荒れ地の魔女ゼシルレイラ・ヘルブランド
レスティアが姉と再会した場面。
美人なため、冒険者からももてるでしょう。
料理屋の中に入った三人。
テーブル席に座るとレスティアの姉だと言う女性はまじまじと、妹とシグナークの顔を交互に見て──「こちらは?」とレスティアに尋ねた。
「私と一緒に戦士ギルドの依頼を受けているシグナークさんです」と紹介する。
シグナークは軽く頭を下げ、姉の様子をうかがう。
レスティアと似ているかと聞かれれば、雰囲気は似ている、と答えたかもしれない。
二人は目の色と肌の色以外は──髪の色も少し違う姉妹だった。
姉は長い銀色の髪に光が当たると、かすかに薄紫色の光沢を放つ、美しく流れるような髪を持つ美女だ。
肌は透き通るほど白くなめらかで、真紅の瞳が細長い切れ長の目に神秘的な光を灯している。
身長は高く、レスティアよりも頭一つ分は優に越えている。すらりとした細身の身体だが、胸は豊かで腰つきは細く、長い足を隠すように切れ込みの入った、黒の長スカートを身に着けていた。
上着は洗練された旅用の薄い灰色の衣服で、腰の革帯には短刀が二本下げられている。
「私はレスティアの姉のゼシルレイラ・ヘルブランド。レイラって呼んでくださいね、シグナークさん」
彼女はにこやかに微笑む。
美しい女性だ。大抵の者はそう思うだろう。
シグナークの感想は、もう少し違ったものだった。
彼女はレスティアに似ているが、より正確に言うなら──レイラは、彼女たちの母親エシュクリアに似ている。そう思っていた。
仄かに香る香水の香り。
どこか幼く見えることもあるが、妖艶な表情を見せるときもある。
彼女を見ていたとき、レイラはシグナークの反応を見て──一瞬、冷ややかな笑みを口元に浮かべた。
「ふふ……エシュクリアに似ている──そう考えていますね?」
言い当てられた彼は一瞬ぎくりとしたが、なるべく平静を装いながら「ああ」と認めた。
「彼女と会ったのですか……ということは、母と寝たんですか?」
単刀直入に聞くレイラ。
シグナークは危うく手にした水をこぼしそうになる。
「いいや、……寝てないが」
レスティアが「うんうん」と大きく頷く。
「なるほど、レスティアが邪魔をしたと。それは良かったです。──危うく私たちの妹が誕生するところでした」
そんなことを言うレイラ。彼女といいその妹といい、母親のエシュクリアを名前で呼んだりと、魔女の家族関係は一般的なそれとは違うのだろうか。それともただ単に、彼女らと母親の関係が険悪な感じだからか、そんなふうに思うシグナークであった。
レイラはレスティアと話し、妹が「幻獣の試練」を受けるためにモルガ・ディナに帰ったことを聞いた。そして彼女はなぜ二人はこの街にやって来たのかと尋ねた。二人は顔を見合わせると、正直に説明することにしたようだ。……つまり、イズアルベラ依頼を受けて、北の地に向かっている最中で、その目的は魔女アイラスに関係する情報を持ち帰ることである、と。
「アイラス……本当にまだ生きているのでしょうか。ヴェルカーリムは『先見の魔眼』で見ていると言いますが、六百年前の魔女ですよ? そのあいだに発見されていない者を探すなんて──無茶だわ」
確かに、と頷くシグナーク。
しかし彼はつづけて言った。
「イズアルベラも言っていたが、異質な魔力は確かにここ帝国の周辺で確認できるらしい。アイラスの物かはわからないが、確かめることは必要だろう」
ふうん、といった感じで、彼女は屈強な戦士の男を値踏みするみたいに観察する。彼女の目にはシグナークはどのように映ったのであろうか。
「ところで、イズアルベラは元気でしたか?」
妹と仲が悪いのは相変わらずでしょうか、そんなふうに尋ねる。彼は頷きながら、皇族の協力者もいるようなので元気に、上手くやっているのではないか、といった感想を口にした。
「彼女はあんな、のほほんとした雰囲気ですが、ヴェルカーリムの後継と目されている若手ですから。魔力量も多く、魔法の技術に関しても──私はともかく、レスティアでは足下にもおよばないでしょう」
そう話す姉の言葉に鋭く噛みつく少女。
「ええ、確かに。魔法ではそうでしょう。しかし剣と強化魔法を駆使した実戦ならどうでしょうか……彼女の魔法より早く、決着をつけてみせますよ」
姉さんも気をつけてくださいね、そんなことも口にする。
「血の気の多い妹で大変でしょう。昔からこの子は一人で突っ走る戦い方をする子でしたから」
確かに、と頷いたが──彼は「最近は、仲間と共に戦うということも学んだようだが」と付け加えたのである。
「へえ──それは意外……」
姉の言葉に何かを言おうとしたレスティア。
そんな少女の背後から数人の男女が近づいて来た。
「レイラ、この子は……?」
そう言って先頭にいた軽薄そうな男が、少女の髪に手を伸ばした──次の瞬間。
「イッ……⁉」
素早く振り向いたレスティア。
男の手が止まる。
男の首に、小さな刃の先端が刺さっている。──ほんの少し。
周囲にいた男の仲間も、男自身も、突き刺さるような少女の殺気に──身動きが取れない。
「姉さん、誰ですか──この男は」
底冷えする冷たい声でレスティアが言った。
「やめなさい、レスティア。その男は私の仲間よ」
ここ一月くらいの間柄だけどね……とレイラがつぶやく。
手にしていた刃をゆっくりと下げる少女。
その刃から解放された男は首を押さえながら一歩、二歩と後退し、小声で言った。
「な、なんつう女だ……ってか、妹? レイラの妹か⁉」
後方に下がった男をじろりとねめつけるレスティア。
男のまわりにいるのは冒険者たち。
男も冒険者の一人であろう。
彼らは威圧する少女の気配にたじろいでいる。
「こんな軽薄な男と連んでいるのですか? 姉さん。荒れ地の魔女の背後に立ち、気安く髪に触るだなんて──命知らずにもほどがありますね」
「まあ、確かにね」
レイラは肩をすくめ、妹の言葉を認める。
「ごめんなさい」とシグナークに言うと彼女は立ち上がり、五人組の冒険者のところへ行き、何やら話しはじめた。
「無茶をする」
そう言ったのはシグナークであった。
少女が気安く触られるのを嫌ったとはいえ、いきなり見ず知らずの相手に刃を向けるなど、ギルドの冒険者としても、一人の女の子としてもやるべきではない。
「失礼しました。つい……これからは気をつけます」
そう言いながらどこから取り出し、またしまったのか──まるで手品のように、小さな刃を手の中から消し去るレスティア。
「意外な才能だな」
「これですか?」
少女はそう言いながらふっと手を振って、その指のあいだに小さな刃を取り出して見せる。
くるくると小さな柄の付いた刃が指のあいだで踊る。──と思って見ていると、次の瞬間には手から消え去るのだった。
「こんなことは、私たち荒れ地の魔女のあいだでは普通のことですよ。小さな武器で身を守ることも可能なように、刃の扱いは子供のころから学ばされます」
まだ子供だろう、というシグナークの言葉を故意に無視する少女。
そこへ三人分の料理と飲み物が運ばれて来た。
「せっかくです、姉の分も食べてしまいましょう」
少女は当然のようにそう言うと、姉の皿に手を伸ばす。
「意地汚い真似はやめなさい」
二人のテーブルに戻ってきたレイラ。
どうやら冒険者たちを引き下がらせることはできた様子だ。五人組の彼らは、離れた場所にあるテーブルを囲むことにしたみたいだった。
「話をつけてきました。そこで……私も二人について行ってもいいですか?」
姉の言葉に一瞬、嫌そうな顔をする妹レスティア。
「私も──アイラスが存在していると言うのなら一度、その伝説の化け物をこの目で見ておきたいですからね」
「彼らは」と、五人の冒険者をあごで示す。
「ああ……大丈夫。ここで別れることにしました。彼らはまだ魔法銀階級が一人いるだけの、未熟な若手の多いパーティでしたから……正直、重荷だと思っていたところです」
彼女はそう言うと椅子に座り、皿に乗った料理に手をつける。
鶏肉と野菜の油炒めや、馬鈴薯を使った生野菜料理、それにチーズとパン。
妹の注文した皿数よりも少ないくらいだ。
「まあ俺としては、剣の魔女が参加してくれるなら頼もしい話だ」
「決まりですね」
「私の意見は」
三人はそれぞれ自分の前に置かれた料理を食べながら、これからの予定を簡潔に話し合う。
「そう言えばレスティア。あなた、戦士ギルドでの階級は? ギルドに入ってから、それなりに経ったでしょう」
少女は姉に言われると、首に下げた階級章を取り出してみせる。
「あら、魔法銀階級になれたのね。まだ鉄あたりかと思ってたわ。人との協調も取れないあなただったから」
「まあ、魔法銀になったのはシグナークさんと出会ったあとのことですが。あのときは二人とも鋼階級でしたね」
そうだな、と応えるシグナーク。
ちらりとレイラを見ると、彼女は首から下げた革紐を指にかけ、そっと青い色の階級章を取り出して見せる。
「私はずいぶん前に魔法銀階級になったのですが、まだまだ銀階級への昇級試験を受けれるだけの評価得点が得られていないので。──やはり銀等級への昇進は厳しくなっていますね」
当然、階級を上がるたびに、その等級へ進む条件は厳しくなる。白金や金階級が少ないのは、銀階級になってから次の昇級までの──道のりの厳しさの表れだろう。
白金に至っては、数えるほどしかいないのが現状だ。
まあこの三人はそれぞれの理由から──あまり昇級に対して、熱心に取り組む類型でもなかったのだが。
彼ら三人は明日の予定を立てると、それぞれの宿屋へと戻ることにした。
レイラはこの街でも高級な部類に入る宿屋に泊まっているらしい。
「それでは明日、馬車の停留所で。レスティア、あなたはお菓子ばかり口にするのをやめなさい」
大きくなれないわよ、という姉の言葉に少女は舌を出して、「大きなお世話です」と悪態をついて別れたのだった。




