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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第13章 同じ死体を見ている

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選ばなかった者たち

最初は、声の調子が違っただけだった。


「……あれ?」


市場の一角で、ミリアが足を止める。


いつもなら、値段交渉の声や笑い声が飛び交う場所。

今日は、妙に柔らかい。


「大丈夫ですよ」


「すぐ宝珠がありますから」


「無理しなくていいんです」


言葉は優しい。

声も穏やか。


けれど――

向けられている先は、一つだけだった。


露店の前に立つ老女。


「……結構です」


老女は、丁寧に頭を下げる。


「宝珠は、使いません」


その瞬間、空気がわずかに揺れた。


誰も怒らない。

誰も声を荒げない。


ただ、

少しだけ距離ができる。


「え?」


露店の主人が、困ったように笑う。


「でも……ほら」


「最近は、

みなさん使ってますし」


「安全ですよ?」


老女は、もう一度首を振った。


「ありがたいですが……

私は、このままで」


その返事に、

周囲の視線が一瞬だけ集まる。


「……そうなんだ」


「珍しいね」


「何か理由があるの?」


問いは、

責めていない。


むしろ、

心配している。


ミリアの指が、わずかに震えた。


「……レイン」


「うん」


レインは、視線を逸らさない。


老女は、居心地が悪そうに微笑んだ。


「皆さん、

お優しいですね」


「でも……」


言葉を探す。


「幸せになる方法が、

一つだけになるのは」


「少し、

怖いんです」


その言葉に、

誰も返事をしなかった。


否定もしない。

肯定もしない。


ただ、

“理解できない”という沈黙。


露店の主人が、

困ったように言う。


「……まあ」


「何かあったら、

いつでも」


老女は、再び頭を下げ、

人混みの中へ消えていった。


その背中を、

誰も追わない。


誰も止めない。


でも――

誰も、同じ列に並ばない。


「……今の」


ミリアが、声を落とす。


「責められてないよね」


「うん」


レインは、静かに答える。


「善意だ」


「だから――

一番、厄介だ」


非裁定ノーリトリート》は、

まだ何もしない。


できない。


老女は、

罰せられていない。


排除もされていない。


ただ、

選ばなかっただけだ。


だがその選択は、

少しずつ彼女を

“輪の外”へ押し出していた。


市場の喧騒は、

すぐに元に戻る。


幸福は、

今日も滞りなく流れている。


その流れに乗らない者だけが、

静かに、

浮き上がり始めていた。


老女の噂は、広がらなかった。


正確には――

話題にならなかった。


「宝珠を使わない人がいるらしい」


その言葉は、

すぐに別の言葉で上書きされる。


「まあ、事情があるんでしょ」


「でも心配だよね」


「周りが支えてあげないと」


否定も拒絶もない。

あるのは、保護だった。


数日後。


同じ老女が、別の場所で立ち止まっていた。


役所の窓口。

支援申請の列。


職員は、穏やかに微笑む。


「確認ですが……

宝珠は、ご使用になっていませんね?」


「はい」


老女が頷く。


職員は、少しだけ言葉を選んだ。


「でしたら……

こちらの“補助制度”をご案内できます」


「宝珠を使用されていない方専用の」


老女は、瞬きをした。


「……専用?」


「ええ」


職員は資料を差し出す。


「不安を感じていらっしゃる方のために」


「定期的な面談と、

生活のサポートを」


「もちろん、

無料です」


それは、

ありがたい制度だった。


だが――

同時に。


「……外出は、

控えたほうが?」


老女が、恐る恐る尋ねる。


職員は、すぐに首を振る。


「いえ、強制ではありません」


「ただ……

万が一の誤解を避けるために」


その“誤解”という言葉が、

静かに刺さった。


その光景を、

レインたちは離れた場所から見ていた。


「……隔離だ」


リュカが、低く言う。


「でも、

誰も悪くない」


ミリアは、拳を握る。


「守ってるつもりなんだよ」


「善意で」


エルドが、静かに続ける。


「宝珠を使わない人間が、

“不安定要素”として扱われてる」


老女は、資料を抱えて頭を下げた。


「ありがとうございます」


その声は、

心からのものだった。


誰も、

彼女を縛っていない。


誰も、

命令していない。


だが。


「……増えないね」


ミリアが、ぽつりと呟く。


「宝珠を、

使わない人」


レインは、頷いた。


「増えない」


「だって――

使わない理由を説明し続ける人生になる」


使わない自由は、

確かにある。


ただし、

常に理由を求められる。


理解されないことを、

受け入れ続けなければならない。


「ノーリトリートが介入したら?」


ミリアが、レインを見る。


「……逆効果だ」


レインは、即答した。


「“特別扱いされた人”になる」


「余計に浮く」


善意の輪は、

広く、柔らかく、

逃げ道がない。


街は、今日も穏やかだった。


誰も争っていない。

誰も泣いていない。


それでも。


宝珠を使わなかった老女は、

少しずつ“守られる側”に押し込められていく。


守られるという名の、

外側へ。


非裁定ノーリトリート》は、

今日も何もしない。


できない。


だが――

レインの中で、

一つの確信が形を取り始めていた。


(これは……

止めるべき“悪”じゃない)


(壊さなきゃいけない“正しさ”だ)


集まり始めたのは、自然な流れだった。


「……同じ、ですね」


小さな集会所。

十人にも満たない人数。


宝珠を使っていない者たち。


老女が、そこにいた。


「ええ」


別の男が、静かに頷く。


「使わない理由を、

毎回説明するのが……少し、疲れてしまって」


誰も否定しない。

誰も煽らない。


ただ、

分かり合える空気だけがある。


「ここなら、

気を遣わなくていい」


「普通でいられる」


その言葉に、

安堵の溜息が漏れる。


だが――

レインは、入口の影から一歩も動かなかった。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

静かに回っている。


結論は出ない。


「……始まってる」


ミリアが、小さく言う。


「まだ、

優しい集まりだよ」


「うん」


レインは、頷く。


「でも――

境界が生まれた」


宝珠を使う者。

使わない者。


選択が、

立場になる。


エルドが、低く呟く。


「このまま放っておくと……」


「“宝珠を使わない者同士で助け合う”」


「それ自体が、

思想になる」


リュカが、続ける。


「やがて……

“使う側”を恐れる」


「逆も、同じだ」


集会所の中では、

誰かが言った。


「……悪気はないんですよ」


「みんな、

幸せになりたいだけ」


その言葉は、

真実だった。


だからこそ。


「……介入したら」


ミリアが、レインを見る。


「ノーリトリートが守ったら……」


レインは、

ゆっくり首を振った。


「分断が、

固定される」


「“守られる側”と

“守る側”になる」


非裁定ノーリトリート》は、

裁かない。


だが、

守ることすら、

裁きになる局面が来ている。


外では、

別の宝珠が光る。


使う者は、

「安心」を得る。


使わない者は、

「理由」を求められる。


どちらも、

悪くない。


どちらも、

正しい。


その正しさが、

互いを遠ざける。


レインは、

静かに呟いた。


「……これは」


「止める話じゃない」


「選ばせない話でもない」


視線を上げる。


「向き合わないといけない話だ」


答えは、

まだない。


だが。


この世界はもう、

「宝珠を使うかどうか」という問いを、

避けられなくなっていた。


幸福は、

人を殴らない。


それでも、

確実に世界を変えていく。


非裁定ノーリトリート》は、

その変化の中に立ち続ける。


裁かず。

退かず。

選ばせないまま。


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