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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
34/54

23 『再会』

 


 白い石壁が建ち並ぶ町並みを駈け、ユークたちに追いつく。

 進むにつれて道は広く開け、屋台が立ち並ぶ通りに入ってきたようだ。

 人通りはこれまでよりずっと多く、のんびりしていたら皆を見失っていたかもしれない。


「ところでユーク、安請け合いしたのはいいけどお金足りるのか?」

「う……ねえエフィー、あんまり高いのは……」


 冗談めかして話しかけてみるとユークは立ち止まり、青い顔をして慌てだす。

 予想外の反応だった。

 顔をしかめる俺をよそに、エフィーは笑って長い銀髪を撫でる。


「あはは。子供のお小遣いに無理は言わないって」


 まず子供にたかるなよな。

 その言葉を懸命に飲み込んでいると、ユークが両手を水をすくうような形にしてエフィーに差し出した。

 すると、何もない場所からコインが現れ、小さな手に落ちていく。

 それはしだいに積みあがり、じゃらじゃらと音をたてはじめた。


「これで足りるかな……?」

「ちょっ、待て! 足りる、絶対足りるから!」


 一瞬見守ってしまった。

 前言ったろ、お金は見せびらかすもんじゃないって!


「トリト、どれだけお金預けてるのよ……甘やかしすぎじゃない?」

「か、形見を質にしてるんだ。これで青歴院まで保たせなきゃいけないし」


 ウソは言ってない。

 このお金はこっちで困ることがないようにラトがビケルヴィルで用立ててくれたものだ。

 彼女の父親に持たされた宝石と引き換えたのだから形見を質入れしたとも言えるだろう。

 だから足りないはずなんてなかったんだけど……余計なことを言ったな。


「あら……なんだか悪いわね。でも心配しないで、これだけでみんなお腹はちきれちゃうんだから」


 そう言いながら、エフィーはユークの手のコインを五枚ほどより分けた。

 たしかジャンドが二、三枚で安酒になるとか言っていたので、それで四人分ならずいぶんお手ごろだ。


「そっか! よかったあ」

「あのな、気軽に人前でモノを出し入れするんじゃありません」

「はーい」


 ユークは残りのコインを右手の中に消し、ちろっと舌を見せて笑う。

 金銭感覚がないのはともかく、紅衣のイストリトが驚くような魔法を人前でポンポン使うのは悪目立ちするだろう。

 しかしエフィーはといえば意に介した様子もなく、前方の何かを指差した。


「ねえ見て、そこの日時計。大きいでしょう?」


 見ると、目の前の十字路の中心には巨大なツノのようなオブジェがあった。

 俺の背丈くらいあるだろうか。言われなければ時計だとは気付かなかったかもしれない。

 なるほど、近づいてみると土台の円盤石には時刻が刻まれている。

 ツノの影が示しているのは『十一』と『一』の間だった。いまは正午ごろらしい。

 そこには文字はなかったが、翼のある男性が描かれていた。


「うん、大きい! こういうの、エフェ……わたしの町にもあったよ」

「へえ? ユークちゃんの町って――」

「ああ! 俺もお腹すいたなあ!! お店ってどこなんですか!?」


 危ういところに話が及びそうになったので強硬手段に出た。

 腹の底から大声を出し、注意をこちらに向ける。

 オドが訝しげな横目を向けてくる。ほっとけ。


「あっはは、そんなにぺこぺこ? すぐだよ、十字路(クロス)のポルト側」

「クロス? ポルトってなんなんです?」


 聞きなれない単語の二連発。

 それに戸惑っていると、黙りこくっていたオドが突然顔を上げて話し始めた。

 

「……この町は、オルガナクロスだったんですね。ポルト・オルミスとゲルトロウデ、ガントロウデと厘国首都ハイアラベル、それぞれを結ぶ道の交差する十字路(クロス)がそのまま町の名になったと聞いています」

「うわっ、びっくりした! オド君、あなた話せたの? あなたもウィズと似てるわね。興味ある話だと積極的になるタイプ?」


 エフィーは心底驚いたらしく、肩をびくりとさせて彼を振り向く。

 ぺこりと頭を下げた少年はこう続けた。


「エフィーさま、申し訳ありません。ぼくは長いあいだディーラーに操られていたので、ふつうの話し方がわからないんです」

「ディーラー!? もしかして、君たち……」


 オドの唐突な告白にエフィーは目を白黒させる。

 そういえば、名前以外はろくな自己紹介もしていない。

 イストリトの連れということで警戒こそされないが、一応どういう立場か明かしておいたほうがいいだろう。


「や、俺らはこいつを連れてたディーラーに襲われたんです。……そこをイストリト先生に助けられて、青歴院に連れて行ってくれるって話になったんですよ。その時こいつもディーラーから解放されたんです」


 俺の微妙なウソに反応したのか、ユークがはっとこちらを振り向く。

 さすがに理解はしてくれたらしく何も言われなかったものの、この子の前悪いウソはつけないことが改めて分かった。


「……なるほどねー。トリト、まるで勇者様じゃない。ま、そのへんの話は食べながらゆっくりしましょう! おやじさーん!」


 エプロンドレスがひらめくのにも構わず、エフィーは向かいの屋台へ走っていった。

 俺はどっちといえば、あんたら二人のことが聞きたいんだけどな。



「はい、お待たせ! 男の子はこんくらいいけるよね!」


 ベンチに座った俺とオドの前に置かれたのは、巨大な白身魚の揚げ焼きと大量のパンが盛られた皿だった。


「無理です」

「いや諦めるのはええよ……。でもこれは……どうしたもんかな」

「このふた皿を四人で分けましょう」


 あまりの大きさにドン引きし目の前の皿から逃げ出そうとするオド。

 しかし遅きに失していた。


「ユークちゃんもはいこれ。ん? どうしたの男子、遠慮なく食べたまえ!」


 ユークには常識的なサイズが渡されるが、エフィーの前の皿は俺たちと同じものだ。

 観念したのか、オドもフォークを手に取った。


「そういえば、エフィーさんも魔術師なんですよね? どうしてメイドなんか?」


 一口目を飲み込み、気になっていたことを尋ねてみる。

 まだ十分の一すら減っていないだろう。急いで食べ進めなければ垂れた油でギトギトになってしまうかもしれない。

 魚の味がよかったのは救いだ。エフィーから手渡されたソースはひどくしょっぱかったが、かけすぎた部分とパンを1:3くらいで食べれば飲み込めないことはない。


「メイド? ああ、このカッコのこと? あっはは、真似事だよ。衣装はホンモノだけどね。借りてるの」

「ほんとに真似事だったのかよ……なんでまた?」

「時々こういうカッコして前出るとね、ウィズがおっもしろい顔するの。よくわかんないメモいっぱい送りつけてくるもんだから、一言書いてやったのよ。『嫌いじゃないでしょ?』って。その返事がまった笑えるのよ、『うん』ってだけ書いてよこしたの!」

「あ、うん。大体わかった」


 胸やけしそうなもん食ってるときに胸やけしそうなのろけ話しないで欲しい。

 オドまで手が止まってるじゃないか。


「ぼくもその服、可愛らしいと思います」

「わたしも。ちょっと着てみたいかも」


 真顔で言うんじゃないよオド。

 そりゃ俺だってそうは思うけども。

 エフィーは目を丸くするが、笑顔を見せてすぐに次の話題を取り出す。


「ウフ、ありがと。ねえ、ラトちゃんを探してるってどうしてなの? 何かお届けものでも頼むのかな」

「ラト姉、イストリト先生とケンカしたの。どうにか仲直りしてもらいたくて」

「それだけじゃない。青歴院に戻るように説得しなきゃ」


 俺が青歴院の名前を出すと、エフィーは首をかしげた。


「ラトちゃん、青歴院に居たことがあるの? おっかしいな。それなら私、向こうで知り合ってると思うんだけど」

「知り合ったのはこっちってことですか。あいつ、どれくらい院にいたんだろ」

「私は七年前までいたの。だから、あの子の歳で院にいたなら会ってるはずなのよ。遅くても十で入って、十五までは保護者なしで外に出られないし」


 なるほど。それなら二人が会う機会もあったはずだ。


「院には魔術師ってどのくらいいるんですか?」

「チビどもまで含めると……ざっと千人くらい? でも院に直接宮仕えしてんのは数十人くらいかな」

「それだけいれば、知り合わないこともあるんじゃ」

「そうかもねえ。私、知らない子とはなるべく話すようにしてたんだけどな」


 そう言って、ひときわ大きい一片を口に運ぶエフィー。

 人の作ったご飯ってどうしてこんなに美味しいんだろ、なんてつぶやいていた。

 それから少しのあいだ沈黙が続く。

 はじめに食器を置いたのはオドだった。


「ぼくも一つお聞きしたいことがあります。オルガナクロスについてです」

「はいはい。なんでもお答えするわよ?」

「六年前の戦争、あなたもここにいらっしゃったんですよね。どうしてここやオルミスは無事だったのですか? より奥まったマハ山以西からビケルウィルはほとんど壊滅状態だったというのに」

「おい、そんなこと聞いてどうすんだ」


 歯に絹着せないオドは好奇心に正直すぎた。

 この町についても知っていたし、地理歴史が好きなのか?

 しかしこんな聞き方じゃ折角人当たりのいいエフィーの機嫌を損ねかねない。

 少年を叱ろうとするが、エフィー本人に制された。


「なんでも答えるって言っちゃったしね。でも答えは一言だけ。ここにウィズがいたからよ」

「なるほど。甫国軍すべての力よりも、ウィスハイドさんの力が上回っていたのですね。けれど、それならば厘国があれほど劣勢になることもなかったのでは?」

「いい加減にしろよ、おまえ!」


 オドは淡々と挑発的な発言を続ける。さすがに捨て置けず、怒鳴り声を上げてしまった。

 けれどエフィーは辛抱強く笑って答える。


「……ウィズの力は守ることに特化しているの。そういう魔術師は珍しいから首都の守りを期待されてたんだけど、あの人はここに残った。まわりがどんなに焼かれても、ここは僕が絶対にやらせないってみんなを元気づけて。私、ウィズを誇りにしてる」

「……すごいな。わたしも、そういう力があったらよかったのに」

「はい。ぼくもウィスハイドさま、尊敬します」

「おまえ、都合いい奴だな……エフィーさん、本当すみません」


 ウィスハイドは想像していたよりも遥かに実力ある人物らしい。

 そんな奴と戦って退けてしまったユークは……。


「でも、ウィスハイドさまに勝ったユークさんをもっと尊敬します」


 口に出す奴があるか!

 さすがにユークもこの発言には面食らったらしい。

 オドの額をこづいてぷりぷりと怒る。

 

「なに言ってるの、もう! エフィーの前で、失礼でしょっ!」

「あっははは! ホントよね! あの人、それで恥ずかしくて寝込んじゃってるのよ。将来有望ね、こんなに可愛らしいのに。いい子そうでよかったけど」

「エ、エフィーもなに言ってるの……」


 そう言ってからからと笑うメイドに、ユークは赤くなり縮こまってしまった。

 可愛いと言うのは間違いないな。うん。


「あ、そうだ。ウィスハイドさんの看板、この屋台にもあるんですよね。どこなんですか?」

「ああ、あれよあれ。見える? ちょうど今、絵が変わったとこね」


 エフィーの指差した先には、砂絵のような色合いのカラフルな魚が看板一杯に躍っていた。

 しばらく見ていると、砂絵は上から崩れ一色に染まっていった。

 その一色の砂が幕を下ろすように消えると、また新たな絵が現れはじめる。


「すごい、さっきのよりきれい! ウィスハイド、どうやってるんだろう……」

「磁石に動かされてるみたいだ……魔法なんだろうけどさ」


 そこに描かれているのは人魚だった。

 けれど体の下端に尾ひれはなく、いくつもの触腕に分かれているように見える。


「あ! ネーレーイテスだね。あれってウィスハイドが描いてるの?」

「そうそう。おやじさん、そうとは知らずに飾ってるっぽいけどね。かんっぜんにウィズの趣味」

「いいのかよ、それ……。それも神様なのか?」

「うん。たくさんいる海の神さま。でも、増え過ぎて神さまじゃなくなっちゃったんだって」

「ほんっとよく知ってるね。私だってそんなこと、院に行って調べてはじめて知ったのに」

「そうなんだ……。あれ、あの人たちは?」


 ユークが言ったのは、看板の前にぞろぞろと集まった鎧姿の男たちのことだろう。

 何やら店のおやじさんに文句をつけているようだ。


「店主、これは法具だな?」

「へえ、紅衣の魔術師さまから頂いたもんで……大切にさせてもらっとります」

「そうか。戦時中につき、この法具は厘軍が接収する。すべての法具は首都ハイアラベルへ集められ、必要とする者に渡るのだ。喜ぶがいい」

「いまなんと!? 申し上げましたように、こちらは大切な頂きもんでして……ぜひともお目こぼしを」

「群長、まずいすよ、紅衣絡みですよ? いま院を敵に回したら……」


 何やらきな臭い。触らぬ神に祟りなしだ。

 ユークに釘を刺そうと振り向くと、そのとなりに座っていたはずのエフィーの姿がない。

 

「新入りは黙っとれ! 本の虫どもなぞ物の数でもない。法具奪還を命じられおめおめと成果なしで帰れるものか。たとえこんな木っ端法具と言えども、手ぶらで帰るよりは――」

「木っ端、ですって?」


 あろうことか、エフィーは鎧の屈強な男たち――厘軍にたった一人で立ち向かったのだ。

 群長、と呼ばれた男は突如現れたメイドを睨みつける。


「今のやりとり、全て聞かせていただきました。その接収を強行されるとおっしゃるなら、紅衣のウィスハイドの名において厘国へ正式に抗議いたします」

「女中ふぜいがデタラメを言うな! 紅衣の名を出すのであれば、その男をここへ連れてくるがいい」

「それは……」


 エフィーは痛いところを突かれたらしい。

 やっぱり普段は引き篭もりなんだな、ウィスハイド……。

 こちらでは、今にも飛びかかっていきそうなユークをオドが必死で抑えている。珍しくグッジョブだ。


 じゃあ、俺はどうするべきか。

 いっそあの看板をひったくって、後で返しに行くとか?

 いや、とても俺には実行できない。それができるのは――。


「……おい、法具はどうした!?」

「わかりません! 我々は回収できておりません!」


 その時。突然ざわめきが群長とその部下を包んだ。

 見ると、看板がこつぜんと消えうせていた。


「お探しのものは、こちらかなーっ!」


 広場の中心から元気のいい声が響く。

 日時計のツノの上で、フードを被った後姿が看板を片手で掲げていた。


「厘軍のアホが欲しいものはみぃんな、このヨルムンガンド様がいただくもんねっ!」


 むろん、そいつはヨルムンガンドなどではない。

 声の主はラトだ。やっぱりこの町にいたんだ。


「ヨルムンガンドだと!? やつを捕らえろ! 捕らえた者は何階級でも昇進させてやる!!」


 群長の命に部下たちが我先にと日時計へ殺到するが、彼らが辿り着く頃にはラトの姿はなかった。

 視線を屋台に戻すと、うろたえる店主の後ろに人影が現れ、何かを言い残して再び消えた。

 なぜ言葉を残したかと分かったのは、ひとつは店主が振り向いたから。


「……えっと、ごめんね。ウィズんちで待ってるから。ユーちゃんにもよろしく」


 もう一つは、同じことが自分にも起こったからだった。

 もちろん、振り向いてもそこには誰もいない。

 ラトめ、かっこいいじゃないか。

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