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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第51章 深層迷宮編 境界を越える者たち

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削られるもの、返されるもの

レインの意識は、まだ戻らなかった。


事務所の奥の部屋。

簡易ベッドに横たわるその身体は、呼吸も脈も安定している。

だが――“在るべき中心”が、どこにもない。


それを、全員が感じ取っていた。


「……ねえ」


ミリアが、レインの手を握ったまま言った。

声は震えていない。だが、指先がわずかに力を込めている。


「これ……寝てるだけ、だよな?」


誰も、すぐに答えなかった。


エルフィナは、すでに泣いていた。

声を殺して、ただレインの胸元に額を押しつけている。


カイラは端末を閉じ、珍しく何も計算していなかった。

ノウンは椅子に腰掛けたまま、視線を床に落としている。


「……状態は“昏睡”だ」


リュカが、ようやく口を開く。


「だが、原因が違う」


「魔力枯渇でもない。精神破壊でもない」


「……“役割過多”だ」


その言葉に、空気が張りつめる。


「引き受けすぎた、ってことかよ」


エルドが、低く呟いた。


「そう」


リュカは頷く。


「理解し、判断し、拒否せず、中心に立ち続けた結果――

 中心そのものが、機能を止めた」


ミリアが歯を噛みしめる。


「……一人で、全部やろうとした結果だ」


そのときだった。


――コン、コン。


ノックの音。


誰が来るのか、考える間もなかった。


扉を開けた瞬間、

そこに立っていたのは――ジル爺だった。


「ふむ」


部屋を一目見渡し、

ベッドのレインに視線を向けて、ひとこと。


「……これは、厄介じゃなぁ」


全員が、息を呑む。


「治るのか!?」


ミリアが、思わず一歩前に出る。


ジル爺は、白い顎髭を撫でながら言った。


「治るか、ではない」


「治せるかどうかは、もう決まっとる」


「問題は――」


一拍、間を置く。


「誰が、何を差し出すかじゃ」


沈黙が落ちた。


「方法が、あるんだな」


ノウンが静かに問う。


「あるとも」


ジル爺は、にやりと笑った。


「じゃがのぉ……

 これはわし一人では足りん」


「この小僧が戻るには――」


視線が、ノーリトリートの面々を一人ずつなぞる。


「お前たち全員の力が要る」


「しかも」


その声が、少しだけ低くなる。


「代償は軽くない」


全員が、無言で続きを待った。


「一人につき、寿命を数年」


「削る」


空気が、凍る。


エルフィナが、息を詰まらせた。

カイラが、はじめて言葉を失った。


ミリアは――

一切、迷わなかった。


「やる」


即答だった。


「削れよ」


「返ってくるなら安いもんだ」


ジル爺は、その顔を見て、目を細める。


「……ほう」


エルドが、深く息を吸う。


「俺もだ」


「悩む理由がねぇ」


リュカは、少し遅れて頷いた。


「合理性は……ない」


「だが、拒否はしない」


ノウンは、静かに言った。


「理解した上で、選ぶ」


「それが――

 レインが、捨てようとしたやり方だ」


全員の視線が、再びレインに戻る。


ジル爺は、満足そうに笑った。


「……よい」


「では次じゃ」


その声が、少しだけ軽くなる。


「治療を始める前に――

 一つ、勘違いしてもらっては困ることがある」


全員が、顔を上げた。


ジル爺は、ゆっくりと言った。


「寿命を削る“覚悟”をした時点で、

 もう支払いは済んどる」


「実際に削るかどうかは――

 その後の話じゃ」


その言葉の意味を、

まだ誰も理解していなかった。


レインの指先が、

ほんのわずかに――動いた。


ジル爺は、部屋の中央にゆっくりと歩み出た。


派手な陣も、輝く術式もない。

あるのは、年季の入った杖と――

場の空気を自然に支配する重さだけだった。


「まず、理解しておけ」


ジル爺は、杖で床を軽く叩く。


「この小僧はな、壊れたわけではない」


「折れたわけでも、尽きたわけでもない」


「ただ――」


視線が、眠るレインへ向く。


「中心を、引き受けすぎた」


沈黙。


誰も否定しない。


「理解する力というのはのぉ」


ジル爺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「便利なようで、一番“重い”」


「世界を分かる、ということは

 世界の“引き受け先”になる、ということじゃ」


カイラが、わずかに眉を動かす。


「……だから、結果だけが流れ込む」


「判断されなかった可能性まで」


「ほう、よく分かっとる」


ジル爺は、満足げに頷いた。


「裁定を下さぬという姿勢は、立派じゃ」


「じゃがな」


杖を、トン、と床に突く。


「拒否せぬ者は、全てを溜め込む」


「それが続けば、中心は――空洞になる」


エルフィナが、震える声で言った。


「……じゃあ……」


「……レインは……」


「戻れんのですか……?」


ジル爺は、即答しなかった。


一拍置いてから、こう言う。


「戻れる」


「じゃが――

 同じ場所には戻れん」


その言葉に、ミリアが顔を上げる。


「どういう意味だ」


「一人で立つ“中心”には、もう戻れん」


ジル爺は、きっぱりと言った。


「戻れば、また壊れる」


「じゃから必要なのは――」


ノウンが、静かに続ける。


「分散された中心」


「共有された役割」


ジル爺は、にやりと笑った。


「そうじゃ」


「お前たちが

 “代わりに引き受ける”わけではない」


「一緒に引き受ける」


「その“繋ぎ目”に、

 この小僧を戻す」


エルドが、低く唸る。


「……それで寿命か」


「等価交換、というやつじゃな」


ジル爺は、あっさり言った。


「時間とは、存在の重さじゃ」


「数年分の“先”を差し出すことで、

 今この場に、余白を作る」


「……怖ぇ話だな」


ミリアが呟く。


だが、その目は逸れていない。


「それでも、やる」


「全員でだ」


一人ずつ、視線が交わされる。


エルフィナは、涙を拭いながら頷いた。


「……わたし……」


「……レインが……

 一人で苦しむの、嫌……」


カイラは、深く息を吐く。


「合理的じゃない」


「けど……

 合理性だけで切れる関係じゃない」


リュカは、眼鏡を押し上げる。


「寿命は、数字だ」


「だが――

 今ここで使う価値はある」


ノウンは、静かに言った。


「理解した上で、選ぶ」


「それが――

 レインが、学びかけた答えだ」


全員の覚悟が、揃った。


ジル爺は、その様子を見て、しばらく黙る。


そして――

突然、にやりと笑った。


「……最近の若いもんは、

 覚悟が重すぎていかんのぉ」


「重いくらいが、丁度いいんだよ」


ミリアが、即座に返す。


「……冗談の通じん奴じゃ」


ジル爺は、肩をすくめる。


「では、始めるとするか」


杖を掲げる。


その瞬間、

部屋の空気が、静かに“繋がった”。


誰かの力が突出するわけではない。

誰かが中心に立つわけでもない。


ただ――

全員の覚悟が、同じ高さに揃えられた。


レインの胸が、

ゆっくりと上下する。


その呼吸に、

わずかな“重さ”が戻り始めていた。


部屋の空気が、静かに張り詰めていた。


誰も動かない。

誰も言葉を発さない。


ただ、ジル爺が杖を床に立て、

その先端を、ゆっくりと円を描くように動かす。


「……削る、という言い方をしたがの」


「正確には――

 前借りじゃ」


その言葉に、ミリアが眉をひそめる。


「前借り?」


「そうじゃ」


ジル爺は、淡々と続ける。


「お前たちは、

 “この先、必ず使うはずだった時間”を

 ほんの少しだけ、今に回した」


「じゃがな」


杖を止め、全員を見渡す。


「わしは長生きでの」


「……?」


エルドが、怪訝な顔をする。


「長生きすぎてな」


ジル爺は、にやりと笑った。


「余っとる」


次の瞬間。


杖から、柔らかな光が溢れ出す。


強烈ではない。

眩しくもない。


だが――

確実に“戻ってくる”光だった。


「なっ……」


リュカが、思わず息を呑む。


「これは……」


「時間の還流じゃ」


ジル爺は、事もなげに言う。


「削られた寿命は、

 わしが全部、肩代わりした」


「……なに?」


ミリアが、言葉を失う。


「安心せい」


「元々、わしは使い切れん」


「お前たちが数年削るより、

 わしが数十年削った方が、

 世界的には丸いじゃろ」


「世界基準で語るな!」


ミリアが反射的に叫ぶ。


「死に急ぐ気かよ!」


「冗談じゃ」


ジル爺は、あっさり肩をすくめる。


「まだ死なん」


「ただ――

 “貸し”を作っただけじゃ」


光が、静かに収束する。


その瞬間。


レインの胸が、

大きく上下した。


指先が、はっきりと動く。


「……っ!」


エルフィナが、声を押し殺す。


レインの眉が、わずかに動き、

ゆっくりと、まぶたが開いた。


「……?」


焦点が、定まらない。


だが――

“中心が戻っている”のが、誰の目にも分かった。


「レイン……!」


ミリアが、思わず駆け寄る。


「バカ……!」


「……心配……させやがって……!」


声が、震えている。


エルフィナは、堪えきれず、

そのままレインに抱きついた。


「……よかった……」


「……ほんとに……」


男性陣は、誰も泣かない。


だが、

誰も目を逸らさなかった。


それを見て、ジル爺は満足そうに頷く。


「よしよし」


「戻ったな、小僧」


レインは、まだぼんやりしたまま、

ジル爺を見る。


「……じ……?」


「おっと、まだ喋るな」


ジル爺は、指を立てる。


「完全回復じゃが、

 “元通り”ではない」


その言葉に、全員が息を詰める。


「お前の力――」


ジル爺は、真剣な目で言った。


「《完全模写理解

(かんぜんもしゃりかい/フル・アナライズ・コピー)》」


「それはな」


一拍。


「まだ、先がある」


レインの目が、わずかに見開かれる。


「じゃが、それは――」


ジル爺は、くるりと背を向けた。


「わしが教えることではない」


「自分で見つけい」


「……弟子」


次の瞬間。


ふっと、

ジル爺の姿が掻き消える。


誰も、気配を感じ取れなかった。


ただ――

最後に残った声だけが、

空気に溶ける。


「最近の若いもんは、

 命が軽すぎるのぉ」


「……じゃからこそ、

 見捨てられん」


静寂。


そして、ゆっくりと日常の音が戻る。


レインは、まだ完全には起き上がれない。


だが――

そこに“戻る場所”があることだけは、

はっきりと分かっていた。


深層迷宮は、まだ終わっていない。


バウンダリー・キーパーも、

次の位相も、待っている。


それでも。


今はただ――

生きていることを、確かめる時間だった。

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