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剣の魔女と英雄志願  作者: 荒野ヒロ
第七章 過去から未来へ息づく邪悪

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魔人アイラスの痕跡

 しらせは思いのほか早く彼らの目覚めを要求した。

 その安宿の窓は木の戸が開放されており、虫除けに乾燥した草花が吊されていた。

 シグナークの部屋を訪れたのは一羽の小鳥。

 寝台ベッドに横になっていた彼のおなかに乗ると、そこで「ピィピィ」と甲高かんだかい鳴き声をあげて彼を起こしたのだ。


「なんだ……──鳥?」

 その日は九月に入ったばかりにしては寝苦しい暑さが残る日。肌着一枚で寝ていた彼の上に乗った小鳥は、ぱたぱたと羽ばたきながら彼に起きるよううながす。

「鳥……そうか、魔女の長ヴェルカーリムの」

 彼女は鳥を自在に操ると聞いていた。もうあの首飾りから新たな情報を得て、小鳥をつかわして来たらしい。

「まってくれ……いま起きる」

 彼が小鳥を手で払うと、小鳥はその手をひらりとかわして窓枠に飛んで行き、抗議するみたいに数度──甲高い鳴き声を発して、窓の外へと飛び去って行った。


 出かける支度をしていると静かにドアが叩かれ、彼はズボンをきながら来訪者に顔を出す。

「おはようございます」とゼシルレイラを連れたレスティアが言った。

「ああ、いま行く」

 彼は武器などを手にすると二人と共に宿屋を出て行った。──まだ日が昇ったばかりの早朝。

 水色の空の遠くはまだ暗く、深い海の底めいた色合いをしている。

 ところどころに薄雲がなびいており、街の中を風が吹き抜けて女たちの髪を撫でていった。


「イズアルベラに会いに行きましょう」

 二人の剣の魔女と共に王城までおもむくと、城はかすかに慌ただしい動きを見せていた。朝早くから兵士たちが城の庭に集められ、これから遠征にでも行くみたいに荷車などを準備している。

「どうやらヴェルカーリムの情報がもう、帝国軍のほうにも伝えられているみたいですね」

 レイラは冷静にそう言った。

 イズアルベラの部屋に行くと、ヴェルカーリムからの手紙を見せられた。

 そこには「帝国領内の北西にある森。バナハイン村とキャブラム村のあいだあたりにある森に魔人アイラスが潜伏している」と、簡潔に書かれていたのである。


「行きましょう」

 レスティアは即座に口にする。

「もう軍には話を通してあるのでしょう?」

 レイラの言葉にイズアルベラはうなずきで返す。

「実はぁ、私もこれからこの──地図によると『ディガンツァの森』だと思うのだけれど、ここに向かうよう指示を受けたわぁ。だから、あなたたちに私の護衛を任せたいのぉ」

「では森までの護衛と帰り道の護衛で、一人あたり金貨一枚です」と冷たいレスティアの口調。

「高いわぁ! 同郷のよしみ価格にしてぇ!」

 イズアルベラの叫び声が部屋に木霊こだました……




 城の外に出ると庭から荷車が移動をはじめる。

 城門を通って進んで行く兵士たちはゆっくりとした足どりで、街の建物のあいだを抜けて行く。

「こちらへ」

 イズアルベラとその護衛には馬車が用意されていた。貴族の乗るような華美な装飾がなされた馬車ではなく──質素な、市民が乗っていてもおかしくない見た目の馬車に乗り込み、彼ら四名は馬車で運ばれることになったのである。


「兵士たちより先に森近くまで運びます」

 若い御者が言った。

 かなり身分の高い士官から指示を受けたのだろう。御者の横に座る男も緊張した面持おももちで地図を確認する。

 すでに早馬が出立していて、森の近くにあるとりでなどから兵士が集められ、森周辺の警戒に当たらせているらしい。


「俺たちは森に入って魔人アイラスの痕跡こんせきか、または本人を捜し出すわけだ」

 魔力を探知する羅針盤があるとはいえ、よほど近づかないとならず、捜索は困難なものになりそうだ。

 ガラガラ、ゴロゴロ、ガラゴロ、ゴロゴロ……

 車輪が地面を転がる音が響く。

 馬はかなりの早歩きで馬車を引いて進む。

 木々のあいだを抜け、草の生えた道を踏んで進み。大きな岩の横を通りすぎて行く。

 いくつかの分かれ道をすぎたころにキャブラム村に辿り着いた馬車。


 シグナークらは荷物を手にして馬車を降り、村の様子をうかがう。──そこには多くの兵士や冒険者の姿があった。早馬での報せを受けた戦士ギルドが玄人くろうとの探索者などを集め、村に送り込んだのだ。

 村周辺の調査はおこなっていたらしく、近くに異常は見られないと冒険者たちが話している。

「やはり相当森の奥に行かなければならないかもしれませんね」

 バナハイン村やそのほかの村や町から人が消えたのは何も、この森の周辺だけではないが、木こりが広範囲に広がる森の中から優れた木を探し出すとすると、相当奥地に足を踏み入れた可能性があった。

 イズアルベラが到着したのを知って、近くの砦から来た帝国軍の部隊長が彼女に声をかける。

 シグナークは二人の会話を聞くと同時に、周囲にいる冒険者たちの話にも耳を傾けていた。



「ギルドからは大した説明はされなかったが、今回の魔法銀ミスリル階級以上の冒険者に呼びかけられた号令は、やはりあのアイラスに関係するものだってもっぱらの噂だぜ」

「国境付近どころか周辺国にも強力な冒険者が集められているとか。ネメスとギアベルの二人も帝国に来るんじゃないか、なんて言われていた」

 あの半妖精の魔剣士が⁉ そんなふうに冒険者たちは噂話で盛り上がっている。

 さらにこんな話もしだした冒険者たち。

「そういえば聞いたか? 吸血鬼化したゴブリンのことを」

「ああ、ほんとかどうか知らないが、帝国周辺じゃぁそんな化け物が出没しているらしい」

 戦士ギルドから情報が各地に送られ、警戒するよう訴えられているようだ。

 冒険者たちはそんな話をしながら仲間たちがそろうと、森の奥へと探索に向かう。



 そうした冒険者たちを見ながらレスティアとゼシルレイラの二人は、森の入り口となる場所をじっと見つめている。

「何か感じるのか」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 二人の様子には何やら言い知れぬ感情があるように見え、シグナークはレスティアにそうした違和感について話すよう求めた。

「違和感……そう──ですね。なんとなくなのですが、この森には不愉快なものを感じるのです。けれどそれははっきりしたものではなく、曖昧あいまいなものなのですが」

「そうね。けれど──たぶん、ここにはアイラスもルディアステートもいないでしょう。……それもなんとなく、ですが」

 レイラもそう口にした。


 同族でもあるガルド・モールナの気配を感じているのだろうか。彼女らにしかわからないような直感が働いているのかもしれない。

「いきましょうかぁ」

 と、イズアルベラが部隊長との話しを終え、三人のもとに戻って来ると、探索者によって発見された奇妙な場所について話す。

「そこには枯れ木に囲まれた樹木があるんですってぇ。その樹木は内側から裂けたようなあとがあるらしいわぁ。しかもぉ、その周辺には獣や人の骨が大量に落ちているんだってぇ」

「そこがアイラスの隠れていた場所で当たりじゃないですか」

 レスティアは断言する。──そんな奇怪な状況にある樹木が当たり前のものであるはずがない。なんらかの異質な力が関係していたはずだ、そう訴える少女。


 四人は一人の探索者に案内され森の奥へと向かって行く。──そこはバナハイン村に近い位置にあるという。

 距離はかなり遠い。

 湿度の高い森の中。

 日の光がこぼれ落ちる森の中を進んで行く五人の影。

 近くの頭上から鳥の鳴き声やリスの鳴く声がする。


「羅針盤が……!」

 シグナークの胸元にしまった羅針盤がカタカタと音を立てはじめた。ポケットから羅針盤を取り出すと、針は彼らの進行方向を指し示し激しく振動していた。

 羅針盤と探索者に案内され、木々のあいだを抜けて辿り着いた場所は、枝葉を失い白く枯れた木が一本の樹木を取り囲んでいた。

 さらにその木の根本には砕け散った骨が無数に転がっている。──中には人間の頭骨も落ちていて、乾燥した皮膚を着た肋骨などが落ちている。

 茶色い地面には黒く染まった部分もあり、その上にまき散らされた白い骨が、彼らに無言で訴えかける。「ここは危険だ」と。


禍々(まがまが)しいものがいたのは間違いなさそうねぇ」

 枯れた樹木のある場所から空を見上げるイズアルベラ。

 シグナークが森の中にぽっかりと開いた日光の差し込む場所に足を踏み入れると、羅針盤の針はくるくると回りはじめる。

「ここには魔人の魔力の残滓ざんしがあるせいね」

 法衣ローブを着た魔女は中央にある樹木に近づき、内側から裂けて開いた幹に手をかざす。

 残留思念を読み取ると彼女イズアルベラは、はっと樹木から離れた。


「まずいわ……ここにはルディぁ──」

 そこまで口を開いたが、探索者もいることに気づいて口を閉ざす。

「まずは村に戻りましょう。もうこの近くにはアイラスはいないから」

「何かわかったのですね?」

 レイラが尋ねようとするのを制止するイズアルベラ。

「わかった。ひとまず戻ろう」

 何かを察したシグナークが村まで戻ろうとしたとき、森の奥から枝をこするガサガサという音が聞こえてきた。

 ずしんずしんと、かなり大きな何かが彼らに迫りつつある音も聞こえてくる。


 三人は剣を抜き、探索者は短剣を手にして音のする方向をにらみつける。

 枝をかき分けて現れたのは──大きな枝葉を広げる樹精霊の化け物だった。

「ばかなっ……! 樹精霊の魔物だと! 探索者はうなるように言った。

 精霊の魔物化は通常存在しないとされる。精霊がその性質を狂わせて邪悪な精霊となるときは、禁忌きんきを犯す魔術師が儀式によって精霊を狂わせたりした場合か、邪悪な神々の力の影響を受けて汚染されたときなどに限られる。

『ぅうぅうウゥうるルルリュゥぅうぅゥ……』

 奇怪な鳴き声みたいなものをあげ、朽ちた樹木の体を持つ樹魔精霊がメリメリと音を立てながら、まるで救いを求めるみたいに彼らに迫って来た。

次話はなるべく早く投稿します。

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