度は女の子がいいな」




その夜から1週間。


マーナはベッドから起きれない日々が続き、クランは息子から「パパがママをイジメる!ママは僕が守るんだ!あっちいけっ!」と敵対心を抱かれるようになった。


マーナは息子に「これは、ママがパパを愛している証拠なのよ」と宥めたが、ジト目で父を睨む息子とママはパパの奥さんだと言い張る父の攻防は続く。




2人目の子供は残念のながら授からなかったものの、親子3人幸せに暮らした。




************




「………お母様」


「あら、ライ」


おっとりとした笑顔を見せるマーナ。

息子であるライオネスは静かに佇み両親を見ていた。


「ライオネス。ここへ連れてきてくれてありがとう」


「いえ、そんな」


クランの髪を梳くマーナの表情を見て、ライオネスは口を固く噤んだ。


爽やかな風が吹き抜ける。

雲ひとつない青空なのに、ぽつぽつとクランの額に雫が落ちる。










「クラン。 眠ってしまったのね。………来世でもまた会えることを祈っているわ………ぅっ、……… クラン、愛してる。愛して、いるわ」




わわぁぁああああ!!

大声で泣き出し、クランの身体に覆い被さるマーナ。


最愛の夫は息を引き取っていた。


マーナにはクランの命が尽きようとしているのが分かっていた。

だが、どうしようもなかった。


病気ではないのだから。


病気だったら、何としてでも治そうと努力した。

でも、

ーー老衰は自然の摂理だ。


只々、悲しかった。

身を削られたように辛かった。

できるなら、一緒に連れて行ってほしかった。


でも、クランの立場だったら?

あの人なら、生きろというだろう。

決して命を粗末にするなと怒るだろう。




目を真っ赤に腫らしマーナは最後の口付けを夫に贈った。



ーーまた、来世で必ず。

……クラン、 ずっと愛しています。





************






ライオネスは2人の両親を見て思った。


俺も、この両親のような夫婦になりたい。

愛し愛され慈しみ合い、時には喧嘩もしながら、2人並んで人生を歩んで行けたらと。


ライオネスは深々と頭を下げた。

サラサラとした銀髪が風に靡く。


「父上。20年間お世話になりました」



クランガウンド・ラ・フロバール、享年65歳。

最愛の妻と最愛の息子に看取られこの世を去った。





マーナは毎日クランの墓に花を添え祈りを捧げ、静かに余生を送った。


50歳近くなっても美しさを損なわないマーナは、求婚者が後を絶たなかった。だが、夫以外に愛せる人はいないときっぱりと断り続ける。しかし、中には諦められずに何度も何度も求婚する者も。


もう、私の愛はクランへ全て捧げたのです。

どなたとも愛を交わすことはありません。


そう言い続けたマーナに、いつしか全ての男達が項垂れて去っていったのだった。








ライオネスは30歳で結婚。


妻となったのはミラ・ハイルストン子爵令嬢16歳。華やかな印象はないが、春のような穏やかな表情を見せる可愛らしい女性だ。


ライオネスは彼女にベタ惚れらしい。








本当に幸せな人生だったな


(ちち)に感謝しないと


こっちの世界へ転生して、夫に愛されて、子供も授かって無事に産まれたし。ライオネスも結婚したし。


すると、耳元で精霊がこっそりと教えてくれる。


今、ミラのお腹の中には貴女の孫がいるよって。



………え?そうなの?



ふふっ、見れないのが残念だけど。

でも、生命力の強い子らしいから、きっと大丈夫ね。






クラン。


愛おしいクラン。


今、会いに行くわ………









マーナ・ラ・フロバール、享年59歳。


世界を旅したマーナは《ザンクトガレン探訪記》を著書した女性として名を残した。


また、最強伝説を数々残したクランガウンドの妻としても有名である。


優しく美しい己の妻を誘惑しようとする男は片っ端から排除され、力尽くで押し通る輩には問答無用で鉄槌が下される。そして数多くの男が大地へと還っていった…という話があるとかないとか……



そんな伝説が語り告げられていくうちにいつしか、最()の文字が最()へと変わっていたーー









これで、この物語は終わりです。

ありがとうございました。

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