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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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名を持つ牙

クロスロードは、もう隠れていなかった。


正確には――

隠す意味がなくなった。


通りの端から端まで、

遮断結界が展開される。


屋根の上、

路地の奥、

橋の下。


今まで“何もなかった場所”に、

はっきりとした配置が生まれていく。


「……これは……」


リュカが、息を詰める。


「防衛網じゃない」


「迎撃陣形だ」


ミリアが、歯を噛んだ。


「完全に、

 戦う気じゃねぇか」


「そうだ」


ノウンが淡々と答える。


「黒巣は、

 “仕事”をやめた」


「ここからは――」


一拍。


「“排除”に切り替えた」


その瞬間。


通りの中央に、

一人の男が現れた。


外套は黒。

だが、今までの幹部とは違う。


隠す気がない。

威圧する気もない。


ただ――

立っているだけで、空気が沈む。


「……」


エルドが、盾を構え直す。


「来るぞ」


男は、ゆっくりと拍手した。


「いやぁ」


「素晴らしい」


声は、妙に軽い。


「支部を潰されても、

 街が崩れない」


「さすがだよ、

 ノーリトリート」


ミリアが、剣を向ける。


「名乗れ」


男は、笑った。


「いいだろう」


外套を、わずかに翻す。


「黒巣・中核管理」


「幹部――」


一拍。


「《黒糸こくし》だ」


その名が落ちた瞬間、

結界の圧が、一段階上がる。


「……名前を出してきた」


カイラが、低く言う。


「組織として、

 “本気”ってことね」


黒糸は、視線を巡らせる。


ミリア。

エルド。

エルフィナ。

ノウン。

リュカ。

レイン。


「……なるほど」


「中心は、

 固定されていない」


「だが――」


レインを見て、笑う。


「“要”は、

 まだここにいる」


レインは、表情を変えない。


「中心じゃない」


「共有しているだけだ」


「はは」


黒糸は、楽しそうに息を吐く。


「それができるのは、

 余裕がある間だけだ」


その瞬間。


通りの両脇から、

複数の影が躍り出る。


統制された動き。

迷いがない。


「……包囲か」


エルドが、低く唸る。


「違う」


ノウンが、即答した。


「選別だ」


黒糸が、指を鳴らす。


「街の人間は、

 逃がしていい」


「だが――」


「立っている者は、

 残せ」


その言葉に、

空気が一気に冷える。


ミリアが、前に出た。


「……舐めるな」


剣を構え、低く言う。


「ここに立ってるのは、

 全員――」


「残るって、

 決めた奴らだ」


エルフィナが、震える声で続ける。


「……逃げる人は……

 逃がす……」


「……立つ人は……

 一緒に……」


黒糸は、満足そうに頷いた。


「いい」


「じゃあ――」


「始めよう」


結界が、完全に閉じる。


クロスロードの一角が、

明確に戦場へと変わった。


ノウンが、静かに告げる。


「黒巣は、

 もう“裏”じゃない」


「ここからは――」


「表で、

 殴り合う」


レインは、

一歩、前に出た。


「……なら」


「終わらせよう」


黒糸の笑みが、深くなる。


「できるかな?」


次の瞬間。


黒巣は、

本気で牙を剥いた。


最初に動いたのは、黒糸だった。


踏み込みも、予備動作もない。

ただ、立っている位置が変わった。


「――っ!」


ミリアが反射的に剣を振る。


だが、刃は空を切った。


いや――

切った“はず”の空間が、

次の瞬間には別の位置に置き換わっている。


「……空間転移じゃない!」


リュカが、即座に分析する。


「位置情報が、

 “後から上書き”されてる!」


黒糸が、楽しそうに言う。


「いい反応だ」


「だが――」


「正確には、上書きじゃない」


指先を、軽く動かす。


その瞬間。


ミリアの足元に、

黒い糸が走った。


床から、壁から、空気から。

縫うように、絡みつく。


「チッ……!」


ミリアが跳ぶ。


だが、跳んだ先にも、糸がある。


「逃げ場を、

 “後から作る”タイプか!」


エルドが、盾を前に出す。


「なら――!」


踏み込み、盾で押し潰す。


衝撃は、通った。


――だが。


「……軽い?」


エルドが、違和感を覚えた瞬間。


盾の表面に、

糸が“縫い留められる”。


「――動かねぇ!?」


「固定しただけだよ」


黒糸は、穏やかに言う。


「君の位置を」


「君の役割を」


「君の“ここまで”を」


ノウンが、即座に叫ぶ。


「全員、近づくな!」


「糸は――」


言葉が、途中で止まる。


ノウン自身の影から、

黒い糸が立ち上がった。


「……なるほど」


黒糸が、満足そうに頷く。


「観測者は、

 影から縫うのが一番いい」


ノウンが、歯を噛む。


「……影は、

 常に“足元”にある……」


「そう」


黒糸は、淡々と肯定した。


エルフィナが、

反射的に《共感同調エンパシー・リンク》を起動しかける。


だが――


レインが、即座に止めた。


「待て!」


「今つないだら、

 全部持っていかれる!」


黒糸が、視線を向ける。


「正解だ」


「この場の恐怖も、

 混乱も――」


「繋げば、

 一人で引き受けることになる」


エルフィナが、息を詰める。


「……っ」


ミリアが、歯を食いしばった。


「クソ……!」


「役割を固定して、

 分断して、

 削る……!」


「黒巣は、

 こうやって街を縫ってきたんだな……!」


黒糸は、微笑んだまま答えない。


代わりに、

指をもう一度、鳴らす。


今度は――

糸が、レインへ向かって伸びた。


一直線。


迷いがない。


「――レイン!」


エルドが、叫ぶ。


だが、間に合わない。


糸は、

“中心になり得る場所”を

正確に捉えていた。


その瞬間。


レインの視界が、

わずかに歪む。


(……っ)


世界が、重くなる。


《完全模写理解

(かんぜんもしゃりかい/フル・アナライズ・コピー)》が、

勝手に反応しそうになる。


だが――

理解してはいけない。


理解すれば、

この“構造”ごと抱え込む。


「……来るな……!」


レインが、踏みとどまる。


黒糸が、少しだけ眉を上げた。


「……耐えるか」


「だが――」


糸が、さらに増える。


「それは、

 “前線に立つ者”のやり方だ」


「君は、

 長くはもたない」


ミリアが、吼えた。


「させるかぁぁっ!!」


無理やり、踏み込む。


糸が、脚に絡む。


それでも、

剣を振り抜く。


一瞬。


黒糸の糸が、

断ち切られた。


「……ほう」


黒糸が、初めて感心した声を出す。


だが――

切れた糸の“断面”から、

さらに細い糸が、無数に広がる。


「再生じゃない……」


リュカが、震える声で言う。


「分裂だ……!」


ノウンが、冷静に告げた。


「……長期戦は、

 こちらが不利」


「確実に、削られる」


遠くで、

別の衝撃音。


そうこう側の戦場だ。


蒼衡が、別の幹部と激突している。


だが――

この場には、来ない。


来られない。


黒糸は、静かに告げた。


「理解しただろう?」


「ノーリトリート」


「君たちは、

 優しすぎる」


糸が、さらに締まる。


街が、軋む。


このままでは――

確実に、押し切られる。


糸は、確実に締まっていた。


目に見える速度ではない。

だが、選択肢が削れていく速度は、全員が理解している。


「……時間がない」


リュカが、短く言う。


「このまま削られると、

 誰かが“動けなくなる”」


「最初は――」


ノウンが続ける。


「役割が薄い者からだ」


その視線が、

一瞬だけ、エルフィナに向く。


エルフィナは、何も言わなかった。


ただ、ぎゅっと拳を握る。


「……撤くか?」


エルドが、低く問う。


「今なら、盾を捨てれば、

 道は作れる」


ミリアが、即座に首を振った。


「無理だ」


「ここで引いたら――」


「街が、

 “戦える場所”になる」


黒糸は、そのやり取りを楽しそうに見ていた。


「いいね」


「悩む顔は」


「君たちは、

 いつもそうだ」


「壊すか、守るか」


「切るか、残すか」


指先が、ゆっくりと動く。


糸が、さらに一段階、細く、強くなる。


「……選ばないなら」


黒糸は、穏やかに言った。


「選べないまま、

 削れるだけだ」


その瞬間。


レインが、一歩、前に出た。


ミリアが叫ぶ。


「レイン、来るな!」


「中心に立つ気か!?」


レインは、首を振る。


「違う」


《完全模写理解

(かんぜんもしゃりかい/フル・アナライズ・コピー)》は、

起動しない。


だが――

“理解しようとする姿勢”だけは、そこにあった。


「……黒糸」


レインは、静かに呼びかける。


「お前は、

 全部を縫ってきた」


「街も、人も、役割も」


「だから――」


一拍。


「自分が縫われるのを、

 想定してない」


黒糸の笑みが、わずかに歪んだ。


「……何を言っている?」


レインは、答えない。


代わりに――

一つだけ、受け取る。


糸の構造。

固定の理屈。

役割を“後から決める”やり方。


全部ではない。

抱え込まない。

分析もしない。


ただ――

一点だけ、触れる。


「……ここだ」


レインが、呟く。


「お前の糸は、

 “逃げる意志”を

 縫えない」


黒糸が、初めて目を見開いた。


「……何?」


その瞬間。


ミリアが、理解する。


「……レイン!」


「今だ!」


ミリアは、踏み込まない。


斬らない。


ただ――

そこに立ち続ける。


エルドが、盾を下ろす。


完全防御を捨て、

“通す前提”の構えに切り替える。


ノウンが、低く言う。


「全員――」


「“戻れる位置”を、

 意識しろ」


糸が、わずかに揺れる。


それは、崩れではない。


迷いだ。


黒糸が、舌打ちする。


「……面倒な真似を……!」


指を鳴らす。


だが――

糸は、完全には締まらない。


「……ちっ」


黒糸は、初めて後ろへ跳んだ。


撤退ではない。


再配置だ。


「今日は、ここまでだ」


「ノーリトリート」


「次は――」


視線を、レインに向ける。


「君を、

 縫いに行く」


次の瞬間。


黒い糸は、

街の影に溶けるように消えた。


結界が、ゆっくりと解ける。


誰も、追わなかった。


追えなかった。


「……生きてるな」


ミリアが、荒く息をしながら言う。


「勝ってないけどな」


エルドが、苦く笑う。


ノウンが、レインを見る。


「……今のは?」


レインは、首を振った。


「理解してない」


「ただ――」


「踏み越えなかっただけだ」


エルフィナが、そっと近づく。


「……無理……」


「してない……?」


「……うん」


レインは、少しだけ笑った。


「今回は」


街は、まだ壊れていない。


だが――

確実に、戦争の段階に入った。


黒巣は、退いた。


それは敗北ではない。


次を、選んだだけだ。


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