強大な敵
アランとエリルがキャンプから離れてから数十分後、座っていたティリスが突然立ち上がった。
「何か来るな」
それを聞いたバーンズは何も言わずに剣を抜く。
「どこからだ」
「まだ遠い、でもこっちに向かってきてるぞ。数は、一体だ」
「魔族は二体のはずだろ、残りは」
ロニーはそう言うが、ティリスはそれを無視して空を見上げた。
「来るぞ!」
次の瞬間、少し離れた場所に何かが落下してきた。土煙が舞い、その中から一筋の炎が飛び出してくる。
「クソッ!」
ティリスはその炎に拳をぶつけて砕いた。土煙が晴れると、そこには炎を身にまとっているフラウトゥーバの姿があった。
「ほう、私の炎を砕くか」
「この程度ででかい面してくれるじゃないか」
ティリスは素早く身構えたが、バーンズがその前に出る。
「ティリス、ここは我々に任せてこの魔族のことをアラン様達とミラやソラに報せてくるんだ」
「三人で大丈夫なのかよ」
「平気だから行ってこいよ!」
ロニーが力強く宣言し、レンハルトも無言でうなずいた。ティリスはそれを見てすぐに走り出す。
「無理すんなよ!」
そして、その場にはバーンズとロニー、レンハルトの三人と、フラウトゥーバの一人が残った。
「三人で相手がつとまると思っているのか」
「足止めくらいならばな」
バーンズは剣のスロットに一枚のカードを入れた。ロニーとレンハルトも自分の武器を構える。
「正面は私が引き受ける。攻撃は頼んだぞ」
「わかりました」
「任せといてくれ」
それからレンハルトとロニーは左右に散開した。フラウトゥーバはそれを余裕の表情で見ながらバーンズに向かって無数の小さな火の玉を飛ばす。
だが、バーンズはそれを気にしないかのように走り出した。
「ハァッ!」
バーンズが剣を振り上げると、その軌道から爆発が起こり火の玉を吹き飛ばす。さらにもう一度振り下ろし、残りの火の玉も消し飛ばした。
「ほう」
フラウトゥーバはそう息を吐き出してから右手を上げた。バーンズは何かを感じたのか、勢いを止めて素早くカードを入れ替えた。
「これはどうだ?」
フラウトゥーバが腕を振り下ろすと同時に、そこからまるで鞭のようだが、太い炎がバーンズに向かって伸びていく。
「トルネードスラッシュ!」
横殴りに剣が振るわれて竜巻が発生した。炎の鞭はその竜巻に遮られて上空に巻き上げられる。バーンズはその隙にさらにもう一度カードを入れ替えた。
だが、竜巻が消えると、そこにはフラウトゥーバが空中で静止していた。その両手が広げられ、そこに二つの人間の頭ほどのサイズの火の玉が発生する。
「オラァ!」
そこに衝撃波が襲い片手の火の玉を消し飛ばした。フラウトゥーバはその攻撃を放ったロニーのほうに顔を向ける。
「ほう、面白い技を使う」
そしてフラウトゥーバは残った火の玉をロニーに向かって投げた。それはバーンズが振った剣の軌道から放たれた氷の刃によって、その目の前で爆発した。
次の瞬間、その反対側から高く跳び上がったレンハルトがフラウトゥーバに剣を振り下ろした。だが、それはフラウトゥーバの片手で受け止められてしまう。
「小賢しい」
そのままレンハルトの体は振り回され、ロニーに向かって投げつけられた。
「クソ!」
ロニーはなんとかその体を受け止めるが、受け止めきれずに二人ともその場に倒れてしまう。バーンズは数発の氷の刃を飛ばし、フラウトゥーバを牽制した。
だが、フラウトゥーバそれを簡単にかわし、三人から離れた地面に着地する。
「ふむ、悪くない。ただの人間にしてはお前達はなかなかやるな。しかし、そう遊んでいるわけにもいかない」
そしてフラウトゥーバが腕を一振りすると、バーンズ達の目の前の地面が割れ、炎が噴き出した。その炎が消えた頃にはフラウトゥーバの姿は消えていた。
「クソ! 逃げられたか!」
ロニーは悪態をついたが、バーンズは剣からカードを抜き取りながらため息をついた。
「むしろ見逃されたと言うべきだな。我々はすぐに街の警備に向かおう」
「アラン様達と合流しなくていいんですか?」
「それはティリスが報せに行っているから、対応できるはずだ。今は合流する時間が惜しいから、我々は独自に動いたほうがいい」
「それもそうですね。では、我々はこのまま一緒に行動すべきでしょうか」
「それがいい。三人いれば魔族ともなんとか戦える」
一方その頃、ティリスはミラとソラに合流していた。
「今大変なんだよ、魔族が出てきて今はバーンズ達が戦ってる!」
「そうか。相手は何体いる?」
「一体だけだ」
「それなら、とりあえずは大丈夫だな」
ミラは慌てる様子もなく、ソラに顔を向けた。ソラはうなずき、口を開いた。
「バーンズさんなら大丈夫だろうね。僕達は他の動きを警戒しておいたほうがよさそうだ」
「そういうわけだから、あんたはアラン様にこのことを報せてくれ」
「ああ、わかった。頼むぜ」
ティリスはそれだけ言うと、ものすごいスピードで駆け出していった。それを見送ったミラは腰に手を当てる。
「さて、どうする?」
「僕達も街の外に出たほうがいいと思うよ。今は少しでも人手が欲しいところだし」
「そうしよう。北と南から別れて外に出て行けばいいか」
「そうだね、じゃあ気をつけて」
二人は正反対の方向に歩き出した。
それから少しして、ティリスはトルビン邸に到着していた。すぐに中に通されると、庭でアランとエリルに会った。
「大変だぞ、魔族が現れた! とりあえず残った三人が戦ってる!」
「そうか、それでミラさん達には?」
「さっき会って伝えたぜ。今のお前みたいに落ち着いてたけどな」
「まあ、ミラさん達ならバーンズの実力はわかってるだろうしね。僕達もあまり焦らないほうがいい」
「焦らないほうがいいって、どういうことだよ」
「陽動かもしれないということです。恐らくミラ様やソラ様はそれに気がついて警戒しているはずなので、私達もそうしたほうがいいかと思います」
「あ、ああ」
ミラやソラに続いて、アランとエリルも落ち着いていたので、ティリスはすっかり勢いを削がれてしまった。
「なんだよ、あたしが一人で焦ってたみたいだな」
「そんなことはないよ。ただ、僕達はバーンズが剣士としては最高だっていうことを知っているだけさ。長い付き合いだからね」
「まあ、確かにあのおっさんは強いよな。で、じゃあこれからどうすればいいんだよ」
「僕達もできるだけ警戒しておくべきだね。問題はばらけて行動するかどうかだけど」
「それでしたら、私がバーンズ様達と合流します。アラン様はティリスさんと一緒に行動してください」
「それでいいか。じゃあ、そっちはよろしく頼むよ」
「はい」
エリルはそう返事をして早足でその場から立ち去っていった。残ったアランとティリスも出口に向かって歩き出す。
「なあ、とりあえずどうするんだよ」
「てきとうに歩き回ればいいんじゃないかな。そのうち向こうから仕掛けてくるだろうから」