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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第53章 余白を攫う者たち

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直接奪わない/裁かない圧

 その日は、妙に静かだった。


 クロスロードでは珍しいことではない。

 騒がしい日もあれば、

 何も起きない日もある。


 だが、その静けさは――

 「何も起きていないふり」をしている種類のものだった。


 レインは、事務所の窓から通りを見下ろしていた。


 人は歩いている。

 商人は声を張り、冒険者は笑っている。


 それでも。


「……減ってる」


 ぽつりと、リュカが言った。


「何が?」


 ミリアが聞き返す。


「“偶然”。

 ここを通る人間が、偶然こちらを見る頻度が」


 意図している。

 だが、意図が見えない。


 それが一番、厄介だった。


 ピコは、部屋の中央で転がっていた。

 毛布を被り、出たり入ったりを繰り返している。


「……ここ、せまい?」


 突然の問い。


「狭くはない」


 エルドが答える。


「だが、広くもない」


「……ふーん」


 ピコはそれで納得したようだった。


 その時、扉が叩かれた。


 控えめで、礼儀正しい音。

 昨日までとは、少し違う。


「……はい」


 エルフィナが応じる。


 入ってきたのは、二人組だった。


 一人は冒険者風。

 もう一人は、書類を抱えた男。


 どちらも武装は軽い。

 敵意は、ない。


「失礼。

 正式な依頼ではありません」


 書類の男が言う。


「“相談”です」


 その言葉だけで、

 リュカとノウンが同時に理解した。


 これは、契約の前段階だ。


「希少種の扱いについて、

 街としての“合意”を作りたい」


 男は、穏やかな声で続ける。


「保護。観察。必要であれば、移送。

 強制ではありません」


 ミリアが、思わず舌打ちしそうになるのをこらえた。


「……優しいね」


「正しい、とも言えます」


 男は即答した。


「この街では、“正しさ”を共有しないと、

 混乱が起きる」


 正論だった。


 だから、殴れない。


 ピコは、その会話を聞きながら、

 書類の男をじっと見ていた。


「……ひと、いっぱい、かく?」


 男が一瞬、言葉に詰まる。


「……ええ。

 君のことを、守るためのものだ」


 嘘ではない。

 だが、全部でもない。


 レインは、その場に立ったまま言う。


「それは、“選択”ですか」


「もちろん」


 男は頷いた。


「本人の意思を尊重します」


 その瞬間、

 ピコの体が、わずかに強張った。


 選択。


 その言葉の意味を、

 完全には理解していないはずなのに。


「……ピコ、えらぶの?」


 問いは、小さかった。


 だが、重かった。


 ノーリトリートは、

 誰も答えなかった。


 答えた瞬間、

 選ばせてしまうから。


 レインは、ただ一つだけ言った。


「まだだ」


「……まだ?」


「まだ、選択肢は消えていない」


 それが、限界だった。


 男は、それ以上踏み込まなかった。

 笑顔を保ったまま、深く頭を下げる。


「分かりました。

 今日は、ここまでにします」


 扉が閉まる。


 静けさが戻る。


 ピコは、しばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと呟く。


「……えらぶ、って、つかれる」


 誰も否定しなかった。


 クロスロードでは、

 選択肢があること自体が、

 すでに負荷になる。


 ノーリトリートは、

 その負荷が臨界に達する前に立つ。


 ――まだ、殴れない。

 だが、次は近い。


 相談という名の来訪は、それで終わりではなかった。


 その日の午後だけで、三件。


 形はすべて違う。

 冒険者経由の忠告、

 商会筋からの打診、

 そして――評議会の末端を名乗る者の名刺。


「……増えてる」


 エルフィナが、積み上がった紙片を見て呟く。


「直接的じゃないのが、また」


 カイラは腕を組んだ。


「“みんなで決めましょう”って空気を作りたいんだよね」


「合意形成だ」


 リュカが淡々とまとめる。


「誰も責任を取らずに、

 結果だけを正当化できる」


 クロスロードのやり方だった。


 ピコは、部屋の隅で丸くなっていた。

 いつもなら転がっている時間だ。


 今日は、動かない。


「……ねえ」


 小さな声。


 エルフィナが振り返る。


「どうしました?」


「……みんな、ピコのはなし、してる」


「……そうですね」


「ピコ、いなくても?」


 問いは、責めではなかった。

 ただ、確認だった。


 その言葉が、胸に引っかかる。


 エルドが、静かに言う。


「今のところは、

 “いる前提”で話が進んでるな」


「……ふーん」


 ピコは、それ以上聞かなかった。


 だが、体の揺れが止まっている。


 ***


 夕方、再び扉が叩かれた。


 今度は一人。

 見覚えのある顔だった。


 数年前からクロスロードで動いている、

 小規模商会の代表。


 露骨な金の匂いはしない。

 だから、余計に信用される。


「今日は“買い”の話じゃない」


 男は、先にそう言った。


「……なら、何だ」


 ミリアが警戒を隠さずに返す。


「助言だ」


 男は、視線を下げる。


「この街で、

 “決まらない存在”は長く持たない」


 脅しではない。

 経験則だった。


「囲えば、奪われる。

 放せば、利用される」


「じゃあ、どうすればいい」


 カイラが問う。


 男は、即答しなかった。


「……“決める”しかない」


 重い言葉。


「誰の管理下に置くか。

 どこに属するか。

 どういう価値として扱うか」


 それは、街を守るための正しさだ。


「決めなければ、

 誰かが代わりに決める」


 男は、そこで口を閉じた。


 それ以上は言わない。

 言えば、裁定になる。


 去り際、男はピコを見た。


「……疲れるだろう」


 ピコは、少し考えてから頷いた。


「……つかれる」


 それだけだった。


 ***


 夜。


 事務所の灯りは、弱いまま。


 ピコは、毛布の中で丸くなっていた。

 眠ってはいない。


「……えらばない、だめ?」


 ぽつりと、呟く。


 誰かに向けた言葉ではない。

 自分に向けた疑問だ。


 レインは、その隣に腰を下ろした。


「選ばない、は違う」


「……ちがう?」


「選ばされない」


 ピコは、その言葉を反芻する。


「……でも、みんな、まってる」


「そうだな」


 レインは否定しなかった。


「待つのも、圧だ」


 ピコは、ぎゅっと体を縮めた。


「……ピコ、なにも、してないのに」


 その一言が、

 この街の全てだった。


 何もしていなくても、

 価値があり、

 意味を与えられ、

 役割を期待される。


 クロスロードでは、

 それだけで十分、追い詰められる。


 ノーリトリートは、まだ立っている。


 だが――

 選択肢が“重荷”になり始めているのは、確かだった。


 夜が、深くなっていた。


 事務所の外では、いつも通りのクロスロードが息をしている。

 酒場の笑い声。

 遠くの喧騒。

 どれも、昨日と変わらない。


 だが、その中に――

 決まりかけている空気が混じっていた。


 ノックは、二度。


 今度は、逃げ道のない音だった。


「……来たな」


 エルドが低く言う。


 扉の向こうに立っていたのは、三人。


 ギルド職員。

 評議会の名を借りた調整役。

 そして、白い書類箱。


「正式な提案です」


 調整役が、穏やかに言った。


「“保護区画”への一時移送。

 監視ではありません。

 管理です」


 書類は整っている。

 署名欄も、空白のまま。


「本人の意思を最優先にします」


 その一文が、強調されていた。


 完璧な善意。

 反論しづらい正しさ。


「……ピコ」


 エルフィナが、そっと呼ぶ。


 ピコは、毛布から顔を出した。


「……なに?」


「お話、聞けますか?」


 ピコは、書類箱を見る。

 次に、人の顔を見る。


 ゆっくりと、首を傾げた。


「……ピコ、ここ、だめ?」


 調整役が、すぐに否定する。


「そんなことはありません。

 ただ――」


 ただ。


 その言葉の続きを、

 誰も最後まで言わなかった。


 ピコは、少しだけ考えた。


「……ひと、たくさん、くる」


「そうですね」


「……みられる」


 エルフィナの喉が、詰まる。


 ピコは、続けた。


「……ピコ、つかれる」


 それは、初めての拒否に近い言葉だった。


 だが、拒絶ではない。


「……でも、えらべ、って」


 小さな体が、きゅっと縮こまる。


「……ピコ、にげたい?」


 その瞬間、

 空気が、張り詰めた。


 逃げたい。


 それは、

 この街が一番嫌う言葉だ。


 調整役が、慎重に言葉を選ぶ。


「逃げる、というより――

 環境を整える、です」


「……ちがう」


 ピコは、小さく首を振った。


「……ピコ、きめたくない」


 その言葉で、

 “本人の意思”という前提が、崩れかける。


 レインは、一歩前に出た。


 静かに。


「今日は、ここまでだ」


 調整役が眉を寄せる。


「それは――」


「まだ、選択肢が消えていない」


 レインの声は、淡々としていた。


「消えていないうちは、

 決めない」


「しかし――」


「決めれば、楽になる」


 レインは、相手の言葉を先に置いた。


「責任も、分散できる。

 正しさも、共有できる」


 それでも。


「だが、それは

 この子の負荷を減らす理由にはならない」


 調整役は、沈黙した。


 正論で殴られているわけではない。

 ただ、急げなくなっただけだ。


「……検討は、続けます」


 そう言って、書類箱を閉じる。


 扉が閉まったあと、

 事務所には長い沈黙が落ちた。


 ピコは、レインの服の裾を掴んだ。


「……ごめん」


 理由の分からない謝罪。


 レインは、首を振る。


「謝る必要はない」


「……でも」


「疲れたと言えた。

 それで十分だ」


 ピコは、少しだけ体を緩めた。


 ミリアが、低く言う。


「……殴れない敵って、最悪」


「だから、前線だ」


 エルドが答える。


 ノーリトリートは、

 剣を抜かない場所に立つ。


 裁定が下る前。

 逃げ場が消える直前。


 クロスロードの夜は、今日も続いている。


 善意が整い、

 正しさが共有され、

 選択肢が“親切”に削られていく街。


 その中心で、

 まだ決められていない存在が、息をしていた。


 逃げたい、と言えるうちは。


 ――まだ、間に合う。


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