お城でルイルと訓練を。怒るシセリオン
高級宿に泊まった三人は豪華な食事を堪能し、大きな浴槽のある浴場で汗を流し、柔らかな寝台に横になると、ふと冷静になり──三人が顔を合わせた朝食のときにはすっかり「このまま高級宿でのほほんとしてはいけない」と、全員が意識しはじめていた。
「豪華な朝食。パンやお菓子もすばらしいですが、このままではいけないと思います」
レスティアがいつにない真剣な口調で言い出す。
「このままでは慣れない場の空気に流されて、自分がお嬢様かお姫様にでもなったような錯覚に捕われてしまいそうです!」
少女は「そうだったらいいのにな」という気持ちを隠しもせずに口にしたが、それが自分には不釣り合いなものだとも自覚しているようでもあった。
「そうだな」とシグナークは苦笑混じりに賛同する。
「もちろんこの宿のもてなしはすばらしい。しかし──俺たちは戦士だ。戦う者だ。このような高級な場所など似つかわしくない。そうだろう?」
レイラに向かって言うと、その言葉を受けた彼女はにっこりと微笑んで見せた。
「もちろんです。けれど──たまにはいいじゃないですか。このような夢のような思い出が得られても……」
そんな姉の発言に妹が注釈を加える。
「あ、姉さんは実家ではいつも、お姫様が主人公の物語を愛読していたんですよ。こう見えて玉の輿を狙っているのかも……」
そう言った妹の頬をつねる姉。
「にゃ、にゃにをしゅるんでしゅかぁ~」
そんなふうにじゃれ合う姉妹を見てシグナークはやはり、いままで彼女らに見せたことのない楽しげな笑顔を見せて、二人を安心させたのだった。
朝食を食べて「お紅茶」などを楽しんでいると、城のほうから人が派遣されて来て、三人は城へと向かうことになった。
なんと、皇帝にお目通りするよう言って来たのである。
急な呼びつけで申し訳ないと相手は言いつつ、冒険者らしい服装で構わないと言って彼らをせっつく。
「そういえば、俺の武器は折れちゃったんだよな」
手ぶらで来るよう言われたのだが、街中とはいえ武器も持たずに歩くというのは、シグナークを落ち着かない気持ちにさせた。
城門の前まで来ると、そこにはルイルが待っていた。
「やあ──無事でなによりです」
少年はシグナークの姿を見てそう声をかけて来た。
「そちらも平気だったか」
少年は苦笑いしながら「そうでもなかったです」と正直な感想をもらす。
門の向こうには護衛のグエンの姿もある。──彼は腕に包帯を巻いていた。
おそらく服の下にも包帯が巻かれているだろう。怪我の度合いではグエンの状態が一番ひどいものであった。
「それではさっそく謁見の間に向かいましょう」
少年はなんと自分が案内すると言い出した。
まがりなりにも彼は皇帝の血族であり、市民と変わらぬシグナークらに親しくするような立場にはないのだが……
少年はまったくそんな考えはない様子で三人を快く案内する。
「皇帝との謁見のあとは、午後にルディアステートの消滅と、魔剣の一振りを発見したことを祝う祝典をするんですよ」
彼はそう言いながら、その席に三人も出席するように言う。
「えっ、俺がか……遠慮したいな」
剣の魔女二人は興味がある様子だ──彼はため息をつく。
「駄目ですよ。あなたが一番の功労者とも考えられているんですから」
「いやいや、ルイルが魔女王にとどめを刺したんだろう」
「いやいや……」
「いやいや──」
二人が奇妙な譲り合い(押しつけ合い)をしているうちに、彼らは謁見の間にやって来た。
すでに皇帝がそこで待っているという。
「さあ──行きましょうか」
二人の衛兵が大きな扉を開けて四人を謁見の間へと導く。
大きな、広い空間。
敷き詰められた色とりどりの絨毯。
高い天井近くにある高窓から光が差し込み、あたりを照らし出す。
皇帝の座す、高くなった台座までの道を十人以上の衛兵が両わきに立ち並び、そのあいだを通って進む四人。
彼らこそ魔女王復活の危機から帝国を救った英雄たちだと、衛兵のあいだから拍手があがり──彼らは心なしかうろたえながらも皇帝の前へと歩いて行った。
大臣らによって謁見の手はずは滞りなくおこなわれ、彼らの勇気や戦士ギルドとの共闘に帝国としての感謝がのべられた。それらはいかにも形式的なものだったが──その後、皇帝はとうとつにシグナークに声をかけた。
「そなた、今回の戦いで剣を失ったそうだな?」
「はい」
彼は緊張してはいたが、いたって自然な態度で返答する。
「そこで──いろいろと褒美について考えたが、貴公には地位や名誉、あるいは帝国市民権などよりも、まずは剣が入り用だという話になってな。いや──もちろん貴公が帝国人民になりたいと望むのなら、すぐにでも手配しようが──」
彼は躊躇いながらもはっきりと「自分の故郷はクラドニアにありますので」と断った。
「うむ、そうであろうな。そこで何かいい武器はないかと探させてな。──もちろん皇帝の魔剣をやることはできぬ。それでめぼしい物をと街の武器屋や鍛冶屋を探させると、それならば戦士ギルドに頼むと良い、という結論に至ったらしい」
皇帝は意外にも人の良さそうな顔で楽しそうに話し出した。まだ五十代くらいの年齢だろう。にこやかに話しているのは、今回の戦いの功労者に与える武器の調達に運命めいたものを感じているからだった。
「そこでおもしろい出会いがあった。たまたまグランダイアスの戦士ギルドに来ていた冒険者の一団に、特別な武器を集めているという者たちがいてな。その者にそなたの名前を出すと、こう言われたらしい」
そう言って大臣に指示を出す。
大臣の後方から青い布に巻かれた長物を手にした官僚らしい男が現れ、大臣の横に立つ。
大臣はごほんと咳払いし、紙を読み上げながら語りはじめる。
「『ほう、シグナーク。その名前はよく知っている。──魔女王と戦った? それはなんともあいつらしい……』
そう言う相手に、その戦いでシグナーク殿が剣を折られたと説明して、新たな剣を彼に与えたいのだという皇帝の意向をお伝えしたところ。
『皇帝からの下賜で与えられる剣? それならちょうどいいのを運んでいる最中だ』
この人物はそう言ってその剣を快く譲ってくださいました」
なんでもその武器を運んでいた人物は、帝国内にある大きな地下迷宮「ゴルダルニーク魔窟」で手に入れた武器を回収したあとで、魔人アイラスの放った吸血鬼化したゴブリンや魔物から町を守る戦いにも参加したのだという。
その人物にシグナークは心当たりがあり、にやりと笑ってしまった。
「そなたはその人物に心当たりがあるだろう」
皇帝がそう言って、剣を取るよう身振りで示した。
青い布を手にした男がシグナークに近くへやって来て、青い布を解いて剣を手に取るようそれをひざまずいて差し出した。
シグナークは頭を垂れ、下賜された剣を手に取る。
それは革張りの鞘や鍔にも装飾がされた立派な作りの長剣で、長い柄が特徴的な一本だ。さすがに皇帝の面前で剣を抜くわけにはいかなかったので、この剣を鞘ばしらせてみたいという気持ちをシグナークはぐっとこらえた。
「その剣には魔法によって強化されているらしい。上級冒険者が持つのにふさわしい武器と言えるであろう」
彼は皇帝の厚意に感謝し、剣をかかげて感謝の言葉をのべた。
「うむ。二人の荒れ地の魔女も大儀であった。そなたらの活躍に対しても報奨を取らせよう。──そなたらの帝国への献身に改めて感謝する」
こうして彼らが皇帝の謝意と報酬を受ける謁見は終わった。
三人と共に謁見の間を出て行ったルイルはにこやかに「皇帝があんなにもうれしそうにしているのを初めて見ましたよ」と話す。
緊張した三人の冒険者であったが、別室で報酬の金貨(の一部)を受け取ると、「祝典のある午後まで何をしてすごせばいいのか」と悩み出した。
「ああ、それなら──シグナークさんはともかく、お二人には祝典に出るときの衣装を用意させると言っていたので、衣装合わせをお願いできますか?」
女性服の仕立ては時間がかかるでしょうから、と少年は口にした。
待合室の奥から現れたのは数名の侍女。
彼女らはお辞儀をすると、二人を衣装のある部屋まで連れ去ってしまう。
「さあさあ、シグナークさんにも晴れ着を用意してありますよ」
ルイルはそう口にし、二人は別室に向かって行ったのだった。
衣装を用意するのに女性陣は驚くほど時間をかけたが、シグナークは何着かを試着し、寸法を合わせるだけで済ませ、午後までルイルに城の中を案内されていた。
冒険者の服を脱ぎ、場内での行動に適した格式ある服装に着替えさせられたせいか、落ち着かない気分のシグナーク。
皇帝の城は大きいだけでなく、そこで働く人の数も相当なものだ。
彼らが二人で城内をうろついているときでも、ルイルの後方にはしっかりとグエンがついて来ていたが。城内の通路には官僚や侍女、貴族の姿を何度も見かけた。
「少しお手合わせ願えますか?」
そう言うと少年は裏庭までシグナークを連れて来た。そこには城にはふさわしくない訓練用の木剣が二本、柱のかげに隠されるようにして置かれていた。
「どこからそんな物を用意してきたんだか」
「ふふっ、城を守る近衛の訓練場から借りてきました」
シグナークは肩をすくめながらも、ルイル少年との剣の稽古をすることを了承した。
「いきますよ」
皇族の少年は──優れた戦士との闘いに前のめりで、いかにも若者らしい血気盛んなところを見せた。
シグナークも不敵な笑みを浮かべると、洗練された少年の剣技に真っ向から立ち向かっていく。
城の裏庭で木剣を使った稽古をしていると、庭園沿いにある通路から礼装姿の淑女やらお嬢様たちが集まり、彼らの闘いぶりを見学して、ときおり小さな声援をあげたりしている。
シグナークはルイルとの闘いで、自分の体が魔女王の魔力の影響を受け、強化されているのを──はっきりと認識した。
いまの彼は筋力の強さだけでなく、あらゆる感覚が鋭く研ぎ澄まされ、相手の攻撃の瞬間などを予測し攻撃を見切る動作も、達人の域に迫るほどの技量を示していた。
「おい、二人とも」
そこに乱暴な口調の女性に声をかけられた。──シセリオンだ。
「やあシセル。どうした?」
ルイルが愛称で呼ぶとシセリオンは嫌そうな顔をする。
「どうしたじゃない。こんな場所で剣の訓練をしている場合じゃないだろう」
彼女は怒っている様子だ。
いつもの男装をしていた彼女の後方には二人の侍女が控えていて、シセリオンを逃がすまいと待ち構えているようだった。
「なんのことかな? それよりもシセル。君はその侍女たちと行くべきところがあるんじゃぁないのかな」
そう告げるルイルに対し、彼女はかっと目を見開いて言う。
「やっぱりおまえが……!」
美しい顔を怒りににじませる。
背後にいる侍女たちがルイルに頭を下げると、彼女を連行するみたいに腕をつかみ、通路を歩いて行く。
「覚えていろよっ……ルイルッ!」
彼女の恨めしそうな声が聞こえ、周囲にいた彼女を慕う淑女たちからも「なにがあったのか」と、ルイルに声をかけてきた。
「はは……それは午後の祝典でのお楽しみさ」
ルイルはそう言うと稽古を切り上げて、汗を流そうとシグナークを誘って浴場へと向かう。
残りは四話かな?
最後までお付き合いください。




