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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第58章

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観測者の正体

 深層域の裂け目が、ゆっくりと閉じていく。


 天界の残響は、遠ざかった。


 円環は消え、

 削除圧もない。


 残っているのは、

 半壊した空間と、

 未確定のまま立つ堕天使。


 そして――


 老いた影。


 ***


 杖が、床を軽く叩く。


 音は小さい。


 だが空間が整う。


 重力が戻る。


 裂けた床が、安定する。


 崩れた柱が、これ以上は落ちない。


 修復ではない。


 “これ以上壊さない”だけ。


 ***


 ミリアが剣を構えたまま睨む。


「……誰だよ」


 警戒は解かない。


 敵ではない。


 だが味方とも限らない。


 ***


 エルドが盾を下ろさない。


 視線を外さない。


「上からの連中か?」


 短い問い。


 老いた影は、首を横に振る。


「違う」


 それだけ。


 ***


 エルフィナが、小さく息を吐く。


「……干渉圧、ありません」


 天界の冷たい選別とは違う。


 温度がある。


 重みがある。


 ***


 リュカが観測する。


「位相安定……」


 一拍。


「この人が、止めた?」


 老いた影は、否定も肯定もしない。


 ただ立っている。


 ***


 カイラの演算が、ゆっくりと回復する。


 干渉圧ゼロ。


 修正式消失。


 観測だけが残る。


「……天界式を、上書きした」


 小さく呟く。


 天界の糸が止まった理由。


 修正が打ち切られた理由。


 これ以外に、ない。


 ***


 ノウンが静かに言う。


「上位観測者、確定」


 一拍。


「介入権限、保有」


 老いた影が、わずかに苦笑する。


「大層な言い方だな」


 穏やかな声。


 だが圧は強い。


 裁定より古く、

 断罪より深い。


 ***


 グラヴィエルが、

 ゆっくりと顔を上げる。


 翼は安定している。


 白と黒が、均衡している。


 その瞳が、

 初めて、明確な畏怖を帯びる。


「……あなたは」


 声が、震える。


 老いた影は、杖を軽く持ち直す。


「久しいな」


 穏やかに。


「まだ、悩んでいるか」


 堕天使の膝が、さらに沈む。


 敵対ではない。


 圧倒的格差。


 ***


 ミリアが、低く言う。


「知り合いかよ」


 レインは、黙っている。


 胸が、静かに鳴る。


 懐かしい圧。


 何度も感じた。


 だが、ここまで露わなのは初めて。


 ***


 老いた影が、ゆっくりと視線を上げる。


 レインを見る。


 一瞬だけ。


 その目に、光が宿る。


「……育っているな」


 静かな評価。


 干渉ではない。


 確認。


 ***


 レインが、ようやく口を開く。


「……何しに来た」


 問いは短い。


 敬意も恐れも混じらない。


 ただ確認。


 ***


 老いた影は、空を見上げる。


 天界の残響が完全に消えたことを確かめる。


「見ていた」


 一拍。


「そして、止めた」


 それだけ。


 ***


 グラヴィエルが、深く頭を垂れる。


「……なぜ」


 老いた影の目が、細くなる。


「まだ決まっていなかったからだ」


 未確定。


 その一言で、全てが通じる。


 ***


 深層域に、静かな空気が戻る。


 天界は退いた。


 堕天は残った。


 未確定も残った。


 そして。


 観測者が、ここにいる。


 ***


 ピコが、ぽよ、と近づく。


「……おじいちゃん」


 老いた影が、わずかに眉を上げる。


「おや」


 一拍。


「そう見えるか」


 柔らかな声。


 だが圧は消えない。


 ***


 ミリアがぼそりと呟く。


「……絶対ただの爺じゃねぇ」


 誰も否定しない。


 ***


 レインは、まだ名を呼ばない。


 だが分かっている。


 この人は、


 ただの観測者ではない。


 天界と堕天の、その間に立てる存在。


 ――そして。


 育てた側。


 深層域は、静まり返っている。


 崩壊は止まり、

 削除圧も消えた。


 残るのは、

 未確定のまま立つ堕天と、

 老いた観測者。


 ***


 グラヴィエルが、

 ゆっくりと口を開く。


「……ジル」


 名を、呼ぶ。


 空気が、僅かに震える。


 老いた影が、肩をすくめる。


「その呼び方は、久しいな」


 穏やかな声。


 だが天界側の圧とは、

 質が違う。


 重い。


 深い。


 そして、自由だ。


 ***


 ミリアが眉をひそめる。


「ジル?」


 レインは、黙っている。


 知っている。


 だが、まだ口にしない。


 ***


 エルドが低く言う。


「ただのジルじゃねぇだろ」


 老いた男は、軽く笑う。


「ただの、でいたいものだ」


 一拍。


「だが上は、そう扱わん」


 上。


 その一言で、空気が冷える。


 ***


 リュカが視線を細める。


「天界の中枢に干渉できる存在……」


 一拍。


「上位権限保持者」


 老いた男は否定しない。


 肯定もしない。


 ***


 カイラが、小さく呟く。


「さっきの干渉停止……」


 天界の糸を止めた。


 修正を打ち切った。


 それは、観測だけでは出来ない。


 上書き。


 同格か、それ以上でなければ。


 ***


 ノウンが静かに告げる。


「天界長の命令系統、無視」


 一拍。


「通常個体では不可能」


 老いた男が、少しだけ目を細める。


「通常、か」


 ***


 グラヴィエルが、

 深く頭を垂れる。


「……セラフィエルは、まだ」


 その名が落ちた瞬間。


 空気が変わる。


 天界の長。


 現行秩序の頂点。


 ***


 ジルと呼ばれた男は、

 わずかに視線を上げる。


「健在だ」


 一拍。


「相変わらず、整えるのが好きだ」


 皮肉でも嘲りでもない。


 事実。


 ***


 ミリアが低く言う。


「そいつが、さっきの糸か」


 レインが小さく頷く。


「干渉の根」


 天界長セラフィエル。


 全域確定を志向する秩序の中心。


 ***


 ジルが、レインを見る。


「まだ届かん」


 静かな声。


「だが、触れたな」


 完全模写理解。


 位相越しの接触。


 天界式への干渉。


 育てた理由が、そこにある。


 ***


 レインが問い返す。


「見てただけか」


 短い言葉。


 怒りはない。


 確認。


 ***


 ジルは、ほんの僅かに笑う。


「見ていた」


 一拍。


「手を出すかどうかは、迷った」


 その言葉で、

 全員が理解する。


 本気なら、

 もっと早く止められた。


 ***


 エルフィナが、小さく息を飲む。


「試してたんですか」


 ジルは否定しない。


「試したのは、お前たちではない」


 一拍。


「“未確定”が残るかどうかだ」


 空間が静かになる。


 ***


 ピコが、ぽよ、と近づく。


「……おじいちゃん、こわくない」


 ジルが目を細める。


「そうか」


 柔らかい声。


 だが。


 その奥にあるのは、天界と対峙できる存在の圧。


 ***


 グラヴィエルが、低く言う。


「あなたは……」


 言葉を選ぶ。


「まだ、名を名乗らぬのですか」


 ジルが杖を軽く回す。


「名は多い」


 一拍。


「だが今は、ジルでいい」


 真名は伏せたまま。


 だが、匂わせは十分。


 ***


 レインの胸が、静かに鳴る。


 この人は。


 ただの治療者でも、

 ただの師でもない。


 天界長と対話できる位置。


 堕天が膝を折る存在。


 そして。


 自分たちを、育てた側。


 ***


 ジルが、深層域を見回す。


「さて」


 一拍。


「続けるか?」


 その問いは、

 戦闘ではない。


 選択でもない。


 未確定を、どう扱うか。


 深層域は、まだ半壊のまま。


 だが崩れない。


 天界の糸は消え、

 削除圧もない。


 未確定は、残った。


 ***


 ジルが、ゆっくりとグラヴィエルの前へ歩く。


 杖の音は、静かだ。


 だが一歩ごとに、

 空間が落ち着いていく。


「立て」


 命令ではない。


 促し。


 ***


 グラヴィエルは、迷う。


 だが立つ。


 白と黒が混ざった翼が、

 かすかに震える。


「……私は」


 一拍。


「未確定を、恐れた」


 否定しない。


 隠さない。


 それだけで、もう違う。


 ***


 ミリアが、剣をゆっくり下ろす。


「だったら、まとめんな」


 短い言葉。


 責めない。


 ただ事実。


 ***


 エルドが盾を肩に乗せる。


「全部守るな」


 それだけ。


 完全秩序を、否定する。


 ***


 エルフィナが、小さく頷く。


「切れても、繋ぎ直せます」


 未確定は、破綻ではない。


 再接続の余地。


 ***


 リュカが淡々と言う。


「断定は、怠慢だ」


 一拍。


「観測は、続ければいい」


 未来は固定しない。


 見る。


 それだけ。


 ***


 カイラが、静かに言う。


「最適じゃなくても、進める」


 誤差を抱えたまま。


 それでも。


 ***


 ノウンが告げる。


「未定義は、排除理由にならない」


 それは結論。


 ***


 ピコが、ぽよ、とグラヴィエルに近づく。


「……いなくならなかったね」


 一拍。


「それで、いいよ」


 未定義が、肯定する。


 ***


 グラヴィエルの翼から、

 黒が少しだけ薄れる。


 白も、完全ではない。


 だが安定している。


「私は……」


 一拍。


「断罪を、やめる」


 完全裁定でも、

 全域削除でもない。


 選ばない。


 確定しない。


 堕天は、未確定のまま立つ。


 ***


 ジルが、わずかに口元を緩める。


「それでいい」


 静かな声。


「お前は、戻らなくていい」


 天界へも、

 断絶へも。


 ***


 レインが、問いを投げる。


「……あんたは、何を見てる」


 短い。


 だが核心。


 ***


 ジルは、しばらく黙る。


 深層域を見渡し、

 天界の消えた空を一瞬だけ仰ぎ、

 そしてレインを見る。


「可能性だ」


 一拍。


「確定に抗える可能性」


 それだけ。


 ***


「だから育てた」


 淡々と。


 理由を誇らない。


 説明もしない。


「天界は、整える」


 一拍。


「整えすぎる」


 その先は言わない。


 だが、全員が察する。


 ***


 レインは、黙る。


 怒りも感謝もない。


 ただ理解する。


 自分たちは。


 “対抗手段”として育てられた。


 だが。


 それでも。


 立つかどうかは、自分で決める。


 ***


 ジルが杖を軽く叩く。


 深層域の崩壊が、完全に止まる。


 修復ではない。


 維持。


 未確定のまま。


 ***


「今日は、ここまでだ」


 ジルが言う。


「深層は、まだ先がある」


 一拍。


「だが今は、進まん方がいい」


 忠告か。


 助言か。


 強制ではない。


 ***


 グラヴィエルが、レインを見る。


「……私は」


 迷う。


「ここに残る」


 未確定のまま。


 断罪者でも裁定官でもない。


 堕天でも天使でもない。


 深層域の守り手。


 それも、確定しない。


 ***


 ジルが、最後にレインへ視線を向ける。


「まだ足りん」


 一拍。


「だが届く」


 それだけ。


 次の位相へ届くかどうか。


 試すのは、まだ先。


 ***


 老いた観測者の姿が、

 ゆっくりと薄れる。


 位相を、抜ける。


 干渉を終える。


 残るのは。


 未確定の深層域と、

 立ち続けるノーリトリート。


 ***


 ミリアが、ようやく息を吐く。


「……なんだよ、あの爺」


 誰も、即答しない。


 だが全員、分かっている。


 ただのジルではない。


 ***


 レインが、静かに言う。


「まだ、呼ばなくていい」


 名は、伏せる。


 真名は、まだ。


 ***


 深層迷宮《アビスレイヤーⅤ》。


 天界は退いた。


 堕天は残った。


 未確定は守られた。


 だが。


 対立軸は、明確になった。


 整えすぎる天界と、

 確定を拒む存在。


 その間に立つ者たち。


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