帝国最北の町オルンタスクに向かう三人
翌朝は薄曇りの空。
すでに夏だというのにすごしやすい気温だ。
涼しくはないが──暑くはない。
宿屋に泊まっていた冒険者らと共に食堂で朝食を食べ、シグナークは薫製肉を使った目玉焼きをパンに乗せ、むしゃむしゃと食べている。
レスティアは木の実や干し果物が入った丸いパンを食べ、玉蜀黍と馬鈴薯の汁物を口にする。今日の彼女は朝から肉を食べる感じではない様子で、むっつりとした表情のまま──簡単な食事と、蜂蜜を入れた紅茶を味わっていた。
少女の不満の原因は姉の同行が理由なのだろうか? シグナークはそれとなく聞いてみたが、彼女は彼の目を──真紅の瞳でじっと見つめたあと、ぼそりとつぶやく。
「いえ、姉のことは……別に。ただなんというか──いままでがいままでだったので、いまの自分が姉の目にどう映るのか……なんて、そんなことが気になりまして」
彼は頷くと「いいじゃないか」と言う。
「単独で突っ走る戦い方は一人のときにやるものだ。仲間がいるときは仲間と共に戦う。そうした意識を持てたのは、レスティアが戦士として大きく成長した証だ」
彼は当然だと言うように少女の成長を褒め、姉にその成長ぶりを見せるいい機会だと告げた。
「う──ん、あらためてそう言われると恥ずかしいですね。……いままでの自分はそんなに自分勝手だったでしょうか」
あ──、と言葉を濁らせるシグナーク。
「まあ、荒れ地の魔女の境遇を知れば──個人の戦いに重きをおくのは、仕方がないとも言える」
と、彼は躊躇いがちに少女を擁護した。
その答えはレスティアの気に入るものではなかったが、先輩冒険者の顔を立てて反論することは控えたらしい。
「あ、そろそろ馬車の停留所に行きましょうか。結構早くから出発すると聞きましたよ」
こうして二人は部屋に戻って支度をし、停留所に向かったのだった。
停留所には二頭引きの馬車や荷車が数台待っていた。荷車には冒険者の護衛が付いているようで、冒険者が集まるのを待っている様子だ。
「皇帝領の北に位置するルーンアベリス領へ向かう馬車だよ。一人百ガルドでスクーナの町まで、百五十でその次の街オンダーガウまで連れて行くよ。さらに百八十でその次の町、ディアトーラ領のオルンタスクまで乗せて行こうじゃないか」
二人の護衛を連れた陽気な御者が言う。
そこへレイラもやって来て、三人はそれぞれ百八十ガルドを支払って、帝国の北にある町まで行くことを選んだ。
帝国を抜けるのは明日になるでしょうとレイラは言う。
彼女は帝国領内を中心に各地を旅して回っていたらしい。普段は一人で活動し、ときおりほかの冒険者と組んで行動し、迷宮などで本格的に探索活動などをおこなっていたと話す。
「ブラスゴートやクラドニアにも行きましたが、また最近こっちへ戻って来たばかりだったんです」
そこで妹と再会するとは夢にも思わなかったと話すレイラ。
お互い様ですよとレスティアは言って、馬車に乗り込み奥の席へと座る。
レイラは妹の前の席に腰かけ、対面する形を取った。
ベンデアキルスから北へ向かう者は少なかった。彼ら三人のほかに二人の男女が乗り込むと、小さな馬車は街の外へ向かって移動を始める。
馬車の中で姉と妹が、それぞれの経験した冒険などについて話し合っていると、窓硝子の外に看板が見え、分かれ道を曲がらずに馬車は、まっすぐに進んで行く。
「あの道の先はリシュバークつながる道ですね。帝国でも大きな魔法の学び舎である『クエイティーバ魔導学院』がある街として知られています」
そこの卒業生だという魔法使いと組みましたが、実戦に重きをおく学校のようですねと、レイラは説明する。
「学校には実技試験があり、生徒同士が戦うだけでなく、ときには帝国の軍隊の活動に混じって魔物の討伐をおこなったりもするらしいです」
もちろん優秀な生徒にのみ、そうした「実技訓練」が課せられるみたいですね。そんなことを話すレイラの口元はうっすらと笑みが浮かんでいた。
彼女ら「荒れ地の魔女」にとっては実戦がすべてだったのだ。実戦に投入される前の訓練期間も短く、しかも幼いころにそれをおこなっている彼女らにとっては、学生の経験する「実戦」など児戯のようなものにすぎないのだろう。
毎日が命のやりとりの中での生活……それがどれほど過酷なものだったのか、シグナークはあらためて自らの決断が正しかったと身に染みた。
故郷での──ぬるま湯に浸かったままの生活では、彼は大した冒険者にはなれなかっただろう。おそらくいまだに鉄階級にとどまるくらいの冒険者だったのではないだろうか。
彼は過酷な冒険に身を投じる決断をし、故郷を飛び出したことに満足していた。惰弱なまま観光地化した故郷の守備兵の一人として生きるより、いまのほうが何倍もいい。
二人の手強い魔女を前に──彼は、そんな思いを新たにしていた。
彼のそんな思いをよそに、馬車での旅は順調につづいていた。
馬車に揺られながらうとうとしたレスティアが、隣に座るシグナークの腕に寄りかかって眠ってしまうほどだった。
すでに皇帝領を出て、ルーンアベリス領に入り、スクーナの町を抜けて、クアルダの町へと繋がる道を通りすぎ、オンダーガウの街まで辿り着いたのである。
「お客さん。この街で少しとどまります。その間に昼食にするなり、買い物をするなりしてください」
御者はそう言って停留所に止まると、彼らを馬車から降ろす。
オンダーガウは帝国の北にある街の中では一番大きな街だ。
周辺の町や村から集まって来る人と商品。中にはいかにも田舎からやって来た人や、見慣れない商品が置かれた露天商などもあり、帝国領内だというのに、異国へ訪れたかのような雰囲気もある街であった。
「あら、これは……」
道端で藺草を編んだ敷物を広げた子供の前に来ると、レイラが声を上げた。
「おねえさん、きれいな石はいかがですか?」
たどたどしい言葉づかいで少年は言う。
少年が売っている物は、小さな色の付いた石だった。河原で拾い集めた物だろうか。それらは丸かったり、角張っていたり、色々な形や色をした石が置かれている。
「ふむ、紅玉に翡翠、これは……柘榴石か?」
シグナークは石の中からいくつかの物を言い当てたが、そのほかの石は輝石や、ただの石ころにすぎない物だ。
「これと……これはいくら?」
レスティアが少年に尋ねる。
「こっちの石は一つ、五十ガルドだよ」
すると二人の魔女は互いの顔を見合うと──その石をすべて買い取り、少年はほくほく顔で彼女らから硬貨を受け取った。
「宝石の原石を買ってどうするつもりだ」
三人は小さな食堂で遅い昼食を食べ終えると、赤や橙色に輝く宝石を見ている姉妹にシグナークが尋ねる。
「魔法の触媒にします」とレスティア。
「そうね。攻撃魔法を封じ込めれば、咄嗟の攻撃手段の一つにできるし……」
そう言いながらレイラは一つの紅玉の原石を両手で握りしめ、呪文をつぶやきながら目を閉じる。
彼女が手を開いて見せると、その手の平には──赤い宝石の中に、赤黒い紋章が入っている宝石があった。
「これで炎の攻撃魔法が封入されました。これを投げつければ小さな爆発を起こし……まあゴブリン程度なら、一撃で仕止めることができるでしょう」
ほう、とシグナークは息をもらす。そういった魔導具があるのは知っていたが、それを作り出せる人物に会ったのは初めてだった。
それにしてもこんなふうに簡単に作れるものなのかと言うと、二人の魔女は首を横に振る。
「これは……荒れ地の魔女が、魔神の力を持っているためかもしれませんね。普通は錬金術にしろ、魔法の技術にしろ、魔法陣などを用意しておこなう作業ですから」
三人は街のどこかにある時計塔の鐘が鳴るのを聞いて、慌てて食堂を出ることになった。馬車が出るのは鐘の鳴った数分後だと聞かされていたからだ。
停留所の近くの食堂で食べていたのが良かった。御者は三人の姿を見ると、そんなに焦らなくても大丈夫ですよといった身振りで示し──彼らを馬車に乗せると、ほかの数名の乗客と共に、オンダーガウを後にした。
夕暮れが迫ってくる道を進みながら、多くの人々とすれ違ったとき、御者は馬をゆっくりと進め──彼らにどうしたのかと尋ねた。
「村がゴブリンやコボルドの群れに襲われたんだ。そのときはなんとか、村にたまたまいあわせた冒険者たちが撃退してくれたんだが……」
どうやら彼らはオンダーガウに避難する途中であるらしい。
十数名の村人を護衛しているのは、村にいあわせたという冒険者だろうか? もしかすると彼らは帝都の要請で派遣された、アイラスの痕跡を探し出そうとしていた探索者の一団なのかもしれない。
「まさかアイラスの影響でゴブリン共が村を襲っているなんてことは……」
小声でシグナークが言うと、レイラも前かがみになって声を落とす。
「確かに、ゴブリンとコボルドは多くの場合対立していますから、一緒に活動して村を襲うなんて。……そういう事例が無いわけではありませんが──珍しいですよね」
避難している人の中には、修道服を着た修道女の姿も見られた。村の近くにあった修道院にいた修道女らにも避難するよう呼びかけたのだろう。
しんがりを務める冒険者は身軽そうな革鎧を身に着けた玄人の探索者らしく、鋭い眼光をして馬車の窓から覗く市民を震え上がらせていた。
その探索者を見たシグナークは、戦士ギルドもかなり本腰を入れてアイラスの探索に乗り出しているのだろうと考えた。
通りすぎて行く馬車から見えた探索者の姿は、いかにも長いあいだ危険な探索を繰り返してきた強者の気配を持っていると感じた。ゴブリンやコボルドの集団くらいなら、彼ら数人で倒すこともできたはずだ。
シグナークは探索者一団を見送りながら、一抹の不安が心の中に宿ったのを感じていた……
次話でこの章の終わりかな? 少し中途半端っぽいけど……




