無名(モブ)の欠片~その時 あの人は〈2〉~
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誰得? な視点、第2弾です。
〔薬屋視点〕
私の雇い主様は、あの後も幾度か 店に姿を見せた。私が身綺麗にしているか、調薬の手を抜いていないかなどを確認し、本格的に雇用の契約を交わす。特に命や魂は要求されなかった。契約時に明かされた若君の身分に魂が消し飛ぶ心地がしただけだ。
そして、私に作らせたい物として 若君が伴って来た“専門家”という妖艶な美人に手渡されたレシピによると……。
「化粧品……で ございますか?」
「うん。肌の弱いご令嬢やご夫人にも使える、優しい化粧品なんだって」
化粧品ならば、男の私ではなく 目の前のこの女性が作って売れば良いのではないだろうか? そう思って彼女を見れば。
「あら。私はね、この化粧品の発案者でもないし、他に仕事があるのよ。とても 興味はあるのだけどね、今の仕事を辞めるつもりは無いの。あくまで 協力者として お手伝いさせていただくわ」
「さようですか。では、その発案者様は?」
「彼女はね、妖精さんみたいに商売に向いてなくてね。無料で配布しかねないんだよ。今もそんな感じだし。だからね、僕が代わりにブランドを立ち上げてしまおうかと思って。あ、彼女自身には内緒だけど、一応 親御さんにはお伺いの手紙は出してあるよ。返事 待ちだけどね」
「はあ……」
確かに妖精では 商売には向かないだろうな。いや、人間? 親御さんなるものがいるならば人間だろう。というか、何故本人には内緒なのだろう? 私がつい、その事を聞いてしまったら。
「え? だって 後で……そう、沢山売れるようになってから“君の作ったものだよ”って言ったら面白そうじゃない。どんな反応するかな~? ってさ。きっと、びっくりすると思うんだ♪」
聞かなかった事にしよう。そんな軽い動機でいつの間にかブランドを立ち上げられる妖精殿には同情するが、きっと若君が上手く説明してくれるだろう。そう願うしかない。
その後、徐々に薬屋から化粧品屋へと移行してゆく事、化粧品は日持ちしないため 高価な保存の魔法陣と草花を刻まれた洒落た瓶に入れる事、ゆくゆくは店を改装し 独自のブランドとして売り出す事、レシピの提供や利益の配分など、細々としたことを……代理人が来ることも多かったが、話し合いの回数を重ねながら詰めてゆく。雲上人の道楽かと思ったけれど、意外と まともだ。
~*~*~*~
私がレシピにある化粧品の作り方に慣れ、工房に発注した瓶が届き、試しに香料入りの一般的な化粧品に近い物を店の片隅に並べ始めたのは年が明ける頃だった。
「売れる気配が全くないな……殿下に何と申し上げようか」
寂れた店の片隅で そこだけ艶やかな雰囲気を醸し出す瓶は、僅かながらにやって来るお客には見向きもされない。魔法の瓶を使っているので、なかなか売れない薬よりも更に高価なのだから仕方ないのかもしれないが。ああ、ほんとに 世知辛い。売れないのを私のせいにされたりしないだろうか。
カロン♪
いつぞやのように、また若君の奇襲を受ければ 今度は私の心臓が消し飛びそうなので、受け取った大金貨で真っ先に取り付けた 出入口のベルが鳴る。
「あの~、アーシャ。違うお店の方が……」
「ん。でも、このお店の寂れ具合に幻想の気配が……」
「いらっしゃ……いませ!」
来た! 噂はしていなかったが、若君が来た! 今日は護衛ではなく 同じくらいの年頃の女の子と……手を繋いでいる!? 彼女はもしや……。
「あの、でん……」
「ここは何のお店なの? 中を見ても良いかな?」
殿下と呼ぼうとした私の言葉を遮るように、彼は初めて来たような体で 話しかけて来た。
「はいっ、もちろんでございます! ささ、外はお寒かったでしょう。品は薬ばかりですが、あちらに暖炉がありますので、奥の棚からご覧ください」
「ありがとう。アーシャ、お言葉に甘えて暖炉の側に行かせてもらおうよ」
「ん」
勘の示すままに 体で化粧品を隠しながら一番遠い棚へ誘導すれば、案の定 若君はそれに便乗して奥へと女の子を引っ張って行った。……間違いない。あの子が若君の言う“妖精”殿だろう。
妖精殿は薬学に興味があるようで、思いの外 熱心に薬を見ていた。一般的なものよりも効果の高い私の特製レシピの薬に気づいたりもして(まだ幼いので簡単なものだけだが)、嬉しくなって説明をすれば、僅かに目を輝かせて ふむふむと聞いていた。若君はずっと そんな妖精殿を見ていた。なんて わかりやすい……。
「綺麗な瓶……」
そして、ついに見つかってしまった。何と説明しよう。って、あれ? それだけで妖精殿は離れてゆく。
「あの! こ、こちらは新商品なのですが、お手に取ったりはなさらないのですか?」
思わず引き止めてしまった。若君がほんの少し咎めるようにこちらを見た。しかし、是非とも この化粧品のレシピの発案者であろう妖精殿の意見も聞いてみたい。
「……ん。倒したりしたら、弁償できないから……」
「ああ、やはり……この値段では手を出しにくいですよね……」
意見以前の問題だった。若君の話では、いずれ貴族の女性たちにも販売する予定らしいが……そこそこお嬢様そうな妖精殿が この反応では、庶民にはとても売れないだろう。
「ん。小分けだったら……もう少し、手を出しやすいかも」
『え?』
私だけでなく、若君まで声を上げてしまった。いや、それよりも。
「小分け……日持ちしないものなので、保存魔法を刻んだ瓶に入れたのですが……幾つも買うのは大変かと大きめの瓶にし、一度の購入で なるべく長く使えるようにと思いまして」
「それはそれで便利。でも。少しずつ使えて……買いやすいのも嬉しい。色々と試せるし」
『……』
そっと 若君と視線を交わして頷き合う。工房に小瓶の発注をしよう。
そして、若君まで妖精殿に意見を聞き始めた。
「ねぇ、アーシャ。これ、結構 良い香りだと思うけれど、君はどう思う?」
「ん。いい香り……でも、少し強い。保湿するなら、たっぷり塗りたいから 香りはほんのりの方が嬉しい」
それから、ぽつぽつと話される妖精殿の豆知識を注意深く拝聴し、幾つかの注意点や改善点を洗い出した。
化粧水などを初めて使う時には、1滴ほど肘の裏に塗って一晩様子を見ることを勧める。たとえ佳い香りでも香料が強すぎれば敬遠されるし、弱い肌への刺激になってしまうので気を付ける。など、不調を治すという目的の薬だけを作っていた私には予想外の観点からの話を聞くことができた。
「いやぁ、よ…お嬢様のお蔭でより良いものを作れそうです。感謝いたします」
妖精殿のお手を取って礼を……言うのは身の危険を感じたので、指一本触れずに 腰を落とし、目線を合わせて礼を言う。
「いえ。薬のことを、教えていただいたので……」
そう言って恥ずかしげに目を泳がせる 表情の変化が非常にささやかな妖精殿は、確かに客商売には向かなさそうだ。
「さ、そろそろ次に行こうか。アーシャ、さっきお菓子屋さんを見かけたんだ。行ってみない?」
「ん!」
そして、若君は 常に微笑んでいて表情を読むのが難しそうに見えて、非常にわかりやすい。大丈夫ですよ、こんな小さな子に手は出さないし、この子は あなたの なんですね。わかってますから睨まないでくださいね。などと 意外と子供らしいところもある若君に、内心で少しだけ ほっこりしながら立ち上がる。
カラコロと鳴るベルを聞きながら、私はもう一度“妖精の化粧水”のレシピを手に取った。
流石に商売をするなら、主人公でも ちゃんとお代は請求するハズ。もしかしたら、請求金額が材料費くらいで「手間賃と利益は?!」というツッコミが どこぞから入るかもしれませんが( ̄▽ ̄;)
そして、おまけ編でちょろっと出てきた身の危険に対する勘が冴え渡る薬屋さん再び。今日も冴え渡っています。
少し納得の行かない部分があるので、もしかしたら 後々に修正が入る(下手したら削除する)かもしれませんm(_ _)m




