帝国に忍び寄る影
森の中から現れた樹木の化け物が迫って来る。
「……赦しなさいっ。──アイシエア・シェーヴィ、精霊の御霊を守護する、風の守り手、秘教の理を風に囁け『風威霊刃』!」
イズアルベラが呪文が刻まれた短剣を構えて放った風の魔法が巨木の体にぶち当たり、木っ端が飛び散った。砕けた幹に立てつづけに風の刃がまとわりついて切りつけた。
『うぉォオおおぉォンん──』
樹魔精霊の胴体にあたる幹が深々と切り裂かれたが、巨木の悪霊は幹をしならせながら、ずるずると根を使って五人のほうへと向かって来ている。
「くっ……どうやら、属性魔法の効果を弱める力をまとっているみたいねぇ。精霊が魔物となっただけあるわぁ……」
などとのんきに言っているが、魔女はレスティアの後ろに隠れる。
「私を盾にするな」
「私は前衛向きじゃぁないのよぉ。知ってるでしょぉ~」
「いくぞっ」
シグナークが踏み出すとレイラも彼につづいて突進する。
枝を振って攻撃する魔精霊の攻撃を躱すと、接近した二人が巨木の側面に回り込みながら剣で斬りつけた。
挟み込んだ攻撃で幹に傷がついたが、魔精霊は根っこを槍のように突き出して反撃してくる。
レイラはその根をレスティアばりのすばやい動きで回避したが、シグナークは突き出された木の根を横に避けたと同時に剣を薙ぎ払って反撃し、その根を切断した。
しかし根を切り落とされた樹木は切れた根っこをしならせて、鞭のように彼を打ちすえた。重い一撃を受けたシグナークは後方に吹き飛ばされ、灌木の上に転がされた。
魔精霊はぎちぎちと音を立て、奇妙な動きをしながらその場で回転し、倒れたシグナークに追撃をかけようとしてきた──が、それを制止したのはレスティアであった。
彼女は剣を横に構え、刃を親指と人差し指で挟みながら呪文を唱える。
「フォート・アクト・ラザリオン、聖域に浮かぶ残月、勝利を導く光、剣霊を纏え『烈覇刃』」
剣の鍔元から切っ先まで指を動かすと、剣の刃に白色に輝く光が宿った。少女はその剣を手に魔精霊に接近し、シグナークを打とうとした根を斬り裂いて、つづけざまに枝や幹を激しい連続攻撃でズタズタにする。
『うぉあォアおぁぉォアッ』
ぐらりと揺れた大木の化け物だったが、枝で幹を守るみたいに縮こまったあと枝を振り払い、周囲に魔法による衝撃波を放つ。
バシイィィンッ──という音と共にレスティアも吹き飛ばされた。シグナークは立ち上がり剣で身を守ろうとしているが、脳を揺らすような衝撃を受けて、がくんと膝が落ちる。
「ぐっ……!」
なんとか踏みとどまった彼は、魔精霊が次の魔法攻撃をおこなおうとしているのを見抜き、前に足を踏み出すと──剣を担ぐようにして背中に刃を回し、さらに大きく一歩を踏み込んだ。
「ふうぅんっ‼」
戦技「剛斬剣」の一撃が振り下ろされた。
魔法を使おうとしていた魔精霊はその攻撃をまともに喰らい、虚から覗く赤紫色の眼球を斬撃が引き裂いた。
『ごワアァぁあぁァア──っ』
ばきばきばきっ、縦に裂けた樹木が左右に分かれて、大きな傷口から緑色の炎が噴き上がった。
ごおっと燃え上がる樹木の体はあっと言う間に炎に包まれて灰となる。
魔精霊の灰の中には朱色と緑色の二つの結晶が残されていた。
「精霊石か」
戦闘を後方から観察していた探索者がもらす。
精霊の力を秘めた特殊な石だ。ここまではっきりと結晶化した(不純物の少ない)精霊石は珍しい。
レスティアはそう言いながら石を拾い、シグナーク手渡した。
「ん?」
「精霊石は貴重な物です。倒した人がもらえるのが一般的だと思いますが」
手渡された石を見つめ、シグナークは少し考え込んだ。
「そうだな──しかし、俺は精霊石の恩恵を受けられないからな。精霊石はさまざまな魔法の力に影響するというじゃないか。一部には幸運をもたらす効果があるなどと言われているらしいが」
「精霊石は魔法使いへの贈り物としてもよろこばれるわよぉ~」とイズアルベラが口にする。
シグナークは手にした二つの精霊石をレスティアに渡し、ゼシルレイラとレスティアにやろうと申し出た。
「……いいのですか?」
「ああ。今回のアイラスの討伐のことを考えると、魔法を使える二人に持っていてもらうほうが恩恵がありそうだからな」
レスティアは礼を口にして、姉とどちらの石をもらうかの相談をはじめる。
「あらあらぁ~それよりもぉ、村のほうに戻りましょうよぉ」
魔女はそう言いながら銀の短剣を鞘に納めた。
二人の剣の魔女も武器を納め、まずは村へと帰還するために森を移動することにした。
探索者が来た道を引き返しながら「まさか魔精霊が出現するなんて」と驚きを隠せないでいる。
あの樹魔精霊が強力な魔法を使う前にしとめられたのは幸いだった。
魔精霊の恐ろしさはその強力な魔法にあると知られている。
彼らは無事だったことをよろこびつつ森の中を歩きつづけた。
村に戻るとさっそく兵士を束ねる部隊長に話しかけ、イズアルベラが残留思念から読み取ったことを話して聞かせる。
「あの裂けた樹木の中にいたのは魔人アイラスで間違いないわぁ。あの周辺に落ちていた骨は、アイラスが餌食にしてきた動物や人間の物よぉ。アイラスは魔術を使って木の中に隠れ、周囲の木々からも精気を吸い上げて生きながらえていたのねぇ」
そう説明し、さらに法衣の魔女はそこで起こったことを話す。
「この近くの村で行方不明になった男。そのうちの一人がアイラスによって吸血鬼化し、その男はここから遠く離れた岩壁山脈まで駆けて行って、洞穴の中に落としたままになっていた魔女王の首飾りの封印を解いた。
そして男の体を使って魔女王は町や村の人間を襲って、魔力や生命力を確保していたのねぇ。けれど──村人の体では不十分だったのでしょう。魔女王は衰弱していて、必死の思いで配下のアイラスのところにやって来て、保護をするよう訴えたのねぇ」
そう話す魔女の言葉を聞いて、場が凍りつく。
先ほどの魔精霊も魔女王の力によって魔物化されたのだと説明するイズアルベラ。
「それでは……魔女王はもう復活し、魔人アイラスと接触したと⁉」
部隊長は驚愕の声を押し隠しながら言った。
「ええ。魔女王ルディアステートはいま魔人アイラスと行動し、奪われた力を取り戻しにリシュバークへ向かっているはずよぉ。もちろんこの場を離れてどこか暗い場所で息をひそめながら、夜になるのを待っているでしょうけれど」
宮廷魔導師補佐はのんびりした口調ではあったが、アイラスと合流した魔女王はひどく焦っていたと語る。
近いうちに必ず魔女王は、封印されたもう半分の力が隠されているリシュバークに現れるはずだと断言した。
「リシュバーク! 間違いないのですね⁉」
「ええ~部隊長さん。さっそく軍隊に報告してリシュバーク周辺の町や村を兵隊さんに守らせて?
レスティアたちは戦士ギルドに報告しに行ってくれるぅ?」
一番近い戦士ギルドのある街というとベンデアキルスだということになり、彼ら三人は急いで街に向かって馬車を走らせ、イズアルベラは帝都に戻ることになったのである。
馬車は北にあるベンデアキルスまで三人を連れて来ると、そこで馬車は帝都へ引き返して行く。この街の戦士ギルドに向かうと魔人アイラスについて説明し、急ぎリシュバーク周辺に階級の高い冒険者を集めるよう言う。
「それなら問題ありません。私たちもすでに多くの冒険者を呼び集めていますから。あなたたちもリシュバークへ向かうようお願いいたします」
ギルドの受付嬢はそう言って、リシュバークへと走らせる馬を三頭用意すると言ってくれた。
国のほうからもシグナークと二名の剣の魔女の名前がギルドに伝えられ、協力するように言われているのだと説明する。
彼らはギルドの裏手に案内され、厩舎から馬を選ぶよう言われたので健脚そうな馬を借りると、リシュバークにある戦士ギルドへの案内状のような物を渡され、休む間もなく旅立ったのである。
「さすがに対応が早いですね」
馬に乗りながらレスティアは言った。
「魔人アイラスの復活が間違いない事実だと受け入れられて、よかったですよ」
「帝国の魔導師たちが荒れ地の魔女を雇い入れているのは、魔人アイラスや魔女王ルディアステート復活について危惧していたからだろうからな。いままでは戦士ギルドの冒険者たちを送り込んで魔人アイラスを捜させたのに、返り討ちにあって行方不明になっていたのだから。それは真剣になりもする」
シグナークは冷静に分析し、過去からつづく──暗闇でおこなわれるような探索と襲撃。その暗闘の歴史が刻まれているのは戦士ギルドにとどまらず、帝国軍の中でも一部の人間には知らされていたのだろう。
必ず帝国内に古くから息づく敵を討ち滅ぼすのだという意志は、一部の人間によって受け継がれてきたのだ。
戦士ギルドの上層部にもそうした想いが受け継がれ、今日に至っているのは間違いない。
魔人アイラスと魔女王ルディアステートとは、帝国の歴史背景にいつもひそんでいる不安そのもの。
これを倒すことこそ初代皇帝ザッハレーグ・イングレルムの時代から、帝国の繁栄のかげで密かに続く悲願でもあるのだ。
魔女王はすでに魔人アイラスと行動していると断定され、三人はリシュバークに向かう。
そこで再会する人物は──




