危険なる魔獣との遭遇戦
その後は何事もなく、夕暮れ前にベスクアネイアの町に辿り着いた。遠くから見えていた灰色の石と、赤茶色の煉瓦の壁に囲まれた町へ入るときに通行料を取られたが、ひとり銅貨一枚で済んだ。
壁の内側は煉瓦造りの建物が多く、中には木造の物も何軒か目につく。道は土の地面の場所が多いが、煉瓦を敷き詰めたところもある。
門番の話ではこの町に戦士ギルドは無く、宿屋は大通りに二軒あるだけだと言われていた。町中に人の姿はまばらで、寂れた──とまではいかないが、人の(特に若者の)少ない寂しい町のように感じた四人であった。
この町では特に何も起きなかった。会話したのも宿屋の店主の男と門番くらいである。彼らは宿屋で一泊し、朝食と昼食用の包み(パンに具材を挟んだ物)を購入して町を離れることにした。
「びっくりするくらい何もなかったな」
「ですね」
「う、うん……」
なんと言うか、画廊に入るときに金を払ったのに、絵を一枚も見ることなく出て来たような。そんな喪失感を味わいながら──彼らは再び、南へ向けて歩き出す。
なぜ町に活気が感じられなかったか、彼らはその理由を道の先で知った。
このあたりには畑が多く、丸太などで作られた柵の中に畝がいくつも並んでいた。畑には早朝にもかかわらず多くの人影があり、畑仕事をしている姿がそこらで見かけられた。踏み固められた道のまわりには、畑へと向かう細い道がいくつも延びていて、荷車の通行も多くなっていた。
畑のある地域からはずれると、やはりどこまでもつづく草原や森が多くなってきた。離れた場所に川や湖が見えていたが、道の行く先には草原がつづいている。──と、その途中に石造りの砦が見えてきた。
大きさは大したことはない物だったが、兵士の姿が何人もあり、街道を警戒するこの国の兵士たちは──噂どおり、戦士ギルドを必要としないくらい練度の高い戦士たちが多いようだ。
ほかの国では国の抱える兵士は、他国との国境を守ったり、戦争で戦うための訓練に注力し、魔物との戦いは蔑ろにしている国が多い中、ウィザニアの兵士は、魔物の出現率が高いモルガ・ディナと隣接していることもあり、魔物との戦いを積極的におこなっているのだ。
ウィザニアの国民は王族への忠誠心も高く。そんな国の王族は男子であれ女子であれ、剣を手に取り、魔物と戦うことを求められている。この国の王家の者は皆、一様に武芸に秀でた者が多いことでも知られている。
道の先がゆるやかに曲がって森を回避する形を取っている。その道の先で荷車が何台も止まっているのが見えた。どうやら森のかげになって気づかなかったが、別の道と合流しているらしい。
数台の荷車が止まっている周辺に、兵士らしい格好をした鎧姿も何人か見える。
「何かあったのかな」
離れていてわからないが、兵士たちは慌てふためいているように見える。
四人は少し早歩きになって、その一団に近づくことにした。数十メートルの距離に来ると荷車の先、かなり離れた場所で戦闘がおこなわれているようだ。
「何かあったのですか」
エレミュスが話しかけると、若い兵士たちが盾を手に荷車を守ろうと、周辺を固めていることがわかった。
「あ、あっちに魔獣ウォルバスが出現したんです。わ、我々は荷車を守るよう言われたのですが……」
良く見ると荷車のまわりにいる兵士たちは皆、若者だった。おそらく危険な相手に未熟な兵士を投入するのをよしとしなかった者が指揮しているのだ。
レスティアは荷車のそばに背嚢を置くと、戦いへ加わるために駆け出していた。シグナークも荷袋を放ると、同じように少女のあとを追う。
「ああ、もう! ですよねぇ──!」
クィントゥスは泣き言を口にする代わりにそう叫んで、彼らの真似をして二人のあとを追う。エレミュスも覚悟を決めていたようで、すでに走り出していた。
魔獣ウォルバスは話のとおり、巨大な狼に似ていた。青白い毛を持った大きな体は、まるで陸に上がった漁船のようだとクィントゥスは思った。その獣の後方には、大きな帆(尻尾)がなびいている。
うなり声は家を揺るがす暴風に似て、周囲に恐怖をまき散らす。金色に近い色の大きな眼光は、睨まれた者が恐怖するほど、鋭い攻撃的な気配を漂わせている。太い四肢の先にある大きな鋭い爪は、城門を破るために特別に造らせた──つるはし型の破城槌を思わせた。
大きく裂けた口には、これまた鋭い牙が並び、巨大な拷問器具が生け贄となる者を待ち構えているみたいに、歯を閉じてうなると──こすり合わさった歯がごりごりと嫌な音を周囲に響かせる。
魔獣の周囲を取り囲む兵士たちは善戦していた。まだ誰も死者を出していないのだ。一人の魔術師か魔導師らしい頭巾をかぶった者が、後方から魔法を兵士たちにかけ、守っている様子だ。
レスティアは魔獣の側面にすばやく移動すると、まったく恐れる様子もなく、そのままの勢いで巨大な脇腹めがけて音もなく飛びかかり、手にした幅広の大剣を頭上に振り上げ、それを豪快に突き立てたのだ。
「グガァォォオオォオオッ!」
たまらず魔獣が苦悶の声を発し、後ろ足で地面を蹴ると、その場でどすんどすんと身体を跳ね上げて、少女を振るい落とそうともがく。
そのすさまじい動きに少女は大剣をひねりながら引き抜き、魔獣の身体を蹴って勢いよく後方に飛んで離れる。
周囲の兵士たちから「おおぉっ!」という歓声が上がる。
弓を構えた後方の兵士が矢を射かけて魔獣をさらに怯ませると、シグナークが右前足を狙って豪快な大振りを叩き込む。
魔獣が上げる苦痛の咆哮が鳴り響いた。この叫び声を聞いた獣や鳥たちは、恐れをなして声のした方向から逃げ去っただろう。
シグナークの戦技の一撃が魔獣の前足を斬り落として、戦力を格段に奪うことに成功したが、彼は魔獣が振り払った左前足の一撃で吹き飛ばされてしまう。まわりの兵士たちは彼を守ろうと、果敢に巨大な魔物へ攻撃を仕掛けたが──魔獣はまだ、戦う意志をなくしてはいない。
近くにいた兵士に食らいつこうとして大きく開いた口に、魔術師の男が投げつけた真紅の宝石が炸裂し、さしもの魔獣も大きくのけ反って横向きに転がった。
その白い腹に突撃したのはレスティアとクィントゥス。そして二人の兵士だった。四人が一斉にむき出しになった腹に各々の武器を突き立てると、魔獣の口からうめき声と共に大量の赤い血が吐き出され、深々と突き刺さった兵士の槍が心臓を貫いて、この危険な魔獣をしとめることに成功したのであった。
エレミュスは怪我をしたシグナークや、兵士たちの治療をおこなっていた。兵士たちは口々に、突然現れた冒険者たちに感謝の言葉をのべ、特にレスティアの果敢な勇姿を褒め称えた。
兵士たちと一緒にいた魔術師らしい人物がレスティアらのところへ来ると、かぶっていた頭巾を取って頭を下げた。──それは三十代前半の男で、蒼い色を含んだ銀色の髪と碧色の目を持ち、この国の人間ではない顔立ちと風貌をしていた。
「感謝するよ。正直──俺一人の手では決め手に欠けていたからね。ここの兵士たちが強いことは重々承知だけど、できれば誰ひとり失いたくはなかったから」
彼はそう口にして、自らを王宮に雇われた錬金術師だと語った。北方にある国ルグラートからウィザニアに数ヶ月前から来ていると説明し、彼自身の言によれば、そこそこ地位の高い役職に就いているらしい。
「いまは、この国の内情を知っておこうと各地を回りつつ、砦や街の防壁や環境の、錬金術的改善方法を探っているところさ」
錬金術師の「ウィルク」と名乗った男は、レスティアらに銀貨の入った皮袋を手渡した。
「戦士ギルドの冒険者がこの国で働きをしたのに、報酬が出ない──なんて噂になったら大変だからね。この国の銀貨だけど、良かったら受け取ってくれ」彼はそう言って気さくに笑う。
兵士たちが来て荷車の移動を開始すると報告を受けると、ウィルクはシグナークに行き先を尋ねた。
「ナルティハルからモルガ・ディナに。なるほど、ならちょうど良い。荷馬車でよければ乗って行くといい。俺たちもナルティハルに向かっているところだ」
四人は兵士たちに歓迎されながら荷馬車に乗り込んだ。幸いシグナークは魔獣に攻撃された傷は浅く(武器で身体を守りながら自ら後方へ飛んで、被害を最小に抑えたのだと、彼は当然のように語る)、エレミュスの回復魔法で腕に負った傷もいまは癒え、荷馬車に率先して乗り込むと、女性陣の手を取って荷台に引き上げていく。
「それにしてもさすがは『剣の魔女』と呼ばれるだけはある。小さい体で、なんとも頼もしい仲間だな」ウィルクはそうレスティアを褒め、シグナークを見る。
「剣の魔女? それはなんだ?」
「おや? 知らないのか。このあたりの人間はモルガ・ディナに住む魔女のことをそう呼んでいるよ。大昔のガルド・モールナも大きな剣を手に戦っていたという話だし。現在でも荒れ地に住む魔女たちは皆、外敵から身を守るために剣を身につけて、魔法の触媒としても杖ではなく、剣を使っておこなうと言われているよ」
だよね? という感じでレスティアを見るウィルク。少女は「ええ」とだけ応えて、剣に付いた血糊をぬぐっている。
「にしても、このあたりにまで魔獣ウォルバスに侵入されていたなんて。……周辺の村や町が心配だ」
ウィルクはウォルバスを見たのは今回が初めてだったが、兵士たちに上手く指示を出して、じわじわと追い詰めていたようだ。兵士たちも彼の魔法や錬金術で作られた錬成具による攻撃を見て、新参者の錬金術師を受け入れはじめている様子である。
「まだ彼ら護衛の兵士とは、会って数日しか立ってないからね、色々と大変なのさ。この国では錬金術は、まるで広まっていないからね。特別、錬金術に偏見を抱いていることはないけれど、新しい技術として受け入れてもらえるかは、これからの成果しだいだと──上からも言われているよ」
荷馬車に揺られながら彼らは景色を眺めつつ、ウィザニアやその周辺国のことについても話をはじめ、ザルカスとの国境付近では、いまでも小競り合いがつづいている状態だと語る。
「俺はあくまで雇われの錬金術師で、政治の問題について話す立場にはないが」と前置きしつつ、こうのべた。
「あの国は危険だと思う。何やらいかがわしい魔術師ふうの連中を招いているらしく。いまだに旧帝国の復活をもくろんでるんじゃないかと、ほかの国でも噂に上るくらいらしい」
そう言うあんたもな、みたいな目で見られていることに気づいた錬金術師は言ったものである。
「俺はいかがわしくなんてなぁい!」
南下をつづける荷車の一団は、道の途中にあった建築途中の砦に石材や木材を降ろし、魔獣の侵入があったことを伝えて、警戒を強化するよう注意を促し、再び南へ向かって馬を進める。
身軽になった馬たちだったが、道の途中で何度も魔物や亜人種の群れに襲われることとなった。レスティアたちも積極的に戦いに参加し、兵士らと共に敵を撃退すると荷馬車に乗り込む。
その道の途中で、亜人種の群れに襲われている行商の荷車を助けたりしながら、彼らは一緒に行動し、ナルティハルに向けて、薄暗くなり始めた空の下を進みつづけたのだった。
ここに登場する錬金術師は、少し前に登場した行商人の会話に出た、北方の錬金術が盛んな街から引き抜かれて来た錬金術師。ウィルクについての物語も書こうと考えてたり……




