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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第14章 答えを出せない者たち

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善意という名の空白

世界機関・中央監査棟、下層会議室。


そこは公式記録にはほとんど使われない、

「検討以前の検討」を行うための部屋だった。


窓はない。

代わりに、壁一面に淡い投影盤が並び、

各地の進行ログが“結果のみ”として流れている。


「……相変わらず、綺麗ですね」


若い分析官が、思わずそう漏らした。


暴動なし。

死者なし。

飢餓指数も、犯罪発生率も、軒並み低下。


数字だけを見れば、理想に近い。


「問題がない、という判断でいいのでは?」


その言葉に、会議室の空気が一瞬だけ沈む。


最奥に座っていた男が、ゆっくりと顔を上げた。


役職は〈外部調整顧問〉。

最近になって増設された、曖昧な席だ。


「“問題がない”のではありません」


男の声は穏やかだった。


「“問題が見えなくなっている”だけです」


分析官が、眉をひそめる。


「見えなく……?」


「はい」


男は投影盤を指し示す。


そこに映っているのは、

修復された橋、整理された倉庫、配分された物資。


だが、どのログにも共通して——

決定者の欄が、空白だった。


「誰が判断したか、分からない」


「誰が責任を持ったか、残らない」


「それは一時的には、とても平和です」


一拍。


「ですが、人は——

 “理由のない結果”に、必ず不安を覚えます」


誰かが、喉を鳴らした。


「……だから、英雄が必要なのでは?」


別の監査官が、慎重に言う。


「象徴が立てば、理由が生まれる」


男は、首を横に振った。


「英雄は、今は使えません」


即答だった。


「立った瞬間、意味が固定される」


「固定された意味は、必ず争点になります」


「それは、今の盤面では——

 最も避けるべき事態です」


沈黙。


理屈としては、反論しづらい。


「では……どうすれば?」


誰かが、恐る恐る尋ねた。


男は、少しだけ微笑んだ。


「“説明役”を、置けばいい」


「判断者ではない」


「英雄でもない」


「ただ——」


投影盤に、新しい層が重ねられる。


そこには、各地で増え始めている

非公式な助言者・調停役・案内人のログ。


「人々に寄り添い、

 『こういうやり方もありますよ』と示す存在です」


「選ばせない」


「だが、迷わせもしない」


会議室に、ざわめきが広がる。


「……それは、責任の所在が——」


「残りません」


男は、あっさりと言った。


「ですが、問題は起きない」


「起きない限り、誰も責任を問わない」


その言葉は、甘美だった。


世界機関が、最も欲していた形。


「……試験的に、導入を?」


議長が、慎重に確認する。


男は、静かに頷いた。


「ええ。小さな町から」


「目立たず、英雄も派遣されない場所がいい」


「世界が“自然に回っている”ように見える所ほど、効果的です」


誰も気づかなかった。


その提案が、

宿場町で起きた異変と完全に同じ条件を指していることに。


男は、心の中でだけ呟く。


(意味を失った世界は、腹を空かせる)


(そして——)


(最初に満たされるのは、

 いつだって“善意”だ)


会議は、静かに可決された。


その瞬間、

世界機関は知らぬまま——

終焉への扉を、ほんの少しだけ開いた。


王都南西――

世界機関の名簿にも、英雄派遣記録にも載らない小さな農村。


地味で、目立たない。

だからこそ、“試験”には最適だった。


「……助かります」


村の代表が、深く頭を下げる。


その前に立っているのは、

剣も杖も持たない、平凡な男。


年齢は三十前後。

肩書きはない。


ただ一つ、

世界機関の臨時証票だけを胸に下げていた。


「いえいえ」


男は柔らかく笑う。


「私は、決めに来たわけじゃありません」


「皆さんが“困らない方法”を、

 一緒に考えるだけですから」


その言葉に、村人たちの肩から力が抜ける。


誰も責任を背負いたくない。

誰も間違えたくない。


だが——

何もしないまま立ち尽くすのは、もっと怖い。


「今年の備蓄は、例年通りです」


「雨も少なかった。作物も少し弱い」


「……どこを優先するか、決められなくて」


村人の言葉は、途中で止まる。


“決める”という語が、まだ重い。


男は、首を振った。


「決めなくていいんです」


一拍。


「“いつも通り”で」


その言葉は、魔法だった。


「……いつも通り?」


「ええ」


男は頷く。


「去年と同じ配分」


「去年と同じ順番」


「理由は要りません」


「前例が、ありますから」


空気が、緩む。


前例。

責任を伴わない、便利な言葉。


村人たちは顔を見合わせ、

やがて誰ともなく頷いた。


「……それで、いいか」


「去年も、問題なかったしな」


物事が、動き始める。


倉庫が開き、

荷が運ばれ、

記録がつけられる。


誰も「決断した」とは思っていない。


ただ——

“流れに乗った”だけだ。


男は、その様子を静かに見ていた。


(いい)


(とても、いい)


彼の内側で、

淡い満足が脈打つ。


だが。


作業が進む中、

一人の老婆が、ぽつりと呟いた。


「……でも」


「去年は、北の村が少し困ってたよね」


一瞬、空気が張る。


男は、すぐに口を開いた。


「ええ、ありました」


「だから今年は、

 “少し多めに”回してもいいかもしれません」


村人たちが、顔を上げる。


「……それって」


「決めてる、ことにならないか?」


男は、笑顔を崩さない。


「いえ」


「“調整”です」


「判断ではありません」


その言葉に、

誰も反論できなかった。


調整。

判断より軽く、

責任より曖昧。


再び、作業が続く。


だが、どこかで——

ほんの小さな歪みが生まれていた。


夜。


村の片隅。


誰もいない納屋の影で、

男は一人、息を吐いた。


胸の奥が、じんわりと温かい。


(これだ)


(選ばせない)


(だが、止めもしない)


(不安を感じさせず、

 “正しそうな流れ”だけを置く)


それは、

《非裁定ノーリトリート》のやり方と、

驚くほど似ていた。


——だが、決定的に違う。


ノーリトリートは、

関係から進行を生む。


彼は——

前例と善意から進行を誘導する。


その違いを、

村人たちはまだ知らない。


遠く。


誰にも見えない場所で、

“評価”が、確かに更新された。


《善意による進行:安定》

《象徴不要》

《英雄非依存》


そして、その下に——

別の波形が、静かに立ち上がる。


《欲望反応:微弱》

《不安蓄積:進行中》


夜風が、納屋の隙間を抜ける。


男は、ふと空を見上げた。


「……もうすぐだな」


それは、祈りでも予感でもない。


確信だった。


同時刻。


遠く離れた場所で、

レインが、はっきりと感じ取る。


「……来てる」


ミリアが、即座に身構えた。


「敵?」


「いや」


レインは、低く答える。


「もっと厄介なやつだ」


「“善意”の顔をした——」


言葉を探し、

そして言い切った。


「——誘導だ」


《非裁定ノーリトリート》は、理解した。


敷設者でもない。

英雄でもない。

蒼衡そうこうでもない。


世界機関が生み出した、

最も切れず、最も否定しづらい存在が——

動き始めている。


そしてその背後で。


終焉は、静かに笑っていた。


「……いい餌だ」


その農村に、

《非裁定ノーリトリート》が到着したのは、翌日の昼前だった。


英雄の派遣はない。

蒼衡そうこうの監視光も、今回は遠い。


世界機関の“善意調整官”だけが、

まだ村に残っていた。


「……思ったより、普通だな」


ミリアが、周囲を見回して呟く。


人々は働いている。

畑を耕し、倉庫を整理し、子どもは走り回っている。


止まっていない。

だが——


「……軽い」


リュカが、眉をひそめた。


「全体が、軽すぎる」


エルドも、盾に手をかけたまま静かに頷く。


「恐怖も、怒りもない」


「だが——」


「覚悟も、無い」


レインは答えず、村の中央へ歩いた。


《戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

ここを“戦場”として定義できずにいる。


敵影なし。

危険反応なし。


あるのは——

整いすぎた進行。


その時。


「おや」


穏やかな声が、横からかかった。


世界機関の調整官。

昨日、村人たちと話していた男だ。


「冒険者の方々ですか?」


「……似たようなものだ」


ミリアが、少し警戒を滲ませて答える。


男は気にした様子もなく、笑った。


「今は特に問題もありませんよ」


「見ての通り、落ち着いています」


レインは、男の目を見た。


敵意はない。

嘘もない。


——だからこそ、厄介だ。


「……一つ聞いていいか」


レインが、静かに言う。


「誰が、今年の配分を決めた?」


男は、少しだけ首を傾げた。


「決めた、というほどでは」


「前例を参考に、皆で自然に」


「“自然に”か」


レインは、頷いた。


「じゃあ、その前例を決めたのは?」


男は、一瞬だけ考える。


「……去年の皆さん、ですね」


「その去年は?」


「……一昨年のやり方を」


その瞬間。


《戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

微かな警告を鳴らした。


——責任の循環閉鎖。


「……なあ」


レインは、言葉を続ける。


「もし、この配分で誰かが困ったら」


「誰が、責任を取る?」


男は、即答した。


「困らないように調整しています」


「もし、困ったらだ」


一拍。


男は、穏やかなまま答える。


「その時は——」


「また、調整します」


ミリアが、思わず口を挟む。


「……誰が?」


男は、微笑んだ。


「私が」


その瞬間。


空気が、わずかに沈んだ。


誰も怒っていない。

誰も恐れていない。


だが——

**“誰かに任せた”**という感覚だけが、村に広がった。


レインは、はっきりと理解する。


(これだ)


(敷設者でも、アバンドンでもない)


(——人間だ)


「……あんた」


レインは、静かに告げる。


「善意でやってるな」


男は、少し驚いたように目を瞬かせた。


「ええ。もちろんです」


「世界を安定させるために」


「人が、間違えないために」


その言葉に、

村人たちは安心した顔をする。


だが。


リュカが、低く呟いた。


「……選ばせない代わりに」


「“任せる相手”を固定してる」


エルドが、続ける。


「それは——」


「象徴だ」


英雄じゃない。

剣も持たない。


だが。


責任を引き受ける顔。


レインは、男を真っ直ぐに見据えた。


「なあ」


「もし、あんたが明日ここに来なかったら」


「この村は、どうなる?」


男は、初めて言葉に詰まった。


「……それは」


「別の調整官が」


「来るか?」


レインは、畳みかける。


「必ず?」


「同じ判断をするか?」


沈黙。


それは短かったが、

村人たちには十分だった。


「……あれ?」


「そういえば」


「この人が来てから、全部進んでる?」


誰かが、気づいてしまった。


男の背中に、

ほんの一瞬だけ汗が滲む。


その時。


レインは、剣も杖も抜かず、

ただ一歩、前に出た。


「《非裁定ノーリトリート》は」


声は静かだが、はっきりしている。


「選ばせない」


「だが——」


「任せさせもしない」


男の笑顔が、わずかに歪んだ。


「それは……無責任では?」


「違う」


レインは、即答する。


「責任を、循環させる」


「固定しない」


「誰かが困ったら、誰かが反応する」


「名前も、役職もいらない」


沈黙。


村人たちが、互いを見る。


昨日までと、違う視線。


「……じゃあ」


老婆が、恐る恐る口を開く。


「北の村が困ったら」


「また、誰かが運ぶ?」


レインは、頷いた。


「そうだ」


「決めなくていい」


「だが、見たら——動け」


男は、後ずさった。


「それでは……効率が」


「悪いな」


レインは、はっきり言った。


「でも——」


「喰われない」


その言葉が落ちた瞬間。


男の胸の奥で、

何かが——軋んだ。


彼自身も気づいていない。


だが確かに、

アバンドンの“匂い”が薄く反応する。


遠く。


終焉は、舌打ちした。


「……やっぱりか」


「固定すると、外される」


「流れにすると、掴まれない」


《非裁定ノーリトリート》は、

また一つ——


餌にならない形を、世界に置いた。


だが。


男は、俯いたまま、静かに呟く。


「……では」


「私は、不要ですね」


その声は、少しだけ震えていた。


レインは、答えなかった。


否定もしない。


必要か不要かを、

ここで“決める”こと自体が——

罠だからだ。


男は、何も言わずに村を去った。


英雄のように称えられず。

敵のように倒されもせず。


ただ——

役割を失った人間として。


夕暮れ。


村は、まだ動いている。


だが今度は——

“誰かの顔”を探していない。


ミリアが、小さく息を吐いた。


「……これ、勝ち?」


レインは、首を振る。


「違う」


「これは——」


一拍。


「アバンドンにとって、一番嫌な負け方だ」


遠くで、評価が更新される。


《善意固定:失敗》

《責任誘導:遮断》

《対策難度:上昇》


次に来るのは、

もう“穏やかな手”じゃない。


レインは、夜空を見上げた。


「……次は」


「殴り合いになる」


それを、

誰も否定しなかった。


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