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後編

思いのほか長くなってしまいました。

これにてこの話は一旦終了となります。

気が向いた時にでも、彼らの近況でも書くかもしれません。

「見定めさせて貰おうか。キミの実力を」


 目の前にはやる気まんまん且つ闘志メラメラな赤髪美女が一人。模擬戦用の長槍を構え、開幕の合図を待っている。


 対する俺は模擬戦用の長剣を左右に持ち、だらりと下げている。


 何故こんな事になったのか。いや、何故こうなると分かっていて、何も考えていなかったのか。


 後悔先に立たず。


 俺とバニラが再会したのなら、起きるべくして起きることだと分かっていたはずだった。


 気の緩みか、それとも再会の喜びが勝ったのか。どちらにせよ、回避不能な処刑劇が始まろうとしている。





イチ足りない! 後編





 予想通りと言うべきか、その美貌と才能でバニラは一躍学院の人気者となった。老若男女問わず惹きつけるコケティッシュな魅力と大和撫子な性格は、そのアンバランスさと相まってガッチリと大衆のハートを掴んだらしい。そんあ元幼馴染を横目に、俺は日々をのんべんだらりと過ごしていくはず、だった。


 学院には幾つかの学部があり、最も人数が多いのが一般教養科である。比較的に割安(それでも都心部の平均月収並)な授業料と就職に有利なことから貴族・平民問わずに入学者が多い学部である。次いで人数順に、戦士科、魔術科、そして特別総合科と続く。俺の今世における幼馴染(女)やバニラなどは2クラスしかない特別総合科に属しており、俺は最も楽な一般教養科に属している。


 理由は色々とあるのだが、荒事はゴメンだし魔術の才もない、ましてや特待生に成れる程に突出才能もない。必然的に一般教養科くらいしか入れるところがなかったのだ。


 特に俺は条件付きで入学した経緯があり、一定以上の成績を維持する必要がある。加えて基本的に一般教養科では厳禁のアルバイトも許可にも関わっているので、下手に成績を落とせない。なにせ、バイトが止められると生活できないので、成績の維持には手を抜かずに誠心誠意を尽くしている。


 当初はさっさと成績落として速攻で村に帰ろうと考えていたが、入学金を頑張って出してくれた父と半端はしないようにと般若の笑顔で見送ってくれた母の為にもとりあえず卒業はしようと決めたのだ。決して、母の笑顔に気圧されたわけではない。


 さて、一般教養科と言ってもその授業内容は精々中学卒業程度。仮にも高校生だった俺の敵ではない。


 歴史と社会を除いて。まぁ、暗記系も一夜漬けすれば平均、に1点届かない程度の点数は取れるので問題ない。お陰で総合成績も常に平均に1点足りないが。これも昔からなので気にしない。うん、泣いてなんかないよ。誰だってあと1点に泣いた事はあるはずだし。


 そんな俺の学院での日常は基本的に午前中頑張って、午後はバイトに向けて体力を温存するのだが、バニラと再会以後は午後も強制出席するハメになっている。どこからか現れるバニラに強制送還される為である。


 あの野郎、どうやってか俺の居場所を見つける事に関しては天才で、秒単位で行動を先読みしている節すらある。


 そんなわけで、ここ数日は真面目に午後の授業も出席していた。そうしてこの日最後の授業が終わり告げた直後の教室で、俺は予想しておいてしかるべきお約束に巻き込まれた。


「ヤマト・サカキという生徒は居るか?」


 静かだが力強さを秘めたアルトが俺の居る教室に響いた。


 教室の入り口の立つのは艶やかな短い赤い髪の宝塚の男役のような少女だった。

 かろうじて学院の女生徒の制服を着ているから女性と分かったものの、男装でもすれば大抵の人間は騙す事ができるだろう。それ程までに男前な少女が俺の名前を呼んでいる。加えて制服には上級生を示す緑のネクタイと戦士科所属を示す剣と盾のエンブレムがある。


 死んだな、俺。


「ヤマトですか、あいつなら―――」


「秘技、狼鈴具蕎麦斗」


 余計な事を喋ろうとした馬鹿(ゆうじん)の背後に駆け込み、その勢いのままに跳躍。身体をダイナミックに右回転させ左足をしならせて勢いのままに馬鹿の顔面に直撃。そのまま回転の勢いのままに蹴り抜き、馬鹿を後方へ強制退去させ、華麗に着地。身だしなみを瞬時に整え、さわやかに、且つ有無を言わせぬ早口で一言。


「サカキの奴は帰りました」


「・・・さっきの彼は大丈夫なのかね?」


「サカキの奴は帰りました」


「いや、だからさっきの―――」


「サカキの奴は帰りました」


「―――分かった。帰ったんだな」


「ええ。急な用事とかで急いで帰りました。多分、親類に不幸でもあったのでしょう。1か月は帰ってこないかと」


「そうか、それは困ったな」


「何か御用時でも?」


「ああ。実は彼に折り入って話したいことが―――」


「あ、ヤマトくん。今日、バイト休みでしょ?一緒に帰らない?」


 空気を読まず教室にやって来たバニラの一言により、俺の華麗な策謀を一瞬にして泡となった。





「お、ま、え、はぁぁぁぁぁぁ!!!」


「痛い!痛い!痛いってば、ヤマトちゃん!?」


 ウメボシは痛いってば!


「俺が苦労して誤魔化そうとしていたってのに~!!」


「な、何だか分からないけどゴメンなさーい!?」


「・・・う。オレは何故床に寝て―――」


「―――グッナイ」


 床に倒れていた男子生徒が起き上がろうとした瞬間、私へのウメボシ制裁を即座に中断したヤマトちゃんは男子生徒の側頭部につま先を叩き込んだ。男子生徒が屠殺される家畜のような声と共に教室の隅へと転がっていく。


 普通の人なら即死ものの危険な蹴りだったけど、ピクピクと痙攣してるから大丈夫みたい。見た目頑丈そうだからだろうか。って、痛い痛い!なんで制裁が再開してるの!?


「・・・・・・君がヤマト・サカキだったのか」


「あっ・・・・・・・」


「・・・・・・・・?」


 ヤマトちゃんとじゃれ合っていると、声がしたので意識をそちらに向ける。そこには私のよく知る人が立っていた。


「リリ?」


「久しいね、バニラ」


 リリ、ことアマリリス・ハイネクラインはブルックス公爵家と深い付き合いのあるハイネクライン侯爵家の長女である女性だ。


 ハイネクライン侯爵家は【帝国の一番槍】とも言われる程の武門の名家であり、代々男女問わずに優秀な騎士を輩出している事で有名。私にとっては幼い頃から付き合いのあるお姉さん的存在にあたる。実際、年齢も私よりも2つ程上だったはず。


 でも、リリが何でヤマトちゃんのことを?


「キミがよく話してくれるヤマト・サカキのことが気になってね。実際に会いに来てみた、というわけさ」


「へ、へぇ~そうなんだぁー。わ、私そんなにヤマトちゃ――じゃなかったヤマトくんのこと話してたっけ?」


「ボクの記憶が正しければ、キミが学院に来てたからの話題は全て彼のことだったと記憶してるけど?」


 あ、あれ?そんなにヤマトちゃんのことばかり話してたっけ?というか、リリとは学院に来てからそこまで会ってなかったはずだけど・・・・・。


「数回程度だが、いつもいつも2アルワ(アルワ=時間)も話していれば嫌でも憶えるというものさ」


「――――やっぱり原因はお前か、バニラ」


 はっ!?ヤマトちゃんから地獄のような瘴気が!!い、いけないあれ程注意しろって言われていたのにこの失態。こ、これは挽回しないとさらなる制裁(おしおき)の予感!?


「ヤ、ヤマトちゃん、落ち着こうよ!まず、私たちは話し合うべきだと思うの!?」


「うん、春先とはいえ濡れ鼠は寒いよな。安心しろ、そこまで俺は鬼じゃない」


「は、早い!既に制裁(おしおき)の話になってる!?」


 ヤマトちゃんの中では既にどんな制裁(おしおき)か決定してる!く、今回は私の不注意だし甘んじて受けるしか―――


「待ちたまえ」


 覚悟を完了して刑の執行を待つ死刑囚のような気持ちでいると、リリの方から待ったが入った。


「キミは公爵令嬢であるバニラに少し気安くないかね?五公爵はボクのような一介の侯爵家よりも格が違うのだよ。それを―――」


「五公爵が偉いのは知ってるよ。それとバニラが偉いのかは別だろう」


「何?」


「五公爵とバニラは別物だってこと。それともお前はそんな敬意が欲しいのか、バニラ?」


 そう言って私に問いを投げかけてきたヤマトちゃん。私はそれに応える為にリリとヤマトちゃんに真っ直ぐ向き直り、


「いらない」


 はっきりと私自身の言葉で答えを返した。


「お父様は確かに五公爵で、私はその娘だけど、私は誰かに敬われることなんてしてない。お父様を敬ってくれるのは嬉しいけど、私まで一緒にしないで欲しい。私は私だから、もし敬意をくれるなら私自身として評価した上で欲しい。それに―――」


「学院での身分は貴族、平民関係なく平等だ。例え建前であったとしてもそれを強要するような発言は学院に通う生徒としては不適切だ」


 そう。ヤマトちゃんの言う通り、学院では身分の貴賎はなく平等である事を謳っている。それを生徒が否定するような発言は不適切だし、加えて人前で堂々と言うべきことではない。


「・・・・・・・なるほど。バニラの考えは聞き入れよう。確かに、先の発言はバニラ自身の誇りを傷付けるものだった。そのことに関しては詫びよう。だが―――」


 射抜くかのような強い視線でリリがヤマトちゃんを見る。


「キミの言動や先程までの行動を許す事はできそうにない。例え身分は関係ないとは言っても、先程までの行動は女性に対する扱いとしては不適当だろう」


 ・・・・・・まぁ、確かに、ね。でも、ヤマトちゃんと私にとってあれは一種のじゃれ合いであって、コミュニケーションの一つなんだけどなぁ。この世界(こっち)では理解し難いんだろうなぁ。


「それで、どうしたいと?」


 不敵にリリにそう言って返すヤマトちゃん。でも内心は黄昏てそう。この流れはどう考えてもお約束の―――


「・・・本当はバニラが熱心に語る【友人】を見極めるつもりだったのだが、どうやら見極めるまでもなかったようだ」


「と、言いますと」


「今後一切、バニラに近付かないで貰おう。キミのような粗暴な人間が近くに居てはバニラに悪影響を及ぼしかねない」


 ですよねー。言うかなーとは思ってたけど、まさか本当に言うとは思わなかったな、私。


「了解しました。今後、一切近付きません」


「了解しないでー!!」


 その返しは新手のイジメだよ、ヤマトちゃん!?


「いや、なんか仕方ないじゃん?何か偉そうな戦士科の先輩に命令されたらさ。俺、一般教養科の非力な一般生徒だし」


 うわ。さりげなくリリを悪役にしてるし。ヤマトちゃん相変わらずえげつないなぁ。


「待て、その言い方は―――」


「断ったらきっと暴力に訴えるに決まってる。きっとそうに違いない!」


「だから、ボクの話を―――」


「いやー誰かー!誰か助けてー!!人気の無い処に攫われて殺されちゃうー!!」


「話をきけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ・・・・・・・見事なまでにヤマトちゃんの術中に嵌まってるよ、リリ。下手に真面目だとヤマトちゃんの格好の餌食だもんね。


「誰がそんな事をすると・・・!!」


「じゃあ、断ったらどうするんですか?」


「・・・・・・・・・・」


 考えてなかったんですね、リリ。


「やっぱり・・・・」


「い、いや待ちたまえ。しょ、勝負しよう。勝負して勝ったならば遺憾ながらバニラとの付き合いを認めようじゃないか」


「じゃ、いいです。バニラとの友情はここまでってことで」


「即断即決すぎるよ、ヤマトちゃん!?そこは乗ってあげようよ!リリがいじけちゃったでしょ!!」


「何が悲しくてそんな脳筋先輩の提案に乗らなきゃならんのだ。それならお前との友情を俺は売るね」


「ひ、酷い。私の友情って・・・・」


「つーか、俺から会うのが禁止なだけだろ?お前から来ればいいじゃん。俺もお前呼びに行かなくて済むし。後、いまさらだけど君付け忘れてる」


 今更過ぎるよ!?あ、でも言われてみるとそうかも。そっか、そんな解釈もできるよね。


「なんだね、それは!?そんなこと許されるわけないだろう!?」


「ってことは先輩は公爵令嬢であるバニラの行動にケチつけるんだ、侯爵令嬢が?」


「ぐ・・・!?」


「・・・・・・ホント、狡賢いというか性格が悪いというか・・・」


「お前は、敵か味方かどっちなんだよ・・・」


 味方だけど、できれば素直に味方したいよ、ヤマトちゃん。周りで今まで見てた人達も呆れた目で見てるし。


「くっ、なんて世知辛い世の中なんだ・・・・・!?」


『いいから話進めろよ(教室内に残ってた暇人一同)』


「くっそ!何で俺が悪役扱いされてんだよ!?」


 日頃の行いが分かる反応だね、ヤマトちゃん。





 で、グダグダの末に結局勝負するハメになったわけで。でもってその勝負が何故か模擬演習場での一騎打ちとなったわけで。


 一般生徒が戦士科の生徒と一騎打ちとか正気の沙汰じゃないのだが、何故かあの場にいた全員から満場一致で認可された。本人置いてきぼりで。


 模擬演習場は屋外と屋内の二種類あり、今回使うのは屋内の模擬演習場の方。前世で言うところの体育館みたいな建物が学院の至るところに大小存在し、それぞれが屋内演習場として使用されている。


 今回使用するのはその内でも二番目に大きい第二屋内演習場である。


 第二屋内演習場を一言で表すならば、体育館型コロッセオ。この一言に尽きる。


 長方形の二階層構造になっており、一階層は練習や試合などで使用される演習場そのものであり、特殊な石が敷き詰められた石畳になっている。一見するとゴツゴツとしてそうに見えるが、実際には怪我防止の為の安全対策が二重三重に施されている優れ物だったりする。二階層は観客席もとい見学席であり、一対一の決闘や試合などの際にギャラリーはこちらで観戦している。目に見えない防護障壁が張り巡らされており、見学者に被害が及ばないように配慮されている。


 んで、目の前には件の戦士科の先輩、アマリリス・ハイネクラインが自前のものと思しき赤い戦闘服を着て、模擬戦用に刃引きされ非殺傷加工が施された模擬戦用の長槍を入念にチェックしている。


 赤いジャケットに、同じ色のカーゴパンツ。その上に各所を守る為の白い装甲板を纏っている。そして胴体を守るアーマーの上部中央には青いひし形の宝石が収められている。


 このひし形の青い宝石こそが模擬戦における最大の肝だったりする。この宝石は特殊な術式加工、つまり魔術で色々弄った石っころで、個人の体力(ライフ)気力(スタミナ)を計測し、それを数値化する事で模擬戦の勝敗を一目で分かり易くする優れ物だったりする。


 加えて非殺傷加工と連動する事で装備者の生命安全を守る安全装置であったりもする。とはいえ、世に完璧などないので不測の事態に対応する為の治療斑もキッチリ控えている。治療斑的にも治療の練習台になるので、怪我は願ったり叶ったりらしい。嫌な話もあったものである。


 俺も色違いで先輩とそう変わらない格好である。但し、俺は自前の戦闘服など持ってないので学院の備品だ。黒の上下に灰色の部分装甲。手には模擬戦用の長剣を左右にそれぞれ一振り。別に二刀流が得意とかそういうわけではないが、単純に手数と防御を充実させる為の手っ取り早い手段として選択したに過ぎない。


 チェックが終わったらしい先輩は演習場の中央にある開始線で俺を待っている。


 ったく、俺は戦闘系じゃねーつうのに。同期性の連中はこぞって俺を先輩に売った挙句、賭けまで始めやがるし。肝心のバニラも結局助けてくれねーし。今日はツイてないぜ、ホント。


 俺も開始線に移動し、先輩と正面から相対する。


 先輩の頭上にある虚空情報枠(ホロウ・ウィンドウ)には先輩の名前と体力(ライフ)が映し出されている。


 先輩の体力(ライフ)の数値は10000オーバー。どうやらこの人、戦士科でもかなり上位の人間らしい。


 対する俺も視界の隅に映る自分の体力(ライフ)気力(スタミナ)を確認する。


 体力(ライフ)が2000ちょっと。気力(スタミナ)は500ちょい。向こうの気力(スタミナ)は見れないが、戦士は大体の場合、体力(ライフ)の4分の1強の気力(スタミナ)を有しているとされるので、多く見積もって3000オーバー。


 ・・・・・・なんだろう、この詰んだ感。既にスペックの段階で大敗してるのだが。


「ハンデはいるかね?」


「ハンデ以前に試合をしたくねーんだよ。つか、本気で一般教養科の生徒が戦士科の生徒相手にまともに戦えると思ってるの?」


「バニラは君を高く評価していた。・・・・・・まぁ、それも何かの勘違いだったのだろう。現に君の体力(ライフ)はボクの4分の1程しかない」


「いや、何故そこで戦闘力基準で考えるの?馬鹿なの?脳筋なの?」


「・・・・・・キミはボクを馬鹿にしてるのかね?」


「してます。一般教養科の生徒相手に戦闘力基準で考える野蛮人が目の前にいるので、つい」


「この・・・・!」


「バニラが何を言ってたかは知らないが、一般人相手に決闘とは騎士の風上にも置けねーよ、先輩」


「言うじゃないか・・・・・・!」


 先輩はゆっくりと半身を引いて長槍を構える。俺も合わせて左右の長剣を構える。


「バニラ曰く、キミは王子様であり自分を守ってくれる騎士らしい」


 あのバニラ(馬鹿)後で制裁(おしおき)してやる!!


「だから―――」


 演習場中央に試合開始を告げる虚空情報枠(ホロウ・ウィンドウ)が表示される。


「見定めさせて貰おうか。キミの実力を」





 とっさに逸らした頭の脇を長槍の穂先が掠める。


 一、二、三。


 間髪入れずに三撃。頭を動かすだけの最小限の動きだけで避ける。さらなる危険を知らせる悪寒(・・・・・・・・・)に従い、後方に向けてステップする。


 先輩は長槍を引き戻す動作から流れような体捌きで長槍を回転させ、柄尻を下段から俺の顎目掛けて打撃を叩き込もうとする。


 間一髪、顎を掠める柄尻。


 ・・・掠りダメージで50弱。完全に無理ゲーだ。詰んじゃってるよ、俺。


 ちくしょう!どうりで賭けの対象が何秒でKOされるかだったわけだ。実力差あり過ぎだろう、こんちくしょう!


 右、左、袈裟掛け、逆袈裟、突き。


 次々と繰り出される高速の連撃を時に避け、時に長剣で弾きながら直撃を避ける。恐らく、一撃でも貰えばそれが致命打となりかねない。まさに一撃オワタ式の決闘。


 ったく。ホントに|ただの一般教養科の生徒だったら《・・・・・・・・・・・・・・・》とっくの昔にKOされたが、生憎と俺は普通の一般教養科の生徒じゃない。


 そして、やられっぱなしで引き下がる程諦めも良くない。


「やるじゃないか。正直、ここまでできるとは思って無かったよ」


「そいつはどーも」


「でもね、避けてるだけでは勝てないよ!」


「んな事は分かってるよ!」


 技能切替(スキル・チェンジ)発動。技能組合(スキル・コンボ)、【戦闘感性Ⅰ種(コンバット・センス1)】から【戦闘感性Ⅱ種(コンバット・センス2)】へ変更。【戦闘機動コンバット・モビリティ】と【緊急回避エマジェエーシー・ドッジ】と統合・再編成、【戦闘回避(コンバット・ドッジ)】をセット。


 さて、ぼちぼち反撃開始といきますか。


 高速で直進してくる先輩に向かってこっちも合わせて駆けだす。


 繰り出される突進からの突きを先ほどよりも素早く(・・・)確実に(・・・)ギリギリ(・・・)で避ける。穂先の下を潜り抜け、左の長剣を振るい先輩の右足を狙う。


 すぐさま後に下がる先輩。右の長剣を跳ね上げ、引き戻し途中の長槍を弾きつつ、先輩へとさらに肉薄する。


 後方へとステップしつつ距離を取ろうとする先輩に向かってさらに加速。左の長剣を踏み込みと共に突き出し、先輩の胸部を狙うが巧みな槍捌きで弾かれる。


 弾くと同時に先輩は槍を振り上げ、上段から俺目掛けて打撃を狙ってきた。俺は前方へ飛び込み、先輩の脇をすり抜けて地面に転がり、一回転。すぐさま起き上がって体勢を立て直そうとした時、背筋に悪寒が走った。


 直感に従い、危険を感じる箇所目掛けて左右の長剣を振るう。


 先輩が背中を向けたまま繰り出す、柄尻の突きを長剣で弾きつつ跳躍後退。距離を離したその瞬間、決闘が始まって以来最大の悪寒を感じた。


 先輩は振り向きざまに長槍を一閃。距離にして目測で5メルタ(約5メートル)。長槍といえど届く距離ではない。


 だが、一閃と共に赤熱した暴風が放射状に放たれる。地を這い、床を削り取るかような勢いで放たれた赤熱の暴風は一瞬にして俺へと到達する。


 左の長剣を盾にして暴風に逆らうよりに前方へと跳躍。車に弾き飛ばされたかのように宙へ舞い上がり、独楽のように回転する。空中で姿勢を整えると同時に回転の勢いのままに左の長剣を投擲。


 先輩は余裕で反応し、長剣を弾く。その直後、間髪入れずに飛来したもう一本の長剣を胸部に受け、トラックに激突されたかのように跳ね飛ばされた。





 屋内演習場の床にバウンドしながら壁に叩きつけられるリリ。


 リリが長剣を弾く瞬間に直撃するように投擲されたもう1本の長剣。1本目の長剣よりも遥かに速い速度で投擲された2本目の長剣はヤマトちゃんの狙い通りにリリの無防備な胸部に直撃した。


 1本目の長剣に追いつくだけの発射速度と長槍の隙間を縫って胸部へ到達する針の穴を通すような狙撃精度。


 およそ一般教養科の生徒らしからぬその実力は、誰の目にも明らかだった。


 恐らくは能動技能(アクティブ・スキル)なのだろうが、どこをどうやったら物をぶつけて人をああも軽々しく跳ね飛ばせるのだろうか。正直、少し不思議に思う。


「うひゃー!スゲェ勢いで吹っ飛ばされたけど、大丈夫なのかねぇ?」


 私の隣で観戦していた男子生徒―――ギーツさんと言うそうです。―――がそう言ってリリの心配をしていた。先の教室でヤマトちゃんに止めを刺されたにもかかわらず、もう復活しているのはさすがにどうかと思う。ホントに人間なんだろうか、この人?


「これで決まりかねぇ、ブルックスのお姫さん?」


「いえ。それはないと思います」


「と、言いますと?」


「戦士科でも随一の重装甲と言われるリリが、あの程度の攻撃(・・・・・・・)でダウンするはずありません」


『あの程度で悪かったなぁ!!』


 はうっ!?聞かれてた!?


 ま、まさか私の会話を監視してるとでも!?い、いやいくらヤマトちゃんでもそこまで陰険じゃないはず。


 でも、一応試しておこう。


「・・・・・・ヤマトちゃんのバカ(ボソッ)」


 こっそり誰にも聞かれない程度の声量で呟く。


 するとヤマトちゃんはとってもイイ笑顔で私の方を向いて、ジェスチャーで笑顔の裏に秘めた想いを伝えてきた。


『首を洗って待ってろ。次はお前だ』


 ・・・・・・こんな事なら好奇心に駆られて試すんじゃなかったよ!!





 バニラのアホは後で制裁(おしおき)する。絶対、制裁(おしおき)する。


 さて、そんな事を考えていたら先輩が叩きつけられたことで粉砕された壁の破片を払いながら、先輩が悠然と立ち上がった。


 バニラの言うとおり、先の一撃などどこ吹く風といった風情はいっそ清々しいが、やった本人としては全然清々しくともなんともない。


 ってか、なにあれ!?


 何でトラックに激突されたみたいに吹っ飛んでおきながらダメージが2000未満って!?


 俺の会心の初ダメージそんなにあっさり流さないでくれません!?


「驚いたよ」


 俺もです。


「まさか、キミがボクにまともなダメージを与えるなんて、ね」


 すいません、それ会心の且つ渾身の一撃です。


「それにボクの攻撃を捌き、避けるだけの運動能力もある。侮り過ぎていたようだね、キミの実力を」


 ごめんなさい、既にいっぱいいっぱいです。何かまだ準備運動だぜ、的に思ってらっしゃるようですが、そんな事ありません。


「これなら、本気で戦っても問題なさそうだね」


 はは。今まで本気じゃなかったんですねー。ですよねー、一般教養科のもやし相手に本気になるわけないですもんねー。


「ふふ。こんなに心躍るのは久しぶりだよ。ワクワクするね」


 ゾクゾクしてます。


「さぁ、お互いの力を出し尽くし、存分に楽しもうか!!」


 ・・・もうヤダ、この人。





 いい感じにハイになってるリリに、何だか今にも泣きそうなヤマトちゃん。なんていうか、とても対象的な両者の表情がどちらが優勢なのかを語ってる気がする。


「なんか、ハイネクライン先輩ヤバげじゃない?」


「リリはダメージを貰うとボルテージが上がるタイプなので」


「・・・それって戦闘狂ってこと?」


「・・・ええ、まぁ。世間一般的にはそう言うかと」


「・・・・・・戦士科ってそんなんばっかなの?」


「・・・・・・リリは特殊な部類だと思います。多分」


「・・・・・・特総科もあんな感じとか?」


「・・・・・・ごく一部の人は」


 私の答えに無言になるギーツさん。気持ちは分からなくもない。


 世の中、あんな人種ばっかりだったらとてもイヤだろう。私だって嫌だ。


「しっかし、そんな戦闘狂相手に勝てんのかねー我らが我らがヤマトは」


「勝てますよ、きっと」


 赤く輝く長槍を振り回しながら高速で突進してくるリリとそれを必死の形相で捌くヤマトちゃん。このまま防御に回っていればジリ貧になることは明白。


「随分、自信満々だね。その根拠は?」


「だって、」


 必死の形相。でもその瞳だけは冷静にリリの様子を伺っている。まるで獲物を狙う狼のように。


「負けず嫌いで意地っ張りで変に自信家で、そんなヤマトちゃんが『自分が負ける』なんてこと許すわけないですよ」





 熱風を纏わせた長槍の穂先が縦横無尽に暴れまわり、大気を焦がす。


 対する俺と言えば、もはやまともに弾き防御(パリィ)すら許されぬ状況下で回避に専念するしか手段がなく、徐々に追い詰められていた。


 弾こうにも威力高すぎて逆にこっちが弾かれてしまうのがオチという状況。


 長槍の間合いの内側に入りたくても、先輩の全身から立ち昇る陽炎のような攻性防御により近づけない。


 加えて先輩は完全にヒートアップしており、こちらへの気遣いとか手加減とかいう概念を忘れている模様。


 正に絶体絶命。


 とはいえ、こっちもタダで負けるつもりはさらさらない。どうせジリ貧なら、せめて一矢報いるまで!


刀身開放(バレル・オープン)気力充填(バイタル・チャージ)、開始!!」


 後方へ大きくステップし、一気に距離を空けると共に切り札とも言うべき能動技能組合アクティブ・スキル・コンボの一つ、【暴王新生(タイラント・ノヴァ)】を発動させる。


 自らの気力を攻撃に回し爆発的な攻撃能力を得る事ができるが、反面、気力を消費し続ける為に使用者への負担も大きい。


 気力を使い続けると何が負担になるのかって?


 答えは簡単。失神するからだ。


 加えてその時点で試合続行不能により、俺の敗北が決まる。


 だから、その前に決着を着ける!!


暴王顕現(ブラスト・オフ)!!!」


 発動言霊(トリガー・コマンド)と共に左右の長剣に充填された気力が暴王へと変換される。暴王、即ち漆黒の嵐へと。


 刀身が砕かれ、その内側から禍々しい漆黒の刀身が新たに姿を現す。砕かれた刀身の破片は漆黒の刀身より放たれる重力波の嵐に巻き込まれ、微塵に砕け散る。


 指向性を持たせた擬似的な重力波の発生、そして制御する為の仮想刀身の生成。これこそが俺の切り札たる【暴王新生(タイラント・ノヴァ)】の正体である。


 最も、五秒で失神するけどね。


 というわけなので、真正面から突っ込む!!


「何だ!!そのスキルは!?」


「ぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」


 【暴王新生(タイラント・ノヴァ)】を見て狼狽する先輩。しかし、構ってられない1秒でも早くこの攻撃を叩き込む!!


「くっ!!」


 苦し紛れに突きこんできた長槍の穂先を左の重力嵐で微塵に砕く。さらに重力嵐による高重力場で先輩を地面に押し付ける!!


「かはっ!?」


 さらにそこへ追撃で右の重力嵐を横薙に叩き込む!!


 先輩は床にめり込んだまま、横っ飛びに吹き飛ばされ演習場の壁に激突する。


 そこに止めの一撃をお見舞いする。


 左右の重力嵐を一つに集束させ、左肩に担ぐように掲げ持ったまま先輩へ肉薄。そして、そのまま勢いをつけて集束した重力嵐を袈裟懸けに叩き込む!!


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


 裂帛の気合のまま、渾身の力で押し込み、演習場の壁ごと先輩を屋外へとぶっ飛ばした。





 ヤマトちゃんの最後の一撃は凄まじいの一言だった。


 気力を限界まで振り絞った渾身の一撃は二階の観客席ごと演習場の壁を圧壊させ、リリとその他多数の生徒をまとめて薙ぎ払った。


 さすがヤマトちゃん。負けるのが嫌でここまでするとは。


 ヤマトちゃんの様子を確かめるべく、爆発事故の現場と化している場所へと急ぐ。


「やりすぎだろ!?つうか、先輩死んだんじゃね!?」


「いえ、非殺傷の加護がありますから死んではいないと思います。あの加護は隕石が直撃しても死なせない代物ですから」


「いや、それも大概どうよ?」


 どうなんだろう。この世界の加護って割と本気で次元が違う時があるしなー。


 そんな事をしている内に崩壊現場と化した場所に到着する。


 巻き起こる粉塵で状況が確認できないけど・・・・・・・・・・


「ヲイヲイ、マジかよ・・・・・・」


 隣のギーツさんが何かを見つけたらしく、震える指である一点を指す。


 その先には、ボロボロになり長槍も半ば砕け散りながらも立っているリリの姿だった。


「あれ、耐えるのかよ・・・」


「でも、武器もなく体力(ライフ)危険域(レッドゾーン)、残り1割もありません。対するヤマトちゃんはさっきの段階で体力(ライフ)警戒域(イエローゾーン)―――3割弱はあります。これなら―――」


「ヤマトが勝て・・・る?」


「・・・あれ?」


 晴れてきた粉塵の中から現れたのは半壊した床に突っ伏しているヤマトちゃんの姿。


 か細い呼吸で今にも息絶えそうな悲壮感すら漂うその姿は、余命尽きかけた老人のようです。


「・・・あいつ、気力(スタミナ)切れてない?」


「盛大に切れてますね。多分、考えなしに使い切ったんですね」


「先輩、目が点になってるぜ・・・・・・」


「そりゃあ、普通この場面で気力切れして相手が倒れてるとは思わないかと」


「だようなぁ・・・」


「あっ・・・」


 そんな事を言っていたら、崩壊した二階の観客席にあったベンチが崩れ落ち、今にも死にそうなヤマトちゃんの後頭部にジャストミート。


 その瞬間、ゼロになるヤマトちゃんの体力(ライフ)


 唖然とするリリ。言葉を失う観客(野次馬)。静まり返る一帯。そして無情にも鳴り響く決闘終了の鐘。


 私はそんな光景を見ながら誰にも聞こえないような声で呟いた。


「やっぱり、あと一歩、あと一つで失敗するんだね」


 昔と変わらず、決定的に何かが


「イチ足りないないんだね、ヤマトちゃん」





 あと1秒、あと1ドット、あと1点。


 どれだけ俺はこのイチというものに泣かれてきただろうか。


 短距離走の選考にはあと1秒で漏れ、格ゲーの大会では1ドット差で準優勝、挙句の果てにテストではあと1点で赤点越え・・・


 俺の人生は前世と今世合わせて大体そんなことばっかりだった。


 ここぞという時に何かがイチ足りずに失敗する。


 今回の決闘もそうだ。


 あと1秒早ければ、あと1ドット分だけでも気力が残っていれば。


 結果は変わっていたはずだった。


 そして、そんな俺を見越して何かとフォローしてくれたのが元幼馴染(元男)であるバニラだった。





 あの後、決闘はヤマトちゃんの負けで決まった。けど、満身創痍で決闘続行は不可能だったのはリリも同じであった為、リリ自身がこの決闘は引き分けだと宣言した。


 周囲の観客(野次馬)は阿鼻叫喚。賭けは大多数がリリの勝ちに賭けており、大穴狙いもヤマトちゃんの勝ちに賭けていた。


 唯一、私だけが引き分けという結果に賭けていたので大儲けできた。この臨時収入の半分は健闘してくれたヤマトちゃんに渡すとしよう。


 それで少しは機嫌も直してくれるだろうし。


 ヤマトちゃんは決闘終了後にそのまま救護室に直行。治療を受けた後、救護室のベットで眠っている。

 決闘終了後の喧騒も今は遠く、日も落ちて周囲は真っ暗だ。


 救護室の先生曰く、気力切れと極度の疲労で眠っているだけ、とのこと。


 その健やかそうな寝顔を見ていると、前世(むかし)を思い出して嬉しくなる。


 ずっと、こうだった。


 いつもここぞという時に限ってイチ足りずに失敗するヤマトちゃん。それの後始末やフォローをするのが私の役目だった。


 常に全力で。常に本気で。前だけを見据えて、失敗してもめげず、諦めずに走り続けて。


 そんなヤマトちゃんを一番傍で見てきて、助けて、支えてきた。


 その真剣な眼差しが好きだから。


 全部を出し切って、疲れ果てて寝てしまった時の無邪気な寝顔が好きだから。


 失敗しても諦めない、その在り方が好きだから。


 だから、一番傍で、叶わないと知っていても、この気持ちを捨てることができずにいた。


 あの時。ヤマトちゃんが私を置いて死んでしまった、あの時。


 私は全てを失った。


 その絶望、悔恨、無力。その果てに今の幸せを掴んだから。


 あの時は同性だったから諦めた。


 あの時に私は全てを失った。


 そして、今。私は全てを手に入れる機会を得た。


 まだ、ヤマトちゃんの中では私は男なのかも知れない。けど、今の私は正真正銘の女の子。


 もう、気持ちを諦める必要なんて、ない。


 あの時、失った私の全てだったヤマトちゃんは目の前にいる。


 なら、私は絶望する必要なんて、ない。


 その事実が私の背筋を恍惚とした悦楽として走り抜ける。


 今日の決闘で、ヤマトちゃんが大和ちゃんである事は完全に確定した。


 なら、もう様子見なんて、しない。


 もう我慢なんて、しない。


 もう、


「・・・諦めないよ。だって、私、前世からずっと、ヤマトちゃんのこと―――」


 眠っているヤマトちゃんの顔に、唇に、私は自分の唇を寄せ、


「―――愛してるから」


 蕩けるような甘いキスをした。




改善した方が良いところ、誤字脱字等何かありましたら感想をいただけると嬉しいです。宜しくお願い致します。


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