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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第14章 答えを出せない者たち

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取引という名の退路

夜は、静かすぎた。


宿場町は眠っている。

灯りは消え、人の声もない。


だが——

止まってはいない。


人は眠り、火は消え、時間は流れている。

それだけで、この町は“正常”だった。


非裁定ノーリトリート》は、町外れの丘に立っていた。


ミリアは、腕を組んだまま地平を睨んでいる。


「……来ないね」


「来るよ」


レインは即答した。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、警告を出していない。

敵影なし。殺意なし。行動兆候なし。


それでも——

**“確定した接触”**だけが表示されていた。


「今回は、殴り合いじゃない」


リュカが、低く言う。


「だからこそ、警戒が要る」


エルドは盾を地面に置いたまま、動かない。


受理領域アクセプト・ゾーン》は展開していない。

今は、受けるべきものが存在しないからだ。


その時だった。


丘の下、街道の途中。

誰もいないはずの場所に——人影が現れた。


音もなく。

魔力の揺らぎもなく。


最初から、そこにいたかのように。


ミリアが、即座に前に出ようとして止まる。


理由が、要らない。

だが今は——理由が武器になる距離だ。


影が、ゆっくりと歩いてくる。


長い外套。

整った顔立ち。

視線は、まっすぐこちらを見ている。


町の誰も、気づかない。


いや——

気づく必要がない、と判断している。


その男は、丘の手前で立ち止まった。


距離は、戦えない。

だが、逃げてもいない。


「……こんばんは」


穏やかな声だった。


威圧はない。

命令もない。


ただ——

話しかけるための声。


レインは、静かに答える。


「名乗れ」


男は、少しだけ笑った。


「警戒が早いな」


「だが、嫌いじゃない」


一拍。


「アバンドン=エンドロアだ」


その名が出た瞬間、

戦場演算バトル・カリキュレーター》が、わずかに遅延した。


——敵として、まだ定義できない。


ミリアが、吐き捨てる。


「本人が来るとか、サービス良すぎでしょ」


「評価が変わったからね」


アバンドンは、肩をすくめた。


「君たちは、予想以上に厄介だった」


「だから今日は——」


視線が、レインに向く。


「取引をしに来た」


沈黙。


それは、戦闘よりも危険な言葉だった。


「内容は?」


レインは、間を置かずに聞いた。


アバンドンは満足そうに頷く。


「単純だ」


「私は、君たちを“敵”として扱わない」


「代わりに——」


一歩、前に出る。


だが距離は、詰めない。


「《非裁定ノーリトリート》は、

 今後一切、英雄と並んで立たない」


ミリアの拳が、わずかに震えた。


「……それが取引?」


「そうだ」


アバンドンは、淡々と続ける。


「英雄は象徴だ。象徴は、いずれ必ず“選ばれる”」


「君たちは、選ばせない」


「なら——」


「盤面を、分けよう」


リュカが、低く言う。


「断ったら?」


アバンドンは、即答しなかった。


代わりに、町の方を一瞥する。


「その場合」


「次は、“個体”じゃない」


「君たちが守ろうとしている“進行そのもの”を」


「——商品にする」


空気が、冷えた。


ミリアが、歯を食いしばる。


「……人を、餌にする気か」


「誤解だ」


アバンドンは、静かに首を振る。


「私は、欲望を喰う」


「欲望は、人が自分で育てるものだ」


エルドが、初めて口を開いた。


「取引は、拒否する」


その声は、低く、揺れていない。


「俺たちは、選ばせない」


「それを条件にされる時点で——」


「取引にならない」


アバンドンは、少しだけ目を細めた。


「……即答か」


「美しいな」


レインは、はっきりと言った。


「帰れ」


「次は、殴る」


その言葉に、意味は無い。

宣言でもない。


ただの——事実確認だ。


アバンドンは、笑った。


「いい返事だ」


「では——」


踵を返す。


「次に会う時は、取引じゃない」


「競売だ」


次の瞬間。


アバンドンの姿は、跡形もなく消えた。


魔力も、残滓もない。


だが。


戦場演算バトル・カリキュレーター》に、

新しい警告が表示される。


《世界的欲望指数:上昇予兆》


ミリアが、低く呟いた。


「……最悪」


「うん」


レインは頷く。


「でも、分かった」


「アバンドンは——」


一拍。


「俺たちを“排除”できない」


だからこそ、

“取引”を持ちかけてきた。


非裁定ノーリトリート》は、

正しく——邪魔だった。


夜明け前。


世界は、まだ何も起きていない。


少なくとも——

そう見えている。


王都の市場は眠り、

地方都市は静かに息をし、

交易路には、いつも通りの朝が来る。


だが、ほんのわずかに——

“値段”が動き始めていた。


世界機関・中央監査棟。


記録官が、眉をひそめる。


「……妙です」


「各地で、同時に“希望値”が上がっています」


監査官が顔を上げる。


「希望値?」


「はい。民間取引、祈願契約、請負任務……」


「どれも表向きは正常ですが」


記録官は、端末を操作する。


「“結果を保証しない前提”の取引だけが、急増しています」


沈黙。


それは、数字としては危険ではない。

暴騰も、暴落もしていない。


だが——

方向が揃いすぎている。


「……誰かが、煽っているな」


監査官は、低く呟いた。


「英雄絡みの案件は?」


「減少しています」


「代わりに——」


記録官は、一拍置いて続ける。


「“匿名の成功例”が増えています」


誰がやったか分からない。

だが、上手くいった。


それだけが、残る。


世界機関は、それを“安定”と誤認した。



同時刻。


蒼衡そうこう/アズール・バランス、前線観測層。


観測盤に、淡い歪みが走る。


「……切れる対象が、減っています」


観測士の声が、硬い。


「正確には——」


「“切った瞬間に、意味が発生する案件”だけが増えている」


統括官は、目を細めた。


「……誘導されているな」


「はい」


副官が頷く。


「切れば、英雄が立つ」


「立てば、責任が固定される」


「固定されれば——」


「“誰かが選んだ”世界になる」


それは、蒼衡が最も避けてきた構図だ。


「……切らない」


統括官は、改めて言った。


「今回は、徹底する」


「だが——」


視線を、観測盤の奥へ。


「この“値動き”は、誰の仕業だ」


答えは、まだ出ない。



そして。


非裁定ノーリトリート》だけが、気づいていた。


丘の上。


レインは、静かに目を閉じている。


戦場演算バトル・カリキュレーター

認識剥離センス・ストリップ

同時展開。


だが、今回は“戦場”を定義しない。


代わりに——

世界そのものを、盤面として読む。


「……来てるな」


ミリアが、息を詰める。


「何が?」


「欲望だよ」


レインは、淡々と答えた。


「しかも——」


一拍。


「選ばなくていい欲望」


リュカが、眉をひそめる。


「最悪だな」


「うん」


レインは、目を開けた。


「人は、選ばされるのが嫌いだ」


「でも、“選ばなくても手に入る”なら——」


「欲しがる」


エルドが、低く言う。


「それが、競売か」


「そう」


レインは、頷いた。


「アバンドンは、“選択そのもの”を商品にしてる」


「誰が英雄になるか」


「誰が責任を取るか」


「誰が物語を背負うか」


「それを——」


一拍。


「裏で吊り上げてる」


ミリアが、舌打ちする。


「……性格悪すぎ」


「でも、合理的だ」


レインは、感情を乗せない。


「英雄が立たなければ、意味は薄まる」


「意味が薄まれば、不安が増える」


「不安が増えれば——」


「“誰かに決めてほしくなる”」


沈黙。


それは、敷設者とは真逆のやり口だった。


削るのではない。

煽る。


止めるのではない。

太らせる。


「……どうするの」


ミリアが、レインを見る。


「取引は断った」


「競売は始まった」


「次は——」


レインは、少しだけ笑った。


「俺たちの番だ」


「競売を、壊す」


リュカが、即座に言う。


「値段を、成立させない?」


「違う」


レインは、首を振る。


「値段を——」


一拍。


「誰も欲しがらないものにする」


エルドが、静かに理解する。


「英雄も」


「責任も」


「物語も」


「“売り物”にならなければ——」


「アバンドンは、喰えない」


風が、丘を吹き抜ける。


遠くの町では、今日も人が動いている。


誰が導いたわけでもない。

誰が選んだわけでもない。


それでも——

確かに、前に進んでいる。


レインは、地平を見据えた。


「アバンドンは、次に必ず“分かりやすい成功例”を出す」


「英雄でも、俺たちでもない」


「第三の誰かを立てる」


ミリアが、息を呑む。


「……それって」


「そう」


レインは、はっきり言った。


「偽物の英雄だ」


「安くて、分かりやすくて、殴りやすい」


「でも——」


「放置したら、世界がそっちを選ぶ」


沈黙。


それは、戦闘よりも厄介な未来だった。


「……やるしかないね」


ミリアが、拳を握る。


「うん」


レインは、静かに頷いた。


「次は——」


「先に、物語を壊す」


夜が、完全に落ちた。


町の灯りは増えている。

人は動き、物は運ばれ、仕事は進んでいる。


だが——

そこに“導いた者”の影はない。


その均衡を、意図的に壊す存在が現れた。


「――すごい! 本当に一人で直したのか!」


町の広場。


人だかりの中心に立つのは、一人の青年だった。

派手な鎧も、英雄の紋章もない。

剣も、魔法杖も持たない。


だが——

結果だけが、そこにあった。


壊れていた水路は繋がり、

止まっていた荷の流れは再開し、

人々は、彼を見て安堵の息を吐く。


「名前は?」


誰かが問う。


青年は、少し照れたように笑った。


「……名乗るほどの者じゃないです」


その一言が、完璧だった。


謙虚。

無害。

称賛を拒みつつ、成果は受け取る。


——安い英雄。


レインは、丘の上からそれを見ていた。


「……来たな」


ミリアが、歯を噛む。


「分かりやすいね。

 誰も選ばなくていい“成功例”」


「うん」


レインは淡々と続ける。


「本人は選んでない」


「世界が、勝手に“立たせてる”」


それこそが、アバンドンの狙いだった。


英雄を立てれば、意味が固定される。

だが本人に選ばせなければ、責任は曖昧なまま。


——一番おいしい形。


『どうだい』


声が、直接響く。


評価でも、幻聴でもない。

“話しかけてきている”という感覚。


アバンドン=エンドロアだ。


『殴りやすいだろう?

 でも、殴れない』


『彼は善意で動いた』

『結果も出した』

『誰も傷ついていない』


『切れば、君たちが“意味を与えた”ことになる』


沈黙。


それは、正しかった。


ミリアが、拳を握りしめる。


「……レイン」


「分かってる」


レインは、すでに演算を終えていた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

ここを戦場と定義していない。


だから——

答えは、戦闘ではない。


「エルド」


「おう」


「受け止めなくていい」


エルドが、一瞬だけ目を見開く。


「……受け止めない?」


「うん」


レインは、はっきり言った。


「受理しない」


次の瞬間。


青年の足元に、何かが起きた。


光でも、影でもない。

衝撃でも、拘束でもない。


ただ——

誰も、その行為を“成功”として保持できなくなる。


「……あれ?」


町の男が、首を傾げる。


「直したのは……誰だっけ?」


別の者が言う。


「……直ってるよな?」


「でも、さっきからだったか?」


青年の笑顔が、わずかに引きつる。


「え、いや……僕が……」


だが、その言葉は、続かない。


否定されたわけじゃない。

拒絶されたわけでもない。


——ただ、“物語として固定されなかった”。


ミリアが、静かに息を吐く。


「……すご」


「これが」


レインは、淡々と告げる。


「《非裁定ノーリトリート》のやり方だ」


「選ばせない」


「切らせない」


「でも——」


一拍。


「意味として成立させない」


青年は、呆然と立ち尽くす。


力はあった。

行動も、結果もあった。


だが——

それを“誰がやったか”という線だけが、結ばれない。


アバンドンの声が、わずかに歪む。


『……なるほど』


『値段が、付かない』


『これは——』


『想定より、質が悪い』


レインは、空を見上げた。


「欲望は、増やせる」


「でも——」


「欲しがられなければ、商売にならない」


沈黙。


それは、初めての“損失”だった。


『……面白い』


アバンドンの声が、少し低くなる。


『敷設者より、厄介だ』


『君たちは、殴らない』


『だから——』


一拍。


『殴るしか、なくなる』


気配が、引いた。


だが、完全には消えていない。


ミリアが、前を見据える。


「……次は?」


「本人が出てくる」


レインは、即答した。


「もう“手先”じゃ、値が付かない」


町では、人々がまた動き出している。


誰のおかげかは、分からないまま。

だが——

不思議と、不満も残っていない。


エルドが、盾を背負い直す。


「……静かな勝ちだな」


「うん」


レインは、小さく笑った。


「一番、嫌なやつ」


遠く、誰にも見えない場所で。


評価が、はっきりと更新される。


《対象:非裁定ノーリトリート》

《市場影響:高》

《直接介入:検討開始》


アバンドン=エンドロアは、理解した。


この相手は——

削れない。

煽れない。

売れない。


だから。


次は、正面から来る。

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