第5話 撲滅作戦会議
『太陽の石』の女将さんの朝は早い。鶏が鳴く前に起床し宿にいるお客全員分の朝ごはんの支度を始める。いつものように寝間着から着替えていると玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「こんな朝早くから新聞かしら?牛乳屋さんにしては早いし・・・」
女将さんが扉を開くと見慣れぬフードを被った男が立っていた。その男は女将さんに手紙を渡すとさっさと去っていった。
「これは・・・」
女将さんは手紙を見ると朝ごはんの支度を忘れて階段を駆け上った。
その日の冒険者ギルドはいつもより騒がしかった。なぜなら朝から各地方各都市にいるはずの金級冒険者パーティーがここギルド本部へ集結しているからだ。
なにやらギルド本部が緊急会議を開いたらしくその招集に呼ばれたからだ。
ゼノは今朝『太陽の石』に届いた手紙をもってギルド本部へ足を踏み入れた。
「朝から会議だなんて俺は役立たねえと思うけどな・・・」
実は白金級のゼノにも招集が来ていたらしく早朝女将さんに叩き起こされてた。
会議室の扉を開けると既に金級のメンバーが揃っており、ゼノは司会から一番離れた席に座った。
ほどなくしてロングスカートのダークエルフが会議室に入ってきた。このダークエルフはギルドマスターの秘書で続けざまにギルドマスターが入ってきた。秘書が
「皆様集まられましたのでギルド緊急会議を始めたいと思います。」
と高らかに宣言した。ゼノは周りからの視線に気配を消そうと必死になっていた。
「今回皆に来てもらったのは長期に及ぶかもしれないクエストを受けてもらいたいからだ。」
ギルマスが秘書に目配せをした。秘書は魔道具を使い大きな映像を流した。そこに映っていたのはどこかのダンジョン内で冒険者たちが同士討ちをしている様子だった。よく見るとその冒険者たちはどこか様子がおかしく、仲間に斬られているのにもかかわらず高笑いしている異様な光景だった。映像の最中手が挙がった。
「ギルマス!この映像はなんでしょうか!」
挙手したのは金級パーティー「銀の天秤」のサブリーダーだった。「銀と天秤」といえば転移者ヤマムラカズトを中心とした新進気鋭の冒険者パーティー騎士団出身者も多く実力ある集団で次期白金候補として名が挙げられている。
「これは先日違法魔道具で壊滅したパーティーの映像だ。最近禁止魔法が施された魔道具が冒険者の間で出回っていてな。単刀直入に言うと君たち金級白金級で魔道具を回収、使用者を取り締まってほしい。」
会場の空気が変わる。秘書がバッグから魔道具を取り出した。
「これは一昨日逮捕された『花畑の祈り』製の違法魔道具です。高い能力が得られる代わりに高い依存性と廃人化を引き起こす力を持っています。」
「これはゼノが見つけて取り締まってくれたものだ。大手柄だ。よくやった!」
全員の視線がゼノに集まる。ゼノは隠れるように帽子を深くかぶった。
「すごいじゃない~さっすが白金サマはちがうわあ~」
隣にいた金級パーティー「蒼いサソリ」の女リーダーがにじり寄ってきたのでゼノは体ごと隣へ移動した。ギルマスはゴホンと咳ばらいをして
「なので君たちには他パーティーへの捜査権限を付与して使用者の取り締まりと裏で糸を引いている黒幕への調査を申し出たい。これは全冒険者の命にかかわることだ。頼れるのは君らだと私が判断した。」
すると二つ手が挙がった。
「『星の庭園』のエルトです。僕たちは今ダンジョン攻略を進めていて捜査を優先しなければならないのでしょうか?」
「ダンジョン攻略や従来のクエストと並行して行ってもらいたい。なるべく複数人のパーティーで攻略を進めて怪しい行動がないか見張っててもらいたい。君たちには負担がかかるようだがこういうのは早めに芽を摘まなければならない。」
次に手を挙げたのはゼノだった。
「あの根暗と方向音痴野郎どもは会議不参加かよ。」
「おまえ・・・霊牙団と学術院のトップをそんなに言えるのお前だけだぞ。」
隣の金級パーティー「竜刻」のリーダーが引いたように言ってきた。
「霊牙団はダンジョン最深部にいるためこの場には来られないが地上に上り次第権限と事情を伝える。学術院は既に動いてて自警兵団と連携して調査している。学術院とのコンタクトはギルドを介して行ってくれ。」
「これはギルドの存続と信用にかかわる問題だ。地位と実力のある君たちにしか任せたいのだ。どうか頼む。」
ギルマスは頭を深々と下げた。冒険者の心得には恩返しはできるときにするという慣習がある。ここにいるパーティーは皆ギルマスのお世話になっているし、なによりお人よしが多い。
「任せてください!ギルマス!このクエスト遂行してみます!」
カズトが胸を叩いていった。ほかのメンバーも同意見なのかうなずく者もいた。
「ありがとう。だがくれぐれもこのことは内密に頼む。」
そうして会議はお開きになった。ゼノはさっさと出て行こうとした瞬間、
「ゼノさーん。久しぶりだし私と飲みに行かなーい?」
「蒼いサソリ」のリーダーがぬるりとゼノの腕に絡む。そこに「竜刻」のリーダーが女を引っぺがす。
「ゼノさん。お久しぶりです。今回のことなんか大変なことになりそうですね。もし困ったことがあればいつでも俺たちを頼ってください。」
「あ・・・ああ。」
「ゼノさんなら適任じゃん。あっちこっち行くし。ソロだし。」
「それよりもうちの後方職の護身をどうすべきか。対人戦は確実にある。会議を開かねばならない。」
「あーそうだった。ゼノさーん、またねー」
会議室に一人取り残されたゼノはまた椅子に腰かけた。するとギルマスがゼノの近くに寄ってきたのだ。
「やあゼノ君、こんなことになってしまったねー。楽して稼ぎたいという気持ちはよくわかるよ。でも犯罪に手を染めてはいけないことだ。」
「俺の前でよく言えますね。ギルマスさん?俺に追加の依頼でもしに来たのか?」
「察しがいいね。今回の魔道具の黒幕もしかしてギルドが手出しできない立場かもしれない。その時はわかっているね?」
「いつもどおり《《処理》》すればいいんだろ?」
「わかっているならよろしい。それでなんだけど君にもう一つお願いがあるんだよ。」
ギルマスの口から放たれた言葉にゼノは今度こそ逃げたくなった。
『太陽の石』の一室でゼノは頭を抱えていた。今朝の会議で皆の注目を浴びたことや定期的に報告会が出来たことギルマスから実質的なエースはお前だという圧をかけられたことに加え手元の資料がゼノを悩ませていた。コンコンとノック音がした。開けると夕飯をもってきた女将さんだった。女将さんの手にはクリームシチューとこんがり焼けたバゲットがあった。
「何かあったの?」
ゼノは言いたくても言えない。そんな中女将さんはゼノが持っている資料に目がいった。
「まあ!ゼノさん。あなた騎士団試験の試験官になるの?すごいことじゃない!」
この国では騎士になるために学武院というところで読み書きや武術を学び、厳しい卒業試験を経て国に使える騎士になれるのだ。厳しい試験とは学生だけで難易度が低いダンジョンを踏破するものだという。ゼノは今年度の卒業試験の試験官に選ばれてしまったのだ。
「それならお祝いしないとね。そうだゼノさん、ワインあるけど飲む?」
「ああ、今日はたくさん飲む。一本くれ。」
そういうと女将さんはお酒を取りに行くため、下へ降りた。その間ゼノはクリームシチューに口をつけた。
翌朝飲みすぎたのか二日酔いに耐えながらボードのクエストを探した。いつもだったら食堂でスープを飲み、落ち着いてきたころに採集クエストを受けるのだが引き受けたというより押し付けられた捜査クエストのためダンジョン攻略を選ぶのだった。