24 『魔叛の女王』 前
「ラト姉、わたし、すっごく心配したんだから! わるい人に捕まってないかとか、オドみたいに操られてないかとか! なのに、そんな用事で置いてったなんて!」
俺たちはウィスハイドの家に戻り、エフィーの淹れてくれた食後のお茶でくつろいでいた。
もっとものんびりお茶しているのは俺とオド、エフィーだけだ。
ラトは仁王立ちのユークに正座させられ、とうとうと説教されている。
ラト姉かっこわるい。
「や、その……面目しだいもございません」
「や・く・そ・く・し・て。もう、黙って行っちゃったりしないって。いい?」
「う、うん! 約束する」
「ん。じゃわたしはおしまい。つぎ、先生怒ってあげて」
ユークは言葉を切って、傍らのイストリトを促す。
が、おかんむりの白い少女とはうらはらに女医は穏やかだった。
「ラト。ウィスハイドから聞いたが、おまえは私の市井での評判を知っていたそうだな」
「……ごめんなさい」
オドの言っていたことだ。
紅衣のネクロマンサー、つまりイストリトは敵味方の別なく戦死者の屍を操り甫軍を襲わせた。
屍に新たな生ける屍を作らせる術を与え、ラルドの故郷を恐怖に陥れた。
それが世に伝わっている彼女の行いらしい。
ラトはそれを知りながらイストリトの元に通っていた。
そして、知っていたから森に厘兵が迫ったとき、診療所へ危機を報せにやってきたのだろう。
「構わない。だがそうやっておまえが私を慮るように、私もおまえの身を案じている」
どんなお叱りを受けるのかとうつむいていたラトが顔を上げると、イストリトの手が緋色の髪を撫でた。
「だから、とは言わない。おまえのためだとも言わない。私はもう誰も失いたくないんだ。ラト、お願いだ。ユークレートと共に行ってくれ。」
「……ずるいよ。そんな言い方、断りよう、ないよ……」
ラトはイストリトの腕を両手で掴んで顔をうずめ、涙を見せまいとしている。
どうやら仲直りはうまくいきそうだ。
イストリトはしばらくそうさせていたが、おもむろにラトの腕を掴むと再び口をひらいた。
「マルカシート・ガルメネイド」
ってオイ。何やってんだ!
腕輪でラトの魔法を封じるつもりか。
いい感じだったのに台無しじゃないか!
……ん? ガルメネイドって確か……魔法を使えるようにする秘号じゃなかったか。
「……せんせ、いま何したの」
「おまえの魔法を封じた。小遣い稼ぎの配達などというふざけた寄り道は二度とさせん」
「だ、だましたのー!? ひどすぎるよせんせー!」
両手をぶんぶん振り回しての抗議に女医はそ知らぬ顔で腕組みをしている。
こっちから見たってひどい。
俺にひとこと言ってくれた時もそうだけど、この人意外と茶目っけがあるというかなんというか。
もっとも、本気で魔法を封じてしまう気ではないらしい。後で俺から説明してやらなければ。
「あっははは。トリト、照れ屋さんなんだから。素直にいい先生やってればいいのに」
テーブルの向こうのエフィーが大笑いしている。
「院でもあんな調子だったんですか? 敵ばっかり作ってたんじゃ」
「あら、よく分かってるじゃない。おかげで私ら、他の子とつるめなかったもの。ま、そこはお互い様なんだけど」
自分にも他人にも厳しくたまに優しくしたかと思えば突き放す。
よくラトが今までついてきたものだ。
この二人、本当はどういう関係なんだろう。
「ラトさん、ガルメネイドは――」
ネタばらしはまだ早い。オドの開きかけた口を急いでふさぐ。
すると少年は意外と素直に大人しくなった。
俺が制したから、まずいことを言ったと自覚したのだろう。学習する気はあるらしい。
「あれ、オドがしゃべってる……なんだか二人、仲良いね? いつの間に?」
「俺が水浴びしてるときだよ。ベルナードが来て、支配を解いてくれたんだ」
「ベルナードって……ジャンドの好きなキノコ踏んだとかでやりあってたあいつ?」
イストリトへの怒りはどこへやら、ラトはけろりとしたものだ。
相変わらず切り替えが早い。
「まいっか! これで謝れるよ。オドくん、口に手ぇつっこんだりして悪かったね」
「いいえ。むしろ、ぼくがお礼を言わなければいけないです。ラトさんが止めてくれなければ、みなさんを殺していました」
「覚えてるのか、操られてたときのこと」
オドはうなずく。
だとしたら長らくほっといたり、水浴びで服を脱がせたりしたのが若干気まずい。
ずっと話しかけたり濡れた体を拭いてやっていたユークのほうに懐いてるのも当然か。
「操られてたって……その腕輪で? ラトちゃんもユークちゃんもつけてる」
「ああ。ディーラーの用いる法具らしい」
「なあ、これのことをウィスハイドに聞いてみたらいいんじゃないか。聞く限りじゃ先生より専門家らしいし」
「いい目のつけどころだ。私もそう考えていた。幸い、やつも今はずいぶん落ち着いている」
腕組みをしたままのイストリトは頷き、それから少し逡巡したあと、こちらにペンを手渡してきた。
「……君から頼んでもらえるか。私は……いくらか気まずいんだ」
六年会っていない旧友と再会したのだ。つもる話の中で衝突でもあったのだろうか。
それともあるいは……ディアマンドのことだろうか。
いずれにしてもうかつに触れるべき話題ではなさそうだ。
「わかった」
渡されたペンを手に取り、ウィスハイドの書き付けの内容を思い出す。
再びいらっしゃる際はこちらにご一筆いただければ幸い、だったか。
「えっと、この紙に書けばいいのか?」
「ええ。どこの言葉でもいいわよ。ウィズ、大体わかると思うから」
「どうやって上に伝わるんだ? さっきのペンみたく紙が飛んでくのか」
「それは書いてみてのお楽しみ」
エフィーはいたずらっぽく笑うと、メモ用紙をこちらに差し出してくれる。
ものは試しと書いてみることにした。
文体は……ウィスハイドのを真似るか。
『
魔術鍛冶士 紅衣のウィスハイド殿へ
先刻は大変ご気分を害されたかと存じます。申し訳ありません。
しかし、無礼を承知でお聞きしたいことがあります。
我々の中に、ディーラーの法具によって自由を奪われている者があります。
法具への造詣が深い貴殿の知見をお貸し願えないでしょうか。
用件のみにて失礼致します。
魔術師ユークレート
』
こんなもんだろうか。俺の名前出してもしょうがないし、署名だけはユークにしてもらった。
書きあがったとエフィーに手渡すと、彼女は笑い出してしまった。
「わあ……ウィズ以外でこんなお堅い書き方する人はじめて見た、ふふふ」
「ユウ、すごい。お父様やマルカもよく書いてたな、こういうの」
「俺だって親の真似だよ。それにあんな文面見ちゃうと気楽には書けないって」
「私はあんまり気にしないけどなあ。まいっか、それじゃ送るね」
エフィーは紙をテーブルに戻し、ユークの署名に長い下線を、右横に二本短い線を引いた。
すると、文字が先頭からにじんで消えていき、しまいには白紙になってしまう。
「最初はあっちからもこうして送ってくれてたんだけど、私が気付かないことが多くって。それで、上からはあの騒がしいやりかたになったのよね」
これで文がウィスハイドのもとに送られたわけか。
しばらくすると、また羽ペンの鳥たちが階段の上から飛んできた。
「あたし、ウィズの魔法好きだな。本人は……ちょっとソリ合わないけど」
「ぼくもウィスハイドさまを尊敬します。でも、お話のしかたは参考にしていいのかわかりません」
「するな」
がたがた言い合ってる間に羽ペンたちはまた飛び去っていく。
残ったメモにはこうあった。
『
魔術師ユークレート殿へ
我が目を頼られたこと、光栄の至りと覚えます。
どうぞこちらへお上がりください。
その際、お連れの方々の名をお聞かせ願いたく存じます。
魔術鍛冶士 紅衣のウィスハイド
』
「入っていいって! ま、法具と聞いちゃ黙ってないとは思ったけどね。むしろ今日中に帰れない覚悟をしたほうがいいかも」
「……いや、それまずくない?」
「問題ない。どのみち今晩はオルガナクロスに留まるべきだ。今からでも日が落ちる前にポルト・オルミスへ辿り着けるだろうが、向こうの協力者と渡りをつける時間がない」
「それじゃ、このままウチに泊まってきなさいな。ウィズに頼めば、場所も作ってくれるでしょ」
場所を作るというのは本当に文字通りの意味なのだろう。
自分のテリトリーならなんでもできるとでもいうのか。
「ウィズの目は確かだ。必ず何か成果を出してくれることと思う」
「あれ、先生は来ないのか」
「私も一筆書かねばならない。さっき言ったオルミスの協力者宛だよ」
そう言い置き、イストリトはペンを取って顔を伏せた。
本当にそれだけが理由だろうか。
イストリトの背後に控えるディアマンドが目に入る。
もし今彼が自由に話せたなら、いったい彼女にどんな言葉をかけるのだろう。
そんなことを考えながら、エフィーに導かれてウィスハイドの待つ部屋を目指した。




