危険な気配
入り組んだ迷宮内を奥に向かって進みつづける五人。牛頭人や中級悪魔、死霊の騎士などが行く手を阻み、幾度となく戦闘になったが──彼らはそのすべてをはね除けて、どんどん奥へ進みつづける。
かなり離れた場所でも戦闘の音が聞こえ、ほかのパーティも迷宮の奥に向かっていることがわかった。迷宮中央には砦に似た石の建物があり、目には見えぬ禍々しい空気を放って鎮座していた。
石造りの通路を進んでいるとどうしたことか、ドーファと並んで前を進むレスティアが急に歩く速度を落としはじめ、後ろから追っていたクィントゥスに支えられたのである。
「ちょっ……ど、どうしたのレスティアちゃん!」
少女は気分が悪そうに背を丸めて、床を見つめている。その表情は蒼ざめており、少女の体温が急激に低下したかのようだった。
「だ、だいじょうぶ……少し気分が悪いだけ、だから」
「そうだな、少し休んでいこう。この先から嫌な気配を感じるしな」
ドーファは曲がった道の先を睨みつけ、周辺の壁や床に聖なる灰をまいて、魔物や悪魔が近づかないようにする。
だが──この迷宮の不快な瘴気の中では、あまり効果が得られなかったらしい。曲がった道の先から一体の中級悪魔と、それに率いられた三体の土精霊の悪霊が現れたのである。
武器を構えてレスティアを守ろうとするシグナークたちを制したのは、ドーファであった。
「お前らも休んでいろ」
彼はそう言って大剣を手に、たった一人で敵の集団に突撃して行く。
後方で回復薬などを飲んでから応援に駆けつけようと、シグナークは考えていたかもしれない。ただ、それは──杞憂というものだった。
ドーファに襲いかかったどろどろの土の山が、いきなり弾け飛んだ。横薙ぎにした大剣に風の魔法が宿り、広範囲を吹き飛ばしたのだ。
三体の土精霊の悪霊がその一撃でこっぱみじんとなり、土の塊を浴びせかけられた中級悪魔のデウバイド(「魔性の三つ眼」を意味する。名前のとおり三つの眼を持つ赤い色の悪魔で、強力な催眠や数々の魔法を使う)が、よろけながらも向かって来た。剣士に手を突き出して、炎の攻撃魔法を撃ち出した。
大きな炎の塊が手から放たれたのと──ほぼ同時に爆発し、悪魔は後ろに吹き飛ばされた。さらに、その腕は切り落とされていたのである。
爆発した炎の中から飛び出したのは、剣を振り下ろした格好のドーファ。彼が炎を斬り裂きながら敵の懐へと飛び込んできたのだ。
デウバイドは石床に着地すると同時に、腹部を大剣で貫かれた。さらにその大剣を横に振り抜いて腹部を引き裂き、あっと言う間に悪魔は灰となって崩れ落ちたのである。
これが金階級の剣士……! 後方で休んでいた者たちは皆、この恐るべき実力者を心の中で讃えると同時に、自分もあそこまでなれるものだろうかと自問するのだった。
一休みしたレスティアは、だいぶ調子を取り戻した様子だ。彼女は申し訳なさそうに謝罪の言葉をのべると、つづけてこう言った。
「この先は危険な気がします。上級悪魔の力を感じるのです」
少女は何かを感じているらしい。なぜ彼女が上級悪魔のことを知っているのか疑問に思いはしたが、ドーファも危険だという意見には賛成だった。
「そうだな、この先は迷宮の中央。見えざる異界への門を封じた砦がある場所だ。危険な感じがする……お前らは引き返した方がいい」
レスティアとドーファの表情を見て、二人が真実を語っていると判断したシグナークはすみやかに応える。
「なるほど、わかりました。であれば俺も覚悟を決めて、前に進むとしましょう」
彼の言葉に迷いはなかった。レスティアも多少ふらつきながら「なら私も」と、彼について行くと申し出た。
上級悪魔の気配を感じる。という言葉に怯んでいたクィントゥスとエレミュスであるが、この困難を乗り越えるか逃げるかで、この先の自分の行く末が決まると思うと──震えるほど恐ろしかったが、ここで三人と別れて引き返すことはできそうにない。
彼女らも覚悟を決めて、足手まといにならないよう、できる限りのことをすると誓った。
曲がった道の先は再び曲がり道になり、その先に丁字路があって、その二つの通路が合流して伸びる通路の先は、いままでの通路よりも広くなっていた。
五人が先へと進んでいると、道の奥の曲がり角から現れたのは、先ほどシグナークらが接触した──女騎士が率いる四人組のパーティであった。彼らも歩き進めるたびに感じている、不快な瘴気に気づいている様子だ。
「ここは互いの力を合わせて共闘しようじゃないか、でないと生き残れないかもしれないぞ」
ドーファの言葉に、ただ黙って頷く女騎士たち。彼女もその仲間も、それなりの覚悟を持って冒険者をしているのだ。異界につながり得る門が開いてしまうかもしれないのに、おめおめと帰るわけにはいかなかった。




