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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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24 『魔叛の女王』 後



 イストリトを階下に残して二階へ上り、ふたたびウィスハイドの部屋に入る。

 痩せぎすの紅衣の男はベッドに座りうなだれていたが、こちらに気付くと顔だけを上げた。


「……子供の男二人、名乗れ。呼び名が分からんと面倒だ」


 さっきの手紙の主だとは到底思えないぶしつけな言葉が飛んでくる。

 いちいち腹を立ててもしょうがない。オドとともに進み出て言われた通りにすることにした。


「祐です。ユークと一緒に青歴院を目指してます」

「オドともうします。ディーラーの支配下にありましたが、ユークさんたちに助けられて同行しています。これがぼくを操っていた腕輪です」


 オドが早くも本題を持ち出した。

 普通の相手だったら機嫌を損ねるかもしれないが、この男はどうだろう。


「法具と言ったな。外せないのか? 面倒だな。ならばもう少し近くに」


 やはりエフィーの言う通り興味深々らしい。

 ウィスハイドはオドをまねきよせ、その腕を取って装具をあらためる。

 手つきに遠慮がない。無理な体勢をさせられて苦しいだろうに、オドは表情を変えなかった。

 あわててユークが飛び出してくる。


「もっと優しくみてあげて! オド、痛いでしょう」

「慣れていますから」

「ちがうよ。痛いことされたり、嫌なことがあったらちゃんと言うの!」

「……失礼した」


 オドをかばう少女に気圧されたのか、ウィスハイドは立ち上がって身を引く。

 ユークはなお彼に迫り、自分の両腕を差し出した。

 

「そんなにこの腕輪が気になるなら、わたしのを見て」

「ウィズ、あたしのも! あなたならこれ外せるんじゃない?」


 さらにラトまでやってきて、三方向からウィスハイドを囲む形になった。

 面食らった男は身を守るように紅衣をひるがえし後ずさりする。

 ラトとユークがそれを追って一歩前へ。遅れてオドが二人にならって前へ。

 その度ウィスハイドは後退を続け、しまいにはまたベッドの上に追い込まれてしまった。

 ……気持ちはわからんでもないけど、さすがに情けない光景だ。

 三人を止めたほうがいいんじゃないかとエフィーを見やるが、ただにやにやして見守るばかりだ。

 

「待った待った! 一人ずつにしろ、一人ずつに!」

「ごめんねえ、この人初対面の子とは一対一が限界なのよ」


 これでもずいぶんマシになったのよ、と悪びれず笑うエフィー。

 いや分かってたなら止めてやれよ気の毒だな!


「あたしは初対面じゃないでしょ? まいいや、オドくん、お先どうぞ」

「……いや、もう十分だ。エフィー、倉庫から香油を」

「はいはいっと」


 どうやら既に鑑定は終わっていたらしい。

 さすがは専門家だ。

 にしてもなんで油が必要なのだろう。魔法で持ってこないのかな。

 エフィーが軽い足取りで部屋を出て行くのを見送り、ウィスハイドは言葉を続けた。


「落胆されると面倒だ。先に説明しておく。ラト、それにオドといったか。僕に君たちの腕輪を外すことはできない」

「ウィズでもだめかぁ」

「では、ユークさんのものは外せるのですか?」


 たしかに、あえて二人に限定したということはそういう話になる。

 だとしたら願ってもないことだ。


「可能だ。腕輪はユークレートになんの影響ももたらしていない。だが、君たち二人はちがう」


 男はそこでいったん言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。


「その腕輪を造ったのは素晴らしい腕の魔導鍛冶士だ。ゆえに法具と呼ぶのは正確ではない。甫国風に魔導具と呼ぶのが正しかろうな。魔術鍛冶により造られる法具は魔術師(マギ)が用いる。魔導鍛冶により造られる魔導具はその逆、つまり普通人(ヘルダー)が用いることを前提としている。より露悪的には法具は魔術師(マギ)普通人(ヘルダー)を、魔導具は普通人(ヘルダー)魔術師(マギ)を支配するために用いる武器と言えるだろう。さて、普通人(ヘルダー)の用いる魔導具が使用者からの力の供給を受けずしてなぜ権能を成すか? その答えは被支配者となる魔術師マギへの寄生にある。ここで君たちの話に戻るが、その腕輪は装着者の魔力を取り込み、それによって装着者自身を抑圧、束縛する仕組みになっている。つまりそれはいま、君たちの力とともにある。無理に取り外せば永久に力を……あるいは命を失うこととなろう」


 ニクスやオドとはちがいストッパーがないせいで最後まで聞かされてしまった。

 ベッドの上で身振りをまじえて演説されてもあんまりカッコよくないぞ。

 オドはふんふん頷いているが、女の子二人はぽかんと口をあけてしまっている。

 ともかく、ラトとオドの腕輪を無理に外せば大変なことになるということは分かった。


「おまたせー。演説もう終わったわよね?」


 エフィーが壷を抱え、見計らったように部屋に戻ってくる。

 おそらく本当に見計らっていたのだろう。いい性格していやがる。

 しかし、いったい油をどうするというのだろう。


「ありがとう、エフィー。ユークレート、こちらへ」


 エフィーから壷を受け取ったウィスハイドは手に油を少しとり、素直に進み出てきたユークに差し出す。

 すると油の塊がまるでカエルか何かのように活き活きとユークの右腕に飛び移り、腕輪と肌のすきまを満たしてしまった。


「つめたいっ」

「少し窮屈な思いをさせるが、面倒はかけてくれるな」


 腕輪はユークの腕を滑り、手首をぐいぐいとしめつけた。

 かと思うとすぐにするりと外れゴトリと音を立てて床に落ちた。

 そんなんでよかったのかよ!


「いったたたた……親指とれちゃうかと思った……。でもウィズすごい、とれたよ!」

「やったじゃん! あーでも、床が油でベットベト――」

「触れるな!」


 ウィスハイドが血相を変えて叫ぶ。

 ラトが腕輪を拾おうとしていたのだ。

 まだ危険ということか。


「……その魔導具の権能が失われたわけではない。力持つ者は触れれば支配される。面倒極まりない」

「では、なぜユークさんは無事だったのですか?」

「それは僕が聞きたいところだ。ユークレート、君はいったい何者だ?」

「俺たち、イストリトに助けられて――」


 エフィーについた嘘を繰り返そうとすると、ユークに手で制された。

 確かにこの男には通用しそうにない。観念してしまったほうがいいということか。


「ユウ、いいよ。ほんとのこと言おう。だってウィスハイド、いい人だもの」

「もとより、君らがただの在野の魔術師(マギ)などとは思っていない。そうしてくれれば面倒も省ける」

「えっと、どこから話したらいいのかな……あ、そうだ」


 何か思いついたらしいユークの手には白い杖が握られていた。

 そいつを出してしまうのか。


「ニクス、あとよろしく」

「……厘軍の探し物だな。やはりゲルトルートの杖は君が持っていたか。ならば僕にも察しがつく。本来の持ち主は君というわけだ」

「左様。ゲルトルートなどという有象無象、我輩の知るところではない。我が主はユークレート・リュコステス・エフェンシュクルトただ一人」


 ニクスは状況に戸惑うことなくいつもの尊大な調子で話し始めた。

 ユークのフルネームらしきものはじめて聞いたぞ。

 国の名前がそのままくっついてるのか、さすがお姫様。


「リュコステス……エウクリテスの子たち、か。まだ信仰の残る時代の者だとでも? ……どうやらずいぶん年上のお嬢様らしい。だがエフェンシュクルトは記憶にない国の名だ。王の名や著名な者、近しい者をいくつか挙げてくれ」

「良かろう。慧国議会主席バルザルド、父君かつ先代慧国筆頭魔法使いラースベルド、妹君かつ慧国次席魔法使いマルカシート……」

「マルカシートだと?」


 その名前はさっき聞いていた。

 イストリトがラトに唱えた秘号に含まれていた名。

 それがユークの妹?

 たしかに彼女は妹をマルカと呼ぶ。


 ――ファゾルド(訛謬の王)、古い愚王の名だが――


 かつてイストリトはそう言った。

 秘号に並べられるのが愚かな王の名だというなら……。


「マルカを……妹を知ってるの!?」


 待つんだ。

 聞くべきじゃない。聞かないほうがいい。

 だって、今更何を知ったってどうしようもないじゃないか。


「マルカシート――魔叛の女王、あるいは単に魔王と呼ばれる。歴史上、最初で最後の魔術師(マギ)の国王だ」

「王様!? どうして……? 魔法使いは王様になってはいけないのに」

「魔叛の女王はかつて仕えた国を己のものとした。そのために肉親をも葬ったという」


 どうして過去すらユークを責めたてるんだ。

 妹のことを話すたび、ユークは笑顔になってその子を褒め称えた。

 分かり合いたかったと言って涙を流していた。

 だのに、あろうことかそいつはユークを裏切り、国を簒奪していたのだ。


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