荒れ地へ向かう四人と剣の魔女
高い防壁に守られた街ナルティハルへやって来た荷車と行商。シグナークやレスティアたちはウィルクに礼を言うと、四人は宿屋へ、兵士を連れたウィルクは街に住む領主の元で泊まる予定だと言って、去って行った。
四人は宿屋で眠りにつく前に、各々の武器や防具の手入れをするよう話し合い。明日のモルガ・ディナの領域に踏み込む前の、最後の確認をした。危険な場所へ行くのだというレスティアの警告は、実に簡単な一言に表されていた。
「明日、モルガ・ディナに入って、一番近くの集落まで──おそらく日が出てから行けば、正午前には着く程度の距離ですが。多頭大蛇にしろウォルバスにしろ、危険な敵ばかりが出ると覚悟してください。まずは死なない様に全力で生き残り、集落に辿り着きましょう」
「全力で生き残る」この少女の口からそう語られるとは──誰も予想していなかった。彼女は幼少をその危険な場所ですごし、仲間の魔女たちに鍛えられながら、戦いの日常を当然のように受け入れていたのだ。
彼女が強かったのは「剣の魔女」だからというだけではない。生活のすべてが生きるか死ぬかの、危険な均衡の上でなり立っていたせいだったのである。
三人は少女の言葉を、これ以上ないほど重く受け止め。明日の冒険──あるいは、これからの彼らがさらに強くなれるか、もしくはあえなくここで死に絶えるか。その決意を試される試練が訪れることを、しっかりと胸に刻むのだった。
* * * * *
翌朝──四人は連戦の疲れも取れ、万全の状態でモルガ・ディナへ向かって行くことができた。シグナークは斧槍を売り払い、剣のみで荒れ地へ向かうことにしたようだ(レスティアからも、動きの速い敵が多いので、斧槍は向かないかも、と忠告を受けた)。食料や回復薬なども用意し街を出ると、岩山のあいだを抜けて行く──道らしい道もない、土と草の生い茂る場所を南下して行く。
「まだ荒れ地は先ですよ。もちろん、このあたりだって危険と言えば危険ですが、少しは気を張るのを抑えたらいかがですか」
レスティアは思わず振り返って、クィントゥスに言葉を投げかけた。彼女は「はっ⁉」と顔を上げて──無理に笑顔を作ろうとして失敗した。
「ごっ、ごめんごめん……。いやぁ、ちぃっと力入れすぎだよねぇ、私……」
彼女はいつになく弱気になっている。そんなクィントゥスに少女は言う。
「大丈夫ですよ、あなたはこの数日間でかなり強くなっています。今日はいままでやって来たことを信じて戦い、さらに強くなればいいんです」
少女の達観した物言いに、クィントゥスは少し複雑な気持ちになる。──妹だと思っていたら、いつの間にかお姉ちゃんになっていた──そんな感じだと後にエレミュスに、そのときのことを話したが。彼女からの返答は「クィントゥスはもう少し、自分を客観的に見られるようになるといいよ」という手厳しい言葉が返ってきたのである。
荒れ地に入る前に灰色狼の群れに出会って戦闘になった。しかし、この程度の相手では脅威になることはない。クィントゥスが「私にやらせて」と言って、三体を相手に果敢に切り込んだのだ。時間は多少かかったが、大した傷を負うこともなく決着がついた。
彼女も確かに強くなっていた。凶暴な敵意をむき出しにしてうなり声を上げる獣に囲まれても、冷静に判断し、戦うことができるようになっていた。何より彼女は悪魔たちとの苛烈な戦いの中で戦技を獲得していたのだ(「閃き」という形で身につける戦技)。
低い姿勢で盾を構え、相手の攻撃を上方へ受け流す形で相手の懐に入り込み、敵からは見えにくい下からの斬り上げをおこなう戦技だ。急所を突けばかなり強力な一撃になるだろう。
「私も頑張るから」
クィントゥスはそう言って、後衛のエレミュスを守る中衛の役割を受け持つ。
エレミュスは風の攻撃魔法を覚えたが、もう一つは戦いの中で身につけることになるだろう。守りの神官ではあるが、万が一敵に接近された時に、瞬時に迎撃できる魔法と契約したのだ。
彼女らは危険な地へ近づくにつれ緊張を感じていたが。シグナークやレスティアという強力な仲間もいるのだと自分に言い聞かせ、荒れ地へ向かって進みつづけた。
荒れ地の手前に来ると、奇妙な石柱が数本固まって立っている場所があった。レスティアはそれが、魔女たちの造った結界の触媒となっていると説明する。
「これが広大な荒れ地のまわりを取り囲む形で、何百も設置されています。中央分の周辺にも念入りに結界が張られていますが、それでもなお魔物の出現は頻繁に起こっている状態です」
レスティアは、四本の石柱の中央に立っている物が結界の大本だと説明して、その横を通りすぎる。
荒れ地に踏み込むと、乾いた空気の中に飛び込んだような気分になった。草木はほとんど見られない──荒廃した土と岩ばかりの荒野。
しかしそれ以上に、彼らは緊張でのどがからからになっているのだ。荒れ地の中には不穏な気配や、澱んだ死の匂いがこびり付いているかのようだ。
彼女らが恐る恐る進んでいると、大きな岩陰(大きい物では高さ数十メートル近くある物も)などに大きな蜥蜴や、それを追う足と首の長い大きな鳥の姿が見られた。この荒れ果てた土地にも生きている生物がいるのだと、ほっとする。
だが──ほっとしたのも束の間で、四人は大きな蠍二匹に襲われた。焦げ茶色の甲殻を持つ巨大な昆虫は、尻尾の先にある毒針で攻撃してきたが、クィントゥスが尻尾を盾で弾き返すと、シグナークが豪快な縦斬りで頭部を打ち砕き、すばやいレスティアは鋏と尻尾を切り落として、この巨大昆虫を倒すのであった。
その後は武装したゼフェク(蜥蜴亜人)三体に襲われたが、エレミュスの氷のつぶてを撃ち出す魔法で牽制した相手に次々と攻撃し、苦戦する事なく勝利する。蜥蜴亜人たちが持っていた剣や盾は鋼製のしっかりとした武器や防具で、このあたりに出没する亜人種などにも注意が必要だと再認識した彼らは、近くにある集落「煩いの七塚」に向かって進みつづける。
「集落の周辺に七つの塚があるためにそう呼ばれている小さな村ですね。他には『黒ずむ丘』や『荒廃の澱み』などと呼ばれる集落がありますが、私達が向かうのは荒廃の澱みです。ここには私たと魔女の長が住んでいます」
レスティアがそう話したところに、体の大きな犬が三匹駆け寄って来た。それらは明らかに敵意をむき出しにして彼女らを取り囲む。
「ガラクルムの猟犬、危険な相手です。こいつらを従えている狼男に似た『魔人狼ヴォルクーガ』には特に注意してください。動きに惑わされないで」
レスティアはそう言いながら周囲を警戒しつつ、一匹の猟犬の前に立つ。猟犬は低いうなり声を上げながら、じりじりと四人を追い詰める。
レスティアとシグナークが同時に動いた。猟犬が飛びかかろうと瞬間だった。皮や肉を引き裂く鈍い音があたりに響いた。
シグナークの振り上げた剣が猟犬の胴を真っ二つにして、死骸を地面にぶちまける。レスティアの攻撃は正確で、二度の鋭い突きが首と脇腹を貫いて、飛びかかって来た猟犬を地面に叩き落とす。
残りの一体が、エレミュスの前に居たクィントゥスを攻撃しようと迫った。飛びかかって来た猟犬を盾で殴りつけて地面に落とし、追撃しようとするが、身をひるがえし追撃を躱す猟犬。
彼女らの背後から、何かが忍び寄ろうとしているのを察知したレスティアが、エレミュスの背後に回り込む。
岩陰から突如姿を現して飛びかかって来たのは、大きな暗い赤毛の狼男であった。鋭い爪でエレミュスを狙おうとしていたようだが、レスティアがそのことに気づき、鋭い攻撃を浴びせて魔人狼を押し戻す。
シグナークの近くの岩陰から、もう一体の魔人狼が現れ──彼に襲いかかったが、その攻撃を見切って剣で反撃をすると、後方に宙返りして距離を取る魔人狼。
「ウ──グゥルルルゥゥ──」とうなりながら相手の様子をうかがう仕草を見せる。
危険な相手に取り囲まれ、エレミュスを中心にして三人で守りを固めると、エレミュスが全員に「堅盾」を使って防御力を高める。
猟犬に挑みかかったクィントゥスの二撃目が犬の前足を切り落とすと、首を斬ってしっかりととどめを刺し、残りは二体の魔人狼のみになった。
すると一体の魔人狼の腹部から突然、大きな剣が生え出て、地面に真っ赤な鮮血を吹き出させて倒れ込んだ。
少し離れた丘の上から現れたのは、大柄な体格の女性。簡素な革製の衣服と籠手を身に着けた彼女は、倒れた魔人狼のそばに来ると背中に刺さった大きな剣を抜いて四人に視線を送る。
「よぉレスティアじゃないか、久しぶりだな。余計なお世話かもしれないが、戦いに参加させてもらうぞ」
「余計です。そこで見ていてください」
少女は声の方を振り向きもせず、魔人狼に立ち向かって行った。少女のすばやい動きに魔人狼も身体を左右に振り、的を絞らせない──しかし少女には、まったく効果がなかった。
間合いを一気に詰めると、魔人狼が腕を振り上げて攻撃しようとした瞬間を狙い、腹部を大剣で薙ぎ払ったのだ。
痛烈な一撃が腹を引き裂いて、腰の骨を打ち砕くと、前のめりに倒された魔人狼が腹を押さえて少女を睨みつける。狼男と同様に回復力が高いのだろう、しかし骨まで砕かれたその魔物にできることは何もない。容赦のないとどめの一撃が首を叩き落として、戦闘は終了した。