ヴィンツァーバルド国。旅路の苦難
三人はそこそこ人気の料理屋らしき店に入ると、一つのテーブルを囲む。
この国の料理はだいぶ帝国の影響を受けているようで、献立表に書かれた料理名は、おおよそ帝国の店でも見られた物だった。
違ったのはいくつかの料理に使われている調味料で、果物を使った甘酸っぱい物か、辛味のある野菜から作られた調味料を使った──二種類の味付けが用意されているところだ。
それと鳥肉の料理が多いのも特徴的だった。
鳥の種類だけで五、六種類くらいある。
シグナークは雉肉の揚げ焼きに馬鈴薯と小麦粉で作ったパンや、小魚の酢漬けなどを注文した。
レイラは鶉に米と卵などを詰めた料理に甘辛い味付けの焼き飯と野菜汁物を。
レスティアは子羊の炙り焼きに鰻の煮付け、馬鈴薯と小麦粉のパンと果物を注文する。
飲み物は三人とも冷紅茶だった。
「それにしても剣歯虎を抱えてギルドに入って来る人なんて、初めて見ました」
レスティアはそう言い「獣臭くてかないません」と文句を言った。
「かなり大型の相手だったから、剥製にするつもりなのだろう」とシグナークがこたえる。場所によってはギルドの壁にそうした冒険者の「戦利品」が飾られることもあるのだ。
「『鋼のギアベル』本人かどうかはわからないけれど、……確かに全身鎧で怪力という特徴はあっていたわ」
妹の「鋼のギアベル」というのは何者でしょうか、というつぶやきに姉が答える。
シグナークもその名は耳にしたことがあり、冒険者であり傭兵としても名高い、二人組の片割れの名がギアベルだと聞いたことがあった。
「二人組──ですか」
「ああ。もう一人は半妖精の男だという噂を聞いた。どちらも魔物や野盗から町や村を守った戦士ギルドの英雄として名高いらしい」
するとレイラが口を挟んだ。
「あら──私が聞いたのは、領主同士の争いがはじまったときに雇われたその二人が、戦況をくつがえすほどの働きをしたとかで──片方からは英雄と、もう片方からは魔人と恐れられたとか……」
ギアベルでないほうの、半妖精の男の魔法と剣での戦いがすさまじく、その剣士の噂のもとになっている特徴的な剣が、その人物を表す物としてよく語られているのだと彼女は言う。
「魔界からその剣を持ち帰って来ただなんていう噂があったりして……まあ、噂ですが」
その剣とは、真っ赤な刀身をした──紅玉から造られた魔剣だというのである。
「それは目立つだろうな」
シグナークもその噂は耳にしたことがあった。
その二人組の話には、いくつもの信じがたい逸話が語られており──「魔界から生還した」とか、「侵略してくる五百を超える軍勢から町を守った」とか、その二人に関する噂は絶えない。
最近はあまり耳にしなくなったが、戦士ギルドでは有名な二人である。
あまりに有名になりすぎたためか、最近は傭兵としての活動は引き受けていないとも言われている。──戦士ギルドとしては、第一級の戦士を軍事利用されたくはないだろう──(戦士ギルドの戦士は魔物や盗賊などから町を守るための傭兵であり、戦争には参加しないとなっている)
三人はそんな逸話のある冒険者たちの話をしながら食事を食べ、鐘が鳴る前に店をあとにした。
馬車の停留所に来ると、ちょうど御者が馬車の近くに現れ、見張りをしていた者と交代するところだ。
「まもなく出発しますよ」
数分後に鐘が鳴ると、乗客はすぐに集まって来た。
都市エイデルニッツの北に向かって進む馬車。街道を進んでいくつかの分岐点を通り、町の近くを通過する。
夕暮れが迫り、空の彼方が朱色に染まりはじめるころ、三人を乗せた馬車はブラスゴート国の北側にある橋をわたり、空が星空に埋め尽くされると、北の町ラツィスカに辿り着いた。
足の速い馬四頭で引いていた馬車は予定どおり、見事にその役目を果たしたのである。
シグナークは荷物を持つと、二人の姉妹を連れて町の中を歩いて行く。
「ギルドに宿屋を尋ねるべきだったか?」
そう言いながらも彼はレイラを見た。彼女が北の町まで一気に移動することを提案したのだ、一度この町へ来たことがあると考えているのだろう。
「以前泊まった宿屋は……」
視線を受けてレイラは彼に代わり先頭を歩いて行く。
馬車の停留所から少し離れた所にある、木造二階建ての宿屋があった。そこは裏庭や風呂場もある、値段の割に設備の整った宿屋として旅人から重宝されている、と彼女は説明した。
レイラの勧める宿屋に泊まることが決まった。
シグナークは小さな一人部屋に泊まり、レイラとレスティアは二人部屋に泊まる。
彼女たちは二人で風呂場へと向かって行き、その日の疲れをそこで洗い流した。
シグナークはというと──簡単な訓練で汗を流し、それから風呂場で汚れを洗い流す。冒険も戦いも無かった日は特に、訓練に力を入れざるを得ない性分の彼だ。
ラツィスカでの夜は平穏そのものだった。
* * * * *
次の朝早くにシグナークは目が覚めると、昨晩よりも暑くなりそうな空気を感じ、軽めの運動をして体をほぐすと、廊下に現れた二人の姉妹と共に食堂へ向かい──朝食を食べた。
三人は食事とお茶を愉しみながら、今日の予定について話し合う。
「この町かヴィンツァーバルドに向かう馬車に乗り、北西へ向かって移動。可能な限り目的地のガレンツァールに近づきましょう」
「姉さんはヴィンツァーバルドを抜けるのに、そんなに時間がかかると考えているのですか?」
「いわゆる『帝国の道』は途中までしかないからね。商業の中心となっている都市レッガームから先は、まっすぐな道は少ないと考えていいでしょう。湖や山を避けながら進んで行くので……たぶん、ガレンツァールに着くには──三日はかかるでしょう」
レイラはガレンツァールでの冒険も、よくおこなっていたらしい。
彼女の説明したとおりのことになった。
ガレンツァールまでの道のりは、ヴィンツァーバルドを縦断する長い道となったのである。
帝国の道がつながる都市レッガームで、登山に使えそうな靴や衣服を買いそろえると、三人は馬車を乗り継いで北西への旅をつづけたのであった。
蛇行する細い道を通る馬車や荷車を乗り継いで、都会から離れた地方にやって来ると、亜人種や獣などに襲われることも多くなった。
三人はそのあとも馬車に荷車、ときには徒歩で町や村に向かう道を通っていたが、ヴィンツァーバルドの北西に来たころに、大きな川に架けられた吊り橋をわたる予定でいた荷車が、立ち往生することとなる。
なぜなら吊り橋が川の氾濫によって流されていたからだ。
「川をわたるのは──ここから北にある、石橋を使うほかないでしょう」
荷車の持ち主である御者は引き返して村に戻ると言い出したので、三人は川の上流に向かって歩いて石橋を目指すことにした。
「ほら、私が言ったとおりにしておけば、こんな遠回りをする羽目にならなかったんですよ」
レスティアは「どうだ」と言わんばかりに得意げな様子で語る。姉のレイラは対照的にムスッとした表情をして、道なき道の先を歩く妹とシグナークのあとをついて行く。
レイラは南側を通る道の先にあるクィネア村を通過して、吊り橋に向かう最短の道を行こうと持ちかけたが、レスティアは多少遠回りになるが北側に向かって、北西にある最大の街フォスティマに向かう道を勧めたのだ。
「まさか橋が落ちているなんて……」
レイラのつぶやきにシグナークは頷き、橋の綱を確認したが、人為的に破壊された物ではなく、間違いなく川の氾濫によって引きちぎられた痕だったと告げる。
「自然現象では仕方がない。先を急ぐとしよう」
念のためにと地図を広げ、川沿いに歩いて三時間もすれば、石橋に辿り着けるだろうと二人に語り、喧嘩は止めて警戒しながら進もうと呼びかけた。
三人のガレンツァールに向かう旅は、思っていた以上に時間を費やす旅となった。川沿いは歩きにくく、ときには崖を避けるために川から離れて遠回りを余儀なくされたのだ。
獣道に近い状態の林のそばを歩けば、獰猛で体の大きな堅皮鼬に襲われ、いざ川の近くへ戻って行くと、川辺で水を飲んでいた刃爪熊に襲われる。そんな戦闘をおこないながらの旅となった。
「まったく、誰かに呪われていませんか?」
などとレスティアが愚痴る。
「だとしたら、あなたじゃないの?」
と姉が返す。
姉妹がいら立ちを隠せなくなってきていた。健脚の三人だったから良かった。ほかの者たちでは「もう歩けない」と泣き言を口にして、仲間をさらにいらつかせていただろう。
「橋が見えてきたぞ」
彼らが石橋を通って次の町オーデルに着くころには、すっかり日が暮れてしまった。
「それでは宿屋は──あちらにして、私とシグナークさんは堅皮鼬と刃爪熊の毛皮を売ってきます」
レイラは妹の言葉に従って小さな宿屋に部屋を取りに行き、二人は戦闘で得た物を戦士ギルドに持って行った。
レイラの階級章も持ち、ギルドの受付にそれを見せ、堅皮鼬と刃爪熊の分の報酬と評価得点を付けてもらう。
毛皮の買い取りを依頼したが大した金額にはならなかった、それでも二人分の宿代くらいにはなっただろう。ギルドを出て宿代へ向かうと、レイラが宿屋の前に待っていて、食事は近くの料理屋で、と言われたことを告げる。
三人はいくつかある料理屋の中から、あまり混雑していない店に入って料理を注文した。彼らは三人とも疲れ、腹が減っていたのだ。
「甘い物があれば……」
レスティアの切実そうな声が聞こえたが、献立表には書かれていない。──それは彼らにはどうにもならない。
羊肉の煮込みや、チーズをたっぷり使ったパンなどを食べ、「何かお菓子はありませんか?」と言う少女の言葉に、女給仕は「少々お待ちください」と言って厨房に下がると、焼き菓子を大皿に乗せて戻って来た。
「クランベリータルトです。このあたりではずっと昔から作られているお菓子ですよ」
給仕はそう説明しながら皿の上で切り分け、小皿の上に一切れ置く。──それを受け取ったレスティアは「感謝感謝」と食べはじめる。姉のレイラが給仕にもう二皿分を要求して銅貨を手わたす。
「ちゃんとお金を払いなさい」
姉の言葉が聞こえなかったのか、レスティアは無視して紅茶を飲む。
「どうぞ」
レイラがタルトの乗った皿をシグナークの前に置く。
「いいのか」
頷いた彼女に礼を言って一口食べると、彼は「うん」と意味ありげにつぶやき、レスティアと同じように紅茶を口にした。
「懐かしい味だ。俺の実家でもコケモモを使った焼き菓子はよく作っていたな」
すでに食べ終えてしまったレスティアが彼のタルトをじっと見ているのに気づき、シグナークは少女の前に皿を差し出すと「食べていいぞ」とこたえた。
「お口に合わなかったですか?」
レイラの言葉に「いや」と断りを入れると、彼女の妹のほうに視線を送る。
「レイラの妹はお菓子に目がないな」
「昔からなんですよ。妹の体の半分は甘い物でできているんじゃないかしら」
姉の冗談にシグナークは失笑する。
「その割に本人の心は、甘さがほとんどないな」
少女が彼と組んで冒険するようになってまだ日が浅いが、彼女がほかの冒険者からどんなふうに思われていたのかを姉に説明すると、少女はさすがに反論した。
「人を戦闘狂みたいに言っているのは誰ですか? まったく気に入りません」
「前に言っておいたでしょう。荒れ地を出たら街の人々に合わせなさいと、だからあなたはガキなのです」
そう言われた妹は「あんな軽薄な男と一緒にいた人に言われても……」と、ぶつぶつ文句を口にする。
「何か言いましたか?」
姉は彼女からお菓子を取り上げると、少女の手の届かない場所に皿を置く。
姉妹のたわいない喧嘩が刃傷沙汰にならないよう注意しながら、シグナークは宿屋へ向かうことを静かに提案するのだった。
「鋼のギアベル」ともう一人の冒険者の話は別の物語の主人公だったり……
ここで言う「半妖精」はいわゆる(ハーフ)エルフのことではなく、精霊に近い本物の妖精との間に生まれた人間、という意味です。
堅皮鼬は現実世界では「ラーテル」みたいな獣ですね。とても獰猛で、大きくはないんですが、危険な獣として新米冒険者から恐れられるような存在。まあ足は遅いので、逃げればいいんですが。




