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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第53章 余白を攫う者たち

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待たれることの終わり

 変化は、事件としては現れなかった。


 だからこそ、見逃せない種類のものだった。


 朝。


 事務所の前の通りに、

 見慣れない掲示が増えていた。


 正式な告知ではない。

 ギルドの印もない。

 ただの張り紙。


「……これ」


 エルフィナが、紙片を指差す。


『希少生物の取り扱いについて』

『市民の安全と秩序のための提言』


 言葉は丁寧だ。

 語調も穏やか。

 だが、内容は一つの方向を向いている。


「“自主的な協力を呼びかけます”」


 リュカが読み上げる。


「つまり――

 協力しない場合は、非協力と見なす」


「まだ決定じゃない」


 エルドが言う。


「だが、“空気”は作り始めてる」


 クロスロードでは、

 決定より先に空気が人を動かす。


 ピコは、事務所の中でその様子を見ていた。

 いつもより、動きが少ない。


「……ひと、また、はなしてる」


「そうだな」


 ミリアが答える。


「お前のことだ」


 ピコは、少し考えてから言った。


「……ピコ、なにも、してない」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 ***


 昼。


 ギルド前の広場が、妙に整っていた。


 露店が端に寄せられ、

 人の流れが一本に誘導されている。


「集会、ですね」


 カイラが呟く。


「正式じゃないけど、

 “説明会”ってやつ」


 誰かが責任を取る場ではない。

 誰かが決める場でもない。


 ただ、

 “納得したことにする場”。


 ピコは、人混みを見て、

 エルフィナの服を掴んだ。


「……いっぱいいる」


「ええ」


「……みんな、えらぶ?」


 問いは、震えていない。

 もう慣れ始めている。


 それが、一番危険だった。


「選ぶ、というより」


 レインが答える。


「選んだことに、する」


 ピコは、その違いを理解できない。

 だが、重さだけは感じ取ったらしい。


「……いや」


 小さな声。


 だが、はっきりしていた。


 ノーリトリートの全員が、

 その一言を聞いた。


 それでも、まだ殴れない。


 誰も、ピコを引きずろうとはしていない。

 誰も、強制していない。


 正しさは、

 まだ手続きを踏んでいる途中だ。


 ノウンが、静かに言語化する。


「待たれる段階が、終わりつつある」


「次は?」


 ミリアが問う。


「“決めたほうがいい”になる」


 それは、

 この街で一番多くのものを奪ってきた言葉だった。


 ピコは、レインを見上げた。


「……ひと」


 呼ぶ音に、意味はない。

 だが、今はそれで十分だった。


 レインは、答えない。


 ただ、ピコの前に立つ。


 前線は、また一歩、前に出た。


 剣を抜くには、まだ早い。

 だが――

 引く理由は、もう消え始めている。


 広場に設けられた簡易壇上は、手際よく準備されていた。


 木箱を重ねただけの即席の台。

 布を掛け、紋章も肩書きもない。


 それが、かえって“公式ではない”ことを強調している。


「……上手いな」


 エルドが低く言う。


「責任の所在を、最初からぼかしている」


「でも、人は集まってる」


 エルフィナが周囲を見渡す。


 市民。

 冒険者。

 商人。


 誰も強制されていない。

 だが、来なかった者のほうが目立つ空気ができている。


「聞いておいたほうがいい、ってやつだね」


 カイラが呟いた。


「“自分は無関係じゃない”って示すために」


 ピコは、人の多さに気圧されるように、

 レインの影に隠れていた。


 ぽよっとした体が、今日はほとんど動かない。


「……ひと、おおい」


「そうだな」


 レインは、それ以上言わない。


 壇上に、一人の男が上がった。


 派手さのない服装。

 だが、声はよく通る。


「今日は、お集まりいただきありがとうございます」


 誰も拍手しない。

 だが、誰も離れない。


「これは、決定の場ではありません。

 あくまで“共有”です」


 その言葉に、何人かが頷いた。


「現在、クロスロード周辺で確認されている希少生物について――」


 視線が、一斉に事務所の方向へ向く。


 ピコは、それを感じ取り、身をすくめた。


「危険性は、現時点では低い。

 ですが、将来的な影響は未知数です」


 正しい。

 反論しづらい。


「そこで提案です。

 一時的な保護と、観察」


 “提案”。


 強制ではない。

 だが、別案は提示されない。


「管理下に置くことで、

 本人――いや、個体の負担も減る」


 その言葉が、空気を一段、重くした。


 善意だ。

 だが、本人の声は前提に含まれていない。


「……ピコ」


 エルフィナが、そっと声をかける。


 ピコは、返事をしなかった。


 壇上の男は、続ける。


「これは、街を守るためでもありますが――

 同時に、その存在を守るためでもある」


 “守る”。


 便利な言葉だ。


 ミリアの指が、剣の柄に触れかけて、止まる。


 殴る理由は、まだない。


「質疑があれば」


 男が言った瞬間、

 一人の市民が手を挙げた。


「その……危なくなったら、どうするんです?」


 素朴な問い。


「その場合は、段階的な対応を」


 男は即答する。


「隔離、移送、必要であれば――」


 必要であれば。


 言葉は、そこで切れた。


 続きは、誰もが補ってしまう。


 ピコが、ぽつりと呟いた。


「……ひと、こわい?」


 誰に向けたわけでもない。


 ただ、音として漏れただけ。


 その声に、何人かが振り向いた。


「あ……」


「今、喋った?」


 ざわめきが、広がる。


 壇上の男が、一瞬だけ言葉に詰まる。


 想定外だった。


 ピコは、周囲を見回し、

 その反応に戸惑っている。


「……ピコ、なんか、した?」


 レインは、一歩前に出た。


 壇上と、ピコの間に立つ。


「今日は、ここまでだ」


 静かな声だった。


 だが、広場の空気が、確実に変わる。


「共有は、十分された」


 レインは続ける。


「これ以上は、“選ばせる”段階になる」


 壇上の男は、すぐに反論しなかった。


 できなかった。


 強制ではない。

 決定でもない。


 だが――

 ここで続ければ、戻れなくなる。


「……本日は、解散としましょう」


 男は、そう言った。


 人々は、少しずつ散っていく。


 納得した者。

 不満を残した者。

 何も考えず帰る者。


 全員が、

 「話し合いはした」と思いながら。


 ピコは、広場を離れながら、小さく呟いた。


「……ピコ、つかれた」


 それは、疲労だった。

 恐怖でも、怒りでもない。


 待たれ続けることの疲れ。


 ノーリトリートは、誰もがそれを理解していた。


 だが、まだ。


 まだ、殴れない。


 正しさは、

 今日も一歩ずつ、

 丁寧に、逃げ道を塞いでいく。


 解散したはずの広場に、完全な静けさは戻らなかった。


 人の流れは散った。

 だが、視線は散っていない。


 通りの角。

 露店の影。

 建物の二階。


 見ている。

 ただ、見ているだけ。


「……終わってない」


 ミリアが、低く言った。


「うん」


 リュカも同意する。


「“話し合った”ことで、

 次の段階に進む許可が出た」


 それが、クロスロードのやり方だ。


 ピコは、歩きながら何度も振り返っていた。


「……ひと、まだ、みてる」


「見てるだけだ」


 エルドが言う。


「今は、な」


 その“今は”が、

 どれくらい保つかは分からない。


 ***


 事務所に戻る途中、

 路地裏から小さな声がした。


「……すみません」


 若い女だった。


 武装はない。

 商人でも冒険者でもない。


 ただの市民。


「その……噂の子、ですよね」


 視線は、ピコに向けられている。

 怯えと、興味が混じった目。


 ミリアが一歩前に出かけて、

 レインが手で制した。


「用件は?」


「いえ、その……」


 女は言葉を探す。


「怖がってる人も、いるんです。

 でも、私は……」


 一度、息を吸う。


「可哀想だと思って」


 その言葉で、全員が理解した。


 これは、敵ではない。


「……だから、少しだけ」


 女は、籠を差し出した。


 中には、甘い匂いのする焼き菓子。


「落ち着くって、聞いたので」


 善意。

 純粋な、個人的な親切。


 ピコが、きょとんと籠を見る。


「……これ、なに?」


「お菓子よ」


 女は、笑った。


「食べる?」


 エルフィナが、口を開きかけた、その時。


「……たべる」


 ピコが、前に出た。


 ほんの一歩。


 その瞬間――


 空気が、変わった。


 路地の奥で、足音。

 別の影が、動く。


「待て」


 エルドの声が、間に合わない。


 女の背後から、

 別の市民が顔を出す。


「本当に、危なくないんだな?」


「喋るなら、大丈夫だろ」


「触ってもいいのか?」


 善意が、連鎖する。


 誰も、奪おうとしていない。

 誰も、命令していない。


 ただ、

 近づいている。


 ピコの体が、強張った。


「……ひと、ふえる」


 一歩、下がる。


 だが、下がった先にも、人がいる。


 路地は、狭い。


 選択肢が、

 急速に、削れていく。


「……ピコ、いきたい」


 声が、震え始める。


「……ここ、いや」


 それは、逃走衝動だった。


 だが、逃げ道は――

 もう、塞がれかけている。


 レインは、前に出た。


 女と、ピコの間。

 市民と、路地の出口の間。


「下がってください」


 声は、低く、しかし明確だった。


「危険は、ありませんよ」


 女は戸惑ったように言う。


「私たちは、ただ――」


「分かっています」


 レインは遮る。


「だからこそ、下がってください」


 それは命令ではない。

 だが、退かせるための言葉だった。


 周囲の人間が、足を止める。


 空気が、張り詰める。


 ピコは、レインの背中を見ていた。


「……ひと」


 呼ぶ音が、掠れる。


「……こわい」


 その一言で、

 条件は満たされた。


 誰も悪くない。

 誰も強制していない。


 だが――

 選択肢は、もう消え始めている。


 ノーリトリートは、前線に立った。


 剣を抜く必要はない。

 魔法も使わない。


 だが、これは――

 明確な介入だった。


「今日は、これ以上、近づかないでください」


 レインの声は、街に向けられている。


 それでも、責めていない。


 裁いていない。


 ただ、

 ここが限界だと示しただけ。


 沈黙のあと、

 女は、籠を引いた。


「……ごめんなさい」


 心からの謝罪だった。


 人々は、少しずつ散っていく。


 納得できない者もいる。

 だが、押し切る理由もない。


 路地に残ったのは、

 ノーリトリートと、ピコだけだった。


 ピコは、その場に座り込み、

 小さく息を吐いた。


「……つかれた」


 エルフィナが、そっと抱き寄せる。


 ミリアは、拳を握りしめて、何も言わない。


「……これが、街だ」


 エルドが、低く言う。


「そして」


 ノウンが続ける。


「今、介入ラインを越えた」


 レインは、路地の奥を見つめていた。


 次は、

 善意では済まないかもしれない。


 だが。


 逃げたいと言った声を、

 見なかったことには、できなかった。


 それが、

 非裁定ノーリトリート

 ここに立つ理由だった。


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