処理計画・第二段階
会議は、静かだった。
怒声もない。
笑い声もない。
あるのは、
整然と並んだ“結果”だけ。
赤黒い結晶でできた円卓。
その中央に、淡い光の球体が浮かぶ。
――人間界の縮図。
街。
集会所。
宝珠の流通図。
そして、《非裁定》の位置。
「……想定通りだ」
低く響く声。
グラディウス=バル=カイムが、
腕を組んだまま報告する。
「宝珠未使用者集会、壊滅には至らず」
「だが――
“守られる象徴”として成立」
光の球体に、
集会場の映像が拡大される。
逃げる人々。
立ち塞がる人間。
その中心に、ノーリトリート。
「人間は、
象徴を必要とする」
別の声が重なる。
「恐怖でも、
希望でもない」
「違和感だ」
円卓の影から、
女の姿が浮かび上がる。
艶やかな微笑。
楽しげな瞳。
愉悦系魔族幹部――リュクシア。
「宝珠を使わない者たち」
「彼らはね、
敵じゃないの」
「“不安材料”なのよ」
指先が、映像をなぞる。
老女。
青年。
集会の参加者。
「壊す必要はない」
「殺す必要もない」
「ただ――
同じ場所に立たせなければいい」
別の幹部が、淡々と頷く。
「宝珠使用率は、
すでに七割を突破」
「未使用者は、
統計上“異常値”に移行」
グラディウスが、静かに言う。
「次段階に移行する」
「概念処理だ」
光の球体が変化する。
「“使わない自由”」
その文字が、
解析線に分解されていく。
「選択肢として残す必要はない」
「残すから、
思想になる」
リュクシアが、
楽しそうに笑った。
「人間ってね」
「殴られるより、
“普通”から外れる方が怖いのよ」
「……あの子たち」
ノーリトリートの映像を見つめる。
「守ったつもりで、
ちゃんと種を撒いた」
グラディウスは、
感情なく告げる。
「第二段階」
「宝珠社会の安定化を阻害する要因を、
自壊させる」
「直接手は出さない」
「出す必要がない」
会議は、
すでに結論に達していた。
人間界は、
正しく進んでいる。
――魔族にとって。
リュクシアが、
最後に一言だけ残す。
「次はね」
「彼らが“守った人間”から、
崩れるわ」
その笑みは、
純粋な愉悦だった。
光の球体が、さらに分割される。
街ごと。
職域ごと。
家庭単位で。
「……選別は、すでに始まっている」
別の幹部が、淡々と報告する。
「宝珠未使用者が多い区域には、
“支援制度”を重点配備」
「使用者が多数の区域には、
“効率化指針”を導入」
「どちらも、
人間側の提案として通過済み」
グラディウスが頷く。
「分断を煽る必要はない」
「人間は、
自分で線を引く」
リュクシアが、指を鳴らす。
映像が切り替わる。
一人の役人。
一人の教師。
一人の管理職。
彼らの胸元には、
小さな魔力痕。
「末端協力者」
リュクシアは、楽しげに言う。
「全員、
“善意の人間”よ」
「宝珠の恩恵を信じて」
「社会を安定させたいだけ」
「だから――
命令は必要ないの」
彼女は、肩をすくめた。
「“提案”だけでいい」
「安全のために」
「効率のために」
「みんなのために」
別の幹部が、静かに付け加える。
「宝珠未使用者が、
守られ続ければ続けるほど」
「使用者側に、
不満が溜まる」
「“なぜ、
あいつらだけ特別なんだ”と」
グラディウスが、低く言う。
「その時点で」
「衝突は、
人間同士で発生する」
光の球体に、
未来予測が走る。
抗議。
小競り合い。
責任の押し付け合い。
だが――
魔族は、そこにいない。
「《非裁定》は?」
幹部の一人が問う。
リュクシアが、
楽しそうに唇を歪めた。
「板挟みになるわ」
「守れば、
使用者側の敵」
「守らなければ、
未使用者側の裏切り者」
「……最高でしょう?」
グラディウスは、
感情なく締めくくる。
「直接排除は不要」
「彼らには、
“守った責任”を背負わせる」
「崩れるのは――
内部からだ」
会議室に、
静寂が落ちる。
計画は、
すでに動いている。
誰も止めない。
誰も疑わない。
人間界は、
“正しく”壊れていく。
そして。
会議の片隅で、
小さな光点が消えた。
末端協力者の一人。
「……用済みか」
リュクシアは、
興味なさそうに言った。
「うん」
「失敗したら、
全部その人の責任」
「人間って、
そういうの得意でしょ?」
その笑みは、
最後まで崩れなかった。
男は、自分を誇りに思っていた。
王国のため。
街のため。
人々の安寧のため。
それだけを考えて、
書状に印を押してきた。
石造りの執務室。
燭台の火が、静かに揺れる。
机の上には、
羊皮紙の束。
《宝珠未使用者保護・第三施策》
――宝珠を用いぬ者を、
混乱から守るための指針。
「……これで、よい」
男は椅子に身を沈め、
深く息を吐いた。
誰かに命じられたわけではない。
誰かに唆された覚えもない。
自分の判断だ。
自分の責任だ。
胸元に、
かすかな熱を感じるまでは。
「……?」
指で触れると、
護符の裏に刻まれた
見覚えのない紋。
魔力。
だが恐怖は、
不思議と湧かなかった。
「疲れが……溜まっているな」
そう呟いた瞬間、
視界が歪む。
部屋の輪郭が、
“線”に分解される。
燭台の炎が、
意味を失う。
「――処理対象、確定」
どこからともなく、
冷えた声が響いた。
男は立ち上がろうとして――
膝が動かなかった。
「……な、何だ……?」
答えはない。
あるのは、
淡々と下される結果だけ。
《責任帰属:当該個体》
《王国関与:否定》
《外部干渉:不存在》
羊皮紙が、
静かに燃える。
印章が、
灰に変わる。
記録は、
最初から存在しなかったかのように
書き換えられていく。
男の頭に、
“真実”が流れ込む。
――己が独断で動いた。
――己が秩序を乱した。
――己が混乱を招いた。
「……違う……」
声にならない。
否定が、
成立しない。
翌日。
男は、
城門の前に立たされていた。
「汝の施策は、
過剰であった」
評定官の声は、冷静だった。
「善意は認める」
「だが、
責は汝一人が負う」
誰も怒鳴らない。
誰も責め立てない。
ただ、
裁きが下される。
役職は剥奪。
名は記録から消される。
街に戻ると、
人々の視線が変わっていた。
「……あの男か」
「宝珠の件で、
やりすぎたと聞く」
「王国を混乱させたそうだ」
宝珠は、
今日も市場で光っている。
世界は、
何事もなかったかのように回っている。
男だけが、
外れ落ちた。
夜。
小さな家で、
男は一人呟いた。
「……正しかったはずだ」
答えはない。
ただ、
遠くで宝珠が淡く輝く。
同じ頃。
《非裁定》は、
一通の報告書を前にしていた。
「……切られたな」
リュカが、低く言う。
「完全に、
“個人の暴走”にされている」
ミリアが、歯を噛みしめる。
「……ひどい」
エルドが、静かに言った。
「ここからだ」
レインは、
書状を畳む。
「うん」
「はっきりした」
顔を上げる。
「敵は、
前線で剣を振るう者だけじゃない」
「宝珠を信じ、
“正しいことをした人間”を」
「何の躊躇もなく切り捨てる側だ」
外では、
行商人が声を張り上げている。
「奇跡の宝珠はいかがかな!」
世界は、
まだ平穏だ。
だが。
《非裁定》は、
理解していた。
次の戦いは、
避けられない。




