表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第13章 同じ死体を見ている

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

153/1040

満ちた箱庭

その家は、静かすぎた。


音がないわけじゃない。

笑い声もある。

食器の触れ合う音も、風に揺れるカーテンの音も、ちゃんとある。


――なのに。


「今日も、いい日だったね」


そう言って微笑む母親の顔は、

昨日とまったく同じだった。


その家を訪れたのは、

非裁定ノーリトリート》だった。


宝珠使用の成功例。

魔物化なし。

副作用報告ゼロ。


完璧なケース。


「……違和感、ある?」


ミリアが、小さく囁く。


「ある」


レインは、即答した。


玄関をくぐった瞬間から、

戦場演算バトル・カリキュレーター》が“回らない”。


危険がない。

問題がない。


――だから、計算できない。


「宝珠を使ったのは?」


リュカの問いに、父親が嬉しそうに頷く。


「ええ。

家族みんなが、幸せでいられるように」


「おかげでね」


母親が続ける。


「喧嘩もしなくなったし、

不安もなくなったし」


「この子も」


子どもが、にこっと笑う。


その笑顔も、

昨日と同じだった。


エルドが、静かに周囲を見る。


家具の位置。

食器の並び。

壁の傷。


「……変わってない」


「はい?」


「昨日から、

何も」


父親は一瞬だけ首を傾げ、

すぐに笑顔に戻った。


「変わる必要、ありますか?」


その言葉に、

部屋の空気がわずかに張る。


ミリアが、唇を噛んだ。


「……お子さん、

外には?」


「出ませんよ」


母親が即答する。


「外は、危ないでしょう?」


「ここは、

幸せなんですから」


レインの胸の奥で、

何かが“ひっかかった”。


残命観測リミット・ヴィジョン》は、

異常を示さない。


寿命も、健康も、

感情も、正常。


それでも。


「……昨日と、

同じ一日ですよね」


レインの言葉に、

家族は一斉に微笑んだ。


「ええ」


「幸せな日は、

同じでいいんです」


その瞬間。


レインは理解した。


(これは――

壊れてない)


(でも、

進んでいない)


非裁定ノーリトリート》は、

何もできない。


裁けない。

止められない。

選ばせられない。


宝珠は、

確かに願いを叶えていた。


――叶えすぎていた。


箱庭の中で、

幸福は満ちている。


溢れていない。


だからこそ、

誰も気づかない。


これが、

最初の“兆し”だということに。


翌日も、同じだった。


正確には――

同じに見えた。


「おはよう」


父親が立ち上がり、朝食を運ぶ。

母親が受け取り、同じ配置で皿を並べる。

子どもは、同じ角度で椅子に座る。


昨日と寸分違わない。


「……時計、止まってる?」


ミリアが小声で言った。


リュカが首を振る。


「動いてる。

時間は、ちゃんと進んでる」


「でも……」


ミリアは視線を巡らせる。


「意味が進んでない」


子どもが、ふと口を開いた。


「ねえ」


全員が、そちらを見る。


「きょうも、

たのしい?」


父親と母親が、同時に頷く。


「もちろん」


「毎日、

楽しいわ」


子どもも、満足そうに微笑む。


「じゃあ、

いいや」


その言葉が、

レインの胸に引っかかった。


「……“いいや”?」


子どもは首を傾げる。


「きのうと、

おなじだから」


「ちがうこと、

しなくていいよ」


戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

わずかに反応した。


危険ではない。

異常でもない。


だが――

選択肢が、減っている。


エルドが、静かに問いかける。


「……将来は?」


「しょうらい?」


子どもは、考えるそぶりを見せない。


「ここに、

いるよ」


「ずっと?」


「ずっと」


その答えに、

誰も言葉を続けられなかった。


家の外から、

子どもたちの笑い声が聞こえる。


走る音。

転ぶ音。

泣いて、笑って、また走る音。


だが、この家の子は、

振り向かない。


「……出てみたいって、

思わない?」


ミリアが、

震える声で聞いた。


子どもは、

不思議そうに首を傾げる。


「なんで?」


「ここ、

しあわせだよ?」


その問いは、

あまりにも正しかった。


正しすぎて、

誰も否定できない。


リュカが、

低く言った。


「宝珠は……

願いを固定してる」


「“更新”じゃない。

“保存”だ」


レインは、

静かに頷いた。


「……幸福を、

最終形にしてる」


「完成した瞬間から、

それ以上を許さない」


家族は、

それを知らない。


知らないまま、

満たされている。


レインは、

立ち上がった。


「……今日は、

ここまでにしよう」


父親が、

少しだけ不思議そうな顔をする。


「もう?」


「ええ」


レインは、

笑顔を作った。


「とても……

幸せそうでしたから」


家を出る直前、

ミリアが振り返る。


子どもが、

手を振っている。


昨日と、

同じ角度で。


外に出た瞬間、

風が強く吹いた。


世界は、

ちゃんと動いている。


「……助けられないね」


ミリアの声が、

震えた。


「うん」


レインは、

視線を落とす。


「裁けない」


「止められない」


「選ばせられない」


非裁定ノーリトリート》は、

何も壊さず、

何も救えなかった。


だが。


遠くで、

別の街の宝珠が光る。


同じ願い。

違う家。

同じ“完成”。


レインは、

小さく呟いた。


「……これは、

増える」


「止めないと――

世界が、箱庭になる」


報告は、静かに積み上がっていった。


世界機関の会議室。

警報は鳴っていない。

緊急指定も出ていない。


それでも、机の上に並ぶ書類は、確実に増えていた。


「宝珠成功例、追加三件」


「魔物化なし」


「精神安定指数、極めて良好」


淡々と読み上げられる数字に、誰も声を荒げない。


「……問題は?」


そう問われ、記録官は一瞬だけ言葉に詰まった。


「ありません」


「少なくとも、“従来の基準”では」


その空気を切ったのは、レインだった。


「基準が、もう古い」


視線が集まる。


「これ、事件じゃない」


「事故でも、暴走でもない」


「流行だ」


ざわめきが、わずかに広がる。


「幸福が、感染してる」


レインは、集められた事例を指差した。


「共通点がある」


「最初は、小さな願い」


「家族の幸せ」


「安心」


「平穏」


「……でも」


ミリアが、続ける。


「次は、

“この状態を失いたくない”」


「その次は、

“もっと確実に”」


「そして――」


リュカが、静かに言った。


「他人の変化が、怖くなる」


会議室が、静まり返る。


エルドが、低く呟く。


「……争いは起きない」


「でも、

世界は閉じる」


レインは、頷いた。


「魔族は、

殴らなくていい」


「止めなくていい」


「人間が、

自分で“完成”を選ぶから」


誰かが、かすれた声で言った。


「……じゃあ、

どうすれば?」


その問いに、

レインはすぐに答えられなかった。


非裁定ノーリトリート》の思想が、

ここで初めて牙を剥く。


裁けない。

止められない。

選ばせられない。


「……壊すわけにも、

いかない」


ミリアが、俯いた。


「幸せなんだよ」


「誰も、

悪くない」


沈黙。


その沈黙こそが、

魔族の狙いだった。


レインは、

ゆっくりと口を開く。


「……たぶん」


「これは、

戦争じゃない」


視線を上げる。


「文化だ」


「考え方の侵食」


「生き方の書き換え」


宝珠は、

もう“道具”ではない。


「このままいけば」


レインは、

はっきりと言った。


「人類は、

自分から“未来を選ばない種”になる」


誰も、

反論できなかった。


遠くの街で、

また一つ、宝珠が使われる。


誰も傷つかない。

誰も泣かない。


ただ、

変わらない明日が、

もう一日積み重なる。


そして。


その積み重ねが、

いつか――


世界そのものを、動かなくする。


非裁定ノーリトリート》は、

まだ動かない。


だが。


動かなければならない理由は、

確かに生まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ