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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第14章 答えを出せない者たち

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切る理由と、切らない理由

会議室には、結界が張られていた。


外部遮断。

記録不可。

傍聴者なし。


世界機関が用意した、

完全な非公開空間。


そこにいるのは、二人だけだった。


レイン。

そして、蒼衡そうこう――

**アズール・バランス**の現場統括。


形式ばった挨拶は、なかった。


沈黙を破ったのは、蒼衡だった。


「……確認しておく」


声は低く、感情の揺れはない。


「君は、

 今の運用を“危険だ”と考えているな」


「うん」


レインは、即答した。


「危険だし、

 長く続けると、もっと悪くなる」


蒼衡は、眉一つ動かさない。


「被害は減っている」


「死者数も、混乱も、

 君たちだけで動いていた頃より少ない」


「それでも?」


「それでも」


レインは、目を逸らさない。


「それは、“止まっている”んじゃない」


「積み上がってる」


蒼衡は、少しだけ首を傾けた。


「……何がだ」


「切られた場所」


「戻れない人」


「“選ばれなかった”って感覚」


一つずつ、

丁寧に言葉を置く。


「それ全部が、

 原初の飢餓の餌になってる」


蒼衡は、静かに息を吐いた。


「それは、仮説だ」


「君たちのやり方でも、

 犠牲は出ている」


「出てるよ」


レインは、否定しない。


「俺たちは、

 “救えなかった”って自覚してる」


「でも、

 切って当然だとは思ってない」


その言葉に、

蒼衡の視線が、わずかに鋭くなる。


「当然だ」


短く、はっきり。


「切らなければ、

 もっと失う」


「我々は、

 その責任を引き受けている」


「引き受けてるのは」


レインは、一歩踏み込む。


「判断の責任だけだ」


空気が、張り詰める。


「……どういう意味だ」


「切ったあと、

 蒼衡は前に進む」


「次の現場へ行く」


「でも」


一瞬、言葉を切る。


「切られた側は、

 そこに残る」


「名前も、

 地図も、

 居場所も、

 全部失ったまま」


蒼衡は、沈黙した。


否定できない。

だが、譲れない。


「……それでも」


蒼衡は、静かに言う。


「我々は、

 “世界全体”を見る」


「部分に囚われて、

 全体を失うわけにはいかない」


「それが、

 秩序だ」


レインは、少しだけ笑った。


乾いた笑いだ。


「……それ、

 グラディウスと同じこと言ってる」


蒼衡の眉が、初めて動いた。


「彼とは違う」


即答だった。


「彼は、

 選んだあとに退いた」


「我々は、

 切った場所にも、必ず立つ」


「知ってる」


レインは、頷く。


「だから厄介なんだ」


「蒼衡は、

 正しすぎる」


その一言が、

静かに刺さった。


「……正しいことが、

 罪だと?」


「違う」


レインは、首を振る。


「正しいことが、

 疑われなくなるのが問題」


沈黙。


結界の中で、

時計の音だけが響く。


蒼衡は、ゆっくりと口を開いた。


「……君は」


「では、どうする」


「切らずに、

 世界を守れると言うのか」


レインは、答えなかった。


答えられなかった。


その沈黙が、

この議論の核心だった。


正しさは、ある。

覚悟も、ある。


だが——

答えは、ない。


蒼衡は、立ち上がる。


「……分かった」


「結論は、出ない」


「だが」


視線を、まっすぐに向ける。


「我々は、

 切り続ける」


「止まれない」


レインも、立ち上がった。


「知ってる」


「だから、

 俺たちは隣に立つ」


「切らない側として」


二人は、向かい合ったまま動かない。


同じ敵を見ている。

同じ世界を守ろうとしている。


それでも——

踏み出す方向は、違う。


議論は、まだ終わっていない。


ただ、

この時点では——

誰も折れていない。


沈黙は、長くは続かなかった。


蒼衡が、先に口を開く。


「……君は」


「自分たちのやり方が、

 “正しくない”可能性を、

 どこまで考えている?」


その問いは、

責めではなかった。


本気の確認だった。


「考えてるよ」


レインは、即答する。


「毎回、考えてる」


「だから、

 俺たちは迷う」


「だから、

 立つのが遅れることもある」


蒼衡の目が、わずかに細くなる。


「……それで、人が死ぬ」


「うん」


「知ってる」


レインは、目を逸らさない。


「その責任から、

 逃げてない」


「……なら、なぜ」


蒼衡の声に、

ほんの少しだけ熱が混じる。


「なぜ、

 “切らない”ことに

 そこまで固執する」


「切れば、

 確実に救える命がある」


「それでも?」


「それでも」


レインは、短く言った。


「切った瞬間、

 “次”が始まる」


蒼衡は、机を軽く叩いた。


音は小さい。

だが、結界の中では十分だった。


「……理屈だな」


「君の言っていることは、

 全部“先の話”だ」


「今、目の前で死にかけている人間を、

 どうする?」


「見捨てるのか?」


レインの眉が、

わずかに動く。


「見捨てない」


「助けに行く」


「……だが、全員じゃない」


蒼衡は、言葉を畳みかける。


「選ばない、と言いながら」


「実際には、

 “助けに行けた人間”だけを

 助けている」


「それは、

 選別じゃないのか?」


その指摘は、

正確だった。


だから、

レインは一瞬、言葉を失う。


「……それは」


「現実だ」


蒼衡は、遮る。


「君たちは、

 “切らない”と言いながら」


「結果として、

 救えた者と救えなかった者を

 分けている」


「違いは何だ?」


「……覚悟だ」


レインは、低く言った。


「俺たちは、

 “救えなかった”って

 言い続ける」


「切った結果を、

 正当化しない」


蒼衡の視線が、鋭くなる。


「……それが、

 何になる?」


「死人は、戻らない」


「秩序は、

 感情で守れない」


レインの声が、

少しだけ荒くなる。


「分かってる!」


結界の中に、

はっきりと響いた。


「分かってるから、

 腹が立つんだよ!」


一瞬、

蒼衡が目を見開く。


「お前のやり方が、

 正しいってことも!」


「それで世界が、

 回ってるってことも!」


「全部、

 分かってる!」


レインは、拳を握る。


「でも!」


「それで、

 “疑うのをやめた世界”が

 どうなるかも、

 分かるだろ!」


蒼衡は、沈黙する。


否定できない。


原初の飢餓。

選択を餌にする存在。


「……君は」


蒼衡が、静かに言う。


「理屈より、

 “嫌な予感”を信じている」


「そうだよ」


レインは、吐き捨てるように言った。


「理屈で勝てないから、

 嫌な予感に賭けてる」


「子供みたいだろ」


一瞬、

蒼衡の口元が、

わずかに歪んだ。


「……ああ」


「正直に言えば、

 そうだな」


その一言で、

場の空気が少しだけ変わる。


「だが」


蒼衡は、はっきりと言う。


「我々は、

 子供ではいられない」


「世界を背負っている」


レインは、即座に返す。


「知ってる」


「だから、

 俺たちは大人の隣に立つ」


「……邪魔はする」


蒼衡が、眉をひそめる。


「それは、

 宣戦布告か?」


「違う」


レインは、首を振る。


「……意地だ」


一瞬の沈黙。


そして。


蒼衡は、

小さく息を吐いた。


「……本当に」


「気に入らない男だ」


レインも、同じように言う。


「そっちもな」


二人は、

同時に視線を逸らした。


議論は、

もう前に進まない。


だが、

後退もしない。


理屈は出尽くした。

残ったのは——


お互いを分かっているからこそ、

 譲れない感情だった。


沈黙が、戻ってきた。


だがそれは、

先ほどまでの張り詰めたものとは違う。


言い切ったあと。

ぶつけ切ったあと。


言葉が、もう残っていない沈黙だった。


蒼衡が、先に口を開く。


「……次の現場でも」


「我々は、

 同時に動く」


それは命令でも、

提案でもなかった。


事実の確認だ。


「切るべき場所は、切る」


「君たちが立つなら、

 その範囲は尊重する」


レインは、少しだけ肩の力を抜いた。


「……了解」


「俺たちは、

 切られた場所にも行く」


「戻れないって言われた場所にも、

 立つ」


蒼衡は、わずかに目を細める。


「……無駄だと思っている」


「知ってる」


レインは、即答した。


「それでもやる」


「……子供だな」


「今さらだろ」


一瞬、

本当に一瞬だけ。


蒼衡が、苦笑した。


「……君が厄介なのは」


「こちらのやり方が、

 “正しい”と分かっているところだ」


「そっちもな」


レインは、同じように返す。


「俺たちのやり方が、

 “間違ってない”ってことも、

 分かってるくせに」


二人は、

同時に鼻で笑った。


もう、

議論じゃない。


「……次は」


蒼衡が、言う。


「もっと厳しくなる」


「原初の飢餓は、

 この状況を学習している」


「知ってる」


レインは、頷いた。


「だから——

 次は、

 もっと嫌な形で来る」


「……それでも」


蒼衡は、立ち上がる。


「我々は、

 止まらない」


レインも、立ち上がる。


「俺たちもだ」


二人は、

同じ出口へ向かう。


並んではいない。

だが、離れてもいない。


扉の前で、

蒼衡が一度だけ足を止める。


「……言っておく」


振り返らずに、言った。


「君が言う

 “嫌な予感”」


「無視は、しない」


それだけ言って、

扉を開けた。


レインは、

その背中を見送りながら呟く。


「……それで十分だ」


会議室に、

誰もいなくなる。


結界が、解ける。


その瞬間。


どこでもない場所で、

原初の飢餓が、静かに蠢いた。


選ぶ刃。

選ばない異物。


どちらも、

完全には折れていない。


だからこそ。


——次は、

もっと巧妙に、

 もっと残酷に来る。


それを、

二人とも分かっていた。


それでも、

同じ現場に立つ。


それが、

今の最善だと知りながら。


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