リシュバーク内の「魔神」の痕跡
ベンデアキルスから馬で街道を進みつづけた三人は分かれ道に差しかかると、看板が指し示す道へ馬を進めた。曲がった道の先にも分かれ道があり、その十字路から舗装された石畳の道が延びている。
「リシュバークは以前にも言いましたが『クエイティーバ魔導学院』がある大きな街です。周辺には砦もあり、冒険者や兵士は日常的に街の周辺での活動をしていることが多いですね」
レイラはシグナークと並んで馬を走らせながら、これから向かう街の防備体制について簡単な説明をした。
街道の周辺には森や川や小さな湖などもある。──広々とした草原の中に、石柱が立ち並んだ場所がある。
「あれは?」
奇妙な石柱の列を見つけたシグナークが尋ねた。
「ああ、あれは──『英雄の封印柱』ですね」
「あれが? 俺が以前に見た物は、大きな一つの石柱が立っているだけだったが」
「場所によっていろいろな形があるそうですよ。塔の中に造られた封印柱もあると聞いたことがあります」
封印柱とは七英雄の一人、大魔法使いレ・リシャスが造ったという石柱のことで、ガレイレア大陸のあちらこちらに点在するこの石柱は、異界への入り口が開かれるのを防げる結界を張る触媒になっている。
この偉大な魔法使いの功績は大陸に存在する国々も無視することはできない。魔法都市レミールが定める魔法の使用に関する規定は、魔術師ギルドはもとより国家に対しても遵守を約束させ、それを守ると受け入れることではじめて魔術師ギルド(戦士ギルドもこの条約に従わない国には不参加)の協力を得られるのだ。
石畳で舗装された街道を進んだ先に高い壁に囲まれた街が見えてきた。
灰色の壁のあいだに見える門に向かって進む三頭の馬。リシュバークの街は大きく、街の面積だけなら帝都のグランダイアスにつぐ大きさを誇っている。
近くを流れる川から街に流れ込む水路が作られ、街の設備もさまざまな物がそろえられているのだ。井戸や公衆浴場など、宿屋には風呂場があるのが標準となっているくらいに、新しい文明を取り入れている街でもあった。
街には図書館もあり、帝国でも指折りの勉学の園であると言えるだろう。
学校があるために住人の平均年齢も若く、活気がある街だ。
馬を乗り入れた三人はすぐに戦士ギルドに向かい、馬をギルドに引きわたした。
ギルドの中も外も冒険者の姿を多く見かけた。中にはかなりの装備で身を固める戦士や魔法使いの姿もある。──見る者が見たら何やらきな臭い雰囲気だと感じることだろう。
「街の防備のために冒険者を集めているというのは本当のようですね」
レスティアがまわりにいる武装した連中を見て言う。
「かなりの手練れが集められているようですよ」
レイラも妹と同じく街の通りを歩く戦士たちを見ながら、以前来たときとはまるで違うと口にした。
「さて……俺たちも宿屋の手配をしておこうか。これだけ冒険者が集まっているとすると、宿屋も満杯になっているかもしれないな」
シグナークはそう踏んでいたが、安宿のほうは比較的すいていた。魔法銀階級の冒険者が集まっているとすれば、そこそこの宿屋を借りているのだろう。──彼らの感覚では宿屋自体の等級など、たいして気にもしていないのだ。
「別に、屋根があればどうでもいいですが。お菓子があれば、なおいいですね」
「横になれる寝台があれば文句はありません」
剣の魔女の二人は荒野での生活が厳しかったせいか、宿屋で文句はあまりでない。シグナークに至っては野宿でも問題ないという気質である。
宿屋に荷物を置くと、彼らはそれぞれの装備品の手入れや買い物へ向かうことになった。珍しくレイラは鍛冶屋に行って剣の手入れをするというので、シグナークとレスティアの二人で買い物に行くことになった。
と言っても回復薬や傷薬などを補充する程度で、すぐに用事は片づいてしまう。
学校からほど近い場所にある商店街を歩いていると、シグナークがいち早く菓子店を発見した。
「レスティア。この街には菓子屋があるぞ」
そう声をかけると少女は目をぎらつかせて「どこですか?」と尋ねるので、彼はやや引きながら細い路地の先を指差した。
「行ってきますね」
少女はそう残して、学生らしい少年少女の多く集まる路地へと入って行く。
魔人アイラスとの決戦間近だというのに、あの少女の普段との変わりのなさは驚嘆させられる。魔女の領域と呼ばれる危険地帯で生き抜いてきた彼女の、胆力の賜物としか言いようがない。
シグナークは一人になったので街の中を歩き回り、街の形状を頭に入れておいた。この街が魔人アイラスとの戦いの場になる可能性が高いのだ。地形を理解しておいたほうがいい。彼はそう考えていた。
クエイティーバ魔導学院の校門前に来ると、その立派な建物と大きな校庭や庭園に目を見張る。学生のための施設にこれだけの土地を開放しているとは、この街の領主が若者に期待しているのか、それとも国の発案なのか……
どちらにしてもこの街は、帝国学府の中枢を担うに足る役割を持たされているのだと理解できる。
特徴的な制服を着た生徒とすれ違いながら通りを歩くシグナーク。
馬車の停留所の近くにある場所に来たとき、彼は戦慄することとなる。
急に胸の物入れにしまった羅針盤が反応しはじめたのだ。
(なにっ⁉)
彼は思わず腰に下げた剣の柄を握りそうになる。
周囲にいる人たちを不安にさせるわけにもいかず、まずは冷静になって羅針盤の反応する方向を探りはじめたシグナーク。
するとその反応がある場所は大通りともつながる、大きな円形の道路──環状交差点──の真ん中にある四角柱型(柱の上は四角錐になってやや尖っている)の石塔に反応していた。
「どういうことだ……」
大きな黒い石塔は四、五メートルの高さがある大きな石碑らしく、芝生や灌木の植え込みの中央に建てられた不思議な──なんのために造られた物なのかわからない、奇妙な黒い石塔であった。
馬車がそのまわりをぐるりと回って、望む方向に延びる街道を目指して進んで行く。この交差点は街のほぼ中心にあり、周囲の建物は布を作り出す工場や倉庫などが多く入っている。
シグナークは馬車の通行が途切れたときを狙って石塔に近づいた。
羅針盤の針はぴーんと一方向を指し示し、石塔のまわりをぐるぐると回る彼の手の中でつねに石碑を指しつづける。
その石碑の下部に文字が刻まれていた。
<国の繁栄と安寧を願って>
──帝国建国記念碑──そうした言葉も刻まれている。
「なぜ帝国のはじまりを記す石碑から魔神に関係する力の反応が……」
シグナーク石塔を前に立ち尽くし、不気味に見えてきた黒い柱を見上げていた。
レスティアは菓子店で思うまま菓子を購入し、ほくほく顔で店を離れていた。
牛酪をたっぷりと使用したちょっと固めの生菓子と、砕いた木の実を粉末状にした物を小麦粉に混ぜて焼き上げた焼き菓子という戦利品を得て、少女はいつになく上機嫌だ。
合流してきた姉と歩きながら、少女は機嫌よくしゃべりだす。
「姉さんにも分けてあげましょう。──シグナークさんはあまり甘い物を食べない感じでしたが、木の実入りの焼き菓子なら食べられるのではないでしょうか」
「あなたののんきさは、きっと母ゆずりよ」
レイラは妹に嫌みを言いながら歩きつづける。
固めの紙に包まれた菓子を自前の手提げ袋に入れて歩いていると、少女の見覚えのある──というか、感じたことのある気配が近づいて来ていた。
「やあ」
「どうも」
少女が頭を下げた相手は、皇帝の血族にある少年だった。以前出会ったときと同じように強面の護衛らしき男を連れている。
「お菓子を買っていたのかい? そこの店のお菓子は安くて美味しいと評判らしいね。ぼくの友だちもお気に入りの店らしいよ」
そんなふうににこやかに話しかける少年。
彼からは王族や貴族といった身分の壁を感じない。レスティアは貴族や王族にくわしいわけでもないが、この少年には親近感を抱きつつあった。──だが、彼を前にしていると不思議な違和感が気になりだす。
それが彼女ら剣の魔女と同じ魔神の力を起源とすることからくるものと聞かされてもなお、少年がガルド・モールナと同じような魔力の波長を持っていることに、不安に似た気持ちになってくる。
「ところで君も魔人アイラスの討伐に参加を?」
少年はレスティアに顔を近づけ、小声で尋ねる。
「──ええ、あなたもですか」
「うん。ぼくも帝国国民の一人だからね。それにこう見えてぼくもそれなりの冒険者だし。……まあ、まだ鉄階級なんだけれどね」
少年はそう言って人好きのする笑顔を見せた。
レスティアとレイラと少年、厳つい護衛の四人で通りを歩いて大通りに出ると、そこでそこでレイラは通りをわたって来るシグナークの姿を見つけた。
「あれは──シグナークさん」
「ん?」
馬車の通りすぎたころ合いを見計らって環状交差点から、衣服を造る工場のそばに来たシグナークが難しい顔をして、円形の道路の真ん中に立つ石塔を睨みつけている。
「何か──あったみたいだね」
少年は気になったらしく、彼から話を聞こうと言い出した。




