後編
「問題はァ四つ目なんスよねェ~……もう一人サキュバスが出て来るじゃないッスかァ? 垢舐め? ロリナメ? ペロメナ?」
「メロリナです!」
(ダァホ! ペロメナは触手生物の方だっつーの。って言うか垢舐めって妖怪だろーが!)
「そうそう、そのメロリナのことなんスけどォ~、変な話ィ、今のご時世ロリはマズイんですわァ。児ポ法って言うんでスかァ? 長い物に巻かれろって言うかァ、ウチもロリは自粛しとこうって言う方向で話が進んでいましてェ……」
「いやでもメロリナはロリババア、合法ロリなんですよ?」
(って言うかそんなこと言ってたら幼女キャラを、一切出せなくなるだろーが!)
「そうっスねェ~、百歩譲って合法ロリなのはまだいいんッスけどォ~……ラノベ読者って処女厨って言うんですかァ~? やっぱロリで非処女、おまけにビッチなんて言う設定はウケないと思うんですわァ。ぶっちゃけビッチが好きな読者なんていないっしょ? 本売れませんよォ?」
「いやいや、メロリナは経験豊富な先輩サキュバスって言う設定なんですよ? 非処女のビッチって言う設定を変えてしまったら、作品の根幹を揺るがすことになるので、そこも変えられない重要な部分なんですよ!」
「でしたらァロリ設定はやめてェ、ナイスバディの美女って設定に変えて貰えれば問題ないっしょ? あ、勿論オッパイはばいーんと巨乳ッスよォ!」
「済みませんが、ロリババアって言う部分も譲れません。メロリナは体がロリ、頭脳はビッチっていうギャップがウリのキャラなんですから!」
「うーん、じゃあァこうしましょうよォ~、ロリは仮の姿で、本性はナイスバディの美女って言う設定にしましょ? あ、勿論巨乳ッスよ、ここ大事なところッス」
「……分りました。そこまで仰有るのであれば、ちょっと検討してみます」
(する訳ねーだろーが! って言うか仮に大人バージョンを出したとしても、巨乳だけには絶対にしないがな!)
「お願いしゃーッス。でェ五つ目の要望なんッスけどォ……」
(ああ、締めたい……今すぐコイツの首を締めたい)
キノはガマンの限界に達しようとしていた。古の言葉風に言えばMK5と言うヤツである。だがその時――
♬~♬~
突然、ケータイの着メロが鳴り出す――
キノの方ではない。編集者――島袋の方のものである。因みに着メロはアニメ版●これのED主題歌の●風だった。
(ライバル社のコンテンツの着メロを堂々と使うとか、それっていいのか?)
「サーセン、ちょっとォ失礼しゃーッス。編集長からッス……チィーッス、しまぶーッス」
と島袋はスマホを取り出し、相手を確認してから応答する。
「……ええそうッスよォ~今ちょうどォ、サキュバスなんちゃらの作者のキノッチ、じゃなかったキノセンセーと話をしているところッス~……あ、ちょっと待って下さいィ~」
島袋は一度スマホを耳から離すと、
「センセー、ちぃーと話が長くなりそうでスんでェ、ちょーとばかし席外しまスっわァ~、サーセンッ!」
と一方的にそう告げるて、島袋はそそくさと店外に出て言ったのだった。
「はあああああああああああああ~~~ッ……」
その場に一人取り残されたキノは、大きなため息を吐くと、脱力したのだった――
✝ ✝ ✝
キノの心は既に折れかけていた――
(ガマンだ、ガマン。耐えるんだ俺! これも愛するTSを世に広める為だ……って言うか、なんでアイツは毎回なんちゃらって付けるんだ? サキュバスだけでいいだろ! わざとか? わざとなのかあれはっ?)
キノにはTSに対する大望と、それを実現させる為の尖兵たるサキュミルの書籍化と言う野心がある。そして待望の初オファーに、不安を抱きつつも喜び勇んで話し合いの場に赴いてはみたものの、無理難題とも言える出版社側の一方的な改変要求を突き付けられてしまった結果、リザードマンのギリコのように温厚な性格のキノも、これには流石にフラストレーションが溜まるのには十分な出来事だったのである。
(しかし大望を果たす為とは言え、あんな無茶な要求を呑んでまで愛する作品を改悪してしまってもいいものなのだろうか?……自分は堪えられたとしても、おそらく読者がそれを許すまい。だが――)
キレイごとだけでは世の中生きては行けない――そんな厳しい現実があると言うこともキノはよく理解していた。
(夢や理想だけでは食べていけないのもまた事実……)
スマホを取り出したキノは、待ち受け画像の中の愛くるしい飼い猫の姿を眺めているうちに、ささくれ立っていた心が安らいでいく。
(ああ、こんなクソみたいな話し合いはさっさと終わらせて、早く帰ってお前をモフりたいよ……)
『今回の書籍化のオファー、受けるつもりですニャ?』
画面の中の愛猫がキノに問いかける――
『不服なのか?』
『いえニャ……』
『今度のオファーは俺の個人的な事情から受けてはいる。しかしだ、書籍化したサキュミルをヒットさせて、コミカライズやアニメ化でもされてみろ、俺はラノベ作家として二階級特進だ。俺とサキュミルの出世はTSジャンルの人気の安定につながる』
『TSの為ニャ?』
『お前の為でもある。セレブにより近い生活ができる』
『……』
『まあ見ていろ』
『信じておりますニャ……』
✝ ✝ ✝
「サーセンッ、お待たせしたッス!」
その声にキノは、ハッとして目覚める。どうやらいつの間にかうたたねをしてしまっていたようだ。スマホの時刻を確認すると、あれからまだ十分ほどしか経っていない。そして再度、待ち受け画像の愛猫の姿を見つめる。
(今回の話を蹴って、いつ来るか分らない次のオファーを待つ、と言う選択肢もあるが……俺一人だけならば、それでも構わなかった。だが俺には養わなければならない大切な家族がいるんだ。愛するニャンコちゃんにひもじい思いはさせたくない。コイツには国産鶏肉のササミと、ビンじゃない本マグロの刺身をたらふく食わせてやりたいんだよ!)
猫の姿を網膜にしっかりと焼き付けたキノは、折れかけた心を再び奮い立たせるのだった。
そして店外から戻って来た島袋は、席に着くなり話を切り出した――
「センセー申し訳ないんスけどォ~、変な話ィちィーとばかし問題が発生したんでスわァ~」
「問題と言うと、まさか今回の話はナシになったとかですか?」
「そうじゃないんスけどねェ……センセーは武者堀茸恣サンってェ知ってるッスかァ?」
「イラストを担当したラノベが十本以上アニメ化しているって言う凄い女流絵師さんですよね?」
「そうッス~、そのビッグネームの絵師サマなんスけどォ。実はサキュバスなんちゃらのイラスト担当として、こちらで打診してェ、一応前向きな返答を頂いたんスけどねェ~、その武者堀茸サンが交換条件を出しましてェ。生オッパイをいっぱい描くのはオッケーだけどォ、フルチンだけは描きたくないと仰せなんスよォ~」
「はっ……?」
「いやァだーかーらー、ちんこを武者堀茸サンが描きたくないって言っているんッスよォ、ちんこをォ! 兎に角ちんこをやめてくれなきゃ、この仕事を引き受けないってェことらしいんでスわァ」
「いやでもやめるも何も、本作ではそんな下品なシーンばっかりなんですけど?」
「ですからア、ちんこを描きたくないって言う武者堀茸サンの意向を汲んでェ、フルチン設定をやめてですねェ……こ●亀の海●ン●事みたいな感じでェ、パンツを穿かせて貰いたいって言う話でしてェ~」
「いやしかし、それは……」
「でもォ武者堀茸サンの件は置いておいてもォ、ぶっちゃけフルチン……しかもフルボッキなんて絵になんないっしょ? 本売れないんじゃなッスかねェ?」
「そんなの出してみないと分らないでしょ? なろうでは人気がちゃんとあるんですから。そもそもなんで絵師の我侭が優先されて……」
この時、既にキノはガマンの限界を超え、堪忍ダムの栓が決壊寸前であった。だがその瞬間、キノの脳裏に先ほど待ち受けで見たばかりの愛猫の姿が脳裏をかすめ、怒りのゲージは急激に下がったのであった。
「……分りました。ちょっと検討してみます」
(そうこれも全てウチのニャンコちゃんに美味いものを食わせる為!)
「じゃあァそれでェ一つお願いシャーッス……そんでェ問題はもう一つあってェ、むしろこっちの方が重要なんスよォ。変な話ィウチの編集長がっスねェ、サキュバスなんちゃらの内容をついさっき確認したらしくてェ、下ネタギャグは面白くていいんだけどォ、TSメインでは本が売れないからァ駄目だってェ、突然言い出しちゃったんスわァ~」
「はあああ~~~?」
「でェ~、サキュバスなんちゃらの第一部を飛ばしてェ、男主人公メインの第二部から始めるなら書籍化してもいいって言うお達しなんスよォ~。そんでェ第一部の方は一巻の売り上げを見てからァ、書籍化するかどうかを判断するって言ってましたわァ」
「何ふざけたこと言ってんですか! 確かに第二部から読んでもある程度内容が分るようには書いてありますが……そんなおかしな構成にしてしまったら、タイトルと内容が合わなくなってしまいます。その要求は呑める訳がないでしょ!」
「あ~センセーのお怒りのお気持ちは分りますけどォ~、タイトルくらいなら改題すればァぜんぜん問題ないっしょ。これも編集長案なんスけどォ、『全裸勇者と巨乳サキュバス』って言うタイトルにしろって言ってましたわァ~、電波●と青春●みたいでイケてんじゃないスかァ? こりゃ間違いなく本売れますよォ!」
「なに勝手に決めてんですか? そんなこと出来る訳がないでしょう! 大体アナタはさっきから……」
この時、キノは再び我慢の限界を超え、堪忍ダムの栓が決壊寸前……その瞬間再び、その脳裏に空の皿を舐める愛猫の姿が脳裏に浮かび――
「あ、いや、そうですね。本を売る為に必要なことならば、その方向で手直しを……」
その時、キノの脳裏に浮かぶ愛猫が顔を上げて――
『TSメインの作品で人気を獲るんじゃなかったのかニャ?』
「――――っ!!」
愛猫がそう語りかけた瞬間――落雷が直撃したような衝撃がキノの脳天を貫く。
「……センセー?」
(俺は、今、何と、言おうと、していた?)
「……センセー、どーしたんスかァ?」
(俺の目的はあくまで、愛するTSをメインテーマで書いてメジャーにすることだったハズだ。そしてその俺の想いを結実させた小説がサキュミルなんだ……そんな理想を具現化した愛すべき我が作品を、あんなおかしな編集に言われるがまま、ズタボロにしてしまっていいのか?)
そうキノはいつの間にか、当初の理想を見失いかけていたと言う事実に気がついたのである。
(いや、いいわけがない!)
「セ、センセー……?」
「あ、いや、どうぞ話を続けて下さい……」
(サキュミルの書籍化と言う甘い誘惑に惑わされて、欲にくらんだ俺は、愛猫を言い訳にして、いつの間にか儲けることを優先して、サキュミルを犠牲にしようとしていたんだぞ。それでは本末転倒ではないか!)
「そうっスかァ? じゃあその方向でガンガン直して貰うとしてェ……」
(やばかった……目的と手段を履き違えて、危うく俺は悪魔との取引に応じてしまうところだったんだ!)
「変な話ィエロシーンのことなんスけどォ、T ●L●VEるに匹敵するくらいのお色気マシマシの方向にしてはどーすかねェ? 内容がエロいと本売れますからァ。例えばッスねェ、男主人公が躓いてリーチちゃんの生オッパイやおま●こに顔面を突っ込んだりィ……」
もはやキノには編集者の戯言など耳に入って来ていない。適当な生返事をしつつ、自身の思考の海に没頭してしまっていた。
「今回の話は断ろう」――憑き物が落ちたようにスッキリしたキノは、この話はナシだと言う考えで固まっていた。だがキッパリと断るにしても今は無理だ。あんなふざけた改悪案をさんざん聞かされた後では、温厚なキノと言えども、大人の対応に徹して断れる自信がない。
もしここでブチ切れて、感情の赴くままに任せて喚いてしまったりしたら、ラノベ界の問題児と言う不名誉なレッテルを貼られてしまいかねない。それだけは避けねばならないのだ。
(そうだな。今日は適当に終わらせて、返事は後日にするってことにして、気分が落ち着いてから後で断りの連絡を入れよう……)
「それとォ犬耳獣人のマリーなんッスけどォ、処女にしといて下さいィ、処女厨がうるさいッスからァ。あと旦那はナシでェって言うかアレ要らないッス。獣姦ってあり得ないっしょォ……そーいえばァ、犬耳と言えばァ実は僕ァ犬派なんッスよォ……」
(今回は失敗したな。さっきから、オッパイだの、おま●こだの、ちんこだの、処女だのとデカい声で言いやがって! お陰でもうこの喫茶店に入れなくなったじゃないか。可愛いウェイトレスがいて気に入っていたと言うのに……こんなことなら一駅先にある店内が広いロリアールの方にしておけば良かった)
「ワンコはいいッスよォ、ワンコはァ。言うことを聞かない猫と違ってェ、僕がウチに帰って来ると玄関に駆け込んでェ、シッポ振って出迎えてくれるんッスよォ。もうホント可愛いヤツッスわァ……」
(ああ、早く帰りてぇ……さっさと帰って艦これの続きを、いや違くて原稿の続きを、いやそれも違くて……ニャンコをモフらないと!)
「ところでェ変な話ィ、僕の前のカノジョが猫飼ってたんですわァ……」
(ん? コイツまた元カノの話に脱線しているのか? ま、どーでもいっか。ああ早く、モフモフしたい。あと肉球もプニプニしたいな)
「でェカノジョの部屋が猫臭いのなんのってェ。不満は色々あったんスけおどォ、結局それが一番我慢出来なくってェ別れたって言うかァ……」
(ああ、そうさ俺は愛猫と一緒なら、例え風呂無し四畳半の安普請だろうと構わないさ。ホント愛猫を拾ってよかったよ)
「捨てちゃったんスよねェ、アハハハハ……」
ブチッ――キノは、その時、突如、キレた。
「おい……チャラ男」
「はァ……?」
キノは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、バンッと両手をテーブルに叩きつける。
「アンタ……今、俺の可愛いニャンコちゃんのことなんつった? 俺のニャンコちゃんにケチつけてムカつかせた奴ァ、何モンだろうーーーと許さねえ!」
「ニャンコォ? 何を言って……?」
「ニャンコちゃんを見捨てた方がよかっただとォ!?」
「そんなこと言ってねえッスよォーーー!」
「確かに聞いたぞコラーーーーーーッ!」
………………………………。
……………………………。
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………………………。
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………………。
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この後に起ったことは、キノの名誉の為これ以上は語るまい――
只ハッキリとしていることは、キノが嶮暮帰出版からのオファーをきっぱりと断った――と言う事実と、猫派と犬派は互いに相容れることはない……と言う悲しい世の真理のみが浮き彫りとなる出来事だった、とだけここには記しておこう――
なおその後、キノの元へ新たにサキュミルの書籍化のオファーが来たのか、そして無事に書籍化出来たのか、また嶮暮帰出版がどうなったのか……それは神のみぞ知る――
これは現実において本当に起こりうるかも知れない、ほんのちょっとだけ未来のIFの喜劇の物語――
【END?】
本作は唐沢なをきの「まんが極道」と「漫画家総進撃」を愛読している素人の作者が、「ラノベ極道」的なノリで書いた妄想の産物です……
編集者が挙げた無理難題については、作者なりに「あり得ない」ものとして考えて書いたつもりですが……これを書いた時期、原作の方では第二部のクライマックスの真っ最中であり、本作はあくまで原作の現時点での内容で発想された「架空の未来」に過ぎません。
将来的にはもしかしたらキノセンセー、じゃなかった木野先生が血迷って、例えば「スミレナさんが巨乳化」したり、「メロリナさんがナイスバディの美女に大変身」したり、「ミノコがゆるキャラに超変身」したり……なんてことも起る可能性も決してゼロではないでしょう。
或いは本作で挙げたネタ以上にぶっ壊れた、じゃなかったぶっ飛んだ超展開に発展してしまう可能性大……と言うよりも確実にそうなるだろうと確信しています(笑)
なお本作において使われた「サキュミル」と言う略称は、あくまで作劇上の都合で用いたものであり、また作者も個人的にそう呼んではいます。ですがこの略称は公認でもなければ、今のところまだ、ファンの間で浸透した呼称ではない、と言うことをお断りしておきます。
最後に……作者弄りのちょっとアレ過ぎな内容であるにも関わらず、原作者である木野裕喜様には「賢者のように穏やかな心(意味深)」で以って、掲載の許可を与えて貰えただけでなく、記述内容についても、ほぼそのままでよいと許して頂けました。木野裕喜様には心より感謝申し上げます。有難うございました。




