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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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火の通し方

黒巣ブラック・ネストの中堅幹部は、事務所の奥の部屋に座らされていた。


椅子は普通の木製。

縄も、鎖もない。


扉の外に立つのはエルド。

窓際にノウン。

机の横にカイラ。

その少し後ろで、エルフィナが息を整えている。


ミリアは壁にもたれ、腕を組んだまま睨んでいた。


――レインはいない。


この場の中心は、最初から空席だ。


「……随分と、優しいな」


中堅幹部が、乾いた声で笑った。


「黒巣のやり方を見て、まだそれか」


ミリアが、椅子を蹴るように一歩前へ出る。


「うるせぇ」


「喋れ」


「お前らの“巣”がどこにある」


中堅幹部は、笑みを崩さない。


「焦るなよ」


「焦ってるのは、そっちだろ?」


「俺を生かしてるのも、手段だ」


「……手段のくせに、手加減が過ぎる」


その言葉に、エルフィナが僅かに顔をしかめた。


「……痛くしない、って……決めてるだけ……」


「それが甘い」


扉が開く。


空気が一段、冷えた。


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が入ってきた。

その後ろに、仲間の気配がある。

扉は閉まる。


蒼衡は、部屋の中央に立ち、捕縛された男を見た。


「お前が中継点を回していたな」


「だったら?」


中堅幹部は、挑発するように顎を上げた。


蒼衡は、表情を変えない。


「ノーリトリートのやり方は」


一拍。


「生ぬるい」


ミリアが「おい」と言いかけたが、蒼衡は続けた。


「責めているわけじゃない」


「だが――」


「黒巣は、人を部品にする」


「部品は、痛みで壊れないように扱う」


「だから、痛みで喋らせるのは下策だ」


ノウンが、淡々と確認する。


「なら、どうする?」


蒼衡は、椅子の背に手を置いた。


「“痛み”じゃなく」


「選択肢を潰す」


中堅幹部の笑みが、一瞬だけ止まった。


「……言葉遊びか?」


「違う」


蒼衡は、机の上に帳簿の切れ端を置いた。


第4話で拾った、破られた記録。

番号。

役割。

輸送区画。


「お前が喋らなくても」


「こちらは、もう半分掴んでいる」


「残り半分は――」


視線が、男の目を貫く。


「お前の“価値”だけだ」


中堅幹部は、唇を歪める。


「……価値?」


「そうだ」


蒼衡は淡々と言った。


「黒巣は階層だ」


「中堅は、知りすぎない」


「だが――」


「中堅は、消される」


その言葉に、部屋の空気が変わった。


エルドが、低く息を吐く。


「……確かに」


「今日捕まった時点で、

 あいつらはこいつを切る」


カイラが、端末を見ずに言う。


「黒巣は“回収”する」


「生きたまま、か」


「死体にしてでも」


エルフィナが、ぎゅっと拳を握る。


「……じゃあ……」


「この人……」


蒼衡は、静かに頷いた。


「お前は今、二つの未来しかない」


中堅幹部を見下ろす。


「黙って、黒巣に回収されるか」


「喋って、黒巣に狙われるか」


ミリアが、眉をひそめた。


「……それ、同じじゃねぇか」


蒼衡は、首を振らない。


「違う」


「喋れば――」


一拍。


「俺が守る理由ができる」


その言葉は、脅しではない。

保証でもない。


ただの、冷たい現実だった。


中堅幹部は、喉を鳴らした。


「……守る?」


蒼衡そうこうが?」


「お前らの流儀で?」


蒼衡は、即答する。


「俺たちは、敵が何者であろうと斬る」


「だが――」


「守るべき対象なら、守る」


「そのために斬る」


ノウンが、静かに口を開いた。


「ノーリトリートは、裁かない」


「だが、守りはする」


「それは同じだ」


蒼衡は、ほんの僅かに目を細めた。


「……同じ場所を見ている」


中堅幹部は、笑った。


だがその笑いは、さっきまでの余裕とは違う。


「なるほど」


「“守る理由”を作るために、喋れ」


「そう言ってるわけだ」


蒼衡は答えない。


答えなくても、選択肢はもう狭い。


沈黙が落ちる。


そのとき。


外で、遠く小さく、金属音が鳴った。


エルドが顔を上げる。


「……来たか?」


ノウンが、窓の外を見る。


「まだ」


「だが――」


「黒巣は、必ず取り返しに来る」


カイラが低く呟いた。


「時間がない」


ミリアが、椅子の背を叩いた。


「喋れ」


「今なら、まだ――」


言いかけた瞬間。


蒼衡が、静かに遮る。


「急かすな」


「急かせば、嘘が混じる」


そして、捕虜に言った。


「答えろ」


「黒巣の“中枢”に繋がる場所」


「一つだけでいい」


中堅幹部は、目を閉じた。


長い沈黙。


やがて、低い声で吐き出す。


「……中央区の」


一拍。


巡礼路じゅんれいろの下だ」


全員が息を止めた。


巡礼路は、表通りだ。

昼は市民が行き交い、夜は警備も通る。


その下に、巣がある。


「……ふざけてんのか」


ミリアが、歯を鳴らす。


だが蒼衡は、頷いた。


「ふざけていない」


「だからこそ――」


「黒巣は強い」


ノウンが、淡々と結論を出す。


「街の“正面”にある」


「正面にあるから、

 誰も見ない」


エルフィナが、小さく呟いた。


「……一番、隠れる場所……」


蒼衡は、捕虜を見た。


「他は?」


中堅幹部は、息を吐く。


「……それ以上は」


「俺も、知らない」


その瞬間。


蒼衡が、椅子の背から手を離す。


「十分だ」


「これで――」


一拍。


「巣に、刃が届く」


部屋の空気が、静かに戦闘のものへ変わっていく。


ミリアが剣を掴む。

エルドが盾を持ち上げる。

カイラが端末をしまう。

ノウンが目を細める。

エルフィナが息を整える。


蒼衡は、扉へ向かいながら言った。


「……黒巣は取り返しに来る」


「先に行く」


「――今度は、こちらが踏み込む番だ」


襲撃は、予告なく来た。


正確には――

“もう来ていた”。


エルドが、盾を少し持ち上げたまま低く言う。


「……音がしない」


ミリアが即座に応じる。


「足音も、魔力反応も?」


「ねぇな」


ノウンが、窓の外を一瞥する。


「既に、内部にいる」


その瞬間だった。


――空気が、削れる。


衝撃でも爆発でもない。

ただ、部屋の隅の“存在感”が一つ、抜き取られた。


「来たっ!」


カイラが叫ぶ。


次の瞬間、捕縛していた中堅幹部の背後、

“何もなかった場所”から、刃が生えた。


狙いは首。


だが――


「させるかよ!」


ミリアが、踏み込まずに剣を振る。


遮断。


刃は、ギリギリで止まった。


エルドの盾が、遅れて割り込む。


「後退!」


「捕虜、中央!」


エルフィナが反射的に距離を詰める。


共感同調エンパシー・リンク》は使わない。

代わりに、ただ“守る”意識だけを流す。


「……逃がさない……」


影が、二つ、三つと増える。


壁から。

床から。

天井の“境目”から。


「……数、読めない」


カイラが歯を噛む。


「完全に回収部隊……!」


ノウンが即座に判断する。


「目的は、捕虜のみ」


「殲滅じゃない」


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が、前に出た。


剣を抜く。


その動作に、迷いはない。


「――回収を、許可しない」


一歩。


影の一体が、消え――


次の瞬間、斬られていた。


斬撃の軌跡は見えない。

だが、影が“定義ごと”裂ける。


「……っ!」


ミリアが、息を呑む。


「えげつねぇ……」


蒼衡は止まらない。


二体目。

三体目。


影は避けない。

避けられない。


「逃げる判断を、させるな」


蒼衡の声は低い。


「“仕事”を完遂できないと理解させろ」


エルドが、盾で床を叩いた。


「了解!」


前に出る。

押さない。

逃げ道を消す。


ノウンが、淡々と告げる。


「黒巣は、撤退判断が早い」


「五秒だ」


その言葉通り。


影の一体が、捕虜へ伸ばした手を引いた。


「……引くぞ」


誰かが、低く言った。


その瞬間。


蒼衡が、剣を振り下ろした。


逃走ルートの“境界”を斬る。


影が、弾かれる。


「逃がさない」


一拍。


「――逃げ切れないと、理解しろ」


影は、初めて“恐れ”を見せた。


次の瞬間、

何も残さず、消えた。


沈黙。


部屋には、倒れた影も、血もない。


ただ――

“回収に失敗した”という結果だけが残った。


ミリアが、息を吐く。


「……持ち帰れなかった、ってわけか」


カイラが、端末を閉じる。


「黒巣側、損失あり」


「人員……最低三」


エルフィナが、捕虜を見た。


震えている。


さっきまでの余裕は、もうない。


「……ほらな」


蒼衡が、淡々と言う。


「お前は、もう切られた」


「今度来る時は――」


一拍。


「殺しに来る」


捕虜は、何も言えなかった。


ノウンが、静かに告げる。


「これで、嘘をつく意味は消えた」


「次は――」


視線が、全員に向く。


「こちらが踏み込む」


ミリアが、剣を肩に担ぐ。


「巡礼路の下、か」


「……派手になるな」


蒼衡は、頷いた。


「派手にはしない」


「――確実に、終わらせる」


そのとき。


エルフィナが、ふと呟く。


「……レインがいたら……」


言葉が、途中で止まる。


全員が、一瞬だけ黙った。


蒼衡は、視線を落とさずに言った。


「……今は、いない」


「だからこそ」


「俺たちが、前に出る」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。


黒巣は、もう引き返せない。


そして――

巡礼路の下にある“巣”も。


次は、正面から壊しに行く番だった。


巡礼路じゅんれいろは、今日もいつも通りだった。


昼下がり。

行商人の呼び声。

祈りの文句。

子どもが石を蹴りながら走っていく。


――何も、変わらない。


その“何も変わらない”こと自体が、異常だった。


ノーリトリートの面々は、人混みに紛れる形で通りを歩いていた。

武装は最低限。

視線だけが、やけに鋭い。


「……人、多いな」


ミリアが、小さく呟く。


「多すぎる」


ノウンが即答した。


「黒巣が使う場所は、

 “人が多い場所”じゃない」


「“人が多すぎて、誰も見ない場所”だ」


エルドが、通りの石畳を踏みしめる。


「……下、だな」


振動が、微かに違う。


歩く人間の重さではない。

下から、均等に伝わってくる“反発”。


カイラが、端末を見ずに言う。


「地下空間あり」


「深さは……浅い」


「でも――」


眉をひそめる。


「構造、変」


「自然に掘られてない」


エルフィナが、胸元を押さえた。


「……祈りの……音……」


「……下から……」


「……ずっと……」


ノウンが、静かに補足する。


「祈りを“通す”構造だ」


「人が集まる理由を、

 地下に落とす」


ミリアが、舌打ちする。


「趣味悪すぎだろ」


その少し後ろ。


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》と、その仲間たちは、完全に別の動きをしていた。


同じ通り。

同じ時間。


だが、見る角度が違う。


「……巡礼路の石」


蒼衡の仲間の一人が、低く言う。


「定期的に、交換されてる」


「理由は?」


「地下からの“圧”を逃がすためだ」


蒼衡は、静かに頷いた。


「巣は、もう“完成している”」


「隠す段階は終わりだ」


「使い切るつもりだな」


別の仲間が、唇を歪める。


「末端ごと」


蒼衡は否定しない。


「だから――」


視線を巡礼路全体に走らせる。


「こちらも、

 遠慮はいらない」


一方、ノーリトリート側。


事務所に戻った一行は、簡単な地図を広げていた。


「入口は、一つじゃない」


ノウンが言う。


「だが、

 “戻れる出口”は限られている」


エルドが、腕を組む。


「……閉じ込める気だな」


「そう」


ノウンは淡々と続ける。


「黒巣は、

 使い捨てる」


「使えなくなった人間も、

 場所も」


ミリアが、机を指で叩いた。


「……だったら」


「先に、使わせなきゃいい」


カイラが、少しだけ口角を上げる。


「その発想は――」


「ノーリトリートっぽい」


エルフィナが、小さく頷く。


「……壊す前に……」


「……止める……」


沈黙が落ちる。


その中心に、

レインはいない。


だが、誰もそれを口にしない。


代わりに。


ノウンが、静かに言った。


「レインがいたら、

 “構造”を見る」


「だが、今はいない」


一拍。


「だから――」


「今日は、

 “人”を見る」


ミリアが、息を吐く。


「……らしいな」


外では、祈りが続いている。


誰も知らない。


その足元で、

街を食う巣が、静かに脈打っていることを。


そして、

その巣の上で――


ノーリトリートと、蒼衡そうこうが、

別々のやり方で、同じ結論に辿り着きつつあることを。


黒巣ブラック・ネストは、

もう“逃げる場所”を持っていない。


次に動くのは、

どちらか。


あるいは――

巣の中にいる“上”そのものだった。


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