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剣の魔女と英雄志願  作者: 荒野ヒロ
第五章 古き血の怨霊

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帝都の賑わい ─初代皇帝の威光─

「おや、あなたたちは──」

 盗人を衛兵に引きわたした直後に、屈強な男と一緒にいた少年がシグナークとレスティアを見て声を発した。

 少女レスティアはその人物を見るとシグナークに「お城の通路ですれ違った……皇族の人ですよ」と小声で教える。──少女が「魔神の魔力を感じた男」と言ったのは、旅人ふうの格好をした品の良い少年だった。


 彼は鍛えられた腕をしていたが、まだまだ細身ですらりとした体つきの──線の細い印象を受ける顔立ちをした少年である。


 一方その少年の──彼の素性がわかったいまとなっては、明らかに護衛役の男である──お付きのほうはと言うと、見るからに堅気かたぎではない気配を宿した屈強な戦士の身体と、いかつい顔つきの──東大陸の武人を思わせる異国ふうの顔立ちの──大柄な男であった。


「宮殿にいた人たちですね。宮殿で冒険者の人を見るのはなかなかないので覚えてしまいました」

 少年はそう言ってにこやかに微笑ほほえむ。

 そう言われてみればこの少年とシセリオンは、どことなく似た雰囲気ふんいきを持っているとシグナークは納得した。


 少年とその護衛と思われる二人はこれから旅に向かおうかという格好をしており、皇族と護衛とは見た目だけではわからないようにしているのだろう。あるいは少年の態度を見る限り──もともと気さくで人当たりの良い人物なので、自らの身分などにこだわりを持たない類型タイプなのかもしれない。


「あなたは……」

 少年はレスティアを見るとにっこりと微笑む。

「その赤い瞳……モルガ・ディナの人ですね? イズアルベラさんに会いに来たのですか?」

 礼儀正しい少年は荒れ地の魔女の少女にも丁寧な口調で語りかける。


「ええ、まあ……ヴェルカーリム。私たちのおさからの手紙をわたしに来たんです」

 なるほどと片腕を上げて髪に触れる少年。どういうわけか片方の手にのみ手袋をしている。

 不思議な雰囲気の少年だ……シグナークはそんなふうに感じ、皇族だという少年に興味を持った様子だ。

 旅用の衣服に背負った旅(かばん)。腰から下げた剣、使い込んだ靴。そのどれもが冒険者の扱う物と変わらないのに身なりが良く見えるのは、少年の人柄のせいなのだろうか。

 レスティアは買ってきたお菓子を背嚢はいのうにしまいながら、こんなことを口にする。


「あなたは皇族の一人だというのに、あまり貴族らしくないんですね」

 そう言った少女に警戒したのは護衛の男のほうだった。周囲には多くの通行人の姿があったのであまり表には出さなかったが──少女に対して一瞬、威圧的な気配を覗かせた。

 レスティアもそのことに敏感に気づき、背嚢にしまい込む手を一瞬止めて剣の柄に手を伸ばしそうになる。


「ああ、うん。よくわかったね。──イズアルベラさんに聞いたのかい? ……それにしても、特徴のないぼくのことをよく説明できたね」

 少年はあっけらかんと言ったが、後方に控える男を一瞥いちべつとがめている様子を見せた。

 すれ違っただけの男のことを話題にするだろうかと、少年は疑問に思ったようで──いったいどんな理由があったのかを知りたがった。


「それは……この子はかんの鋭い子で、あなたの強い魔力が気になったそうですよ」とシグナークが誤魔化ごまかした。レスティアに任せると、うっかりと魔神の魔力に似ていることをしゃべってしまうかもしれないと考えたのだ。


「そう──なんですか? ぼくの魔力はそれほど強力というわけではないと思いますが……」

 変だなぁ、と言う少年。

 少し考えるようなそぶりをしたが──はっ、と気づいたような表情になる。


「あっと申し訳ない。これからぼくらはすぐに旅立たなくてはいけないんです」

 彼はそう言うと再び優しげな笑みを浮かべる。

「それではまたどこかで会えたら、そのときは──ゆっくりとお話をしたいですね」

 この国でもっとも地位の高い身分。皇帝の血縁だという少年は、市井しせいの人々がたむろする街中へ姿を消して行く。


「なんと言うか……気さくな方でしたね」

「そうだな」

 二人は少年の態度に、自分の思い描いていた王族などの──いわゆる「高貴な身分」だと語る人──に対する常識を壊された気持ちになった。

 もちろんそれはいい意味で壊されたのだが。

 彼らが細い路地から大通りに出ると急にシグナークが後ろを振り返った。人が流れて行く大通りの歩道。そこには無数の人々がそれぞれの目的に向かって歩いて行くが、シグナークはレスティアの腕をつかみ、道の端に寄って立ち止まった。


「ど、どうしたんですか?」

 レスティアは驚いて声を上げる。

 シグナークは背後からやって来る人々を観察していたが──すっと、張っていた気をゆるめ警戒を解いた。


「ああ、すまん……誰かに見られていたような──そんな視線を感じたんだ」

 気のせいとは思えないがと彼は言い、少女におかしな感じはしなかったかと尋ねる。

「いえ、特には……まさかこんな街中にアイラスがいるわけでもないでしょう。勘違いでは?」

 二人はそう話し合うと、もう少し街中を見て回ることにしたようだ。


 *****


 一方──二人を見ていた人物は確かにいたのだ。

 その人物は相手に感づかれたと悟ると、即座に歩く人の波にまぎれ込んで、彼らの横を通りすぎて行った。

 二人の横を通りすぎた謎の人物は当初の目的の人物を追いかけるため、皇族の少年とその護衛を追いかけたのである……


 * * * * *


 皇族の少年らは街の外周区にある厩舎きゅうしゃに向かうと、預けていた馬にくらを背負わせる。

 少年は馬の世話をしてくれていた子供に銅貨を数枚(にぎ)らせながら礼を言い、青毛の馬の背にまたがった。


「それにしても──グエン。街中であんなふうに威圧するのはよくないな。別に狙われたわけでもないんだ、さっと受け流す気持ちの余裕も大事だと思うけど?」


 同じく葦毛あしげの馬にまたがった男が腰から下げた剣などを気にしながら、早く門を守る兵舎に預けた武器を取りに行こうと訴える。


「このような小さな剣を帯びているせいか落ち着かないのです。それに、荒れ地の魔女の少女が敵にならないとも言い切れますまい。冒険者の中にも人に雇われ、暗殺に手を染める者がいないとも限らないのでは?」

 護衛の言葉に肩をすくめ、首を横に振ってあきれた様子を見せる少年。


「仮にそうだったとしても街中で暗殺するなら剣などではなく。──まして、さっきの少女が背負っていたような大剣ではなく──小さな刃物を持って忍び寄り、周囲の人に気づかれぬよう行動するのでは?」

「ま、そういったことを企む者がいれば、()()()()()いち早く()()()()でしょうが」

 二人は馬上でそんな話をすると馬首を巡らせ、ゆっくりと厩舎をあとにした。


 * * * * *


 レスティアとシグナークの二人は帝都の中を歩き、初代皇帝を讃える記念式典のあとに開かれている祭り会場までやって来た。

 そこは大通りにある十字路の一方向の通りが、屋台が建ち並ぶ祭りのための通りになっていた。


 陽気に騒いでいる人々の様子は、アイラスなどといった化け物がこの帝国にいるはずはないと考えている人々の集まりに見える。彼らにとって魔女王ルディアステートとアイラスの話は、遠い過去に起きたとされるお伽話とぎばなしにすぎないのだろうか? シグナークはふとそんなふうに思った。

 だが、そうとも言い切れないみたいだ。


 屋台のあいだにあった人形劇の見せ物小屋の前には──多くの子供たちが群がっており、その演目はいくつかあって看板にかかげられた演目には、ルディアステートが国を簒奪さんだつしたところからはじまり、魔女王を打ち倒すべく初代皇帝となる貴族の若者が現れ、光の魔女セルラーシェスと共に国を取り戻し、魔女王が帝国へと進めてしまった国を引き継いで行く、初代皇帝の苦悩や戦いの日々まで演じられるようだ。

 過分に初代皇帝を引き立てる物語構成になっているのはご愛敬あいきょうであろう。


「ま、どこまでが本当のことかなんて誰にもわかりませんけどね」

 そう言ったのはレスティアだ。彼女はその人形劇に登場した魔神の力を与えられた魔女「ガルド・モールナ」の子孫なのだ。何か思うところがあったのだろう、少し嫌そうな顔をしながらその演目を真紅の瞳で見ていた。


 二人は劇の途中から人形劇を離れた場所から見ていて、初代皇帝が魔女王ルディアステートから国を取り戻したところまで見て、シグナークは銀貨を取り出すと、人形劇をしている演者にそれを手渡す。

 するとその演者は胸からさげていた鞄から小冊子を取り出し、シグナークにわたして礼を口にする。


 それはどうやら初代皇帝の歴史に関する事柄が書かれた小冊子であるらしい。小さな本の最後には「帝国図書検閲(けんえつ)済み」の赤い印鑑がされていた。帝国側から配布されている物なのだろう。政府側の提示する思想矯正しそうきょうせいのための冊子なのだ。


 パラパラとページめくり、索引に書かれた魔女ガルド・モールナの項目を見てみると、そこにはこのようなことが書かれていた。




{魔女王ルディアステートによって生み出された魔神の力を有する魔女。彼女らは一度は魔女王と共に初代皇帝と戦い、争ったが──その十数年後に起きた、魔神の力に支配されたディオスカイア帝国との戦争においてファーレオンに味方し、帝国の兵士と共にこの戦いを勝利にみちびき、魔神の力に汚染された大地を封印するために荒れ地に留まり、その危険な力を封じるのに尽力している}




 シグナークはそれをレスティアに見せると、少女は「まあ、たぶんそうなのでしょう」といった感想を残し、次の店に向かいましょうと言って人形劇の前をあとにする。


 彼女には関係者としての意識があるのだろうか、六百年も前のこととはいえ、荒れ地の魔女の出生については──人々の常識の通用しない事柄が過分に含まれているのだ。




 二人はそのあとしばらくは街の中を歩いて回り、昼食がてら屋台に顔を出しては珍しい品はないかと探したり、目新しい出し物があれば覗いてみることにした。


 午後二時すぎに帝都を出る馬車を予約し、二回の鐘の鳴るのを待っているのだ。

 二時間ごとに鐘が鳴るので、それまでは祭りの様子を楽しみながら──腹を満たすため、屋台で出されている料理を食べたりして時間をつぶしていた。


 彼らは数ある屋台の中から美味しそうな料理を出している屋台を選んで、いくつかの店を梯子はしごした。そんな中でもシグナークが気に入った食べ物は、ウジャスの街で食べた物に似た──平たく焼いたパンで、味付け肉や野菜を包んだ「クァロス」という食べ物。

 手軽で、辛めの味付けが気に入ったらしい。

 それは南方から船でやって来る商人などから帝国に伝えられた料理の一つであり、最近では割と一般的ポピュラーな料理だと店員は説明する。


 レスティアが喜んで食べていた物は甘い香りがする丸い焼き生菓子ケーキ「ルゥポン」。それは紙の入れ物に入れられ、小さな串で刺して食べる変わった様式スタイルのお菓子だった。

 小麦粉に卵、蜂蜜はちみつ牛酪バターを使って作られた甘い生地の菓子を彼女は──硝子瓶ガラスびんに入れられて売られていた少しお高めの──小さな果実を煮詰めて作った瓶詰め(ジャム)を買い、それに付けて食べている。

 少女レスティアは普通の料理よりもお菓子を好んで食べていた。


 そうこうしているあいだに時間はすぎ二回の鐘が鳴らされ、二時を告げる鐘の音を聞いた彼らは馬車の停留所へ向かい、次の街への移動を開始したのである。

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