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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第一の手 婚約破棄、承りました

「あれ……私、どうしたんだろ?」


 目を覚ますと、そこは真っ白な空間で、周囲には他に誰の姿も見当たらなかった。

 めまいがして、意識が薄れていったところまでは覚えてるんだけど。


「……やっと起きたのね」

「え!? あ、あなた、誰?」


 さっきまで、誰もいなかったのに……。


 声の主の白いローブを着た若い女性は、長い銀髪を揺らして、いつの間にか私の目の前にいた。


「困るのよ、予定外に死なれると。私の仕事が増えちゃうじゃない」

「私、死んだの……!?」


「そうだけど……それで、どうするの?」


 彼女は、うんざりしたようにため息を吐いた。


「嘘よね? わ、私の赤ちゃんは……?」


 私は自分のお腹を必死にさすってみる。


「……可哀想だけど、助からなかったわ」

「嫌、嫌よ……私を元の世界に戻して、お願い」


「それは無理だわ」


 そんな……ひとりで育てるってやっと決心したのに。

 泣きじゃくって女性にすがりつく私を、彼女は突き放しはしなかった。

 

「……仕方ないわねぇ。元には戻せないけど、私に考えがあるわ。ちょっと待ってなさい」


 彼女の手にはいつの間にか杖が握られていて、それを高く掲げると聞き慣れない言葉を呟いた。


「さあ、このルーレットを回すわよ」

「グスッ……ルーレット?」


「あなたにもう一度チャンスをあげる。次は後悔しない人生を歩みなさいよ?」


 女性がそう言うと、目の前に現れたルーレットが静かに回り始める。

 カラカラと音を立ててルーレットボールが走り、本物のカジノさながらの響きが周囲を包んだ。


 ルーレットは光り始め、私は眩しくて目を開けていられなかった。


「ほら、あなたの行き先が決まったわよ……あら、これは修羅場かしら?」


 そっと目を開けると、ルーレットの代わりに、どこかのパーティーの様子が空間に映し出されていた。


 ひとりの女性が床に倒れていて、周りの人たちが慌てている様子が見える。


「あの、彼女は……?」


「突き飛ばされた時に、頭を打ってしまったようね。どうしてこう、予定が狂うのかしら……でも、彼女の心はもう戻る気力を失っているわ」


「……一体何があったの?」


 女性が杖でコツンと床を軽く突くと、映し出されていた映像が物凄い勢いで巻き戻っていった。


「この辺でいいかしら」


 映像には、女性をパーティーの場で怒鳴りつける男性と、彼に抱きついて笑みを浮かべる女性が映っていた。


「――エリシア! 君との婚約を破棄させてもらう!」

「ア、アレクシス様、どうされたのですか……理由を教えてください」


「そんなこと言わなくても分かるだろ! 君は僕に内緒で他の男性とこっそり会っているそうじゃないか。そんな女性と結婚できるわけないだろう!」


 アレクシスと呼ばれた男性は、腕にしがみつく女性を抱き寄せた。


「僕は彼女と結婚する。君とはもう終わりだ!」

「そんな……私の話を聞いてください」


 エリシアという女性は、アレクシスにフラフラと近づいていく。

 伸ばした手を乱暴に振り払われた拍子に、バランスを崩して頭をテーブルの端にぶつけてしまった。


「これで、さっきの場面に戻ったわね」

「ひどい……何で誰も助けてあげないの?」


 エリシアの周りに集まった人たちは慌ててはいるものの、彼女を介抱しようとはしない。


「このアレクシスって男は、この国の第2王子みたいね。下手に手を出して、巻き込まれるのが嫌なんじゃないかしら」


「そんな……それに、この王子も浮気してるじゃない」

「そうね。あなたならどうする? ふふふ」


「私なら――」


 こんな男、こっちから婚約破棄してやるわ……!


「決まったわね。それと、あなたにプレゼントとあげる……さあ、この中からカードを一枚引いてみて」


 急に目の前に差し出されたカードの束に、躊躇しながら引いてみる。

 

「あら、白き手ね。珍しい補助系のスキルだから、きっと生き延びられるわ」

「……それってどういう意味? それにあなた、女神様なの?」


 それ以上答えを教えてもらえないまま、私の視界は徐々に白くなっていく。

 

「あなたならきっと大丈夫よ――」


 女神の最後の意味深な言葉が、少し心に引っかかったけど、次に目を開けた私の視界に入ったのは、あのパーティー会場の天井に吊るされたシャンデリアだった。


「イタタ……やっぱり頭打ってるじゃない。病院で診てもらわないと」

「エ、エリシア様、大丈夫ですか?」


 片手で頭を押さえつつ身を起こすと、周囲を囲んで心配そうに覗き込む、事勿(ことなか)れ主義の貴族たちの声が耳に入った。


「ええ、もう家に帰るから。用事は済んだみたいだし」


 手を貸してくれた給仕に支えてもらいながら立ち上がった私は、顔を青くしているアレクシスとかいうアホ王子と、その隣にいる女性を見据えた。


「……フ、フン。何ともないじゃないか。僕の気を引くために、わざと倒れたんじゃないのか?」

「ハッ、そんなわけないでしょ。自分こそ浮気してるじゃないの」


「な、何!? 生意気だぞ!」


 鼻で笑ってやると、言い返されるとは思わなかったのか、アホ王子は一瞬怯んだ。

 こうやって会話している間にも、私の意識の中に少しずつエリシアの記憶が蘇ってくる。


 へぇ……エリシアの実家が侯爵で、権力を持っているから婚約者に選ばれたのか。


「……ああ、大変失礼いたしましたぁ。婚約破棄の件、確かに承りましたので、私はこれで失礼いたします」


 はぁ、めんどくさ……早く帰ろ。


 まだ、ぎこちないカーテシーをグラグラしながら披露した私は、クルリと踵を返す。


「あ、そうだ……父には、私からしっかりと伝えておきますのでご心配なく。それでは皆様、ごきげんよう」


 振り返ってアレクシスに微笑むと、彼はやっと事の重大さに気がついたのか、また顔色を悪くした。


 私はヒールを響かせ、慌てて道を空ける貴族たちの間を抜け、扉へ向かって歩く。


「ま……待て、エリシア! 誰かアイツを止めろ!」


 会場の真ん中を突っ切って足早に歩く私の前に、アレクシスの取り巻きたちが立ち塞がった。


「お待ちください、殿下がお呼びです」

「……そこを退きなさい」


 いつものエリシアなら、怯えて彼らの言う通りにしていたんだろう。

 だけど、いま彼女の中にいるのは私だ。


「二度は言わないわ。道を空けなさい」

「うっ……」


 彼らの多くは伯爵家の三男や騎士の息子で、結局は王子の威光を借りているだけだ。


「おい、何してるんだ! そいつを連れてこい!」

「し、しかし……」


 取り巻きたちは困惑した表情で、アレクシスと私の間でオロオロと落ち着かない。


「お前ら、僕の言うことが聞けないのか!」

「ひぃっ!」


 癇癪を起こした王子に怯える彼らは、抵抗する私の腕を掴んで無理矢理引っ張った。


「きゃあっ! 誰か助けて、殺されるぅ!」


 私はわざと大袈裟に騒いで、取り巻きたちの腕を振り払った。

 ドレスの袖口は案外簡単に破れ、身に付けていたブレスレットが千切(ちぎ)れて、欠片がコロコロと床に転がった。


 ……後で弁償してもらうわよ。


「エリシア様!」

「君たち、乱暴なことは止めるんだ!」


 演技のおかげか、様子を見守っていた貴族たちの中から、取り巻きたちを非難する声が上がった。


「あ……俺たちは何も――」

「何もじゃないだろう、彼女の身に付けているドレスが、一体いくらすると思ってるんだ!」


「エリシア様、大丈夫ですか?」

「腕をひねったみたい……赤くなってる」


 痛くもない腕を押さえながら顔をしかめると、取り巻きたちを咎める視線は、やがて彼らからアレクシス王子へと向かった。


 ……なんだ、ちゃんと心配してくれるんじゃない。


「ア、アレク……アタシ、ちょっと失礼するわね」

「イリア、どこに行くんだ!?」


 アレクシス王子に抱きついていた女性は、そそくさと彼の脇をすり抜け、逃げるように扉の向こうへと姿を消した。


「ねぇ、ご覧になって……あの慌てよう、滑稽ね」

「彼女、男爵家の庶子なんでしょう? 招待もされてないのに、よくここに顔を出せるわね」


 扇で口元を隠し、小声でひそひそと囁きあう声が耳に届く。

 口さがない彼女たちの噂話は、相手が誰だろうと面白おかしく語られる。


 それが真実でも、作り話でも関係ない……まるでエリシアにまつわる噂みたいに。


「ごめんなさい、私、失礼するわ……もう耐えられない」

「その方がいい、エリシア嬢。誰か、ローゼンベルク家の馬車を!」


 そっと手で顔を覆いながら声を詰まらせると、周りの同情を一気に集めた。

 

 頭がズキズキする……こんな茶番に付き合ってられない、早く医者に診せないと。

 ここにいても、あのアホ王子が騒いでるから、手当なんてしてもらえなさそうだし。


「待てよ、エリシア! まだ話は終わってない。僕の言うことが聞けないのか!」

「――痛っ!」


 突然、後ろから肩をつかまれ、ズキンと鈍い痛みが走る。


 コイツ……エリシアだけじゃなく、私まで殺すつもり?


 振りほどこうとしても、彼女の細い腕じゃ到底かなわず、無理やりアレクシスの方へ顔を向けさせられる。


「放してください……婚約破棄は殿下から提案されたことです。お話があれば、まずは父を通してください」


 焦った表情を隠すように、ニヤけながら顔を寄せてくるアレクシスに虫唾が走る。


「いや、あれは撤回するよ。君は彼女に嫉妬していたんだろ?」

「放せって言ってるでしょ……このクズ」


 最後の悪態は周りに聞こえないように、彼の耳元で囁いた。


「な、何だと! コイツ!」


 真っ赤になったアレクシスは、私の首元をつかみ、右手の拳を思い切り振り上げた。


「きゃああ!」


 女性たちの悲鳴が上がる。


「何してるんだ、アレクシス!」


 澄んだよく通る男性の声が会場に響き渡る。

 それはこの国の王弟、オズワルド殿下のものだった。

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